新聞記事文庫 油脂工業(03-102)
中外商業新報 1937.7.19-1937.7.21(昭和12)


合成樹脂の話


[写真あり 省略]

まえがき
壊れない器物としてお銚子の袴だとか、茶卓、吸物椀、玩具等に最近新しい工業製品が現われて来たが、それらは形や色が今までのエボナイトやセルロイド等と余り変らないのでこれが新工業合成樹脂製品だとは知らずに見遁して居る、合成樹脂製品は以上の日用品以外に電気機具、建築材料、自動車用の無音歯車、電話受話機、ラジオ部分品更に軍需品其他等にまでの広範囲な用途を帯びて颯爽と登場して来たものでそうと気づけば身の廻りに余りに多くこれらの製品が充満していることに驚かれることと思う

概論風に

合成樹脂にはいろいろ種類があるが石炭酸又はその同族体とフォルマリンに極く少量のアンモニアを加えよく攪拌して摂氏九十度位の温度で加熱すると水飴状の物質が出来る
これが合成樹脂の一種で通称石炭酸樹脂と呼ばれるものである、よくベークライト、ワーネリット、ニホンライト、ターボナイト、アートライト、アエノライト、マーツライト、フォルマイカその他何々ライトとかいって電気のソケットや椀盆等の食器としてデパート等で売っているものはこの石炭酸樹脂で造られた製品である、合成樹脂にはこの石炭酸樹脂の外に次のような種類がある

イ、フルフラール樹脂
ロ、尿素樹脂
ハ、ヴィニール樹脂
ニ、スチロール樹脂
ホ、グリブタル樹脂
ヘ、クーロマン樹脂

これらは往々形や性質などに多少の相違はあるけれども大体さきの石炭酸樹脂と(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)は性質並用途が類似して居り(ホ)と(ヘ)は又主として塗料方面に利用されて居る、而して右の中現在一般に製造され需要されて居るのは石炭酸樹脂と尿素樹脂であるからここではまずこの二つに就いて詳しく述べることにしよう
之等二つの樹脂の特徴を挙げると次の通り

一、水、油、酸、アルカリに強くそれらの溶剤に侵されないこと
一、不燃性であること
一、電気の絶縁力が大なること(□粍の厚さで三万ボルト内外に耐ゆ)
一、硬度の高いこと金属に近くしかも軽いこと
一、光沢があり色彩が美麗なこと
一、年月が経っても歪み、狂い、割れなどの変化を来さぬこと
一、機械的強度の強いこと
一、紫外線を吸収せぬこと

等々幾多の優れた点を持っているが尿素樹脂にあってはこの他無色無臭という特長があるからその製品は水晶のように透明なもの、半透明のもの、その他色々の美しい多彩のものが作れる
さてこうした特長と性能を持っている合成樹脂の製品は大体塗料、純粋品、型成品、積層品の四種に分れている
純粋品は合成樹脂だけを加熱凝固したもので無味無臭の透明の美麗な琥珀色を呈したものこれを加工すれば無色とも純白色とも各種の色彩をつけたものと色々できるし形も棒状、板状に造られ、これから加工して美術装飾品、装身具その他に応用されている
形成品は一定の鋼鉄製の型に石炭酸系樹脂を主成分とした原料を入れて加熱加圧して製作したもので純粋品のように透明ではないが同じ形のものを一度に沢山製作するから非常に安価に出来上るという武器を持っている、また金属その他の挿入物を適当に鋳こむことも出来、改めて加工を施さずとも型によって立派なものが出来るという訳だ、特にこの製品は前述した石炭酸系樹脂の特徴を備えた上美しい光沢と機械的な強度をもって居りその色彩の如きも無色、純白色を除けば大低の色は自在に表現できる、また最近はこの今まで不可能だった無色、純白色を製作し出した会社もある
積層品は特殊の紙、布又は石綿等を石炭酸系樹脂で処理したものを更に加熱加圧して製作したもので、軽い上に弾力性があり電気的及び機械的強度を有っている、まず板、棒、管状に製作するが、それからあとは必要な形にどんなにでも加工できる、この品は電気の絶縁力が強いばかりでなく一般の機工、穿孔研磨螺子立等に容易に加工することができる膨脹、収縮屈曲、変質、軟化等という変化を来さないから後に述べるような広範囲な用途を有し今や軍需工業の寵児となっている(つづく)

