新聞記事文庫 交通(07-076)
満州日日新聞 1937.3.29-1937.3.31(昭和12)


支那の交通建設 (一〜三)

昨年中に建設された鉄道と公路と航空路


(一)

国民政府は前年来蒋介石氏指導の下に辺彊の中央工作を着々と実行し一度び中央軍の進出した地方に対しては経済建設を名として鉄道敷設、公路修築、地方紙幣の回収整理等を行い、軍事、財政、金融、交通の各部門に亘って地方勢力の抹殺消滅と中央勢力の拡大を図っている、いま昨民国二十五年の一箇年間に国民政府の手によって建設された鉄道、公路、航空路等の成績を一瞥すれば左の如くである

一、鉄道

一昨二十四年末の国有鉄道の営業里程の左の如くであったが

[図表あり 省略]

昨二十五年度中に左記数線の支線及び幹線が竣工した

隴海、西宝段の一部 約一〇〇粁
京滬路、蘇嘉支線 七五
粤漢(蘇州韶州間) 四〇〇
合計 五七五粁

右の如く昨年中に隴海線西安宝鶏間約三分の二及び京滬線の蘇州嘉興間七五粁、粤漢線の衡陽、韶州間四〇〇粁の竣工によって国有鉄道の営業里程は八、〇五七粁に延長した右は中央政府鉄道部直轄経営鉄道の竣工したものであるが右の外に半ば竣工し本年内に全線開通予定のものに省政府及び民間経営の左記四鉄道がある

路線 建設予定里程
浙● 八一五粁
江南 一七三
淮南 二二〇
同蒲 五四〇
合計 一、七四八粁

以上国有鉄道及び省政府及び民間経営鉄道の総延長里程は九千八百〇五粁である、試みに昨二十五年中に工事竣工した鉄道及び目下建設工事中の各鉄道の建設工事経過を一瞥すれば左の如くである

一、粤漢路株韶段 粤漢線の湖南省株州より広東省韶州に至る四〇〇粁間の工事は民国二十二年衡陽に粤漢路株韶段工程局を設け全線を三段に分ち積極的に工事を進め途中最も難工事は北段の緑、洙、未三大河橋の鉄橋架設工事であったが、二十五年四月全線の工事を完了し同年九月正式に全線開通した、この株韶段建設工事に要した資金は英国返還の庚子賠款中より百五十万磅を担保として公債を発行して之に充てた
二、滬杭甬路杭曹段 上海より杭州に至り更に杭州より寧波に至る滬杭甬路の建設工事は始めドイツ人技師の請負となっていたが、欧洲大戦勃発のため停頓し民国二十五年改めて鉄道部より工程処主任を派して工事を開始した、同鉄道の途中には銭塘江と曹娥江の二大河がありこの二大河に鉄橋を架せねばならぬ必要あり工事資金多額を要するため行悩み中であったが、民国二十三年浙江省政府は鉄道部と合弁にて五百万元を醵出して銭塘江鉄橋を完成した、更に曹娥江鉄橋架設のため昨二十五年度に中国建設銀公司及び中英銀公司より一千六百万元を借款、昨年十月一日正式に開工し本年十月十日の双十節までに竣工開通予定である
三、隴海鉄道西宝段 隴海線の西安咸陽間の西咸段は民国二十三年七月起工し二十五年元旦に開通した、その後更に工事を継続三月には興平に、十月には●県に達しに西宝段の三分の二を完成し残余の●県と宝鶏間の工事も二十五年内に完成する予定であったが西安事件突発のため遅延を余儀なくされたが来る六月までには竣工するから六月には宝鶏まで開通する、なお本鉄道は直に蘭州に延長する計画であったが、最近計画を変更して宝鶏より天水に至り更に四川省成都に達する「宝蓉段」を先ず完成し、然る後蘭州に通ずる線路を敷設することなった
四、雲南箇碧石鉄路 本鉄道は雲南省の箇旧、臨安、石屏を繋ぐもので箇旧は錫の産地で仏人が□越鉄道敷設後支線を敷設して運輸の権を握らんとしたが、その後雲南紳商は政府に呈請して敷設を計画民国元年箇碧石鉄路公司を設立し蒙自とし箇旧間の鉄道建設に着手し民国十年竣工開通した、箇旧石屏間は停頓の儘最近に至ったが、国民政府は民国二十二年技師を派遣して公司の章程を改め敷設に着手民国二十五年九月約二箇年の日子を費して竣工、同年双十節から開通正式に営業を開始した
五、京滬路蘇□支線 本線は京滬線の蘇州より浙江省の□□に至るもので鉄道部より許可されて後二十三年測量を開始二十四年二月起工、途中幾多の橋梁、トンネルを開掘架設して二十五年五月竣工七月より正式開通した
六、浙●路北萍段 浙●鉄路は江蘭段(杭州−蘭渓間)は二十一年完成金玉段(浙江省金華より江西省玉山間)は二十二年完成、玉南段(玉山−南昌間)は二十五年に完成した、更に鉄道部は南萍段(南昌−萍郷間)を敷設すべく第二期鉄路建設公債二千七百万元を発行して上海八銀行より現金一千万元を借款すると共にドイツのオートホハルーフ鉄廠より材料一千万元を借入れ工事に着手した、既に軌条の敷設も終ったので来る四月初旬には開通の予定である
七、京韶鉄路宣貴段 京●鉄路は南京−南昌間を連絡する鉄道で富貴段は初め江南鉄路の既定線であったが、江南鉄路は先ず蕪湖宣城段を完成せんとしたが鉄道部は京韶線建設に改め矢張り京蕪段を敷設して京滬路と連絡することになり右二段一七三粁を建設し宣城以下は公司の資力関係で停頓中であったが、二十五年十二月鉄道部は中英庚委員会から四十五万磅、現金一千七百万元を借入れ宣城−貴渓間四百余粁を江南鉄路の終点孫家埠より中渓、祁門、景徳鎮を経て浙●路の貴渓に達するもので本年六月中に竣工する予定で工を急いでおり遅く共本年内に全線開通の予定である
八、同蒲路の原大段 同蒲路の中段南段合計五百四十粁は二十四年十二月完成後大原−大同間の工事は昨年二月共産軍の侵入と材料の欠乏、難工事箇所の多いため工事竣工が遅延しているが、本二十六年内には完成の予定である
九、淮南鉄路 本鉄路は安徴省江淮両大流域を貫通するもので建設委員会主弁の全長二二〇粁の鉄道である、一箇年半の日子と工事費四百万元を費し二十四年十二月竣工し翌二十五年一月十八日正式開通した、目的は淮南煤鉱の石炭の運輸を主とし其他沿線貨客を運輸のため敷設したものである(つづく)

