新聞記事文庫 鉄道(27-065)
神戸新聞 1933.11.15(昭和8)


政府の補償で播電鉄道は廃線

全国に誇る二十余年の歴史も省線に喰われた晩年の苦闘


揖保郡を縦断する網干港、新宮間十哩の播電鉄道は一昨年末に姫津線の開通以来、非常な打撃を蒙り最近は収入半減状態を招来するに至ったので土井同社長は同社の前途を憂慮し屡々鉄道当局に陳情していたが今回愈々その実情を認められ同鉄道は明年度全国唯一の政府補償線に内定した、補償後の播電は即ち廃線となり現在の播電鉄道は解消するので土井社長は廃線により禁足同様となる郡交通界を憂い目下町村長会と其善後策を協議しているがレールカーを走らすか、自動車専用道路としてバス網を完備さすか、それとも現在同社のもつ網干港、新宮間バス路線を一大増発するか以上三つの中の一つを選ぶことになる模様である
播電鉄道は二十有余年の全国有数の古い歴史を誇り創立当時は社運隆々の勢を見せたが大正七八年頃から社務は極度に紊乱、財政破産に瀕し大正十一年酒井栄蔵、土井高一郎両氏が義侠的に乗り出した時は負債百二十万円に対し在庫百六十円、毎月の石炭代にも困る苦境のドン底だった、両氏はこれにあらゆる犠牲を払って息を吹込み遂に十数年後には収支相償いなお五分の配当すら行う優良私鉄をするに至り数年前より社屋、駅舎の対策、車両、改良、自動車部増設等にまで発展の手を伸すに至ったが姫津線の開通は折角苦境を脱した同社に致命的打撃を与え昭和六年度の年収十四万円は七年度に於て半減に等しい八万円に減するに至ったこれは主要貨物たる素麺、醤油の大部分を奪われたのみならず乗客にしても竜野、姫路間の播電利用は賃金三十六銭、時間五十分を要するに比し姫津線は賃金二十四銭、時間三十分をもって足りるためで当然の打撃と認めらている
なお揖保郡町村長会は酒井、土井両氏を郡交通功労者として近く表彰することになった



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