製造工程

次にこれらはどうして作られるかその工程の大要を述べてみる、石炭酸又は尿素樹脂の生成は一般にA−B−Cの過程を取る
即ち石炭酸樹脂の場合は石炭酸(又はクレゾール)と約等量のフォルマリンに縮合促進剤として少量のアンモニア苛性曹達、苛性加里、ウルトラピン等の一種又は二種を加え尿素樹脂の場合は同様尿素とフォルマリンにやはり縮合促進剤及び軟化剤を加えたものを摂氏九〇度−一〇〇度位の温度で加熱すれば水飴状の初期縮合物ができる
この初期縮合物であるAの形のものは普通水飴状又は松脂状であって溶解性も溶融性もある、このAに加熱を続けるとAの分子は化学的に重合して次第に其硬度を増すと共に溶解性及び溶融性を減じ中間縮合物Bの過程を経て遂に最後の縮合物Cの形のものに到達するのであるこのCは摂氏三百度以上で初めて炭化する物質で前記のような貴重な特殊性能を備えている
合成樹脂は大体前記のようにして製造されるが右のAの形のものから水分を去り溶剤に溶解させると合成樹脂の塗料が造られる、又Aの形のものに木紛其他粉末状の繊維を加え顔料其他で色彩を施し更に適当に加熱粉砕して合成樹脂のBの過程に於る粉末状の製品を造り之を一定の鋼鉄製の鋳型に入れ更に加熱加圧するとこれで所期の型成品ができ上る
なお右のAを布紙等に塗布し加熱乾燥し之を重ね合せて強力水圧圧搾機で一吋角に約一千封度位の圧力で加圧加熱すれば板状の積層品を製造できるし又右を適当の大きさに捲いて金型に入れ加圧加熱すれば棒状管状の製品ができる

発展の道

石炭酸樹脂を今日のような広汎な用途の商品としたのは米国のベークランド博士の功績である、博士の前にも石炭酸とフォルマリンを加熱縮合して人工的に樹脂を造ることは種々研究されていたのだが一九〇七年頃に同博士が加熱の際圧力を使って一定の製品を造ることを発明してからというものは広く商品としてその優秀な価値が認められるようになった、我国では大正四、五年頃から研究製作され最近ラジオの普及と共に一般に認識され広く各種の商品に利用されるようになった
尿素樹脂はそれから少し遅れて世に出て来たもので、この尿素樹脂が研究されるようになったそもそもの点はその無色透明で無味無臭なことにある、石炭酸樹脂は前述のように優秀な性能を持って居りその用途も広く今後益々各種の方面に応用され将来建築用材、日用品、さては自動車その他の機械方面に合成樹脂時代を現出せんとする勢いを持っているが、併しまだ凡ての欠点が解消した訳ではない原料の石炭酸の臭気を完全に除くにはまだ相当困難な技術を要する、殊に製品を安価にするためにクレゾールを使用する時には一層この感を深くする、しかしこれ等の問題は技術の向上によってある程度までは何とか出来るが、原料の関係から色彩の点で短所がある、又無色透明又は白色淡色等は製造困難の状態にあり、各国の学者がこの点で多年頭をひねっている
こうした一方に尿素樹脂は原料である尿素が無色無臭であるので無色透明も白色も其他の色でも自由に製造できる強味がある、尤もこの尿素樹脂が研究されるようになったのは今から五十年位前のことだが工業的に利用されるようになったのは極最近で外国でポロパス、ビール等の名の下に商品として市場に現れたのはたかだか六、七年以前からのことである、我国でも研究は十四、五年前から始められたが当時の製品には耐水性がなく数ヶ月経つと割れが出来て使えなかったものだがやっと昨年頃から市場に一、二の会社の製品が見受けられるようになった、之等の製品は相当の研究を積んだと見えて外国の品に比べていささかの遜色もないようである(つづく)

