神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 電気工業(11-137)
大阪朝日新聞 1939.11.3-1939.12.25 (昭和14)


不平百出の電灯 (1〜40)


(1) 専制横暴の声高し煮え切らぬ監督取締

電灯が暗い、料金が高い、会社が専制横暴であるという声は各地にこれを聞くが、会社は『いやならおよしなさい』の態度で空うそぶいている。小ずら憎いとは思っても電灯事業は一会社が独占しているので、ほかから供給を受けるというわけにゆかず、癇癪球をグッと抑えて暗い電灯をつけ、会社のいうがままに電灯料を支払ってる需要家も少くない。

電灯は国民実生活上の必需品であるというところから国家はその事業に対して相当の保護を与えているのだから、会社は保護に対する当然の責任として、需要家の利益を無視した自□認ムルアランが許さるべきはずがない。電気事業法第六条に『主務大臣は公益上必要ありと認めたる場合電気会社に対して料金の制限その他電気供給の条件に関し必要なる命令をなすことを得』と規定したのは、すなわちこれがためである。しかし『主務大臣』は声するか各地に『電灯が高い暗い』の声はあっても、如上の注文は殆んど空文にひとしく『公益上必要なる命令』があった例を聞かぬ。

もっとも需要家の不平の中には電気事業に対する無理解に本づくものや、会社に対する感情から唱えられているものもないではないが、当然主務大臣の『命令』を必要とする電気会社も少くない。しかるに『主務大臣』は電灯料金もその他の供給条件も会社の定めるままに任せて顧みないから、需要家は会社が自分の都合のみを考えて定めた供給条件により、会社が勝手に定めた料金を承諾するでなければ、電灯電力の供給を受けることは出来ないことになっている。

電気供給規定は会社によって同じでないが、電灯が暗いからといって契約よりも大きい電球をつければ、その電球は会社に没収され、その上損害賠償だ違約金だと搾り取られること全国共通である。しかるに会社の方から契約通りの電気を送らぬ時は需要家が泣寝入りで、会社は『天災不可抗力その他の原因により送電し能わざることあるも当社これより生じる損害につき賠償する責任無之候』と手前勝手な規定を設けている。

昨年の暮から本年の春にかけて渇水のために各地の水力電気が不足し、電灯が暗くて家内工業が出来ず、工場は動力がなくて機械が動かず、電気の需要家は多大の迷惑と損害を蒙ったが、会社は『不可抗力』で押通した。それが議会の問題になると、政府当局は例によって例の如く『調査中』とか『厳重に監督する方針なり』とかいうような誠意のない書面答弁でゴマかしてしまったが、国民の損害がチッとも償われてはいない。

だからここも全国電気需要家の不平をお聞きに達して、各会社の料金と供給条件の適不適を数字と事実について批判することに至しまする。

(2) 京阪に対する値下運動 会社の回答は大ヨタ

暗い電灯を売つけて高い料金をフンだくりながら威張りくさってるのは、重に地方の小会社であるがしかし手近な大阪の郊外に電灯事業を営んでいる電鉄会社に中にも地方の小電気会社と横暴くらべをしてヒケをとらぬようなのがたんとある。

値下の要求

本年の四月一日から大阪市が地域を拡張したので、新に市域に編入された町村の電灯需要家は、その料金を大阪市と同一にしてもらいたいといって各電鉄会社に迫った。その結果阪神急行電鉄や阪神電鉄、南海鉄道などは何れも若干ずつ料金を引下げたが、京阪電鉄はノホホンをきめているので、森小路で町民大会を開いて値下要求の決議をなしこれを会社に叩きつけた。けれども会社は

一、大阪市の電灯は市営だから諸税公課を要しないこと
一、わが社は諸税を納付する外、市域拡張の結果市に編入された地域の電柱に過重の市税を賦課せらるること
一、需要家の密度が低く、配電線一哩当りの電灯数が少いこと

など大阪市とは固定資本の上においても、経費の上においても異なる事情があるから、大阪市と同一の料金にすることなんか出来ませんと突ッぱねている。

市との比較

なるほど京阪電鉄の需要家の密度と大阪市の需要家の密度とは比較にならぬ大阪市は配電線路一哩当りの電灯数が二千七百五十灯であるが、京阪電鉄は配電線一哩当り二百八十灯だから、その密度は大阪市の約十分の一である、またこれを需要家一戸当りの灯数から見ても大阪市は四灯七分、京阪は二灯一分だからこれも半分以下、更に燭光から見ても大阪市が需要家一戸平均百九燭光になってるのに京阪は二十九燭光七だから、何の方面から見ても京阪電鉄の方が割が悪い

杜撰な回答

しかし京阪電鉄の一哩当り平均建設費と大阪市のそれとは恰度両者の需要家密度違ってると同率ぐらいの相違があるんだから、ただ一概に需要家の密度と一戸当りの灯数や燭光数ばかりで京阪電鉄の現行電灯料金を是認するわけには行かぬ。殊に『わが社は過重なる電柱税を課せられ、大阪市はそれがない』などいうことを値下要求拒絶の理由にするのは大ヨタである。如何にも大阪市は本年の四月から電柱税を課することにした、その税率も決して軽くはないが大阪市電は大阪電灯会社が市に納付した報償金と同一率の金額を毎年一般会計に繰入れてるはずである。大電が市に納めていた報償金は電灯料百万円までが百分の六、百万円以上二百万円までの超過分が百分の四、二百万円以上の超過分が百分の二というのだから、なかなか京阪電鉄が市に納める電柱税ぐらいの生やさしいものでない。京阪電鉄にいうべきことはまだうんとある。

(3) 新市の値下は不合理 京阪は高い方の親玉

十燭光以上のタングステン電球の電力消費量は一燭光一・二五ワットであるが、十燭光以下の電球になると一燭について一・六〇ワットの電力を食うのであるから、八燭光の電灯需要家が大多数を占めている京阪電鉄の電灯料金と、十六燭光が一般の家庭に用いられいる大阪市の電灯料金を同一にせよというのは聊か無理である。と言ったら『阪急は市部の電灯を市電なみに値下げしたではないか』と小股すくいに来る需要家もあらんかなれど、阪急が市部の電灯料金を市電なみに値下げしたのは、料金の安いことを理由として阪神電鉄の縄張へ割込もうとする策略で、胸に一物がなかったらなかなか需要家の値下げ運動などに耳を傾ける阪急さんではござんせぬ。

新市の要求

需要家の方からいえば、旧市では十六燭光一灯五十銭でつけているのに、同じ権利義務を有する新市の需要家が同じ電灯に八十銭払わねばならぬというは不合理であるが、会社の方では『そりや市の当局に対して仰しやることで、私どもの承るべき筋合いでは御座いません』という。これは会社のいうことが正しい。京阪が営業区域内全部の電灯料を市電なみにするならばよいが、市に編成された地域の電灯だけを値下げしたら、その接続町村の需要家から『同じ需要家でありながらどうしてこんな継子扱いをするのか』とネチ込んで来るに違いない。現に阪急はその苦しい経験者である。

郡部は反対

需要家の立場からいっても、値下げされた市部の需要家はそれでよいだろうが、そのために自分の利益を犠牲にされる郡部の需要家はたまったものでない。犠牲というと変に聞えるが、市部の電灯を値下げしたからとて、会社はそれがために減じた収入だけを株主配当で減らそうというほど仏性には出来ていないから、それだけ郡部の需要家に負担させるが、左もなくば全部の需要家に対して値下げすべき財源をば市部の需要家だけの値下に充てるくらいが落ちである。して見ると市部の電灯値下運動なるものは『人はどうでも自分さえよければ』という戦法ではないか。

高価の大関

さりながら京阪電鉄の電灯料金は決して安くない。ここに大阪郊外電鉄各社の定額電灯料金をお目にかける

[図表あり 省略]

これによって見ると、京阪と大軌の料金は同じであるが、京阪は配電線路一哩当りの灯数が大軌よりも多いから、この点を考慮すると京阪は高い方の大関である。

出鱈目料金

だから高槻町では先頃附近七箇村と連合して

一、三十燭光以下各灯一割減
一、三十燭光以上五分減
一、従量灯の準備料廃止
一、動力料金五厘減

の値下運動を起し今なお未解決のままである。しからば京阪は一体何を基礎として電灯料金を定めているのか。この会社の供給規程を見ると全く出鱈目である。お待ちなさい、今その事実を並べて御目にかける。

(4) 何れの値段が適当か 電球一個で十銭の相違

目下京阪電鉄会社が経営している和歌山の電灯及び電鉄事業は、曾て和歌山水力が経営していたのを合併したのだから、その固定資本も営業費も京阪本社のそれとは事情の異なるものがあり、随ってその料金の上に相違があるのは己むを得ない事かも知れぬが、京阪本社の電灯は十ワット灯とか十五ワット灯とかいうように、電球の消費電力量を標準として料金を定め和歌山支店の電灯は八燭光とか十六燭光とかいうように燭光を標準として料金を定めているのはどういうわけか一向分らない。

出鱈目実例

それから京阪本社では大きな電灯をつけている需要家が小さい電灯に変更する場合、電球費なる名義で二十五銭ずつ取っているが、和歌山支店では三十五銭取っており、また室内に取付ける貸付コードの長さは和歌山が六尺であるのに本社の方では三尺である。さらに和歌山支店では需要家自弁の特別器具材料を無料で試験してくれるが、本社の方では電球一個に付五銭、コード及び電線類十尺毎に二十銭、ソケットその他雑品一個に付十銭というように、何でも彼でも試験料を取っている。

電球の暴利

ただ和歌山支店で電灯の新設増設の際に一灯一円ずつ取っている手数料なるものを本社の方では取っていないがその代り電球代は本社の方が支店よりも十銭高く、休灯料も五銭高い。ホンの目と鼻の間ぐらいしか隔てておらぬ本社と支店とで、同じ原価の電球値段が二割も違っているというのはおかしな話ではないか、休灯料だってそのとおりである、なるほど市内と郡部とでは屋内器具の取付費が一灯について三、五十銭ぐらい違うようであるけれども、その損料を一箇月五銭も高くしなければならぬ理由は発見されぬ、これ京阪の料金が原価を無視した出鱈目なりとなすゆえんである。

文句ありや

京阪をしていわしむれば、和歌山支店は旧和歌山水力の営業方針を踏襲しているにすぎぬと弁ずるであろうが、京阪が和歌山水力を合併したのは大正十一年の七月で、すでに四年の歳月を経過している、しかるに今もって何等事業上の整理統一が出来ていないというようなことは大ビラでいえることでない、事業の統一もせずにどこに合併の意義がある?

合併の意義

これは京阪電鉄の重役さんのことではないが電気界には合併成金なるものがある。ボロ会社の株を二束三文に買占めておいて、これを己の経営している有力な会社に合併し、買占めたボロ会社株の値上りで儲けるやつである。重役が私腹を肥さんがための合併ならば事業の統一も営業の刷新もあったものでないかも知れぬ、だが京阪の和水合併などはサラサラそんなわけ合でなく事業の整理統一を目的としてなされたものであろうから、前に列挙したような不合理不統一の点は速かに改めてしかるべきである。

(5) 詐取主義の和歌山 独占事業を奇貨として

京阪の電灯需要家は殆んど十人が十人『暗い』『停電が多い』『会社が不親切で困る』といっている。これに対する会社側の弁明は

一、大阪や京都で光力の強い電灯の下に働いている勤め人などが家へ帰って六燭光か十燭光の電灯を見たら暗くもあろうが、それは電灯が悪いのではありません、当社の電力は有り余るほど十分あって、現に吹田、枚方、四条の三警察署には府で購入した電圧計があり、月に二回ぐらいは会社は予告なしでボルトを検査していますが、まだ一回も電圧が不足していたような例がありません。
二、停電はその都度逓信局へ届けなければならないのでことごとくお届けしていますからお調べ下されば分りますが、そんなに多いことはありません、ただ九月中は地下線に故障があったので動力には相当停電がありましたが、これは目下改修中で、その間の予備として架空線を建設しましたから、十月以降はそんなに停電がないはずです、もっとも停電の半分は大同電力の送電故障によるもので、当社の配電線に故障がなくても絶対に停電がないとは申されません。
三、専ら需要家の便利を旨とし、料金も本年の九月一日から他社に率先して各灯四銭ずつ値下げしたし、また営業費の膨張を犠牲として修繕所や散宿所を増設しているのもそのためです。

というにある。

此事実を如何

この弁明がおわってから京阪の会社当局は一割一分の資本で営業している京阪と、六朱か六朱五厘の資産で経営している大阪市の電灯とを同じ料金にせよというのは、誰が聞いても無理でしようと附け加えた、いかさま仰せのとおりであります。しかし大阪市電は六朱や六朱五厘の資金を使ってはいない、大阪市は大電の事業及び財産を帳簿価格の二倍四分で買ったのである。その上に大電へ交付した公債は八朱というベラ棒な高利債だから、市電の資本利子は京阪の配当なんかよりはるかに高いものになっている、京阪君はこの点を何と需要家に申開くか。

ブツ奪り主義

京阪本社の遣り方もさることながら、和歌山支店の供給規程も可なり専制的なものである『従量灯は一戸に付十個以上に限り需要に応じます』などは殆んど禁止的制限である。これは和歌山市民の熱烈な要求に抗しかねて本年の八月から『五個以上』に改めたが、『六尺以上のコード御希望の場合は一尺に付金八銭の代金を申受けます』とは何だ、コードの原価は一尺四銭くらいのもの、電灯でシコタマ儲けたその上に器具類で十割ずつもブッたくるなどは、暴利公許の露店商人以上である。

