新聞記事文庫 綿糸紡績業(05-056)
東京朝日新聞 1919.9.25(大正8)


紡織界の現状

東京毛織株式会社


欧州の大戦が本邦一般経済上並に国民思想上に及ぼせる影響の甚大なりしは今更賛言を要せざる所なるが就中我製造工場の急速なる進歩発達を促したるは顕著なる事実なりとす殊に毛織事業の伸展は実に目覚しきものあり今之を述べんに戦前に於て一千九百万碼に過ぎざりし毛織物の需用は、戦後一躍して二千百八十五万碼に増加し、戦前絶無なりし海外への輸出六百万碼の多きを算するに至れり。然して戦前に於る供給高は、内地品八百万碼、外国品一千百万碼を算し居たりしが時局の影響を受け、輸入品の激減と共に自足自給の必要に迫り、斯業は急激なる発展を遂げ、今日にては内地に於て一千五百万碼の生産を見るに至りしも、而も尚一千二百八十五万碼の供給不足を生じつゝある現状なるを以て、奈何に斯業の前途に光明あるかを知るべく而も斯業の中心地たる独墺は戦乱の結果全く廃滅し英仏は現状回復に忙殺せられて他を顧慮するの暇なく米国は漸く自給し得るの程度に達したるも其製品は遥に本邦品に劣れり従って戦前の如く欧州品の陸続として輸入状態に復するは尚幾多の歳月を以てするも容易の業にあらざるべく此秋に際し我当業者の発奮の如何は或は将来永遠に外国品輸入の機会を失わしむるに至らん殊に我製品其輸出先は支那、西伯利及南洋方面なるに見るも其前途益多望なるは論を俟たず蓋し
我邦に於ける毛織物の自給を確保するに足る大会社として自他共に之を認容する東京毛織株式会社は其資本金の二千万円という巨額にして其生産能力の偉大なる点に於て他に優越せるのみならず時局以来原料毛の暴騰、生産費の激増等内外幾多の支障に遭遇しつゝ尚整然たる秩序を保持して益其能率増進に努め諸官衙及一般需用者の意を満たすと共に他方に於ては自ら市場の調節者となりて斯界動揺の防止に努め外に在りては自給自足の国策に順応して外品の輸入杜絶に基く国民の需要難と緩和し内に在りては工場其他の諸設備、使用人の手当等に細心の注意を致し一万人に近き従業者をして其職に安んぜしむるのみならず会社自身も着々其収益を増加して本年上半期には年四割の株主配当を行いて尚百十一万三千五百余円を後期へ繰越せるが如き其内容に於ても亦斯界の権威者として名実共に世人の期待に背かざるものと謂うべし

沿革の概要

同社の現状は方に旭日昇天の勢いにて斯界羨望の的となり居れるが其創立当時の苦心と其後数年間の波瀾重塁の歴史とを顧れば実に隔世の感なくんばあらず抑も東京毛織は明治三十九年十一月、東都実業界の有力者たる男爵渋沢栄一、日比谷平左衛門、諸井恒平等の諸氏が日露戦役後に於ける本邦毛織市場の実況に鑒み百□奔走□結果二百万円の資本金を以て漸く成立を見るに至りたるものにして当時我国内の毛織業者は欧米輸入品に圧倒せられ跋扈、跳梁に委するの外なき惨憺たる有様なりしを以て世人は到底毛織事業は我邦に適せずとなし相当有限の人さえ之れに賛同するの状態に在りしが同社は此間に処して機宜を誤らず恒に斯界に先覚模範として重きをなし只管輸入防遏を旨とし悪戦苦闘の結果真に本邦毛織事業の大成を期せんと欲せば先づ小会社分立の旧套を脱し一大会社を組織して以て外敵の侵入に備えざるべからずとの自覚を得之が機会を窺う内遂に時は来れり時偶欧州戦乱の影響を受け久しく微々として振わざりし内地毛織業漸く其曙光を認めらるゝに及たる大正六年三月本邦毛織事業の一大革命は同社の手によりて決行せられたり革命とは何ぞや即ち東京毛織物、東洋毛織、東京製絨の三会社合併是れなり、之より前東都毛織界の三重鎮として勢いを張れるものは本邦毛織事業の先駆者たる東京製絨会社、毛織物界の権威者後藤恕作氏の創設に係る東洋毛織会社並に本社の前身たる東京毛織物会社なりしが是等三社の合併は当事者間に期せずして其合同の有利なるを自覚せしめ遂に東京毛織物に東洋毛織、東京製絨を併合して其名称を東京毛織株式会社と改め資本金を一千一百万円に増加して日比谷平左衛門氏之が取締役会長となりしが大正□年十二月、大阪の泉尾綿毛株式会社を併合して資本金を一千四百万円となし本年八月時勢の進運に鑑みる所ありて更に之を二千万円に増加して茲に東洋第一の大毛織会社となるに至れり

