新聞記事文庫 電気鉄道(04-123)
大阪毎日新聞 1920.6.4-1920.6.6(大正9)


阪神、阪急の序幕戦 (一〜三)


(一) 完成した阪急の阪神直通線開業期近づく

総工費八百五十万円を以て三箇年の歳月を費した阪神急行の直通新線は此程漸く竣功目下細部の補修工事と保安設備の完成を急いで居るが近く其筋の竣功検査を遂げ営業を開始する予定で茲に幾多の興味と波瀾を捲き起すべき阪神電鉄と阪急電鉄の序幕戦が愈々実現される阪急の特長とする処は

阪急線(梅田上筒井間) 十八哩八分
鉄道線(大阪三宮間) 十九哩三分
阪神線(梅田滝道間) 十九哩五分

大阪神戸間の距離最も短縮され且阪神が三十余箇所の停留場を設置して居るに対し僅々十一箇所に止め以て阪神直通旅客をして高速度運転の利便に浴せしめんとするにある阪神が曩に運転系統の一大整理を行い通過区間を設けて半急行運転を実施して居るのは阪急の今日あるを予期しての対応策に過ぎぬが其れでも此の半急行運転に依る全線の運転時間は五十八分である、特急列車の大阪三宮間運転時間は三十九分で、普通急行の其れは四十四分であるに対し阪急は梅田上筒井間を四十分で運転しようと云うのである

阪急(梅田上筒井間) 四十分
鉄道(大阪三宮間) 四十四分
阪神(梅田滝道間) 五十八分

一寸見には阪急がベラ棒に早いように思われるが神戸市電の上筒井滝道間に八分乃至十分を要するから、現在の阪神電鉄の神戸終点を基点として計算すれば

阪急線 五十分
阪神線 五十八分

となり其差は僅に八分に過ぎぬ、僅か八分の早着を争う為めに、何れ丈けの乗客が阪急に吸収されるかは疑問であるが
一、現在の阪神電鉄が輸送の全能力を発揮しても尚且大混雑を演じ乗降に危険多き事
二、設備改造遅々たるが為めに車輛の動揺甚しき事
三、停留場多き為め阪神直通客の其煩に堪えざる事
等は上筒井に迂回しても直通客の阪急を選ぶ有力な理由とならぬではない、阪急が高速運転に適応する如く全線に七十五封度軌条を用い架線支柱に鉄柱を用い車輛に九十二人乗の最新式ボギー車を用いたのは如上阪神の欠点を補う為めの用意に外ならぬ、停留場は大阪から教えて

一区 (大阪)(十三)(神埼川)
二区 (神埼川)(塚口)(西宮北口)
三区 (西宮北口)(夙川)(芦屋川)(岡本)
四区 (御影)(六甲)(神戸)

十一箇所を四区に別ち塚口から伊丹支線が分岐し伊丹支線は第二区中に包含されて居る、賃金は勿論阪神と同様で阪神の一区十銭の申請が認可されるのを待って同様の申請をするに内定して居る、尚今津海岸に建設中の二万基火力発電機は大正十年の六月にならねば竣成せぬが、新線開業に要する電力は取敢ず宇治電から供給を受ける内約が整って居るという、偕斯の如き陣容の下に戦端を開いた阪急が阪神電鉄の直通旅客一箇年三百万人の何割を奪取し得るか阪急の当事者は最小限五六割の乗客奪取は極めて容易であると観測して居る、最近一箇年の阪神間直通旅客は電車三百万人、汽車二百万人即ち一日平均一万八千人である此の六割を得るとすれば一日の収入約五千円で一箇年百八十二万五千円を得るから半額の営業費を差引いて建設費に対し年一割以上の純益率を挙げ得る、外に土地経営等の副業利益があるから阪急は急行線の開通後に於て現在の八朱配当を一割配当に増加し得るとの計算を立てて居る、勿論一割配当を吹聴するのは差し迫った新株の払込徴収に関係するからで獲らぬ狸の皮算用に終るや否やは開業後の実績に徴する外はない、其れにしても阪神が阪急の挑戦を此儘黙って傍観して居る筈もなければ阪急が神戸終点を不便な上筒井に求めて満足して居る筈もない果然阪神と阪急の争覇戦は都市計画、阪神国道の進捗と共に益々佳境に入る情勢にある(SK生)

(二) 両者はこれから先更に何事を企てるか

阪神電鉄が沿道人口の調密せる、交通量の最も多い阪神間に有利な線路を敷設して電鉄界の覇を天下に称し来ったのは既に久しいものである統計の示す処に依れば去る大正三年を一期とする過去十年間の阪神間交通量の増加率が僅三箇年後の大正六年に早くも実現した為め鉄道当局も阪神電鉄当局も今更の如く「行き詰った交通機関の不備」に一旧を喫したと云う、然も阪神電鉄当局が競争線の出現に大なる恐怖を抱いて阪急直通線の実現にあらゆる妨害と威圧を加えた事は争われぬ事実で其重なるものを列挙すると