不当な手数料

それでもまだ需要家を搾り足らぬかして、電灯の新設または増灯に一灯一円ずつの『手数料』なるものを取る。酒屋がお得意先へ酒を届けて酒代のほかに『手数料』を取ったらどうだ、酒飲みが黙ってるだろうか。またうどん屋がうどん代のほかに『出前手数料』を取ったら世間は黙ってこれを支払うだろうか。休灯に対して配電設備費の利子を取っている会社が、電灯の新設や増灯に工事費を取るのは、独占事業を奇貨として需要家の懐中を搾取するものである。況んや取付手数料においてをや。物を買ってやった上にその商売人に手数料を取られるというアホらしい話があるものか。会社の方からいったって、将来永く料金の収入をはかる電灯の新増設に手数料を取るというのは自ら営業の発展を妨げるおろかなやり方である。

(6) 官僚臭粉々の神戸市電 朦朧杜撰な条例

神戸の電灯は市営である。市が事業を経営するのは営利のためにあらずして専ら市民のためであるから、よもや文句はなかろうと思うと左にあらず、民営よりも反って不平が多いから意外である。まず

不平の数々

を羅列してお目にかける。

一、点灯を申込んでもなかなか工事をやってくれない。殊に場末は一層ヒドいので、家主は借家人のためにランプを用意して置かねばならぬ始末である。
二、やっと職工が来てくれたと思うとその職工が頗る官僚的で、退潮時間がくると工事を中止してサッサと引上げて行くので簡単な工事に二日間もかかる態たらくである。
三、前任者が電灯料を支払わずに転宅した後に入ると、その未払料金を払わないうちは点灯してくれないので、何も知らずに家を借りた者の迷惑は一通りでない。
四、電気局は上も下も横柄で胸くそが悪い。

料金が高い

そればかりではない。六大都市をくらべて見ると電灯料も左のとおり高い。

[図表あり 省略]

官僚臭粉々

おまけに電気使用条例なるものの官僚臭いこと鼻もちもならぬ。そのサンプルをお目にかけると
第一章通則
第二条 電気を使用せんとする者は市長の定める所に従い申込書を提出し其承認を受くべし、使用の休止、廃止、使用の目的、場所、種類、容量若くは其他の設備を変更せんとするときまた同じ
どうです、まるで叱られるような気がしませんか、それはなお忍ぶべしとするも、肝腎な条例の内容が朦朧杜撰で素人には勿論、玄人でも一寸首を捻らせられるんだから厄介である、頭のいい人はクロス・ワードでも解くつもりで御覧なされ。
第十九条 従量電灯の使用料金は一キロワット時に付十七銭とす但し一箇月の使用量金が負荷電流一アンペアーに付金五十銭に満たざるときに於ても猶五十銭を徴収す
一箇月の使用電力量が負荷電流一アンペアーに付十キロワット時を超過したるときは其超過キロワット時に対しては一キロワット時に付金十五銭とす
第十九条の二 前条のアンペアー数は毎月における使用有効電灯の最大負荷ワット数の百分の一とす

計算できぬ

この条例によって料金を計算しようとするにはまず神戸市の電気は何ヴォルトであるかを知らねばならぬ、しかるにこの条例を第一条から第五十一条までズーッと目をとおしてもヴォルトのことは書いてない。
ワット=アンペアー×ヴォルト
であるから、一キロワット時何程で供給する電力料金を計算するのにアンペアーだけでは計算のしようがない、電力は百ヴォルトに定まったものでないのだから。

不届き千万

『知らしむべからず頼しむべし』の頭でこんな難解な条例を設けたものとすれば不屈千万である。『書く手はもたぬ』の結果ならば書く手をもった人に頼んで速かに誰でも分る電灯案内を作るべし。聞くところによると、神戸市電の当局は市会で電灯に関する質問が出ると、わざわざ電気のテクニックを連発して質問者を煙に巻くとのことである、滅相もない、安からぬサラリーを頂戴しながら蛸のような卑怯な真似をする男ではある。

(7) 成績の悪い市営電灯 他人ごとでない大阪市電

自冶体の事業は社会政策を目的とするものと財政政策のためにするものとの二つがある−などというと学校の講義めいて来るが、そもそも都市の事業は

市民の生活

を安易愉快ならしむるがために経営するものと、その目的を市の財源□□に置く収入主義によって経営するものとの二つがある。神戸の電灯事業は何れの目的によって経営しているのかを詳にしないが、その決算報告について見ると一向市費の手助けをしているような様子も見えず、しかも電灯料は既にお目にかけた様な塩梅で、市民の生活を安易にも愉快にもしてはいない。それなら動力料でも安いのかといえばこれまたしからず左のとおり

[図表あり 省略]

莫大な賭け

然らば事業の成績が悪くて料金を安くすることも市の財政の裨補することも出来ないのかといえば、最近の決算で見ると驚くほど儲けている、ただ神戸市電の決算報告書は電車経済と電灯経済がゴッチヤになっているから、投下資本に対する利益が何割になるか明かでないが、とにかく市電経済は三百五十四万余円の後期繰越をもっており、この利益を生んだ収入の内容を検査して見ると、電灯電力の収入が六百三十三万余円、電車収入が三百九十七万余円ということになっているから、電灯が市電経済の中心になっていると見て差支ない。もっとも収入の多いことが必ずしも利益が多いという結果にはならないが、神戸市営発電所の電力一キロワット時当り平均石炭消費量は二斤六分四で価格一銭八厘九毛となっているから、これに運転費と償却と建設費利子を五厘と見て計算しても二銭三厘九毛に過ぎず、また宇治川より購入している電力は二銭二厘だから、現在神戸で売っている電灯電力の値段から見れば儲からねばならぬ。

むしろ民営

これほど儲けておりながら、値段が高くて不親切で、おまけに市の財政の手助けもしないというなら、何のために市営にしているのか一向わけが分らぬではないか、こんなことならむしろ民営にして報償主義を採り、厳重に事業を監督して適当な値段で電灯をつけた上に、幾程かの報償金でも取った方がどれくらい市民のためだか知れない。

他事でない

一体市営の電灯は概して成績がよくない、京都然り、東京然り。大阪だって他事のように思ってはおられぬ。今は買収当時の責任が市にあるから値上げも出来ないが、昨今どうやら市電の経済は行詰まっているようだ、機があったら値上げでもしたいような気配さえ見える。それに大電から引継がれた電灯部の前垂かけは段々淘汰されて、威張ることを役得と心得てるような『役人型』の人間が多くなって行くようだから、余程監視を厳重にしないと大阪市民も神戸市民と同じ不平を漏らさねばならなくなる、うたてきことにこそだ。

(8) 広島電気の罪悪史 果然司法権の活動

お筆先が京阪神にばかりコゲついていると他の地方が欠伸する、ドレ一つ河岸をかえて…

小暗い電灯

京阪を西に向えば電気会社の目ぼしいのは広島電気である。広島電灯と広島呉電力が合同して出来上った会社だけに、その電灯電力供給区域は広島、呉の二市以外数百町村におよび、まずもって広島県下における事業界の一大勢力である。己れの勢力に省みて責任を重んずれば問題は起こらぬのであるが、凡俗は往々にして勢力にまかせ横暴をはたらく。広島電気も御多分にもれぬ凡俗で、専恣横暴の限りを尽し、一両年前までは電気不足でカンテラにも劣るような電灯を供給しながら発電所の増設も拡張しないので、海の彼方の因島から瀬戸内海横断電力が割込んで来るような始末。

横暴罪悪史

それで漸く目がさめて、発電所を拡張増設しこの頃では電灯も当り前の光力を出しているようだが、その後競争相手の瀬戸内海横断電力は広島電気に株の大半を買収され、合併の実行も近きに迫っているような有様だから、またまた広電の持病が頭をもたげねばよいがと心配でならぬ。杞人の憂と思召さば無競争地における広島電気の専恣横暴罪悪史を繙いて御一覧に供する。

検事局活動

広島電気はその供給規程に『電灯取付に要する普通材料は当社の負担とし、別に費用は申受けませぬ』と立派に明示し、この貸付器具の損料は定額電灯料金の中に含めて取っていながら、独占地帯の呉市の需要家からは特別地と称して新規の申込に対し一灯六十五銭ずっの工事費を取っていたので、呉市長は市民に代り広島電気会社を相手取り民事訴訟を提起せんとした矢先、広島地方裁判所の検事局が活動を開始し刑事問題として事件の起訴を見るに至った。

電灯調査会

そればかりでない、呉の電灯は暗い上に故障頻発で市民の迷惑一方ならず、そこで呉市会は昨年三月電灯調査委員会を設け、電気供給の状態その他を調査し、一方市民大会を開いて会社の横暴不当を責めた結果、流石の会社も与論の力に抗し難く同年十二月供給規程を改め、規程以外の工事費徴収を廃することになった。これは決して電気事業法の『主務大臣』が監督権を行使したわけでもなければその筋から『公益上必要なる命令』が出た結果でもないということを断っておく。

改正の規程

広電の本年上半期の営業報告書を見ると
前期総会において声明したる電灯電力料金及び工事費の逓減に関する規定の改正はその後慎重審議を重ね、いよいよ六月一日よりこれを実施のことに決定せり、もとよりこの改正に伴う若干の滅収はこれを予想するに難からざるも、こは一般需要家の利便を図る一大英断に出たるものにして云々
とあるから、現在の供給規程は取もなおさず会社のいう『一大英断』の結果需要家のために改正されたものであろうが、その『需要家のために』改正された供給規程はどんなものか、一応吟味の必要がある。

(9) 新規程の内容斯の如し 誤れる広電の営業方針

広島電気は本年の六月一日から十六燭光一個について五銭の値下げをして、七十五銭のものを七十銭にしたが、これは三箇月以上の需要家に適用せられる料金であって点灯後三箇月以内に休灯または廃止すると臨時灯としてそれに相当する料金を追徴される、臨時灯は十六燭光一箇月一円十銭である。

お客の金縛り

会社に言わせたら三箇月も経たぬうちにやめられては工事費も償えぬというだろうが、廃止の場合には一円取る、休灯の場合には月々五銭ずつの器具損料を取るんだから、三箇月以内にやめたところで会社のふところが痛むようなことは断じてない。需要家の方から考えて見ると、つけてから三箇月以内にやめれば六割に近い割増の料金を取られるのだ、戯言ごとじゃない。この種の規定は独り広島電気ばかりでなく、需要家束縛の一策として方々の電気会社が設けているようだが、三箇月未満の需要家を臨時灯と見なすなどはいささか手荒い現に広島県下の東城水力なども同じような規定を設けているが『一箇月以内』に点灯をやめた場合にしか適用していない。

不可解な代金

それから広電は三尺以上のコードを希望する需要家に対して一尺五銭ずつの『設備費』を請求しているが、三尺のコードを四尺としたって八尺にしたって何の手間ひまもいるはずがない、それだのに『設備費』とは不可解至極である。がこれをザックばらんにいうと需要家が買ったコードを只で巻きあげる魂胆なのである。コードの値段は一尺四銭ぐらいであるから、五銭頂戴すれば会社は何ほどかの利益があるわけで設備費も手数料も要ったものでないが、需要家に買取らせてしまうと需要家が移転する時に買っただけのコードを切って持って行っても文句がいえぬから、設備費なる名義で金を取って品物の所有権を会社の手に握っておこうというのである平たくいえば金を取って品物を渡さぬ方法なんである。

需要家の差別

広電の電灯は十燭光が主であるが、会社はこれを十六燭光にすべく、高燭光に取替える需要家にはその月分の料金の差額を免除するとか、白菊型の笠を無料で貸すとかいう特典を与えている。会社としては極めて普通な営業策であるが、この高燭光需要家を勧誘する会社が定額灯を臨時に大燭光の電球と差替える需要家から二十銭の工事費を取るなどは矛盾した話である、工事といったところでヒユーズを入れかえるだけのことじゃないか。市部及びその接続町村以外の需要家から七十銭ずつの新設工事費を取っているのも甚だ誤った営業方針である。電気会社がその認可せられた地域に電気を供給することは権利であると同時に義務である。しかるに土地の遠近によってその取扱いに差別を設け、郡部の需要家から工事費を取るというのは義務を忘れた不都合の所為であるばかりでなく、会社それ自身もこれがために需要家の増加を妨げ、社業の発展を害しているのである、どうしても営業当局の頭が悪い。

巧なゴマカシ

さらに電力案内を見ると昼間動力は『日出後三十分より日没前三十分迄』とある。夏のように日が長い時は日没三十分前でもよかろうが、昨今のように日が短くなると日没三十分前に動力を止められては工場の働く時間がない、況んや年の瀬が近づくにおいてをや、会社はかくして巧に朝と夕方とのピークを避けて発電設備をゴマかしているのである。

(10) 十年間の値下げ運動 佐世保に『其筋の命令』

東邦電力佐世保支店の電灯案内の劈頭に
今般其筋の御命令により佐世保市の電灯料を長崎市と同一にして大正十三年一月一日より実施致候に付何卒倍旧の御愛顧賜わり度謹告仕り候
□る、『その筋の御命令』を受けた料金とはどんなものか、後学のためだ、一応御覧なされ。

[図表あり 省略]

十燭光で五銭、十六燭光で八銭、二十五燭光で三十銭下げた代りに五燭光で十三銭引上げ、六十銭の六燭光を廃して六十二銭の八燭光にしたんだから何も仰々しく『謹告』に及ぶほどの奮発でも勉強でもない。

