新聞記事文庫 繊維工業(08-083)
大阪毎日新聞 1938.4.18(昭和13)


国策会社計画とパルプ自給の前途

なお不足四十数万トン


いかに政府の支持によって生まれたとはいえ、政府の出資もなくまた特殊会社法の制定によって創立されるものでもないのに“国策”会社とは僣越だ」とか「今日、時局的使命をもつ事業に“国策”線に沿わぬものがあるか」などといわれながらも、ともかく「国策」パルプ会社はすべてが決定して宮島日清紡社長を社長に推して来月中旬いよいよ誕生することになった。決定した計画によると次の通りである
資本金 一億円、第一回払込二千五百万円
出資割当 人絹人繊会社三十三社製紙会社八社で出資比率八対二とし各社の生産設備によって出資額を決定しその出資額に応じてパルプ配給量を決定す
工場 北海道と内地に数ケ所
生産予定 十五年度十二万三千トン、十六年度十五万トン、十七年度十六万二千トン(うち人絹用十万トン)
原木 北海道および内地材で十六年度の払下予定量二百六十九万七千石
パルプの国内自給力確立問題が論議されだしたのは決して今日の問題ではなく、殊に満州国の資源開発が日満ブロック経済の根本問題として取上げられるにおよんで、今日の満州パルプ会社四社が満州国政府の支援によって誕生したのであった。しかしその後に至って事情はこれだけで安閑たるを得なくなった。支那事変の勃発−わが国戦時経済政策の強行−国際収支の適合確立ということが、このパルプ問題をいよいよ緊迫化したのである。
殊に人絹の大輸出産業が原料飢饉のため重大な難局に追込まれ、さらに棉花、羊毛に代る新繊維ステープル・ファイバーの消費強制が原料制約のためにそ目的を百パーセントに発揮し得ない結果となったことは、より以上に間問題を大きくしたといえよう。結局、資源貧乏国の戦時経済的苦悩の一つであると見てよい。だが、それは如何にしても克服しなければならない。商工省が農林省の言分に向って頭から「戦時経済政策」を一本に闘ったのも、そこに理由があり、かくして国策パルプ会社が出来ることになったわけである。
そこで、一応ふり返ってパルプの需給問題を見る、統計によると日本パルプ需給数字は次のごとくである。(単位千トン)

[図表あり 省略]

表面的な数字を見ると生産に対する輸入度合いは決して過多とはいえない、だから一応はこの問題も適当に考慮しておいてよいといえる。だが、ここ一、二年来パルプに対して国際的な大需要が起こり、従って価格の激騰を見ているにおいてただ単に量のみしかもその国内生産との比率のみを見て楽観しておれない、いか如何なる犠牲を払っても、輸入は極力抑制し、パルプ自給国策は確立せしめねばならないのである。
「必要は発明の母だ」という言葉がある。少なくとも植物性の繊維素のあるものなら、パルプになしうる可能性がある。パルプ飢饉はこうした論点から、随分研究された、勿論パルプが針葉樹からとるのを第一とすることは誰しも否めない、だが、日本の地勢と文化はそれを全部的に許さない。カナダやスカンジナビア半島とは事情が違う。そこでこのパルプ問題に関してはたしかに偉大な研究がとげられた。いわく葦パルプ、桑パルプ、バガス、いわく豆稈パルプ、籾パルプ等々、そして何れも化学的にはたしかに成功しており、原料の化学的成分は十二分である。
しかしこうした新原料の一つ一つには、生産条件において、あるいは原料取得上において、従ってコストの上においていろいろな文句がある。だから、少なくとも早急に目前の問題を解決するためには木材パルプ以上に良策はない。現にある会社は桑条パルプを計画して間もなく杉材パルプに転向している。ただこうした新植物からのパルプに、相当の実績をあげているのは鐘紡の葦パルプだけである。だが、くり返す如く、この葦パルプはまだ少くとも試験時代から完全に脱したとはいうわけには行かぬ。
そこで、目前に切迫した問題を解決するためには、やはり百パーセントの結果を期待しうる木材パルプを以てするよりほかない。そこに国策パルプ会社の意義があると思われよう、果してこの国策パルプ会社の業績が百パーセントの期待をもたせるかどうか。
ここで振返って考えたいのは満州のパルプ事業である。満州のパルプ事業は随分いろいろ厄介な問題、特に独占、不独占の問題もあったがともかく四つの会社によってその目体遂行が決定された。いわく東満パルプ(鐘紡系)満州パルプ工業(寺田系および三菱系)東洋パルプ(川西)日満パルプ(王子製紙系)がそれである、そしてこれ等の会社はすでに工場の建設をほぼ終り本年の六月から十月にかけて各社とも操業を開始することになっており、東満パルプの如きはすでに試験時代に入っている。その能力は各社とも年産一万五千トン、計六万トンとされているが、満州国の原木供給力関係から大体一万トンのパルプを生産するだけの力しか与えられぬらしい、とすれば明十四年に入るとここに四万トンのパルプが自給される、しかし、ここで断っておきたいのは、この四社とも製紙パルプが現在の力であって、人絹パルプは本来の目標でありながら、まだそこまで到達していない。