合同の特長

既にして三社を打って一丸となす其基礎の頓に鞏固を致せるは勿論の事なりと雖も単に資本金の増加のみなれば増資拡張等の手段に依りても容易に之を遂行し得べく敢て合併の如き大英断を必要とするに至らざるべし、合同の効果は国内に於る同一事業会社の対立による無用の競争を艾除し内顧の憂なく其全力を傾注して外敵に対抗し得るに在り殊に過渡時代より昨今漸く完成時代に第一歩を踏み出せるに過ぎざる本邦毛織事業の如きに在りては特に其緊要の度著るしきを感ぜずんば非ず更に又我邦の如く其原料品の殆ど全部を海外に俟たざるべからざる運命を有する国にありては国内的競争の一掃を必要とすべきは論を俟たず現に先年英国政府の毛織原料就中羊毛の輸出禁止に遭遇せる際同社が疾風迅雷的対策を講じ巧に欠陥補充の途に出でたるが如き好個の一例証なりと謂うべき也

同社の製品

世上三社の合併が然なきだに我邦の最も不足欠乏を感じつゝある縞物製出の発達を阻害せるが如く謂うものあり然れど所謂大工場組織の会社にありては其製造能力を最高度に発揮し且生産費を最低位に切詰めて利得の率を昂めんとする場合は成るべく其製品の種類を同一のものに局限し会社の製造能力を一時に集中せしむるの必要なるは敢て毛織物事業のみに限らず総べての製造工業一として然らざるなく製造工業が分業制度を伴う所以も畢章之が為めに外ならず従って各種縞物の多数供給という点より見れば三会社の合併は三会社の分立に如かざる事ともならん然れ共□うるに足らず苟も大工場組織の会社たる以上其の合併たると其の分立たるとは殆ど何等の軒輊を見ず如何に毛織物の本場たる欧米諸国と雖も一会社にして数種以上の縞柄を製出するものは殆ど絶無たるに徴するも亦以て其見解の誤れるとを語るものに非ずや殊に現在の同社は是等の点に留意し可成各種毛織物の供給不足を填補し羅紗、セル地等の自給策を講ぜんが為可及的縞物の製出に努め之が為には有利なる海外よりの注文を拒絶して迄も内地市場へ多量の提供をなしつゝあるの状態にあれば合併による縞物製出阻害は一の杞憂に過ぎずと謂うべし

能力と販路

同社の工場は南千住の本社工場を始めとして王子町の王子工場、大井町の大井工場、大垣市の大垣工場及大阪市の大阪工場の五箇所に在り其力織台数は八百三十五台を有し整紡機錘数は三万三千八百五十錘の多きを数え一箇年の生産総高は約八百万碼を算し本邦総生産高の約六割を占め今や完全に内地の自給自足を確立し更に進んで支那、南洋、西伯利等の海外販路の拡張に努力し最近一箇年間の輸出総碼数は実に二百五十万碼に上り益増加を告ぐるの状態に在り