不平の爆発

さりながら『その筋』をしてこの屁の如き『命令』をさせるについては、市民が十年の間会社と戦っているのだから、仇やおろそかに思ってならぬ。そもそも佐世保に電灯値下げの運動が起ったのは大正三年九月で、三昼夜にわたる大停電が不平爆発の口火となった。市民は型の如く交渉委員を挙げて四箇年間にわたり数十回会社(当時は九州電灯鉄道)と折衝したが、会社は報償契約の改訂を交換条件とするにあらざれば承引し難しと頑張って市民の声に耳を藉さず、大正六年遂に交渉断絶となった。

商業団決起

そこで市民は同月末値下期成同盟会を組織し或は市民大会に演説会に気勢をあげ会社の頑迷不霊を攻撃したが会社は依然として馬耳東風を装っているので、一昨年二月秋に佐世保商業団の決起を見るに至り、幹部は数回上京して時の逓相犬養毅氏に実情を訴え、命令の発動を要望した結果、同年十二月十五日主務大臣の『命令』となったのである一般物価が今日の半分以下であった大正三年には高いと認めなかった電灯料を物価が二倍以上になった今日『高い』と認めるなんどはとても面白い。

命令の内容

しかしこの命令は東邦電力の九州各地における支店の料金を『安きに随って統一せよ』というようなものでなかったろうか。とにかくこれがために佐世保の電灯料金は福岡、佐賀、長崎などと略同じものになったがしからば福岡、佐賀、長崎の電灯供給規定は需要家本位に出来ているかというと決してそうは受取れない、ここにその事実を指摘するに先だって、まず需要家の声とこれに対する会社側の弁明を挙げて公平なる読者の批判を仰ぐことにする。

(11) 高くて暗い長崎 公約を無視する会社

佐世保の需要家から聞く主なる不平は

一、従量灯の料金と小口の動力料金が高い、発電原料たる石炭の産地に近い佐世保は大阪などよりも電力が安からねばならぬはずであるのに、あべこべに高いのは会社が暴利を貪っているのである。
二、点灯時間が遅い。
三、全市の停電は近来大分減じたが部分的の停電は可なり多い。
四、料金の取立てが苛酷で、月内に払わぬと直に消灯または送電の停止を通告するのは余りに不親切である。

会社側の弁明

これに対する会社側の弁明は

一、従量灯と動力は準備料があるために関西地方から見ると比較的高くなるが、九州各地は何れも同額で、佐世保ばかりが高いのではない。
二、点灯時間は半月に五分ずつ早くして、成べく需要家に迷惑をかけないように努めている。
三、部分的の停電は変圧器の関係であるが、成べく故障のないように努めている。その他暴風の場合や電線に鳥類がとまって感電し停電することが往々あるのはお互に困ったことである。
四、料金の取立が苛酷だといわれますが、佐世保のように借家人の出入が激しい所では集金をゆるやかにしていると遂に取りつぱぐれてしまうから己むを得ず厳格にやっている次第です。

東邦長崎支店

それから長崎の需要家から聞く不平は

一、料金が高い。
二、光力が足りない。
三、朝の消灯は日の出という規定だのに日が出ないうちに消すから、朝早く起きて仕事をする者は非常に不便を感じている。
四、停電が多く一箇月に平均したら二三回もあろう。
五、会社の態度は不親切をとおり越して暴慢である。

不親切な態度

これに対し会社当局は、電灯料は他社に比して決して高いことはない、むしろ安い。大阪あたりの料金よりも高いのは営業費が多くかかっているんだから仕方がないと弁じ、停電が多いという非難に対しては『天災不可抗力』の蔭に避難し、需要家に対する不親切は従業員が悪いので会社にはそんな意思がないと逃げ、そういう会社当局の態度は『いやなら点けなきやよいではないか』の傲慢ぶり。しかし会社は従業員がしたことを『会社が知ったことではない』といって責任を免れることは出来ぬはずである。

公約を無視す

東邦電力長崎支店は大正九年の三月に燃料石炭の騰貴を理由として電灯電力料金の値上げをしたが、その時会社は石炭が安くなれば必ず料金を復旧するということを市民に公約しながら、本年の二月に報償契約を改正するとき鼻糞ほど値下げしただけで、今なお値上げ前の料金に復旧せず、五千キロの発電所を建設するという値上げ当時の条件も実現しないので、機会だにあらば市民の不平は爆発せんとする気配が見える。

(12) 公益を無視する規定 東邦電力の九州各支店

佐世保、長崎、福岡、佐賀の各市はいずれも東邦電力会社の供給区域であって、その供給規程は大同小異であるから、左に列挙する不都合の数々は前記の各市に及んでいるわけである。

不都合の一

まず第一は電灯案内の『設備、工事費及び試験料』の中に定められている
屋内設備及び点灯用器具等全部御買取の節は定額灯従量灯共一灯に付金五銭割引可致候
という規定と、
電灯使用御休止の場合には貸付器具に限り左記休灯料可申受候休灯料一灯一箇月十銭
という規定である、東邦電力九州各支店における電灯の屋内器具は、定額従量ともに全部無料で貸付けることになっているから、需要家がその屋内設備全部を買取れば、会社が需要家に器具損料を払戻すのは当然のことであるが、この場合の器具損料は一箇月一灯に付五銭、しこうして休灯の場合に会社が需要家から取る器具損料は一箇月一灯十銭とはおかしな話ではないか。

会社的理屈

会社にいわせたら、休止の場合に需要家から頂戴する十銭は『休灯料』であって『器具損料』にあらずと言いわけするかもしれない。が然らば休灯料とは如何なる意味の如何なる料金でありますか、会社が屋内内付器具のために投じた資本が点灯休止のために寝るから、その資本に対する利子を頂戴しようという以外に理由はあるまい。『点灯を休止されると屋内設備ばかりでなく、発電、送電、変電の諸設備に投じた資本まで遊ぶ』と会社の方ではいうだろう、しかしそれは素人ダマシの理屈で、会社はこれ等の休止灯を見込んで発電送電変電の設備以上に屋内器具を取付けているんだから、休灯があっても事実において引込線と屋内器具の外は遊ばせていない。散荷率とはすなわちこれである。

不都合の二

東邦電力の九州各支店はさらに大なる不都合をはたらいている、それは新設増設の工事料を取ってることもその一つであるが、引込線一箇所について一円ずつの工事費を取っていることである。屋内器具の取付工事費を取るさえすでに不都合とされているのに、引込線の工事費を需要家に負担させるとは何事であるか、電気は普通の品物と違って電線がなければ輸送運搬が出来ない、だから引込線は電気事業法施行規則の
電気事業者は正当の事由なくして電気の供給を拒むことを得ず
という規定の上から会社がなさねばならぬのである。

不都合の三

不都合なことはまだある、それは動力の需要家に電動機及びその附属品並に内線を買取らせ、その上に外線の工事費まで負担させながら、受電を中止すると半馬力に付一円七十銭、一馬力につき二円八十銭の準備料をとることだ。配電設備が全部需要家持であるのに何の『準備料』であるか、会社は発電所や変電所の準備料だというかも知れぬが、発電所や変電所は電灯事業に必要なものであって、昼間動力需要家のため特に設けてはいやしない。これほど理不尽な規定が監督官庁には不都合に見えないのか、改訂の命令があったことを聞かぬ。

(13) 会社を訴えた佐世保 市と会社との関係

電気事業は単なる営利事業でなく公共の事業であるから、会社は常に社会民衆の利益を念として経営の任に当るべきであるというのが需要家の頭であり、また会社は、事業の性質が如何に公共的でも営利を目的として経営しているのであって見れば、投下した資本に対する

相当の利益

を収めるのが当然で、何人からも制肘干渉される理由がないという頭であるから、不平不満は需要家の方にもあるが、また会社の方にもあるわけだ。しかし電気事業は決して電気事業者の電気事業でなく一般公衆の電気事業であるという見地から政府は電気事業を許可するに当り『国または公共団体において電気事業の全部または一部を買収せんとするときは電気事業者はこれを拒むことを得ず』という条件をつけている。わが国の電気事業は多く民営になっているが、これは一時その経営を民間に委任してあるにすぎないので、其経営方針は飽く迄公衆本位であらねばならぬ。

裁判に出訴

しかるに各電気会社の実情はすでに今日まで述べたとおり利己一点張りで、殆んど公衆の利益は眼中におかれていないような観がある。それがために近ごろ電気事業の公営を計画する公共団体が多い。佐世保、福岡などはその一例であるが、会社はどこまでも欲と二人づれで、事業を手放す間際まで一儲けしようとする、だから容易に話がまとまらず、それがために問題を裁判所まで持出して会社と『売れ』『売らぬ』の争いをつづけている。ここにその訴訟の経過を掲げて全国各市町村の参考に供することにする。

事業の沿革

該訴訟の経過を述べるには順序として佐世保市における電気事業の沿革を略述しなければならぬ。同市現在の電気事業は明治三十八年七月大阪電灯会社によって開業されたものであるが、当時佐世保市は瓦斯事業経営の計画を樹て市会に提案中であったので、県から市に対して電気事業の許可に関する諮問があった際、市は県に対して電気事業を許可しないようにして欲しいとの答申をなし、一方瓦斯事業の計画を進めた。しかるに時恰も日露戦争中で、政府が事業資金の起債を許さなかったので已むなく瓦斯事業を断念し、新に市長及び市参事会員等数名が個人の資格で電気事業の認可を申請した。

買収の契約

これがため大阪電灯会社の出願が妨げられることになったので、大電は市に対して電気事業の出願撤回方を交渉し、その結果市は大電と報償契約を結び、開業後十五年を経過した暁は買収契約成立前三ケ年平均の純益金の十倍以内でその事業及び財産を買収し得ることにしたのである。

(14) 佐世保の訴状内容 会社は飽くまで頑張る

政府が電気事業を認可する際に『国または公共団体において買収せんとするときは会社はこれを拒むことを得ず』という条件をつけるようにになったのは明治三十九年以後のことであるから、これより先三十八年に認可された大阪電灯会社の特許命令にはこの条件がついていないのであろうが、しかし会社と時の佐世保市当局との間に締結された契約によって佐世保市の電気事業の営業権は十五年間だけ会社に貸してあったものであることが明かである。

転売又転売

その後明治四十四年十月大電はこれを京都電灯会社に売却し、京都電灯会社は大正元年十月さらにこれを佐世保電気会社に売り、佐世保電気は大正二年十二月に九州電灯鉄道会社に合併されたので、佐世保市の電灯は九州電灯鉄道会社の手によって経営されることになったがその九州電灯鉄道は大正十年十二月関西電力と合併して東邦電力と改称することになったので、佐世保市の電灯もまた東邦電力佐世保支店となったのである。

買収の交渉

来歴あらあらかくの如し。佐世保市の電気事業は前後十九ケ年の間に数回経営者をかえたが、始め大電と佐世保市当局との間に結ばれた契約の効力に変りのあろうはずはないその契約に定められた『開業後満十五ケ年』の期限は恰度大正十年八月に到来したので、市は直に会社に対して買収の交渉を開始したが、会社は酢だのこんにやくだのといって該契約の履行を免れようとした。

訴訟の内容

そこで市は仁井田益太郎、本田恒之、佐々野富章の三弁護士を代理として東邦電力社長伊丹弥太郎氏を相手取り、長崎地方裁判所佐世保支部に『電気事業買収契約存立確認、買収価格承認、認可申請』□を請求する訴えを起した、これが一昨年九月のことで、その一定の申立は
原告市において被告会社の佐世保市内電気事業に属する設備並に権利等一切を買収する契約関係が原告市と被告会社との間に存立することを確認す
被告会社は右買収の価格が金四十八万一千六百五円三十三銭なることを承認し、右の設備並に権利等一切の譲渡認可の申請その他譲渡に必要なる手続きをなすべし
訴訟費用は被告会社の負担とすとの御判決相成度
というのである。この事件の公判は今なお続行中で、次回は十二月十四日に開き、裁判長指名の鑑定人が出廷して買収価格の鑑定をすることになっている。

知事の仲裁

佐世保市から訴訟を起す前、まだ会社と市が買収交渉で押問答しているうちに当時の長崎県知事赤星典太氏が両者の間を調停しようとしたが不調におわり、次で赤星氏の後任平塚知事も仲裁しかけたが、和解の見込がないので手を引いた。斯くして訴訟にはなったが、富永現知事は訴訟が永引けば双方の不利益であるというので、上京の序に会社側の幹部と会見して見たが、これまた会社の鼻息が荒いために手を引いてしまった。それで今度は井山裁判長が原被両告の和解を勧めている、井山裁判長の仲裁案はどんなものか。

(15) 裁判長の和解勧告 買収価格の鑑定が観物

井山佐世保支部裁判長の仲裁案なるものは絶対秘密に付せられているが、大体赤星知事が調停のときに示した仲裁案に近いものらしいといわれている。赤星知事の仲裁案は

一、佐世保市民は長崎その他に比して今日まで高い電気料金を支払っていたから会社は不当に貪った利益を吐き出す意味において佐世保市に金三十五万円を提供すること
二、報償契約を十五ケ年間延期すること

会社の主張

これに対して会社側は、契約期限満了の際における買収価格算定法の『純益金年額の十倍以内』とあるのを『十七倍』にしてもらいたいと主張し、市はこれを承認しなかった。裁判長の仲裁案に対しても会社は買収価格を純益金年額の十七倍に改めることを固執し、なお市に対する提供金を値切っているやに伝えられる。