満州では既に実産期に入る 目標は人絹パルプ

だが、少なくとも、この満州での計画がすでに実産期に入り、あるいはそれを目前に迎えて来たことは、大きな力として認めてよい。従ってこれが計画生産量実行期に入ると他の増産を加えてわが国の自給力は今の八十八万トン(製紙用八十二万三千トン、人絹用五万七千トン)から百万トンとなり、これに木材パルプあるいは木材以外のパルプ計画を合して次のごとくなる。
木材パルプ(現在) 九〇〇千トン
同(満州) 六〇
同(東北) 五〇
葦パルプ(営口) 五
その他 四〇
かくて合計して少なくも百五、六万トンは出来るはずである。
昨年のわがパルプ需要高は製紙、人絹合して百三十万トンであった、従って以上の計画により、仮に本年の恒常的需要量を百五十万トンと見ても、ある程度の持久力は出来る。しかしなお四十数万トンの不足が生じる。ここに今日のパルプ輸入制限の強圧が行われる理由がある。
しかもここに問題なのは人絹パルプである、前にも述べたように満州四社の如きも、その目標は人絹パルプにあるけれども、技術的には、過渡期の関係もあろうがまだまだ製紙パルプであり、葦パルプも人絹パルプとして百パーセントの安心はまだもてない。しかも人絹パルプの輸入は昨年には約三十万トンに達している、仮に量的に何とかし得ても質的にはまだ多く問題が残されているのである。尤も、そういううちにも、目下計画中のいろいろなパルプが漸次成功し企業化されて来ようから、案外うまく行くかも知れぬが、それは何としてもまだ?である。

今後一ケ年半で目体の生産は困難 満州との関係如何?

さらにパルプ自給問題にはなお多くの疑問が考えられる、第一に今度の国策会社にしたとて、果して予定通り十五年度中生産計画量十二万三千トンを実現しうるや否や疑問である、即ちそこには機械準備問題その他いろいろの問題が生じるからで、ある当業者は今後一ケ年半に目的の生産量を得ることは困難だといっている。
第二にパルプの供給力や値段が今後も依然として今日のような状態を続けるか否かにも相当の疑問を抱いている、今日の世界パルプ市場は一種の異状を呈している、これは必然修正される時が来る。すでに市価の位置は一時の高値時代に比して四割も反落している、相場さえ安ければ同じ金額を以て、ヨリ多い量を取得できることは誰しも否定し得ない。ここに一つの暗影を見るというのである。
第三に今度の国策パルプ会社に関して放たれる非難は、満州四会社との関連を如何に考えているかまた何故、新会社の企業計画者をパルプの消費者のみに限ったかの点である。満州パルプ会社の事業を国策として成立せしめながら、内地は内地で別計画とし、しかも、それをパルプ消費者のみの資本で遂行せしめ、満州会社との間に何等の関連をもたしめていないことは、今後に多くの新トラブルを発生せしめる原因となりはしないか、というのである。
勿論、原料資源獲得確立が、現在日本産業の根幹問題である以上、如何なる障害も排撃して目的に邁進せねばならないが、これで一切を終わったものとして百パーセントの安心をもつ事はまだ許されない。


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