新聞記事文庫 機械製造業(02-119)
時事新報 1932.5.30(昭和7)


漸く確立された国産自動車工業

政府の助成方針に刺戟され造船会社の進出著し


我が国の自動車も現在約十万台を数え、一ケ年の需要三万台内外、部分品、附属品を合せれば輸入総額は年一千五、六百万円に達している、そこで自動車も相当なものだということになって、自動車製作工業も投資対照物として漸く一人前の存在を認められるようになった、しかし我が国の自動車政策工業の創成は相当古いもので大正七年には既に試験期を過ぎて資本金六百万円を擁する東京瓦斯電気工業会社がT・G・E(現在の「ちよだ」)の製造を始め、翌年石川嶋造船所でもウーズレー(現在の「スミダ」)製造に着手、後自動車製作部を独立して資本金二百五十万円の石川嶋自動車製作所となり、十三年には資本金四十六万五千円のダット自動車製造会社が「ダット」の製造を開始した、以上三社は現在では一年間の製造能力は瓦斯電工が千台、石川嶋が千二百台、ダットが五百と云っているが、実際製造販売高は三社を合せて最近四、五年間は毎年漸く四百台乃至四百五十台で従って各社が創始以来の生産総台数もまだ三千台内外に過ぎないしかもこの数字は所謂陸軍の軍用自動車補助法によって多額の購買補助金や維持奨励金の交付があってのことでこの陸軍の保護政策がなかったならばこの数字さえ見られなかったわけで、自動車の需要は激増したが陸軍の予算関係や保護を受ける為に車の種類や製作上に制限もあって現在でも需要の約二%を供給しているに過ぎない、ところが自動車及関係品の輸入額が漸く目立って来たので国際経済改善が叫ばれていた折柄でもあり、国産工業の確立が与論として称えられるようになって来たものであるから陸軍の補助法とは別に商工省でも軍用自動車に対する産業自動車、つまり乗用、バス、トラック等の民間向の国産自動車の助成法を考慮するに至ったそこで商工省は朝野自動車関係者の中から理論家、実際家としての権威者の協力を求め国産自動車工業助成審議会を組織し昨夏第一回委員会を開催して以来屡々会合し十月は前記三社の製品とは別にバス及びトラックの商工省標準型の設計書を作製しこれを三社に試作させることになったが、三社側では国産自動車組合を組織して本年三月早くも五種、五台の標準車の見本車が完成、各種のテストを行うと同時に各方面を持ち廻って批評を聴きその結果を基として大量製作の根本方針を樹てるため先日商工省で各く関係官庁並に製作関係者が集って重要会議を開いた、あとは査定の結果予定の三分ノ一にも足りない十三万円となった本年度の予算が臨時議会を通過しさえすれば早速生産に着手出来るわけである、こうして国産自動車工業の確立も漸く具体化して来たが一方最近の傾向として長い間海運界の不況から不振を続けて来た大造船所が自動車工業に進出して来たことを特筆せねばならない、先ず三菱造船所は大型バスシャシー「扶桑」の製作を計画し既に十六日二台を完成したが神戸から輪行、きのう東京に到着早速各方面に紹介することになっている、また川崎造船所では同じく「六甲」を製作、既に東鉄でも試用してい此処では商工省に一般乗用車製作奨励の意嚮もありその標準規格制定や政府に助成金交付を尽力する用意のあるところから乗用車製作に乗出してもよいというような意見もある模様である、更に最近業界に伝えられるところによると三井物産玉造造船所で小型乗用車製造の計画もあるという、小型自動車と云えば既にダット会社と戸畑鋳物のダットサンが市場に出ているのは銀座辺りに売店まで設けられたので知っている人も多い、また、これは小型ではないが名古屋で三つの会社が共同で製作した「あつた」の試作車は非常に好評なので当事者間では、直にも大量製産を始めたいらしいが御多聞くに洩れず少しばかり作ったのでは採算の引合う見込みもないので政府の補助金交付を受けるための猛運動をやっている、先ずこの通り国産自動車工業界も俄に活況を呈して来たが、これは商工省の助成方針が具体したことの外に昨年来相次いで開通している鉄道省営自動車路線に進んで国産車を採用していることが強い刺戟となったことは否めない事実である陸軍でもこうして続いて発表される国産車の中にはやがて軍用保護規格に合致したものを作って保護金の交付を上申するものが出て来るだろという見込みで近くこれに関する協議会も開かるこにとなっている、尚最後に附言したいのは国産車の販売関係で既に市場に出ている瓦斯電の「ちよだ」は大倉系の日本自動車で、石川嶋の「スミダ」は三井系の三昭自動車で、「ダット」は三菱系でという風にそれぞれ三大財閥と密接な関係が結ばれていることである



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