会社の暴利

現在東邦電力会社が佐世保の電気事業によって収めている純益金は一ケ年二十五万円であるが、市対会社の買収期限が到来した大正十年当時は十八万円であったから、その十倍はすなわち百八十万円である、しかし契約の文句が『十倍以内』となっているので、市は会社がその帳簿に現わしている機械器具その他の建設物の価格(四十八万一千六百余円)で買収しようというのである。この買収価格の是非に関する批判は後にするが、四十八万余円の建設資本から十八万円の純益を挙げていれば三割七分五厘の利益である、これほどの巨利を挙げながら、一昨年末逓信大臣の命令があるまでは市民が如何に要求しても『値下げの余地なし』と空うそぶいていたのだから猛々しい。

電灯の時価

佐世保における本年四月末現在の電灯取付数は八万三百七十七灯で、外に動力千十七馬力ある、大正十年当時の灯数及び馬力数は無論現在よりも少かったろうが、それにしても四十八万円の建設価格は時価から見れば高いものではない、昨今の建設価格は地方にもよるが、発電所と発電所、変電所間の送電線を除外したものが一灯当り十八円乃至二百円ぐらいのものであるから。

価格の算定

しかし佐世保の電灯買収価格にこの建設時価を当てはめるわけにはゆくまい、佐世保の電灯建設価格が特に安いのは物価□安い時代に建設したからばかりではなく、需要家から搾取した利益によって十分な減価償却を行い来った結果であろうと見られるからである。殊に同市電気事業の沿革から見ると、事業の権利すなわち老舗料は認める必要がないわけであるから、大阪市が大電を買収したときの価格算定法などは適用さるべき限りでない、いずれ来る十二月十四日には裁判長が指名した鑑定人によってこの買収価格が鑑定されるはずであるが、その結果は独り佐世保市のみならず、電気事業を買収せんとする全国各都市の好参考資料となるであろう。

(16) 奈良に揚った火の手 糾弾さるる東邦支店

奈良、郡山方面の電灯料金値下げ運動が白熱化して来た。中国、九州地方の横暴なる電気会社に揮うべき庸懲のメスは、まだその皮下にも達していないが、スリ鐘を聞いては落つき払ってもいられない本能寺の変を聞いた藤吉郎の格で取あえず火元に駆けつける。

めぐる因果

東邦電力九州支店の専横ぶりを剔抉したペンを握って奈良に来て見ると、ここの需要家と睨合っているのも東邦電力であるというはめぐる因果が奇しく縁ではある。現在東邦電力奈良支店が支配している縄張というのは旧の関西水力と山代水電を併せたものであるからなかなかに広く、奈良県下の大部分と京都府下の一部を占め、電灯数十九万五千、動力千馬力に近いものがある。この多い需要家がいずれも東邦電力支店の営業ぶりに不平を鳴らし、本年二月以来奈良市には電灯調査委員なるものが設けられ、また全県下の需要家は東邦電力糾弾民衆同盟会なるものを組織し、さらに先月になって工場主連盟の動力値下運動が開始されるという騒ぎ。

値下の要求

電灯電力値下げ運動の団体は数々あってもその要求するところは殆んど同じで、まず第一に高い、第二に暗い第三に不親切、第四に停電が多いというのである。これに対して会社は来る十二月一日から料金を改正することを発表したが、そり改正料金なるものはいわゆる改正であって値下げではなく、十六燭光以上の高燭光の料金のみを引下げ十燭光以下の料金を据置くのは社会政策に反したやり方であるという理由の下に、東邦電力糾弾民衆同盟会は各需要家の委任状を取まとめ、今明日中に上京して安達逓相に陳情することになっている。ここに問題となっている現行電灯料金と十二月一日から改正実施する新料金をお目にかける。

[図表あり 省略]

頑強な会社

値下げ実行委員は今日まで手をかえ品をかえて会社と折衝し、奈良市の電灯調査委員などは、暇をつぶし旅費をつかってはるばる名古屋くんだりまで出かけ、久留島専務に会って膝詰談判をして見たが、十燭光以下の値下げは収入と投資額の関係上絶対に承知出来ぬと刎ねつけられた。民衆同盟会の逓相訪問がどんな効果をもたらすか未知数であるが、頑強な会社にも三分の利ありだ、まずその言分を聞くとしよう。

(17) 結局値下げになる 会社は斯く弁明する

東邦電力奈良支店が今回十六燭光以上の定額電灯料値下げを声明して、十六燭光以下の電灯料を値下げしない理由について語るところは下の如し。

会社の言分

当社現在の定額電灯料は何燭光何程というように職光を標準として定めているのであるが、燭光を測定することは甚だ厄介であるから、これを量り易いワット標準に改めることにした、そうして用いる電球も十ワット灯、二十ワット灯、三十ワット灯というように勘定のしよいものばかりにして、五燭光に相当する六ワット二五とか十燭光に相当する十二ワット五とかいうものは計算に不便だから、これを廃止しようと思う。

十燭光廃止

その結果現在二灯以下の申込みには応じないことにしている、室内の八燭光を制限なしに室内灯として認め五燭光は門灯以外つけないことにしました。公正の見地に立って調査研究するに夜業をするには十六燭光以上でなければ不十分である夜業をせずに只真暗でさえなければよいという需要家ならば八燭光でもよいわけであるから、十燭光を廃止しても需要家には少しも不便がないはずである。

低燭は安い

それで需要家の懐中関係を考えて見ても十燭光の料金が高過ぎるという需要家は八燭光にすると九銭節約し得るわけであり、また八燭光では暗いという需要家のためには十六燭光の料金を思い切って八銭値下げすることにしたから、十六燭光にかえてもらえばよい。十燭光の需要家が十六燭光の電灯にかえれば料金は一割強高になるけれども燭光は六割増になるのだから結局値下げである。十燭光以下の定額電灯料を引下げないのは不都合だというお話ですが、当社の十燭光以下の電灯料は他に比して安いのであるから、さらにこれを引下げると他の燭光との均衡がとれなくなります。

改善に努力

故障が多いという非難もあるが、当社が経営するようになってから送電線の改修、変電所の設置、電圧の調整等に意を注ぎ、大正十年十月関西水力から事業を引継いで以来本年七月まで建設改良のために投じた金は九十四万五千余円に上り、目下工事中のもの及び計画中のものが八十万七千余円に上っています、これによって見ても如何に我社が需要家のために施設の改善に意を注いでいるかということがお分りになりましょう。

需要家本位

さらに当社は関西水力を合併して以後すでに二回の料金値下げを断行し、しかも三アンペア以上の需要家には会社の不利をも顧みず従量灯の需めに応じ、またこの従量灯は全部昼夜間線にして需要家の便宜をはかっていてるような次第で、実際奈良支店では一割そこそこの利益しかあげていないのですから、会社の衷情を御諒察が願いたいと思います云々。会社にいうだけのことをいわせたら今度はこちらの番である。

(18) 十燭電球廃止の魂胆 怪しげな指示ワット

会社の弁明を正直に受取れば一応もっともに聞える。電灯料金を燭光によって定めるのは不合理であるから消費電力量標準に改めるのはよろしい、七十四銭の十燭光需要家が八十二銭の十六燭光電球にかえれば料金が一割強増しで燭光が六割増しになるという会社の説明も事実そのとおりであるが、『十燭光では仕事をするのに不十分だから廃止して十六燭光にかえてもらう』というのは甚だ

専断な行為

である十畳の部屋に十燭光一灯では不十分であるかも知れないが、四畳半なら十燭光一灯でも十分である。また都会人は十六燭光の電灯をもなお暗しといているが、山間僻地の住人はカンテラの下で針仕事をしながら別に燭光の不足も感じていない。だから燭光が十分であるとか不十分であるとかいうは、その部屋の大小と仕事の種類、しこうしてこれを用いる人の視力を視野の外において決定し得るものでない。五燭光は六ワット二五、十燭光は十二ワット五というようにその

消費電力量

が端数を伴って計算に不便だから廃止するなどいう理屈は言分けにも弁明にもならない、このくらいの計算がややこしいというなら電気屋なんかやめることだ、一体五燭光の消費電力が六・二五ワットですむはずがない。これは使用する電球によって異なるが、現在奈良で使っている電球なら八ワットは要るはずである、八燭光の電力消費量だって十ワットでは足るまい、現在奈良と同じ電球を使っている阪神電鉄は六燭光を十ワットとしている、して見ると折角十燭光を廃して八燭光にして見たところで少しも会社のいう電気計算上の便利にはならぬのである。だからこれは会社が電気の知識に暗い需要家をダマかさんとする口実で、本心を割って見れば点灯数の大部分を占めている十燭光を十六燭光にしようとする魂胆にすぎないのである。

新しい規程

十二月一日から実施するという電灯案内を見ると、書き方が現在のものよりはグッと軟かくなって文句商が売人らしくなったが、内容は相変らず自己本位である。それに対しては漸次メスを進めてゆくことにするが、まず第一に定額電灯料の項に掲げた『指示ワット』を何故にかく実際の消費量とかけ離れたものにしたか、需要家はよくこの点を講究しておかねばならぬ。会社はタングステン電球一燭光の電力消費量が一・二五だから五燭光の六・二五ワット、八燭光の十ワットは誤っていないと弁ずるかも知れぬが、低燭光電球の電力消費量が一・二五ワットの標準どおりに行かぬことは一般に認められているのである、八ワットの電気を食う電灯を六ワット二五にし、十二ワットを消費する電球を十ワットにして計算したら不足な電力は不足でない計算になろうが、それがために暗い電灯が明るくはならないのである。

(19) 電力が不足している 電圧検査を実行せよ

関西水力時代から見ると奈良の電灯は非常に明るくなったという者もあるが、この明るいとか暗いとかいうことを判定する人の眼は甚だ不正確なものであるから、奈良における現在の電灯が果して明るいか暗いか、これを東邦支店の電力から検査して見る。

発電所出力

東邦の奈良支店には一千九百五十キロの水力と千八百キロの水力発電所があって、火力千八百キロのうち六百キロが予備ということになっている、但しこれは逓信局に届出でてあるいはば帳面づらの発電所で実際は水力の千九百五十キロが動いているだけ。火力は機械がポロで一キロの発電に石炭五斤も食うものだから全然休止し、その代りに大同電力から五千キロの水力を購入している。しかしこれも契約高は五千キロだが、実際受電しているのは四千キロだから合計五千九百五十キロの電力がある勘定になる。

電力大不足

この中から配電ロスを控除しなければならぬ、普通一割と見るところだが奈良の配電線は不完全だから一割五分ぐらいのロスがあろう、それに千九百五十キロの水力発電所の方には発電ロスもあれば変電ロスもある、おまけに虐使の結果機械が痛んでいるから公称出力が怪しい、これ等のことを考えると実際需要家着の電力は購入と自家発電の場合が四千五、六百キロしかあるまい。それに対する需要家の設備は電灯が十九万四千九百灯、この所要電力が一灯平均二十二ワット(逓信省電気事業要覧による)として四千二百八十キロ、動力設備が定額九百四馬力、従量四千四十九馬力、合計四千九百四十三馬力これをキロワットに換算すると三千六百九十五キロということになるから、奈良の電力は不足も不足大不足なわけである。

最大電力量

もっとも、奈良の動力は昼間が多い、昼間動力は点灯前に用捨なく止めているから、それだけのものは夜間の電力から省かれることになる。しかして休灯もあろうし、奈良は従量灯が多いから散荷率も相当にあろう、して見ると電灯の所要電力を四千二百キロとし、動力の取付容量を三千六百九十五キロと見て七千八百九十五キロが最大電力であるというのは過大であるが、しかし、また需要家の電力消費高をいくら内輪に見積っても今日の電力をもってしては不足なし□信□□□□が出来ない。

電 検査

電力が不足であれば電灯が暗いのは知れきったことである、いくら電球の指示ワット数を少くして見たところで実際の消費量が多いのにそれだけの電力を送らなかったら明るくなるはずがない。そこで我輩は需要家にお勧めする、明るい暗いの争いは畢竟水かけ論であるからそれによりもボルト・メーターを買って市町村に備え付け随時電圧を検査しなさいということを。ボルト・メーターは決して高いものでない、そうしてその検査は素人にも容易に出来る。

(20) 低燭電灯料は割高 手前勝手な会社理屈

東邦奈良支店が低燭の料金を引下げぬことの非難に対して会社は『十六燭光以下が割安になっているから』と弁明しているが、我輩が見るところでは少しも割安になんかなっていない、論より証拠だ左の事実をみなさい。

[図表あり 省略]

低燭は割高

八燭光灯は一灯当り八銭七厘であり、十六燭は五銭一厘である。これで見たら低燭光が割安どころか割高であることが知れましょう。『他の会社に比較して』割安だというならば、これは問題外である。値下げを叫んでいるのは東邦奈良支店の需要家であって、他の会社の需要家ではない。しこうして東邦電力は他の会社や他の支店を引合に出したがるが、他の会社が奈良よりも高いからといって奈良が割安だという理屈も立つまい、他社の高さは奈良の安きにあらずして他社が高いのである。

割安は不当

それから東邦奈良支店では電灯料一ケ月五円以上の需要家には五分、十円以上には七分というような割引をしているが、十二月からこれを廃すことにする、その理由は『他に類例なく、かつブルに厚くプロに薄いことになるから』というのであるが、他に類例がないところが沢山あるが、この制度は廃止するのが当然で、存置するのが不都合である。そうしてこの割引制度廃止による増収は低燭光値下げの資源にあてられねばならぬ。