(二)

以上は既に完成したもの或は建設中のものに就て述べたが、なお右九線の外に近く開工予定の左記二鉄道がある

一、成渝鉄路 同鉄路は重慶成都間五二三粁を連絡する鉄道で、四川省建設庁長は五千六百万元を以て川黔鉄路公司を組織し、省政府より九百万元残余四千五百万元は仏国が材料投資二千七百万元と建築費七百万元計三千四百万元を出資し、残り一千一百万元は中央政府が公債を発行して国内銀行より借款して近く開工の予定である
二、湘黔鉄路 本鉄道は浙●鉄道の南萍段完工後株萍線と連結し株州より西に延長貴州省貴陽及び雲南省の昆明に達せしめんとするものである。鉄道部は昨年部員を派して測量せしめた結果先ず株州−貴陽間を敷設するに決し湘黔鉄路と命名した。測量の結果南北二線があり再度測量して北線を採用した。全長一千余粁途中隊道二十余、湘江大橋(約九百余尺)工事費約二百万元、資水、●水の二大橋(各約五百尺工事費二百万元)その他小橋は三百以上を有するので工事費は巨額に上る見込みである。株湘段の土木工事は既に開工し湘江大橋の材料も輸送中であり、全工事は二箇年竣工の予定である

右の外計画審議中のものには滄石路(石家荘滄州間)鄂翁路(湖北江西間)□●路(福建江西間)浦信路(浦口信陽間)川黔路(四川貴州間、広汕路(広東汕頭間)三賀路(三水梧州間)済聊路(済南聊城間)等の十余線があるが、外交関係及び資力関係等で短時期間に実現は困難である

