新聞記事文庫 瓦斯工業(01-122)
大阪毎日新聞 1919.3.31(大正8)


東京瓦斯電気工業


東京瓦斯電気工業株式会社は明治四十三年八月前佐賀県知事故徳久恒範氏発起となり財界有力者の賛助を得資本金一百万円内払込金二十五万円を以て創立せられたるものにして最初東京本所区業平町に工場を建設し瓦斯マントルの製造を開始せしを以て其起源となす、然るに翌年に至り徳久社長は不幸病没し且工場は水害の厄に遭遇する等にて社運は一時悲況を告ぐるに至りしが松方侯の令息松方五郎氏徳久氏の跡を襲いて社長に就任し一切経営の任に当るや其徳望と経綸とを以て社運の挽回に努め更に瓦斯事業の設計並に工事の請負瓦斯ストーブ及瓦斯器具の製造、琺瑯鉄器の製造等順次新事業を開始すると共に払込資本を四十万円に増加し而も毎年八朱の配当を継続し得るに至り社運の前途は漸く光明を認められたるに大正三年八月偶欧州大戦の勃発するや同社の瓦斯マントルは内外の市場に非常なる売行きを加えたるに翌大正四年には露国政府より我政府に対し多数の砲弾註文あり同社は右信管の下請負を為し瓦斯器具製造の設備を利用して盛に信管の製造を為すに及びて社運は旭日昇天の勢いを以て発展するに至れり

発展と増資

松方社長の経営方針は行く所として可ならざるはなく欧州大戦に際会するや順風に帆を挙げ事業の発展を期したり即ち信管の註文価格は百数十万円の巨額に達し従来の機械工場にては到底満足に製造する事不可能なるを以て工場の大拡張を断行し二十七台の旋盤を十一倍強の三百台に増加せり此拡張は当時工業界の問題となりたるものにして兎角の批難を試みる者なきに非ざりしが既に引受けたる信管は両三年の作業を継続するに十分なりしのみならず引続き他の新事業の計画ありしが為め些の躊躇する所もなく断行せられたるものにして一面松方氏の此決断は能く其将来を洞見したるものにして即ち一昨年六月陸軍より下請負をなせし信管の製造一段落を告ぐると共に予て画策しつつありし工作機械、紡績機械、飛行機及自動車並に発動機の製作を開始し又た一方瓦斯計量器工場を拡張して各種のエナメル製品を製造するに至りたり、斯の如く事業の拡張に伴い資本金増加の要を感じ大正六年上半期には従来百万円の資本金を三百万円に増資せしが更に新規計画の遂行上増資の必要を来せしを以て大正七年五月之を一千万円に増額して茲に本邦有数の大工業会社として並称せらるるに至れり

従業員優遇

近時労働問題世に喧伝せられ労働者対資本家の融和方法に就きては種々講究せられつつある所なるが同社は松方社長の発意により今回率先して大に従業員の待遇を改め従来慣用したる職工の称呼を廃して技工の名を用い又社長自ら私財二万円を投じて共済組合の基金となし更に近く徒弟養成所を設置して従業員の子弟、工場所在町村の志望者其他各地方よりの志望者を順次養成するの外に技工の住宅を作り月賦或は年賦払として将来技工自身の所有たらしむべく其他種々の優遇法を実行しつつあり而して此度の優遇法は従来標榜せる家族主義を徹底的に普偏拡張して無用の階級を廃し大に従業員と接近を図り以て其能率を増進せしむるに外ならず其共済組合の如き従来他の工場に於て実施しつつあるものと全然選を異にし会員は毫も新古の差別なく会則の運用を公平ならしめ一面階級の緩和を図る為め委員を各工場よる互選せしめ又基金の外に会社より三分の一の補給金を支出交附すると同時に会費には年八朱の利息を附し漸次株主配当と同率迄増加せんとす約四千人の従業員が今迄の職工と云う称呼より技工と云う名称に変りたるだけにても心理的の慰藉は非常なるものなるに更に此共済組合の組織せられたるあり今後同社工場の能率の増進は注目に値すると同時に松方社長の労働問題に対する抱負を推し得て床しと云うべし