勝手な観察

なお会社は奈良における需要家は十燭光よりも十六燭光の方が多いから、十六燭光八銭の値下げは事実上最も多くの需要家が利益することになるといっているが、これは自分に都合のよい観察である、もしこれを灯数から見るとそういう観察はなし得ない。手もとにあるのは奈良市だけの統計であるが、十燭光一万四十灯に対し十六燭光三千八百八十六灯だから、十燭光は十六燭光の三倍以上である、これによって見ても需要家が値下げによって受ける利益は十六燭光よりも十燭光の方が多いことを知るに難くない。

会社も困難

ただ、ここに会社のために多少考えてやらねばならぬことは、需要家の密度が低いことである。密度か低いと配電設備の収益率がわるい、殊に奈良県下には一灯または二灯の需要家が多く、東邦奈良支店の需要家総数七万一千三百戸のうち二灯以下の需要家が四万六千七百戸すなわち六割五分を占めているのだから会社は助からない、一灯の需要家でも十灯の需要家でも引込線の工事に要する費用は同じなのであるから、その資本関係から考えて、一、二灯需要家の多いことが会社の利益計算上割がわるいことは誰にも肯くことが出来る。

(21) 乱暴なりし関水時代 監督怠慢な逓信局

東邦電力が関西水力および山城水電を合併してから九十四万余円のお金を改良または修繕のために投じたこと、並に目下八十万余円の予算で変電所の新設拡張、送配電線の改修を為しつつあることは事実である。送配電の諸設備が改良されるに随い故障が減じてゆくことに不思議はない。しかし現在の東邦奈良支店における諸設備は遺憾ながら『完全』の折紙をつけるわけにゆかない、現に巨額の費用を投じて建設改良工事をなしつつあることが何よりも雄弁に現在設備の不完全なるを語っている。

故障が多い

設備が不完全であれば必ず故障が多いにきまっている。関水時代に比すれば何ほど減じたかは知れぬが、奈良の電灯故障は決して少い方ではない。だから需要家は故障の多い電灯をつけて安からぬ料金を取られているわけである。しからば会社が儲けているかというと奈良支店の利益は漸く一割にしか当らぬという、東邦電力の配当は現在一割二分であるから、奈良支店の儲けだけでは配当をやってゆけないとの事である。

乱暴な営業

しかしながらそれは東邦が関水や山城水電のボロ財産を実価以上に高く見積って合併した罪で、需要家の知ったことではない。関西水力といい、山城水電といい、その営業ぶりは実に乱暴を極めたもので、財産の減価償却なんぞはテンデ最初からやっていず、諸設備の改良も修繕もソッちのけにして、需要家からは法外な高い料金をブツ奪り常習的に蛸配当をやっていた。

需要家詐取

こんな会社に高い老舗料を払って合併する者も合併する者だが、箸の転んだほどのことにも八釜しい文句をいう逓信局が、将来需要家の頭へかかって来る合併条件について何等の監督もしないというのはその意を得ない、さらに不届きなのは需要家を詐取し得るだけ詐取した挙句、食い荒したボロ会社を東邦に押しつけて逃げ出した前経営者である。

尻ぬけ監督

需要家の要求は定まりきって『値下げ』であるが、二銭や三銭値を下げさせて見たところで一ケ月に三回も五回も停電をやられては蝋燭代にも足りやしない、それだから需要家は停電の少い、光力の不足せざる完全な電灯たらしむることを要件の第一要件のとすべきである。そして次には横暴専制なる供給規程を需要家本位に改正せしめることであるが、会社によっては建設改良費を食ってしまう場合が多いから滅多に目が放せない。送配電設備の監督は逓信局電気課の責務であるに拘らず、関西水力の如き乱暴なものが大手を振って電気界を闊歩してるところを見ると電気課なんか一体何をやっているんだといいたくなる。

(22) 需要家泣かせの禍根 関水合併裏面消息

奈良県下には東邦電力のほかに宇治川電気と大軌が電灯を供給しているが、大軌は今春東邦に揚った値下げ運動の火の手を見て早くも観念の臍をかため、需要家の要求を待たずして十月一日から僅かながら値下げを実行したのは賢明なやり方である。そこへゆくと宇治川電気などはボヤボヤしていたために値下げ運動を起され、しかもこれを食いとめることが出来ないで、来年一月一日からホンのしるしだけの値下げを発表した器量のわるさ加減といったらありやしない。

三電の料金

奈良県下の三電灯供給会社の新料金を対照して見よう。

[図表あり 省略]

これによって見ると東邦は十六燭光を思切って八銭下げたなどといっているが大軌に比べるとまだ二銭高い、十燭光に至っては四銭高である。しかも大軌の営業区域は生駒郡の一部すなわち大軌の沿線だけで、需要家の密度は余りよい方でないが、東邦は奈良市を独占し郡山という繁華な街を営業区域に取入れているのであるから、普通ならば大軌よりも東邦の方の料金が安からねばならぬはずであるしかるにこれが反対になっているのは決して大軌が勉強しているのではない。

東邦の料金

が高いのである。東邦が如何に公共事業の精神をわきまえぬといっても、需要家の攻撃□矢面に立つことは余り気持がよいことにも思っていないであろう。財政が許せば値下げをする気もあるだろうが、それを為し得ないのはボロ会社にさらに水をまして合併したからである今、世間並の料金に改めようとすれば財政難に行当り、このまま料金を据置こうとすれば需要家に責められ、進退

両難の窮境

に陥っているのも自業自得で、何所へ尻の持ってゆきようもあるまい。東邦は関西水力のボロなることを知らずに合併したのではない。知りつつ四株対三株などいう条件で合併したのはそもそも何がためであるか、この間の消息を赤裸々に素破抜いたら定めし世人はアッと驚くであろうが、すでにすぎた暗やみの仕事を明るみへサラケ出すのは、買った人にも売った人にも罪深いから敬意を表して置く。

横暴な規程

改正された東邦の新規程や、宇治電大和支店、大軌などの電灯案内にも会社に都合のよい需要家に都合のわるい条項が沢山ある、しかし他の地方の会社にも共通的の規定を設ケている会社があるから、これは他社に対する批判を参考として頂くことにしょう、奈良県下の需要家はこれを各自の電灯供給規程に照し合せて見てその改正を会社に迫ればよい。

(23) 合同後の三重電気 需要家の声と会社の弁明

宇治山田市の電灯需要家から『当市に電灯を供給している三重合同電気会社は和歌山、神戸等の短所を一手に引受ケている』とて左の不平を訴えて来た。

一、前任者が不払にした料金を後任者が支払わなケれば点灯しない。
二、新設増設には一灯一円五十銭位置の変更、再点灯、廃灯には各五十銭の工事料を取り、十燭光を十六燭光に変更するような場合にも取付料と称して五十銭也を取る。
三、工夫も集金人も悉く強慢不遜で電灯料の支払が少しでも延びると直に送電停止と来る、その態度はたしかに暴君的である。

まずザッと右のような事実を挙げて会社を『官僚の元締』と呼び『三荘太夫主義』と罵っている。

故障の頻発

次に三重県志摩郡浜島町の需要家からは停電の多いことを訴え、八月は一ケ月に十五日二十五回の停電があり、その時間は最も短い時で三分長い時は四十分にわたり、また終夜停電が三回あったこと。九月中は十七日三十回の停電があり、満足に点灯されているかと思うと光力が不足であること。これを会社に訴えると『不可抗力』一点張りで埒が明かぬこと。動力は現在でも一ケ月二十回ぐらいの停電があること。点灯を申込んでも一ケ月ぐらいは工事をしてくれず、その上安からぬ工事費を請求される(現に私は三灯で五円二十銭とられましたといって来ている)こと。工夫が一人で七ケ村も受持っている始末だから故障があっても手が廻らぬこと。浜島町附近七、八ケ村は今なお五十ヴォルトの電気を送っていることなどを挙げて事実の調査及び批判を要求している。

会社の弁明

三重合同電気会社は四日市以外におケる三重県下殆んど全部の電気事業を合併したものであるから、その供給区域は頗る広い、と同時に数個の会社を寄あつめたものであるから、その事業は乱雑不統一であろうことを想像される。事実果してどうか、一応は会社の弁明を聞いて見る。

一、前任者の未払料金を後任者に支払わせるということは絶対にありません、只需給家の中には戸主が料金を三、四ケ月も溜て妻君の名前に書替え、また四、五ケ月も引かケて子供の名前に変更しているのがあります、そうした需給家に対しては前名義人の料金を請求していますが、普通借家の前任者が払わぬ料金を後任者に払わすなどということはありません。
二、新設増設に五十銭の工事料をとっていますが、一円五十銭は何かの間違いでしょう。高燭光に変更する際五十銭の『取付料』をとるなどいうことも絶対にありません。配灯、位置変更、再点灯の場合は五十銭ずつ頂いています。
三、工夫や集金人に対しては常に親切を第一とするように申附ケてあるのですが、時に『不親切』とのお叱りを蒙るのは遺憾に存じます。料金の支払が遅れると直に送電を停止するとの事ですが、山田方面には六ケ月も整理がつかない未収料金があるくらいで、寛大でこそあれ、苛酷の御批判を受ケる筋は少しもないと思います。

(24) 不足せる電力設備 減法高い四日市の料金

さらに浜島町附近の需要家が訴えつつある不平に対して会社は次のような弁明をしている。

一、八月から九月にかケて停電が多かったのは、八月三日の大雷雨と同月十六日の大暴風雨被害に原因するもので、これを復旧するために九月に入ってからも度々送電を中止したのは誠に申訳がありません。
二、夜間の最大電力は約九千キロですが、これに対して当社は八千三百八十キロの発電設備をもっており、外に東邦電力から一千キロ購入していますから合計九千三百八十キロの供給力があるわケで、電力は不足していません、随って光力が足らないことはないはずです。
三、点灯の申込みがあれば直に工事することにしていますが、都部はその日に工事の出来ないこともあります、しかしいくら遅れても一週間以上になるようなことはありません。
四、工事費も新増設は五十銭ずつ頂くことになっていますが、それ以上の工費は頂戴していません。ただ今年の夏会社員と名乗って需要家から色々な名義で金を詐取したものがありました、しかしこれも一ケ月ばかりで捕まりましたからその後はそんなことはないはずです。
五、一人の工夫が七ケ村も受持っているというようなことはありません、大抵三ケ村ぐらいです。
六、浜島附近□、八ケ村に五十ヴォルトの電気を送っていることに対してのお叱りですが、これは全部百ヴォルトに改めることにし現に工事中です。

現在の料金

会社の弁明に果して詐りなきや否やは需要家自身に判断を請うほかないが、三重合同電気は三重県下の電気会社を大合同してから送電線の整理統一を為し、現に津と山田の間におケる送電線を二回線にすべく工事中で近日落成せんとしており、さらに山田、松坂間の送電線を二回線にする計画を進めている。そして電灯電力料金も合併以前の一番安いものに統一したので東邦電力が経営している四日市の電気料金に比べると若干安くなっている。

[図表あり 省略]

電力は不足

さりながら、当社の電力は決して十分であるといい得ない、会社当局のいうとおり当社の夜間電力は電灯と動力と電車とを合せて最大九十キロになる、これに対して八千三百八十キロの発電所があって、外に一千キロの電力を東邦電力から購入しているというが、この八千三百八十キロの発電所の中には予備も含んでいるし、火力発電所の中には実際運転していないものもある。仮に全部運転して見たところで一割の送電ロスがあったならば電力は足らないわケである。殊に不安を感ぜられるのは渇水時である、当社の水力発電所は渇水の二倍を出力としているから、渇水に際会すれば出力が半減するのは知れたことである、しかもその場合の電力補充設備がない、これ当会社の一大弱点である。

(25) 六大都市の電灯料金 不人気な準備料

電灯会社の支出中最も多きを占めているのは資本利子であるから、電灯一個当りの投下資本と電灯料金とは重大な関係をもっている。この点から観察すると都会地は郡部よりも需要家が密集しているだケ、需要家一戸当りの配電線建設費が安くつくのみならず、一戸当りの電灯数も多く、また一灯当りの燭光数も多いから、都会地を区域にしている会社は郡部に供給している会社よりも比較的少額の資本で多く収益を挙げ得るわケで随ってその料金は郡部よりも安いのが当然である、左に六大都市の現行定額電灯料金を掲げて見る。

[図表あり 省略]

従量灯料金

これによって見ると六大都市のうちで一番料金が安いのは大阪で、大阪市電当局はこれを一つの誇りとしているが、しかし従量灯の料金は必ずしも安い方ではない、殊に従量灯に準備料を課しているのは六大都市中横浜と大阪だケである。参考のために左表を御覧下さい。

[図表あり 省略]

五灯の需要家が一灯平均一キロワット時の電気を使用した場合の料金を算出すると東京は一円、横浜は一円四十銭、京都は一円十五銭、大阪は一円二十八銭、神戸は一円三十五銭で、名古屋は一円四十三銭ということになるが、名古屋では一灯の最低使用電力を一キロ半にして一円九十銭取っているから一灯一キロワット時の電力を消費する場合の従量灯料金は名古屋が一番高く、次は横浜、神戸、大阪、京都、東京の順序となる。

準備料排斥

電気事業者は最低料金よりも準備料の方が合理的であるといって、とかく最低料金制度の採用を避ケようとする傾向がある。減価論□らいえば或は準備料の方が合理的であるかも知れないが、この準備料の算出基礎となるものは頗る怪しげなもので、純正の準備料ではないのだろうから、需要家が『只取られるような気持がする』といって排斥しつつある準備料はこれを廃止し、最低料金にすることが需要家に忠なるゆえんではあるまいか。

