新聞記事文庫 護謨工業(01-076)
報知新聞 1917.7.23(大正6)


日本護謨株式会社の活躍

前途洋々本邦自働車タイヤの元祖


我邦に於ける護謨製造事業は近年=殊に欧洲戦争以来益々進歩し来り、今や内地の需要を満たして其の輸入を防遏したるのみならず、対岸支那を始めとして海外に向い盛に輸出を試みるに至りたるは時運の然らしむる所とは言え、夙に我邦の護謨業者が斯業の前途に着目し、万難を排して拮据経営し来れる賜物なりと称せざる可らず、東京市浅草区玉姫町なる日本護謨株式会社の如きは此の意味に於て、特に其の功績の偉大なるを認めざるを得ず

斯界の権威

抑も日本護謨株式会社は明治三十三年の創業に係り、爾来護謨管、護謨板、バルブ、パッキング其他雑品を製造し、陸海軍、鉄道等を主なる華客とせしが、其後自転車の流行漸次盛んとなり、将来交通上の必需品たるべしとの見込を以て、其タイヤー製造に就き苦心研究の結果明治四十年頃より製品を市場に出したるに、品質頗る優良にして最も耐久力に富み、舶来品に比して遙かに良好なりとの評判を博し、随って売行日に月に増大し数年ならずして輸入品を圧倒するの盛況を見たり

□□を発揚す

同社が斯くもタイヤーに於て大成功を収めたる結果、他の同業者も亦競うて該品を製造販売するに至りしも、而かも最も耐久力に富める良品は今日に於ても尚お同社製品の右に出ずる物なく、他は遠く其の下位に在る現状なり、されば先年東京中央郵便局よりは証明を下附され、又英京倫敦に開催せる万国ゴム博覧会に出品して賞状を受領するの名誉を荷い、其の声価は隆々として内外に発揚せり、自転車タイヤーに成功したる同社は又斯業界に於て最も難事とする自働車タイヤーにも一大成功を収むるに至れり

[図表あり 省略]

海外に輸出

即ち同社は多年の間密かに自働車タイヤーの製造を研究して、特殊の薬品と驚くべき強靭なるコットンダックを使用し、且つ特に考案したる製造機械に依りて良品を製出し、昨年来陸軍技術審査部及び各地自働車会社等へ納入して試験したるが、成績殊の外良好にして陸軍兵器支廠より証明書を下附されたるのみならず、陸軍自働車班よりは指定品たる栄誉を得たり、爾来益々原料に選択を加え技術の練磨に力を注ぎたる結果、最近製造の物は普通道路に於て実に五千哩以上の使用に耐え、舶来品に優るとも劣らざる良品なりと云う、斯るが故に内地の需要は日を逐うて同社の製品に集中し為めに輸入品の激減を見たるのみならず、上海及び印度方面に向って続々輸出さるるの好況を呈し居れり、同社は実に我邦に於ける自働車タイヤー製造の嚆矢たると共に、同製品を海外に輸出するの先駆者たり

其他の製品

又馬車及び人力車タイヤーも盛に製造せらる、殊に馬車タイヤーは宮内省の御用命を蒙るの名誉を荷い人力車タイヤーは上海其他に向って盛に輸出されつつあり、此外同社独特の製品としては吸水用護謨蛇管あり、高圧用護謨管あり、吸水用蛇管は英国製天秤印と同様にして、水圧五十封度以上真空二十五吋に耐え、喞筒の吸水用として実に他に比類なき完全無欠の品なり、高圧管は品質特殊の配合を為したるのみならず、外部に大小の鉄線を子持巻とし、屈伸極めて自在にして而も二千五百封度の高圧に耐うるべく製造せる新案特許品なり、護謨ベルトも亦同社の主要製品の一なるが、其特長は現時の価格に於て皮革ベルトに比し殆ど半額にて、而も堅牢なることは実に皮革以上なりとて好評噴々たり、且つ同品は耐水、耐酸性なるが故に気候の変化に依り伸縮する等の虞れ毫も無ければ、製紙、製糖其他如何なる工業用にも適せり

製品益々増加

尚お同社現在の生産力は欧洲大戦前に比較して実に五割以上の増加を見たるが、尚お註文の頻至に追われつつあり、而して戦争終熄の後と雖も、各種護謨製品の需要は更に減退することなく、益々増加すべきは明かなるを以て、同社にては他日大飛躍を試むべく目下工場の拡張計画中なりと、因に同社の取締役会長は中村清蔵氏にして、工務監督には取締役吉田静吉氏之に当り、其他大塚、大熊の両取締役、加納、坂東の両監査役精励事務に鞅掌しつつあり
因みに今回陸軍自働車試験班に於て高崎、宇都宮、白河等を経て東北方面に往復の運行試験中なるが該自働車の内貨物用八台のフリッドタイヤーは全部同社の製造品にして又乗用車五台のニューマチックタイヤーも殆ど同社の製造品なりと云う



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