資産の状態

同社の営業成績の優良にして資産状態の堅実なるは本邦工業会社中稀に見る所にして其積立金の合計は二百三十四万八千七百余円に上り所有原料一千百九十万円の土地建物及機械総額五百七十万円、仕掛品及有価証券、銀行預金及其他の財産にて一千五百万円を算し中にも土地、建物、機械の五百七十万円は既に三百五十万円の償却を為し居れるを以て之を時価に換算せば優に同社の財産は二千五六百万円に上るべく今合併後に於ける同社の利益金を示さんに大正六年上半期には百五十一万四千九百三十三円、同下期には百八十七万九千九百四円なりしが大正七年上半期には一躍二百四十八万五千五百五十円となり更に同年下半期には三百六十二万六百十一円、本年上半期には四百三万七千六百八十三円という莫大なる利益を計上するに至れり之れに依って是れを見れば僅に二箇年半に於て約三倍の利益金を増加したる訳にて従って株主配当も大正六年上半期には年一割五分なりしが同下半期には二割となり七年上半期には二割五分、同年下半期には五割、本年上半期には戦争終了と共に多少毛織物に動揺を来せしも尚四割の配当を行いて多額の後期繰越金を出せるは同社役員諸氏の其経営宜しきに依らずんば非ず法に基ける職工扶助恩給規定は勿論共済組合を設立し職工毎月の積立金総額に対する5分の一を毎月補助し一朝事ある際しては之が救済の規約を定むるの外賞与制度に関しては最も遺漏なきを計り之を分別して皆勤賞与、出勤手当、期末賞興の三種とし期末賞与は更に分類して普通、勤続、精勤、臨時、特別の五種に分ち支給しつつあり更に職工の生活問題に対しては殊に深甚の注意を払い諸物価暴騰の趨勢に鑒み物品供給所を設立して白米其他の日用品を廉売し又社内に寄宿舎を建設して女工に対しては食費、寝具、風呂其他一切を一日十銭の割を以て賄い男工に対しては同じく十五銭の割を以て賄ふ事を定め更に通勤職工に対しては社宅を設けて之を安価に貸興し尚一家族中五人以上の通勤者に対しては家賃を全免し六人以上の場合は却て補助金を支給する規定を設け五人未満二人以上の者と雖も其数に応じ家賃を軽減する方法を取り或は専門医師をして職工の健康診断を行はしむる等、遺憾なく衛生設備を完全にし一時たりとも職工をして不安の念を起さしめざるのいならず教育機関として寄宿舎内に教員を招聘して其程度に応じて適当の教育を授くるの外機械工手養成所等を設置し優秀なる男工に対しては学費を補助して専門学校に入学せしむる制度を採り女工に対しては裁縫並に生花等の教授所を設けて何時家庭の人となるも恥かしからぬ様教訓し而して毎月一回休養日を利用して手品、落語、太神楽等娯楽機関を設けて積日の労を慰せしめる等真に至れり尽せりの方法を講じ模範工場の名に背かざるの実を挙げつつあり

同社の役員

専務取締役
藤田 謙一
常務取締役
日下 吉平

塚口 慶三郎

宇佐見 薫次
取締役
津田 五郎

諸井 恒平

日比谷新次郎
監査役
大橋新太郎

門野重九郎
相談役
男爵 大倉喜八郎

日比谷平左衛門
之を要するに我邦毛織界の権威者たるを以て自任し恒に斯業の進歩発達に貢献する所少しとせず殊に其役員は我邦経済界の巨頭之れに当り其原毛は主として優良、豊富なる支那産を使用するの外南米、南亜の羊毛をも使相す、されば将来英国の対外政策に依り豪州産の羊毛、輸入杜絶する事あるも何等作業に支障を感ずる事なき状態に在るは又以て邦家の為め意を強うするに足るべき也

職工と待遇

近時労働問題に関する論議熾なると同時に、資本家対労働者間に兎角意志の疎通を欠き同盟罷業に頻々として起りつゝある今日同社が些の動揺をも感ぜざるは又以て其待遇法の好良なる結果に外ならず今其内容の概略を示さんに工場


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