大阪の規程

大阪市は需要家の希望に逆行して準備料制□採っているのみならず、その電気供給規程を吟味すると頗る不都合かつ不合理な条項を設ケている、需要家これを知るや否や、二三の例を挙げて見よう。

(26) 不合理な大阪の規程 無茶な工費と試験料

大阪市の電灯案内から器具損料に関する規定を引ぬいてお目にかケる。

一、従量灯御使用の向は電球、室内電線及び諸器具(計器を除く)その他一切自弁を願います
もし貸付を望まるる向は点灯の有無に拘らず一ケ月一灯に付金五銭の器具損料を申受ケます
一、室内定額灯の電球電線及び器具並に門灯用普通鉄パイプ及びグローブは無料にて取付の上貸付致します
一、点灯御中止の場合は器具損料として一ケ月一個に付金十銭を申受ケます
一、定額の御需要家にして内線設備全部御買取の向に対しては点灯料金を五分引いたします

奇怪な損料

従量灯も定額灯も屋内設備は同じもので何等変りがない、その同じ設備の損料が従量灯の需要家に貸すときは五銭であり、定額灯の需要家が点灯を中止した場合には十銭である。しこうしてその屋内設備全部を需要家が買ったときは点灯料金の五分引とある、おかしき極みではないか。この規定によると十六燭光の電灯需要家は屋内器具を買取っても二銭五厘の割引しか受ケることが出来ない、市が貸付れば十銭の収入を生む屋内器具が、需要家の手に渡ると二銭五厘にしか働かぬというはさてさて合点がゆきかねる。

高い器具料

これが器具損料でなく、中止料とでもいうならばまた別であるが、大阪市の電灯案内には明かに『点灯中止の場合は器具損料として一ケ月一個に付金十銭を申受ケます』と書いてある。第一器具損料としての十銭は高過ぎる、大阪市内の室内器具建設費は一灯平均三円十三銭である、それを一ケ月十銭に貸付ケると年に一円二十銭だから約四割の利廻りになり、三年後には原価の償却が出来る。

工費も高い

次に不都合なのは工事費の高いことである、電灯の取除ケが一個一円五十銭、移転が一円、引込線の取除ケ、電灯または引込線の位置変更などは何れも七十五銭ということになっているが、こんな高い工事費は田舎の我利我利会社にもない。さらに高いのは需要家が市以外の電気工事屋に頼んで屋内設備をした場合の試験料である、東京で一灯二十銭のものが大阪では七十五銭であるから高さも図ぬけている。地方の小会社ですら電灯の試験料は高くて五十銭しか取っていない、それが交通の最も便利な大阪において七十五銭というのだから無茶といわれても己を得ない。

大電の遺物

蓋しこれは、大電が電気工事を独占するために設ケた横暴の遺物であろうが、電気工事業者は大阪市に限らず電気事業と同時に器具の販売から工事まで独占しようとしているのは甚だ怪しからぬことである。国家は電気事業の独占を許しているが器具の販売や工事まで独占を許してはいない、だから需要家は電気器具や工事の独占的規定には服従の義務がないはずである。

(27) おろかなる市電当局 国民の利益を横奪する者

大阪市は僅かばかりの報償金をとるために、市電の沿道三百尺以上の所には動力を供給しないということを宇治川電気会社と契約しているので、常に昼間電力が余り勝ちで困っている。

営業の矛盾

市電当局が大わらべになって電熱を勧誘したり、制限の箱の中で心細い動力拡張を試みたりしているのは、全く昼間の不消化電力を処分せんとする苦心の現われに外ならぬ。それほど昼間電力の消化に苦心し努力していながら、従量灯の準備料を夜間と昼夜間の二種にし、昼夜間の準備料を夜間のそれよりも十銭高の六十銭としているのは営業方針の矛盾といわんか、べらぼうの沙汰である。

愚策の骨頂

準備料が電気の使用発達を妨げることは既に述べたとおりである。もし昼間電力を少しでも多く使わせたいなら、その準備料をむしろ引下げるのが本当である。実際余っている電力を使わせるならば特に準備の必要はない、準備を要しないものに準備料を課するのは胴欲というものであろう。それはともかくとして従量灯の昼夜間準備料を何ほどでも高くしておくのは配線経済の上から考えても、昼間電力の消化策から考えても愚策である。

瓦斯入電球

さらに大阪市の電灯案内を見るとタングステン八十燭(この消費電量八十八ワットまで)の料金は一ケ月一円六十五銭であるのに、瓦斯入八十燭(八十ワット)の電球を使用すると一円九十二銭の料金を取ることになっている、百燭光も同律で、タングステン球は消費電力百五ワットで一円九十二銭、瓦斯入はそれよりも五ワット少ないのに二円十銭ということになっている。消費電力が一割乃至五分少ない電球を使い、しかもその電球を需要家が自弁しているのに、かえって高い料金を取るというのは不当不合理の甚だしいものでなくして何ぞと需要家は憤慨している。

市電の弁明

これに対する市電当局の弁明は『定額灯料金は燭光を主とし消費電力を従として決定したものであるから、消費電力が少ない電球に高い料金を課しても何等の矛盾がないはずである。殊に瓦斯入電球を使うと熱のためにソケットその他の設備がいたむからタングステン電球よりも高くするのが合理的である』というのである。しかし需要家が屋内設備全部を買取ったら『ソケットがいたむから』という理屈の腰が挫かれよう。

利益の横領

電気は法律上の財物である、しかし光は財物でない、財物でない光を商取引の目的としているのはおかしなものである、のみならず瓦斯入電球の如き発明の利益は社会人類の均しく受くべきものであって電気事業者が独占すべきものでない。電球は今後ますます研究改良されて電力消費量の少ないものになるであろうが、その利益を□部電気事業者が独占するならば、それは需要家の利益を横奪するものだといわねばならぬ。

(28) 無茶苦茶な京都市電 公営の意義を没却す

何の彼のといっては見るものの公営事業としては大阪市電なんかまだ難の少ない方である。もしそれ京都市電の営業ぶりに至っては横暴とも専制とも形容に苦しむものがある。といったら神戸や山口県下の需要家からこちらの方が本家で御座るという声がかかりそうだが、まず京都市から片づケて行く。

公益を無視

京都市内におケる電気供給権は京都電灯会社と京都市とが握っているのだから、本来ならば両者競争の結果同市の電気事業は大に需要家本位でなケればならぬはずであるに拘らず、三条通り以南の下京区は京都電灯会社より以北の上京区は市電というように縄張を協定してしまったので市電が需要家無視のお役所式営業をやれば、京電は一割四分の暴配当をつづケて公共事業もクソもあったものかという態度を見せている。

官僚的営業

都市が経営する事業は必ずしも社会政策を目的とするものとは限られておらず、財政主義で経営されるものもあるが、市民の利益を無視した公営事業というはあり得べきことでない。京都市電ははたして何れの目的に立脚して経営されているのか明らかでないが、京都電灯の供給区域になっている下京区は日没前十五分から翌朝日の出まで送電する約束で雨まては曇天のときは特に規定の時間より早く送電し、消灯の時間も遅らしているのに、市電が供給している上京区は降ろうが曇ろうがそんなことには頓着なく条例一点張で営業しているから、昨今などは市電の方が京電より三十分ぐらい点灯が遅れることは珍らしくない。

電力の不足

その上に市電の縄張は電灯が暗い。暗いはずである、京都市が供給している電灯電力は

[図表あり 省略]

合計一万五千三百七十四キロである。その後本年の三月末までに五分の増加があったものとすれば一万六千百四十キロであるが、これに対する市の発電設備は水力六千三百八十キロ、火力五千キロ、合計一万千三百八十キロで、これに京都電灯から買っている二千五百キロを加えたところでまだ二千二百六十キロほど不足している。もっとも一万六千百四十キロは電灯及び電力、電熱などの取付総容量だから、この中には休止しているものも一割や一割五分はあろう、しかしそういうものを計算する段になると供給力の方には発電ロス変電ロス、配電ロスなどを見込まなケればならぬから、結局足らぬ電力はどのような計算をしてもやはり不足である、電力が不足していれば電灯が暗いのは雨が降る日に天気が悪いほど明瞭である。

配線の欠陥

かてて加えて市電が使っている配電線は電圧に比して細いために電力のドロップが多く、第二次線の最端になると電圧は甚だしく落ちている。しかもこんな暗い電灯でも供給してもらおうとすればなかなか容易ならぬ手続きが要る。その滑稽なほど複雑な手続きと、その裏面に奇怪至極な弊害が醸成されつつあることを御一覧に供することにしよう。

(29) 圧制極まる供給規程 営利会社に劣る市電

京都市は室内工作物を一切需要家持とし、市自らは室内の工事も器具の貸付もせず、公認の電気工事請負商会なるものを設ケて、これに室内工事をやらせている。だから電灯の供給を受ケる手続きがなかなかややこしくなる、まず需要家は町名及び番地を明記して市役所に点灯を申込む、すると市はその町名によって公認工事人が誰であるかということを指示する。そこで需要者はさらにその工事人に室内の工事を頼み、いよいよそれが出来上がれば市の検査を受ケて漸く点灯してもらえるのである。もしこれを市が指示した以外の電気工事屋に依頼するとその工事が完全であっても送電しない、この調子だから移転したその晩から電灯の供給を受ケることなどは思いもよらぬ。

利用を防ぐ

電灯の室内器具さえ貸さないくらいだから扇風器や電熱器などは無論貸さない、それだから京都市電の供給地内では相当の資力がある者でなケれば電熱の利用も扇風器の恩恵にも浴することが出来ない。かくの如く市民に不自由を感じさせて置きながら強欲なことは営利会社以上で、電気使用条例を見ると『使用場内に至るまでの配電設備に要する費用は使用者をしてその一部を納付せしめることあるべし、この場合におケる施設物件は総て市の所有とす』という規定がある、どうです諸君、屋外線の工費の一部を需要家に出させて、そしてその工作物は全部市の物であるよという御託宣だ、虫のよいにもほどがあるではないか。

圧制な規定

虫のよい条項はモッとある、それは条例第三条の第三項『電気使用権の承継者は前使用者の有せし一切の権利義務を承継するものとす』というのである。この条文はいうまでもなく前任者が滞納した料金を後から引越して来た者に払わせるために出来たものに違いない、お手近の本願寺さまでさえ限定相続とやらいって、親父の借金を倅が否認しようとしているのに、見ず知らずの他人が遺して行った電灯料金の滞納を払わなケれば電灯をつケないなんぞは殺生である。電気事業法施行規則には『電気事業者はゆえなくして電気の供給を拒むことを得ず』と規定してある、前任者の滞納料金を支払わないからといって電気の供給を拒絶されてはたまったものではない。同一の規定を設ケているものに神戸市がある市会は一考してかなり。

奇怪な風評

京都市電の工作物は完全に欠いている、それは余り専門的にわたるから止めて置くが、外線工夫の数が電灯七千二百八十七灯に一人では余りに少ない、これでは故障の復旧を速かにすることは出来まい、すべて電気事業者はこういうところの経費を節約して儲ケようとするがこれがために蒙る需要家の不利不便は一通りでない。奇怪至極なことは需要者間に不平百出せる京都市の電灯が市会の問題にならぬことである。市電を完全かつ便利なものにする□、或る一部の職業的議員の儲ケ口がなくなるので、わざわざ不利不便なものにしているのだなぞという風評も聞くが、とにかく世人は市電が一部議員の稼ぎ場になっている如く見ているようである。

(30) 震災後の東京電灯 需要を愚にした新規程

需要者であるとないとに論なく、一般国民は東京電灯の内容をよく知って置かねばならぬ、それは『電力国有』の美名を掲げて、震災にさんざんの痛手を負った東京電灯を、国家に押しつケようとしている者があるからである。

従量灯本位

東京電灯は震災後昨年四月一日東京市と協定して電灯供給規程を改正し、従来定額灯本位であった営業方針を従量灯本位に改め、三灯以上の電灯には全部従量制を採用することにした。定額制は電気事業の初期において採用せられるものであって、欧米の諸国には今や定額制を原則とする電気会社なんか殆ど見受ケない、この点からいえば東京で定額制本位を改め、従量制本位にしたことは決して悪いことでない。

工事費転嫁

しかし、東京電灯及び東京市電が従量制に改めたのは、需要家の利便を増さんがためではなく、資金の調達に行詰った結果新設拡張の屋内設備費を需要家に負担せしめる方法の一つではなかったかと思われる。従来の東京におケる電灯供給規程は、定額灯を原則とし、その屋内配線及び器具は会社が無料で貸すことになっていたのであるが、従量制本位に改めた結果は、屋内の配線及び器具の設備を全部需要家が負担することになった、資力がない者に対しては一灯一ケ月五銭の損料を取って貸すことになっている。

一月の増灯

東京電灯の一ケ月間におケる増灯数は約三万灯で、計量器の新設数は電灯一万七千、動力一千、合計一万八千個に上るが、計量器検定所の方の検定能力が不足しているために計量器が間に合わないのと、一つは工事手順の関係上片っぱしから取付ケてゆくようにしているので、三灯以上の新規需要家でも実際計量器を付ケてもらえるのは漸く一割くらいしかなく、他の九割は一先ず定額灯として供給し、漸次計量器を取付ケることにしている。