更に鉄路建設に関する重要事項を摘記すれば

一、鉄路建設公債の発行 民国二十三年鉄道部は浙●路の玉南段を完成するため第一期鉄路建設公債一千二百万元を発行したが二十四年十二月浙●路南萍段建設のため第二期鉄路建設公債二千七百万元の発行を許可し二十五年二月一日正式に発行した、右の外鉄道部は財政部と共同して第三期鉄路建設公債一億二千万元を二十五年、二十六年、二十七年の三期に分ち毎年三月一日に各四千万元を発行して、湘黔鉄路その他の建設費に充てることになり行政院会議を通過した
二、六厘英金債券発行 鉄道部は粤漢鉄路を完成するため中英庚款委員会よりの借款を基金として、民国二十三年六厘英金公債一百五十万磅を発行した、同年十月また滬杭甬鉄道の杭曹段及び銭塘江鉄橋を完成するため中国建設銀公司及び中英銀公司より一千六百万元を借款したが、二十五年六月に至って鉄道部は計画を変更して両公司と商議の上契約を修改して、二十五年六厘英金公債一百十万磅を発行両公司の引受によって外国に売却した、同公債は民国三十年償還を開始同五十年に完済するものである
三、浙●路重軌借款 浙●路の杭玉段(杭州玉山間)は三十五磅の軽軌で十五噸以上の貨車は運転不可能なので、他鉄道との連絡を考慮し六十三磅の重軌と取替えるに決定、この費用八百万元に対し鉄道部はチェッコより軌条二万八千噸六百万元を借款し、工事費二百八千万元は国内銀行団より借款した、右チェッコの材料借款は年利四厘償還期限七年である、その他は総て南萍段独商オートホハルフ鉄廠の材料借款と同様である、工事は材料の上海着を待って直に行われるので、銭塘江鉄橋及び南萍段は同時に竣工する予定である
四、粤漢路南北段の合併 粤漢鉄道の株韶段の完成によって南北は貫通することになったが、従来鉄道局は湘鄂段と広韶段、株韶段の三局に分割されていたがかくては運輸連絡に不便なので二十五年九月南北両段を合併して武昌に粤漢鉄路総局を新設した、同路は開通間もなく従業員も充分訓練されていないので二回も列車衝突事件を惹起したので鋭意従業員の訓練に努力することになった

二、公路

昨二十五年中に開通した全国公路は左の如くである

一、蘇北六県公路 江蘇省北部六県間を連絡する公路で、華洋義眼救済総会主催で建設に着手し全長一九三支里、経費四万五千元、二十五年六月開通
二、麗松公路 浙江建設庁の手によって建設され二十五年十月正式開通全長一〇〇支里
三、平大公路 冀察建設委員会の手で建設に着手した河北省南北を貫通する公路で二十五年七月二十五日正式開通、全長一、〇〇〇支里、工費百七十万元目下乗合自動車百余輛を運転中
四、洛潼公路 河南省洛陽より陜西省潼関に至る公路、途中幾多の険岨な嶺屈があり工事困難を極めたが、二十二年八月建設に着手し二十五年三月完成、土木費六十万元、橋梁、隊道費一百万元、全長六二〇支里
五、洛臨公路 河南省洛陽より同省臨汝に至るものである、二十二年八月着工、同二十五年三月完成、全長八六〇支里、工費六十余万元
六、陜北公路 陜北省西安より楡林に至る公路で、昨年中に西安延安間を完成、また延安咸陽間綏徳楡林清澗間三百余支里を完成、その他は目下工事中
七、湘黔公路 本格は貴州貴陽より湖南省王駅、鮎魚舗に至る全長四〇〇支里の公路で、二十四年春起工二十五年十月末正式開通、工費中央政府支出額百〇五万元
八、川陜公路 四川省より陜西省に通ずるもので、二十五年二月十五日漢中●尭段正式開通、また●尭棋盤段も既に開通したので西部方面は殆んど完成し全線開通も遠くはない
九、●黔公路 本路は雲南省昆明より貴州省貴陽に至る全長六〇〇支里、二十四年中央地方合作で起工、二十五年九月十日完成し正式開通
十、湘川公路 湖南省公路七大幹線の一で全長三二五支里、二十五年八月完成同十一月正式開通した

なお二十六年度中に完成予定のものに蘇錫公路(蘇州無錫間)津保公路(天津保定間)甘川公路(甘粛四川間)川●公路(四川雲南間)湘桂公路(湖南広西間)等がある

(三)

二十五年の長江航業は揚子江下流諸省の農産の豊収から輸出入貨物激増し、各汽船は一航海に数万元の運賃収入を上げ数年来未曾有の黄金時代を出現している、交通部は先年来内河航行権回収を計画し国内汽船公司に対して定期船たると不定期船たるとを問わず、その就航は事前に呈請許可を受けなければ航行を許さぬこととし、若し船腹が過剰した場合は他航路に廻船、或は輸入船舶は新造を原則とし船齢十五年以上のものは輸入を許可しない方針を取り、また小汽船公司の合併を促進するため航業合作弁法を頌布して、上海無錫間上海漢口間等には既に実行している