一、住吉附近の土地買収に対する無理難題
二、灘循環鉄買収に対する無効訴訟の提起
三、西宮、宝塚間に於ける鉄道敷設出願

等である、蓋し宝塚少女歌劇を以て僅に存在を認められて居る阪急が阪神に対抗するの愚を嗤いつつも阪急直通線に依って蒙る脅威を未然に防がんと努めたに相違ない阪急が工事着手の砌、物価漸応の悪い潮時だと評されたに拘らず神戸西宮の用地費が坪当二十円、西宮、十三間坪当り二円五十銭で済んだのは幸運と云わねばならぬ、何分複線一哩の建設費が四十五万円で完成したのは今日から顧みて有利である阪神電鉄が百方策尽きて阪急をして直に牙営を突かしむるの止むなきに至った報復手段として計画された

一、阪神間の複線増設
二、阪神国道上の新線敷設

の如きも其建設費は少くとも倍額の一千五百万円か二千万円は掛ると予想されて居る、阪神が尼崎、岩屋間に複線を完成するの日は何時か知らぬが阪急の直通運転に対する応急策としては阪神で二車連結の認可を得て居る、斯うなって来ると阪急の物足らなさは神戸終点が如何にも市の中心圏を遠ざかって居る点である、偖こそ阪急は上筒井、三宮間二哩の地下線式乗入線を計画し既に其筋の認可を得て居る二哩の地下線は工費約一千万円を要し其形式と終点選定にも余程の研究を必要とするので我国最初の地下電鉄を完成する迄には相当の日子を要する事無論であろう、上田技師長が来る八月下旬出帆の天洋丸で渡欧するのは欧米に於ける都市交通機関特に地下線の研究調査にあるは言う迄もない、のみならず改良の積極的計画としては神戸終点の完成に引続いて着手される大阪起点の大改良である、計画の内容は梅田、十三間に更に複線を増設し同区間の併用を更め新線全部を専用軌道とし以て急行運転に三車連結を実現しようと云うのだそうな、関西に名だたる金権と策略との所有者を重役に頂いて居る阪神と阪急が交通機関整備の名の下に此の先何をなさんとするかは依然として飛耳張目の価値がある(SK生)

(三) 兎に角阪急の竣功は交通上の一新時期

直通旅客と区間旅客とを合算しての去る大正三年度の阪神間乗車人員は一千四百万人である(単位千人、以下切捨)

[図表あり 省略]

之れを過去十年に比較すると阪神十四割五分、鉄道八割九分九厘の大激増を示して居る、若し過去十箇年の増加率で今後十箇年を進むとすれば大正十三年の乗車人員は二千四百万人である筈である、然るに二千四百万人の数字は大正十三年を待たずに大正六年に早くも実現したのである言い換えると大正三年の乗車回数は一人六回八分であったのが大正六年に九回六分という驚くべき割合に到達したのである阪神間の交通上に優越の地歩を占めんとする阪神、阪急両社が千万二千万円の工費を惜し気もなく投げ出して虚々実々の策戦やら計画に余念のないのは決して無理ではない、然も遠き将来は知らず現に完成した両社の設備を以てしては阪神直通客が阪急を選び、沿道居住者が阪神を利用するは同当然の帰結と見るを妥当とする、従って既記阪急当局の収益予想は必ずしも根拠のない出鱈目ではないと信じられる特に阪急の有利な点は

一、神戸市電をして逸早く上筒井線を完成せしめ自社との連絡を完全ならしめた事
二、神戸市電山手線の敷設が阪急線の利用者を激増せしむべき理由ある事

で阪急が千万円の工費を投じて断行するという上筒井、三宮間の地下線の如きも市電二期線が完成すれば或は無用に帰するかも知れぬ無用にはならなくとも地下線敷設による輸送増加が果して建設費に対し予想の収益を挙げ得るや疑問である、余計な話だが神戸市電当局が市内の交通を緩和するに緊要な第二期線を後廻しにして上筒井線を先ず敷設したのはマンマと阪急の口車に乗せられた形跡がないではない、お人好しの乾氏川島氏では海千山千の阪急の小林、上田両氏と互角の相撲は取れなかったらしい、だが什麼とは何でも可い、鉄道を挟んで南に三十七箇所の中間停留場を縫い乍ら徐行して区間旅客の便宜を旨とする阪神があり、北に阪神直通客の輸送を目的とする阪急の出来た事は両都市間の交通上の大局から見て確に一新時期を画したものである、昨今旅客漸減の傾向にある鉄道当局が阪急の開業を機会として阪神間の列車運転に一大整理を行うと云うのも時代の推移と交通機関の発達に適応する機宜の処置かも知れぬ、去るにても阪急が神戸乗入の地下線を完成し阪神が複線及新線敷設を完了するの時は国有鉄道が京都明石間に複線を増設して之れが電化に成功するの時機ではないかと予想される(完SK生)



データ作成:2002.3 神戸大学附属図書館