巧妙な値上

さりながら、三灯以上は全部従量灯というのが原則であり、従量灯の室内配線及び器具は需要家持ということになっているから、需要家は屋内設備費を負担したり、電球代を自弁させられたりしている、そして料金だケは屋内設備の損料も電球代も含んだ定額料金を取られていることになる、需要家がお目出度いのか、会社がかしこいのか、その辺のところは明かでないが、とにかくこの手を用いて東電は一ケ月に三万個の電球代を節約し、お客さまに屋内設備費を負担させて定額灯の料金を頂戴する結果一灯五銭の値上げをしたと同様の収入を見ているということである。

停電が長い

市京電灯の当局に聞いて見ると、取あえず定額灯にして、後から計量器を取付ケるような場合には電球を会社から供給し、屋内設備が需要家のものであれば器具損料として五銭ずつ割引していると弁解しているが、需要家の方ではそうはいっていない、それに工事が遅いという小言、停電が長いという不平を各方面で聞いた、これに対する会社の弁明はこうである。

(31) 将来値上の虞なきか 東電の前途に横わる難関

東京電灯会社のいうところによると、停電時間が長いのは震災後新設延長した配電線を地下線にしたので、故障が発生するとその箇所を発見するにも、復旧するにも架空線のように簡単にゆかぬのだという、東京市電でも同様なことをいっている。現代の電気技術が故障の絶無を期し難いというならば今後地下線にしようとする大阪などは、大に考慮するところがなケればなるまい。

工夫の不足

工事が遅いという不平に対しては、大抵三日間、遅くても一週間より遅れることがないと弁明しているが、いやしくも一国の帝都たる東京において一週間も待たなケれば電灯が点ぜられないようでは心細い。東電の外線工夫は五千灯に一人の割合である、これでは新設工事が遅れるのも無理がない、故障の復旧に長時間を要するのも単に地下線なるがためばかりでなく、工夫の不足が大原因であると見なケればならぬ。

苦肉の計策

東電は本年上期の決算に二千百五十九万六千余円の震災復旧費なるものを出したが、この費目は今後も引続いて計上せられるのみならず、一面には発電所の増設、外廊送電線の建設、火力十九万キロの増設など巨額の固定資産を要するので、復興本建築後の屋内設備費は全部之を需要家に負担せしめんとする腹をきめているように伝えられる。それは今後新に建築される家屋が煉瓦または鉄筋コンクリートの如き不燃質物であるから、供給規程中の『特殊の施設を要するもの』を楯として需要家からその工費を申受ケようというのである、需要家は今からよくその利害を考究して置かねばなるまい。

資産の悪化

震災前の東京電灯は固定資本の原価償却が比較的よく行われていた関係から、資産の内容は極めてよかったのであるが、震災のために大損害を蒙り、十二年下期に二千六十四万六千円の損害を決算面に出しは出したが、これは全損害の一部でしかもこれを変電所、送配電線、地所などの評価益をもって補填したから、それだケ東電の資産には水が混ったわケである。

結局値上か

その上収入は著しく減じ、本年上期の電灯電力収入は払込資本に対して八朱そこそこに過ぎなかったに拘らず、前途に増資の必要があるため株価を吊上げようとして、怪しげな雑収入などにより一割一分の無理な配当をした、そうして一方には京浜電力や富士水電のような利益の少ない会社を合併し、さらに信越電力を合併して倍額増資をするような計画を立てている、これが実現すれば配当金が激増するのはいうまでもない。しかも一面に電灯料金は従量制が普及するにしたがって減収を予想されるから結局利益率の低下となるであろうが、かくてもなお現在の配当率を維持しようとすれば電灯料金の値上げをするより外に途がないであろう、東京市民の心すべきことである。

(32) 横浜を虐待する東電 名古屋の『電価』問題

横浜市の電灯及び電力は東京電灯会社が供給しているのであるが、その料金もその供給条件も東京市のそれとは大なる隔たりがある。

京浜の相違

その最も著るしい点を挙げると、東京は従量灯本位であるが、横浜は定額灯本位であり、また東京の従量灯は最低料金制であるが、横浜では準備料制を採っている。しこうして電灯電力その他の料金も左の如くに違っている。

[図表あり 省略]

改善すべし

目と鼻との間にある東京と横浜の電気料金及び供給条件が、こんなに異なるというのは甚だ心得ぬことである、両市同一の供給条件をもって臨み難い事情がありとしても、経営者に誠意があれば横浜の供給条件はモッと東京のそれに接近せし得ないことはない。横浜は震災被害の程度も東京より激甚であり復興も東京から見れば誠に遅々たるものであるが、電灯の復旧は案外に速かで、現在の取付灯数は既に震災前の状態に恢復せるのみならず、五万灯からの増加を示している、常態に復したならば供給規程の改善に取懸らねばなるまい。

名古屋電灯

筆の順序で下積みになったが、名古屋市の電灯は、現住人口百人若くは現住戸数一戸平均から見ると灯数においても、燭光数においても、電気力においても六大都市中第一位である。それだケ電灯が普及しているわケであるが、また一方一需要家平均の灯数、燭光数、電気力などを見ると第五位にあるから、まだ発展の余地は十分にあるわケである。この名古屋市は東邦電力の縄張であると同時にその発生地でまた現在わが国の電気王をもって任ずる福沢桃介氏が電気界にスタートを切った土地である。

料金の比較

名古屋におケる料金はすでに六大都市の電気料金表の中に掲出したとおり八燭光は安い方から第四位、十六燭光は第三位、二十四燭光は第二位にある。しこうして従量灯の電気料金も高くないが、最低料金と計量器損料は少々高いようである。当社は従業員のサーヴイスに最も深い注意を払い『一人の満足せる需要家は十人の勧誘員より有効に働き、一人の不満を抱ケる需要家は数人の勧誘員の努力を水泡に帰せしむ』などいう金言を社員従業員の間に掲示しているばかりでなく、工事が済んだ後には需要家に探問の往復ハガキを出して、(一)修理後の具合はどうですか、(二)御申込後直に伺いましたか、(三)修繕者の言葉振舞というようなことの返信を求めている。

市長の交渉

しかし会社がサーヴィスにかく注意するのも皆需要家の不平が『料金値下運動』となって現われることをおそれるがために外ならぬ。大正十二年二月、時の市長川崎卓吉氏は市会の決議をもって東邦電力に料金値下げを要望し会社代表者と数次会見した結果、会社は同年六月名古屋地方におケる営業の十年計画案を立て、今後の電灯及び電力の増加益金により、大正二十一年末までに二回の電気料金引下を行うことを声明したので、白熱しかケた『名古屋の電価問題』も一まず沈静している。

今後の電価

その後昨年十二月、約によって東邦は一割の値下げを実行したが、その後日本電力の名古屋侵入によって動力需要家を侵略されたので、さきに発表した『十年計画』に違算を生じ、第二回の値下げを実行し得るかどうか覚束なくなったという、それで名古屋市民が承知すればよいが、承知しなケれば一昨□の『電価問題』がまた再燃するであろう。

(33) 岐阜県下の電灯横暴史 県会満場一致意見書

岐阜はわが国第三位の水力県で、既設及び未設の水電出力は六十三万五千馬力と称せられているが、その県下の電灯電力が都会地の料金よりはるかに高く、会社の横暴悪辣を訴える需要家の不平が各地に充満しているから見逃しが出来ない。

県会の建議

県民の声を代表するものは大正十一年の県会において満場一致可決した『電気事業者取締に関する意見書』である。その一筋をお目にかけましょう。
…電灯業者は町村民に不当の架設費を強要するのみならず、或は規定の電力を送らず、または独占事業なるを奇貨として不要の高燭光を契約するにあらざれば点灯を肯ぜざるものあり、その横暴悪辣、専恣なる行動は実に言語に絶するものあり、しかして電気業者の収益分配は他の営利会社に倍加せり、これ暴利を証明するものにして、畢竟その事業取締の寛大なるに職由するものと謂わざるべからず、よって県当局において今後一層その取締を峻厳にし県民に不安の念を去らしめられたし云々

最新の問題

岐阜県下におケる電気需要家の不平は大体この意見書に尽きているが、その後岐阜市に電灯電力を供給していた岐阜電気会社は東邦電力に合併されて東邦電力の経営となり、電力料金も改正され、多少事情の変った点もある、しかし需要家側の不平は依然たるもので、岐阜市は東邦電力会社との報償契約改訂について昨今末擦った揉んだをやっている。

市側の要求

岐阜市と東邦電力会社との間に結ばれた報償契約は、会社から市に対して一ケ月五千円の報償金を納附し、電灯五千灯を増すごとに二百円の報償金を増すというのであるがその期限は昨年十二月末できれたので、市は新に

一、期限を五年間延長すること
二、報償金は一万円とすること
三、電灯五千を増すごとに報償金二百円を増額すること

を会社に承認せしめようとし、会社側は期限を十ケ年延長してもよいから、報償金は八千円にしてほしいと突張っているため、今以て解決せず、市は今明日中に委員会を開いて会社に交渉を開始するはずになっている。

商議の決起

これは市が要求しているのであるが、需要家としては十燭及び十六燭光のような生活必需灯が高いから、これを名古屋なみに値下げしてもらいたいといっている。また動力需要家たる岐阜工場会は、東邦電力から供給している工場動力の料金がまちまちで、かつ高いから引下げよといって会社に迫っているが会社は色よい返事をしないので、今度は商業会議所が決起し、大垣の商業会議所と連絡をとって一大運動を起そうとしている、東邦電力また多事なる哉。

(35) 高い上に電力は不足 不可解な監督者の態度

兵庫電軌の営業当局者も『電灯部の資本がセメて買収前の帳簿価格(百九十万円)であったなら、電灯料金は今少し下げられるのであるが、何しろ三百六十万円という高い値段で買ったのだから、需要家にはお気の毒であるが、辛抱して頂くほかはない。当会社の配当は一割だが、もし現状のまま電灯だケを引離したなら、七朱の配当も覚束ない』と告白している。

他人の尻拭

しかし明石の電灯需要家にして見れば、岡崎氏の貸した金が取れないからといって、その尻ぬぐいを仰せつかるなどは迷惑至極である。それが不服だから、明石の市民は電灯料の値下げを叫ぶのであって高いというよりは、馬鹿馬鹿しいという感情が多分に手伝っているように見受ケられる。

市営の研究

明石の電気料金値下げ運動は、大正十年動力需要家が結束して動力値下期成同盟会を組織したに始まる。この運動は遂に功を奏するに至らなかったが一昨年明石の市郡民が電灯料の値下げを叫んで一斉に奮い起ったときの急先鋒は、質にこの動力値下期成同盟会であった。そのときの値下げ運動は市郡一致で、連日連夜各所に会社糾弾の演説会を開き、市会は電灯事業調査委員会を設ケて専門家に調査を依頼し、その結果市営を断行すべしとこの報告を見るなど、問題は漸く民衆運動から政治的運動に移っていった。

消灯の決行

そうして一面には消灯決議、不払同盟などの直接的行動も行われた。時は盛夏の候で、海の景色を売物にする明石に取っては正に書入れ時期であるのに全市の屋外灯を消したので、日中は外来者のためにさんざめく明石の街も夜は死の街の如き状を呈した。こうして市民と会社−いいかえると市民と岡崎氏が正面衝突の火花を散らそうとする間際に運動の内部に故障を生じて、会社から提出した虫のよい妥協案をそのまま承認せねばならぬことになった。

藪突いて蛇

その妥協案というのは、定額灯を各燭光十銭ずつ引下げる代りに、器具損料を二銭引下げ、六燭光を廃し、従量灯は最低料金を廃して準備料制にするというのである。郡部には六燭光需要家が多い、その六燭光を廃したのだから郡部の需要家は藪を突いて蛇を出したほど驚き折角納まりかケた騒ぎがブリ返したので、会社は既設の六燭光を認めることにして幕を下した。

電力の不足

兵電は単に高い料金をフン奪くっているばかりでなく、規定どおりの電力を送っていない。会社の当局に答弁を求めたら何とか体裁のよいいいのがれをいうであろうが、同社の事業報告書を見ると電灯の取付数四万二千四百二十七灯、この電力七百七十七キロ、昼夜間動力供給高三百四十八馬力この電力二百五十九キロ、合計電力千三十六キロである、これに対する同社発電所の定時出力は一千キロだから三十六キロの不足である。もし電車用電力、送配電のロスなどを計算して電力の需給状態を検査すると、さらに大なる電力の不足を見るのである。これほど明瞭な会社の非違を監官督聴は何ゆえに黙しているのか不可解至極である。

(36) 非政友には点灯せず 鳥取電灯の奇怪な振舞

政友派に属するものは電灯の供給を受け、しからざるものはその供給を受くることを許されず、大正十四年もまさにゆかんとする今日石油灯をつけている所がある−といっても一寸信じられないほど奇怪な事実が鳥取県下にある。所は八頭郡土師、富沢、那岐の三村、電灯供給者は鳥取電灯会社。

問題の発端

鳥取電灯会社は、鳥取市外数ヶ町村に電灯電力を供給する資本金二百七十余万円の会社であって、独り八頭郡の土師、富沢、那岐の三村にのみ電灯供給権をもっているのではないが、現在問題となっているのは前記の三ヶ村である。もっとも土師、富沢、那岐の三ヶ村が鳥取電灯会社の供給区域となったのは最近のことで、これより先、大正九年の中ごろ、三ヶ村の有志四十名が発起人となり、将来三ヶ村の共同経営にする目的で電気事業の許可を申請したが許されず、かねて供給区域の拡張を出願していた鳥取電灯会社が供給権を握ることになった、今日の奇怪なる事実は端をここに発する。