種類と用途

石炭酸樹脂と尿素樹脂製品の種類は前述のように塗料、純粋品、型成品、積層品の四種に大別されるがその用途は非常に広く大げさにいえば尽るところを知らないといいたいくらいだ
塗料 主に加熱乾燥のものと、常温乾燥のものとの二種が一般に製作されて居り用途は電気絶縁塗料、耐熱性を利用して人絹工業その他に使用する耐酸塗料から軍需品としては毒瓦斯マスクの塗料や毒瓦斯弾、砲弾の内部塗料等にまで応用されて居る、この合成樹脂塗料は耐酸耐アルカリ、耐溶剤の特性の上水や油にも侵されず、耐熱性もあるので今日まだ多少の欠点がある常温乾燥の塗料が完成されたらその需要は更に増大することであろう
尚この樹脂塗料は接着剤としても電球の口金其他に使用され又他の繊維素塗料等に少量添加して非常な効果を挙げ当事者から賞讃の声を得ている、併し之等の方面にはヴィニール樹脂やグリブタル樹脂が将来大いに用いられることと思われる、尿素樹脂の塗料は又織物方面にも種々利用され最近非常に研究され急激に需要が増えつつある、これは織物の光沢を増し縮み等に利用されるようである
純粋品 透明、半透明のもの、更に色彩を施し美術装飾品、婦人の装身具、文房具等に使われている、尿素樹脂のものは今後一層の研究によって紫外線を吸収しない性質を利用して温室又はサンルーム等の窓硝子等に利用したり、セルロイドを応用して軽量強靱な安全硝子等としてその応用範囲は益々広くなることであろう
型成品 電気のスイッチソケット等に利用されていることは周知の事実だが漆器の代用品として椀、盆又は文房具、日用品の一部さては電話、自動車の部分品、人絹紡織製造用の種々の製品等その用途は日に月に拡大して行く、更に尿素樹脂の完成はこの樹脂製品に色彩を加えたから大にしては建築材料から食器、日用品、化粧品用具、玩具等に至るまでその用途は広まり、一時は単なる空想に過ぎなかった自動車の車体全部を合成樹脂で造ることもフォード等では既に計画しているといった調子、米国では家屋の大部分がこれで出来ているとか、正に合成樹脂時代来るの感が深い
積層品 これは前の型成品より機械的に強靱で電気絶縁性も一層大であるし加工も容易だから型成品とは別に種々の用途を開拓している、従来は電気絶縁物及び机テーブルその他の家具の一部に使用されていたがこれも尿素樹脂の完成と共に建築材料その他に大いに利用されることと思われる、積層品応用の一例として合成樹脂の無音歯車がある(第一回のカット写真参照)
最近工場の音響防止の一方法として石炭酸樹脂の無音歯車が大分使用されて来たがこの歯車は不必要不愉快な機械の騒音を一切吸収してしまうばかりでなく同時に不時の衝動に対しても機械を保護する特異性と材料自体の有する耐水耐熱耐酸についても識者の注意を喚起している、この歯車は工場の諸機械だけでなく家庭用諸機械即ちアイスクリーム器、掃除機、蓄音器等から自動車のタイミングギヤー等の各エレメントに応用され顕著な成果を挙げている

将来性と経済的問題

前述のように石炭酸樹脂が広汎な用途をもつ上に尿素樹脂の完成は樹脂工業に一新紀元を与え本工業の躍進となってその将来性は実に洋々たるものがあるが我国の本事業については一二考慮すべき問題がないでもない
その一は現在我国で型成品工場は相当多く東京でも四、五百軒大阪で二、三百軒あるそうだがその大部分が家庭工業でその他の工場もとかく手工業に頼る傾向がある、もしこれが機械的に作業するようになったら一層の発展が期せると思うのだが…
その二は原料の問題で本工業で石炭酸の代用にクレゾールを使用し単価の引下げを行っているがクレゾールは最近輸入品の欠乏により供給不足となり従って業者は原料の暴騰に苦しんでいる、というのも樹脂工業は原料が生産費の重要な部分を占めているからである、併しこの問題はクレゾール製造の新会社の計画があるようであるし、そうなれば安価になろうし原料の値下りは当然製品も安価となって来よう、本来合成樹脂工業の特長は金属其他の製品に比べ割合に安価で体裁がいい点にあるのだから原料の値下り、製造費の低下は本工業に重要な意義を持っている(完)



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