将来の発展

同社の役員は社長松方五郎、取締役川上俊介、今西与七郎、支配人谷三次郎、監査役山田三郎の諸氏にして何れも松方社長を輔佐して鋭意社運の隆盛を期しつつあるを以て其前途益々多望多幸なるべきは信じて疑わざる所殊に同社の将来を期待せらるるは其事業が多く戦乱発生後に発展したるに拘らず其性質は悉く平和的のものにて毫も戦時的色彩を帯びざるに在り兵器製造の如きは一見戦時事業の誹あるも政府の方針が漸次民間に請負わせ其技術を精熟せしむるに在るを以て之れ亦寧ろ平時の事業と云うを得べく同社の兵機製造は機械の余力を利用して之に従事しつつあれば一層安全確実なるは論を俟たず尚同社は各部各事業の隆替に依り之を調節して工場経済を計る組織となり居れる特徴を有するを以て仮に経済界の恐慌を来し一部事業の衰退を免れざるが如き場合に遭遇すると雖も其按排を適当になし得べく旁全く恐慌の渦中に投ずるの憂いなく将来益々発展を期し得べきなり

保護自動車

同社は其大森工場に於て軍用自動車及び各種自動車の製造に従事せるのみならず自動車営業部に在りてはマルモン、ナショナル、チャンドラー、ナッシュ、スチュウドベーカー、マックスウェル、レパブリック等の貨物自動車会社の日本総代理店をも為し居れり然して自動車が今日に於ては交通機関として欠くべからざるものなる事は何人も認識する所東京市に於ても之を利用する事となり現に市中の一部を疾走しつつある市街自動車会社の乗合自動車、貨物自動車は同社の製造に係るものなるが這は其事業の一部分にて残余大部分の註文車は目下盛に製作を為し居れり昨年三月自動車保護法発布さるるや同社は逸早く之が製造に力を致し所定期日迄に見本自動車四両の製造を終えて当局の厳密なる検査を受けしが構造機能頗る良好にして軍用自動車に適するものと認られ本邦嚆矢の資格検定書を下附されしは啻に同社の名誉なるのみならず我国工業界の為めに大に賀すべき事なりとす同社は其技術に於て外国品に些の遜色なく又其経験に於ても他の同業者に一日の長ある事なれば産業界の発達、道路及橋梁の改善と相俟って各方面の需要激増すべく同社の前途は将に洋々たりと謂うべき也

工場と品目

同社の製造に係る製品の種類は数百種の多数に上れるが試みに現在の工場と主要営業品目とを挙ぐれば左の如し

工場所在地

大森工場 東京府下大森海岸八幡に在り本工場は諸器械、自動車、紡績機、工作機及び各種計器の製造を為す工場なり
琺瑯工場 東京本所区業平町に在り、従来の機械工場全部大森工場に移し本工場を更に拡張して一大琺瑯工場と為したるものなり
マントル製作部 東京本所区松倉町二丁目に在り専ら瓦斯用各種マントルの製作所たり
火薬製作部 東京府下北豊島郡志村大字中台に在りて火薬の製造に従事しつつあり
光学機械製作部 東京本郷区向ケ丘弥生町に在り望遠鏡、双眼鏡等光学機械を製作しつつあるが尚計器類の製品は圧力計船舶用通信器類、回転計類、紡績用計器並に試験器類、熱度計類、羅鍼機類、鉄道用計器並に諸器具類、測深機類、電気計器類、精密諸計器並に機械類等なりとす

営業品目

機械陸舶用諸機関、鉱山用諸機並に兵器、各種喞筒及び発動機工作機械類等
紡績機は麻、絹、綿、ラミー紡績機、仕上機、染色機、附属品一切を取扱う
自動車、飛行機は軍用自動車を初め各種の貨物用自動車、乗用自動車、自動自転車、飛行機発動機ガソリン発動機、デーゼルエンヂン及び其附属品一切
琺瑯特許エナメル引パイプ、真空蒸発缶冷却機、グリスリン分離器、結晶缶、蒸留蒸発皿、タンク、漏計遠心分離器、二重蒸汽鍋、ビーカー、輸出向琺瑯鉄器一式
火薬は各種雷管(三号、六号、八号)導火線等
光学機械は掛眼鏡、望遠鏡、双眼鏡、測遠器、顕微鏡等にて何れも需要者より其製品の精巧にして優秀なりとの非常なる称賛を受け居れり



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