不当の要請

鳥取電灯会社は前記三ヶ村に電気供給の権利を獲得すると同時に、土師村に対して配電工費二千九百円の寄付を要求して来た、土師村は不当の要求なりとしてこれを斥け、無条件点灯するか、しからざれば山陽水力から電気の供給を受けて電灯を村営にするといって鳥取電灯に対抗したが、政友派の村会議員は会社と交渉して、取りあえず政友派に属する者だけに点灯することにした。

非政友対策

そこで非政友は大いに憤慨し、自分等の所有地内には一本も電柱を立てさせないと力み出したので、会社は配電工事の設計を変更するなど、いろいろの支障を生じたが大正十年の七月には政友派に属するもの百三十四戸だけに電灯が供給され非政友の百六十八戸は石油灯で睨み合うの奇観を呈した。しかし非政友は漸次政友派の切崩しに逢い同年の十月末には非政友から政友派に寝返りを打ったものが四十戸ある、寝返りと同時に点灯されたことはいうまでもない。

自治の紛糾

これがため村内は二派に岐れ、事毎に相争い相闘って、その軋轢は村治に及び、村長以下高級吏員の総辞職を見るなど全く自治機関が停止するようなことになったので、昨年十月村会改選の結果憲政会議員が多数を制するや、同派に属する議員は四名の電気委員を選任して左記条件の下に点灯することを会社に要求した。

一、無寄付にて全部に点灯すること。
二、公設建設物には無料にて十燭光一灯を点ずること。
三、電気事業を村営する際は会社の配電設備を時価にて譲渡すること。
四、需要の申込ありたる日より三十日以内に点灯すること。

(37) この暴利とこの専横 会社の強欲自治を破壊す

鳥取電灯会社の本年上半期営業成績は前期から見ればややわるかったが、従来一割七分近くの利益を収め、公共事業でありながら一割五分の株主配当をしているほどの会社であるから、二千円や三千円の寄付を受けないからといって配電線の延長が出来ないわけではない、それを会社は欲張って土師村の無寄付点灯要求に一顧も与えずポンと蹴飛ばしてしまった。

自治の破壊

土師村の点灯要求書には、他に二、三の条件があるけれど、何れも尤もな条件で各府県の状態から見るとむしろ寛大にすぎるくらいである。この当然な要求を峻拒された電気委員は本年の三月及び七月、前後両回にわたって逓信大臣に区域撤廃の陳情をしたがまだ埒があかず一方政友派と憲政派の反目は日々甚だしく、本年度の村予算を議決しないので徴税が出来ず、徴税しないから小学校教員の俸給を始め一切の村費の支払が出来ずにいる始末である。

家庭の悲劇

電灯の争いが因か、政派の軋轢が果か、その辺のところは明かでないが、両者の敵視反目は政党の何たるを解しない老幼婦女子に及び、ことごとに相争い相斥け、牆を隣してせめぎ、近親にして絶交するものなども少なからず、またこれがために破鏡の嘆きを見るなどの悲劇もある。この間にあって那岐村の政友派は『点灯』を武器として盛んに党勢の拡張をはかり非政友はますます結束してこれに対抗している。これを憂えた八頭郡長及び県警察部長その他の有志が、昨年七月両者の間を調停して左の協定覚書を作り交換せしめたが、未だに覚書の実行がされていない。

協定書
土師村電気点灯問題は大正十年以来村内において点灯派非点灯派に別れ、遂には村治上にも支障を生じ、個人交際までに波及せしも、今回双方融和妥協の上)左記条項に基き点灯するものとす仍て将来は相互に監督官庁の指示を遵守し、村治の円満を計ることを協定す
一、鳥取電灯会社土師村送電工事に対する寄付金残額九百円は村内一般電気需要者において戸数に拠り賦課徴収の上成るべく速かに寄付すること
二、前項の寄付条件を履行したるときは鳥取電灯会社に於ては即時に土師村一般の送電準備に着手し可及的速に送電を開始すること
右協定の証として本書を作成し立会人と共に署名捺印したる上鳥取県知事に提示し当事業者立会人は其の写を所有するものなり
大正十三年七月二十八日

逓信省の罪

さきにもいうとおり、電気事業者は供給区域の独占を許されている代りに需要者に対してはこれが供給を拒む能わざる義務を負わされているのである。需要家が配電線延長の工事費を寄付しないからといって電気の供給を拒むようならば、電気事業は公共事業でも何んでもない、純然たる営利事業だから、国家はこれに保護を与える理由がなくなろう。需要家の寄付がなければ配電線の延長をしないというような我利々々会社に、供給区域の拡張を許したのは逓信当局である鳥取県下に起こった不祥事の責任は会社と共に其の一半を逓信当局が負わねばならぬ。

(38) 熊本電気にこの非難 改修費を需要家から徴収

政党の領袖や言論界の巨頭を重役に祭りあげて需要家を無告の民たらしめ、誰憚らず専横を働いているこの非難を浴びているのが熊本県下の電気事業を独占する熊本電気会社である。

弱者の友噛

しかし窮鼠反って猫を噛むの古言人を欺かず、熊本電気会社が権勢をたのんであまり需要家を踏つけにしたので、大正九年熊本市民の不平は遂に爆発し、市民大会となり、値下げ要求となり、会社はさんざんに攻撃された揚句、三年間に六万円の金を熊本市へ寄付することにして泣きを入れたことがある、すでにこうした不名誉な歴史を有している会社のことであるから、自暴自棄になって需要家の満足を買わんとする気なんかないのか知れぬが、その供給規程には可なり狡猾なところがある。

狡猾な規程

すなわち同社現在の定額点灯料金は十燭光六十銭、十六燭七十二銭ということになっているが、これは六月以上継続して点灯する場合の料金で、もし六ヶ月以内に廃止すれば臨時灯と見做して十燭光は一夜六銭、十六燭光は七銭の割で計算し差額の料金を追徴することになっているから、十燭光は一ヶ月一円八十銭、十六燭光は二円十銭となり、その上五銭ずつの器具損料を取るんだから滅法高い料金になる。新設増灯に一々工事費を取りながら一ヶ月以上の点灯を臨時灯と見做すなどは胴欲至極といわねばならぬ。

会社の手品

一体電灯は電力何ワットによって料金が定められているのだから、これを供給する場合も何ワット灯何ほどで契約されるのが本当であるが、しかし燭光をもって契約している以上は、室内器具はもとより電球も会社から供給するのが当然である。しこうしてこれ等の費用と電力料その他を総括して取るのが定額制なるものであるのに、熊本電気は大正九年まで電球代を需要家に負担せしめていた、そして器具損料は今なお存続している。会社としては電灯料と器具損料を別にして取っても、器具損料を電灯料に含めて取っても同じことであるが、これを手数いとわずに別々にして取っているのは高い電灯料を何ほどでも安くみせようとする魂胆にほかならぬ。

不当な負担

熊本電気会社の定額灯は燭光を標準として供給され、室内器具は会社が設備することになっているが、会社は昨年逓信省の工事規程が改正されて会社貸付のコードが使用を禁止されていたというので、第二種の可撓紐線に取かえ始めた、それもよいがこの取かえた新コード代を需要家に請求しているので、需要家は大不平を漏らしている、逓信省令改正の結果禁止になったコードの取替費を需要家に負担させるなどは全く疝気筋である、殊に当社は一割二分の高配当をしている会社で、需要家を搾らなければコードの取かえが出来ぬわけではない。

一法律問題

広島電気の呉支店や四国水力が先年規程外の費用や料金を需要家から徴収したために、司法権の活動を見たことがあるやに聞いている、熊本電気のコード代徴収は規程外の費用であるが、監督官庁はこれを認めているのか、或は知らずにいるのか。はた司法当局はどう見ているのであろうか。

(39) 山口県営電気の現状 買収の理想は悉く画餅

長州萩の電灯争議もまた全国的に大なるものの一つである。昨年八月一日山口県の電気局が電灯料五分七厘、動力八分三厘の値下げをしたので、萩の電灯需要家は萩電灯会社に対して同率の値下げを要求したが、会社は膠なくこれを刎つけたため、同年十一月十六日需要家は同盟して一斉に消灯を断行した。

暴漢の乱入

会社は需要家側の腰を見くびって反省せず、両者対時して越年し、本年一月末まで消灯をつづけた、その間消灯同盟事務所へ暴漢が乱入するなど甚だ不穏の状を呈したが、結局会社が値下げを声明して幕となった。しからば県営の電気料金は羨まれるほど安いかというと決してしからず、のみならず料金は甲乙、丙の三種になっているので、同じ県民でありながら甲村民は乙町民よりも安い電灯の供給を受け丙町民は甲村民よりも高い電灯料を支払っているというような奇観を呈している。

県営の目的

山口県が電灯事業を経営にする最大の理想は県下の電気料金を統一するというにあったのでいるが、県営開始正に二年に垂んとする今日まだ掲げた理想が実現されていない。しこうしてその料金は頗る高いのであるから、何のために巨額の公債を発行して民営事業を買収したのか殆どその意味を解し得ないものになっている。市町村の如き下級の自治体ならば兎にも角、県の如き自治体が電気の小売を営むとそれ自体が考えものであるのに山口県では会社払込金額の三倍で事業及財産を買収したのだから買収後の経営が楽にゆくはずがない。

奇怪な巷説

電灯の建設価格は一灯二十円見当のものであるが、売買価格は老舗料を含むので発電所は一灯当り四、五十円ぐらいが普通である、それを山口県では六十五、六円に買っている、これでは経営の楽でないのが当然である。殊に山口県が買った電気事業は何れも償却が不完全であるからこれを完全にするには巨額の改修費を要する。かかるボロ事業を何がために法外の高い値段で買収したのか甚だ面妖な話で、巷間にはこの間に何等かの醜事実があるような揣摩憶説さえ伝えられている。

将来の禍根

現在の電灯電力の供給規程を一覧すると単に料金が高いばかりでなく、種種の不合理なる点がザラに目につく。しこうしてさらに不都合なことは電力の不足していることである、最近事業報告書によると同県の発電所出力は一万一千二百九十キロで、本年三月の最大電力供給量は一万二千九百キロであるから、十燭光の電灯需要家に十燭光だけの電気が送られてはいないであろう。夜間の電力はかく不足しているが、昼間の電力はなお少なからず余っている、これを全部消化するような方法を講じたら、電灯の普及発達を妨げる新設増灯の工事費や再点灯手数料の如き悪工費悪手数料を廃止し得るであろうと思われる。本県の電灯事業は経済的にも技術的にも多々改良すべきものがあるが、しかし民間事業を高価に買収した祟りは将来の禍根となって残り、工作物の改良も値下の断行も思うようにゆくまい。

(40) 電気法規の欠陥 計量器と電球の原価

本春、議会における衆議院議員の電気事業取締に関する質問に対し政府委員は逓信当局が完全なる監督をなしつつあること、及び需要家の間に質問者のいうが如き不平あるを認めずと答えたが、政府が如何に否定しても、生憎事実は抹消し得ず、各地に百出せる不平は前後四十回にわたりて述べたるところは前述の如し。

問題の地方

しかも今日まで連載した争議や不平はホンの一部で、まだ書き残しているものがどのくらいあるかわからない。一寸指を折って見ても北陸地方では富山県の三日市、福井県の敦賀、東海道では滋賀県の彦根、近畿では阪急電鉄沿線、南海鉄道の供給地内、播州姫路、中国地方では岡山、山陰に廻って松江、四国に渡れば丸亀を中心とせる香川県下一円、九州に入って福岡などをかぞえることが出来る。就中、富山県の三日市における電灯料値下要求や、四国における丸亀の特殊動力料金撤廃運動は白熱化している。

計器の原価

電気需要家の要求は十中七、八まで電気料金の値下げであるが、不当なるものは独り電気料金ばかりでなくむしろ工事費とか器具代とか損料というようなものに甚だしきものあるを見る、一例を挙げて見ましょう。全国の電気会社におけるメートル料(計量器の損料)は、電灯用(一アンペア乃至五アンペア)が大抵一ヶ月四十銭から六十銭くらいのところである、しからばこの計量器の価格如何というに、製造する会社にもよるが、普通日本で使っているサンガモ、ジー・イーなどで検査料とも十五、六円であるから仮に月五十銭の損料を取れば年四割に当り、二年半目には原価の償却が出来るのである。

動力用計器

動力用のメーターになると五アンペアぐらいのもので一円内外の損料を取っているが、これも検定料を入れて三十六、八円見当のものであるから、可なりよい利廻りになっている。一体メートル料を取るというのがおかしい、メートルは商品を量る秤である、呉服屋へ行って反物を買っても、米屋へ行って米を買っても、炭屋へ行って炭を買っても、度量衡は商人持である。もし需要家にその損料を払わせたらどんなものであろうか。

電球も高い

各電灯会社の規程を見ると『電球は当社より御買求めのものに限り御使願上候』と強制的条項を設けている、そしてその電球代は五十燭以下殆ど五十銭である。この原価が何程だと思召す、東京電気や大阪電球などが製造しているマツダランプが定価五十銭で、三割の割引、すなわち三十五銭、その使用高が多いければさらに特別の割引があるから大会社だと原価三十二、三銭ぐらいで買っているはずである、それを五十銭に売って『公益事業』が聞いてあきれる。

法規の不備

こうした会社の横暴も、畢竟現在の電気法規が事業者保護の一方で、需要者を視野のうちに入れていない余弊である、昨今電気事業法改正の議が起こっているが、国民の斉しく要求すべきものは電気供給規程を許可制にすることである。しからざれば供給区域を撤廃して自由競争をなさしめよ、独占事業に対してその供給規程を会社の勝手に放任して置くが如きは、国民の権利を無視したものである。(完)



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