右の外多年紊乱を極めていた招商局に対しては総副経理を新任すると共に、内部を整理して冗員を淘汰経費節減を図る一方、隴海、膠済、平漢、江南、京滬、北寧諸鉄路と貨客連絡輸送を協定し収入増加に努力している、同局は貨客を吸集して収入増加を図るため天津、青島、上海、広東間に直航路を、また連雲港には定期航路を開始し貨物運送に対しては船荷証券を発行して荷為替取組に便し、或は公司内に貨物代金取立業務を営むなど営業発展に努力しているなお従来上海福建間及び上海広東間は殆ど英国汽船の独占であったが、招商局は二十五年十一月より上海厦門間に海享、海利の二船を配して航路の拡大に努めたが、今後成績によって広東及び南洋諸島に延長する計画である、招商局の外に民間汽船公司としては民生公司が最も好成績を挙げている、同公司は上海四川間の航業に従事し宜昌以上には国内汽船は全く溯航しないに拘らず、同公司汽船は重慶に航行し最近四川省経済建設材料の輸送に当り好成績を収めている、また同公司は昨年海軍部江南造船所において汽船二隻を新□し民本、民元と命名昨年五月進水した

四、民間航空事業

支那の民間航空公司は中国、欧亜、西南の三公司であるが、民国十八年開航以来七年を経過して上海、南京、青島、天津、北平、鄭州、西安、成都、重慶、漢口、長沙、南昌、貴陽、昆明、南寧、広州、厦門等の重要都市には飛行場が新設され、左記の航空路を開拓延長した

[図表(支那民間航空線)あり 省略]

以上十四線の合計は三万一千余支里に上り、二十五年度新開航線は計六千七百支里に達し全線の五分の一強を占めている

右の外対外航空においては中国航空公司の広東河内線の開設によって、仏国航空公司の巴里−河内線に連絡し二十五年二月十四日正式に開航した、同航空線は毎週双方より一回開航している、更に米支航空路も香港−マニラ間の試験飛行を終ったので近く開航の予定であり、英支間の上海新嘉坡間、独支間の上海新疆線も停頓中であるが、遠からず実現するであろう

昨年度に開航されたものの中には中日間の「恵通公司」線がある、同公司は天津大連間、天津錦州間、天津張家口間、天津熱河間の四線を経営し、飛行機九台を有し大連において福岡その他と連絡している

五、電信電話事業

一、九省長途電話
交通部は先年来長途電話の完成に努力していたが、工事中の九省長途電話は昨年九月一日正式に開通し、通話地点は五百余処に及び電話線の延長は一万余支里に達した、主なる通話線は平津青島間、貴陽成都間、南昌長沙間、温州厦門間、上海鄭州間、鄭州漢口間、漢口上海間、上海杭州間、杭州南京間、南京海州間である
二、上海広東間長途電話
広東上海間の長途電話は広東電話管理処と上海無線電台間において折衝中であったが、昨年十二月五日正式に開放された
三、中日無線電話の開通
上海国際無線電台は二十三年中日無線電報を開放後、中日間電話の開通に就いても積極的に準備を進め、交通部と日本逓信省間に中日無線電話連絡弁法を締結、三箇月の試験を経て昨年二月十六日正式に開放し、先ず、上海東京間を開始、六月十六日札幌、横浜、大阪、長崎間を順次開通の予定である、その他米支間、英支間、仏支間、独支間は今なお試験中である

以上を通観して昨年中における最も顕著な事実は支那の南北を貫通する粤漢鉄道の開通したことと九省長途電話の開通及び従来交通機関の設備なきため僻陬の地として殆ど顧みられなかった雲南、貴州省等にも航空路が開設され、或は中央政府より建設資金を支出して公路の修築によって、半独立的な状態にあった雲南、貴州、四川省等の西南辺疆に中央勢力が駸々と伸びつつあることである、ただこれら国民政府の建設工作が自己の資本と技術労力による自力建設であるなら、実に支那の国礎を鞏固にする経済建設として欽仰に価するものであるが、鉄道における英国、航空の米国、ドイツと云った如く白人の資本と技術によってなされていることは、外観の華々しいに似合わず内面的には白人の植民地化に甘んじているもので、独立国を以て自任している青年支那の植民地化の禍根は年毎に増大するのみでその将来の多事多端を予見せしむるに充分である(終り)



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