新聞記事文庫 日本(30-042)
大阪朝日新聞 1942.3.2(昭和17)


大東亜戦下の挙国態勢 (1〜7)

現地視察特派員座談会


(1) 総選挙に新人を待望 帰還勇士も活溌な働きかけ

大東亜戦争完遂の確固不動の決意に基づき政府は内外諸般の施策を漸次具体化せんとし、その輪郭は今議会における政府の説明によってほぼ闡明された、しかして政府は来る四月三十日には五年振りに総選挙を施行し、これを機会に大東亜戦下翼賛政治体制の確立を期せんとしている、総選挙の切迫につれて戦時下における国民の時局意識もさらに一段と昂揚して来たであろう、本社はこの機会を捉え東京本社四名、大阪本社三名、西部本社二名、中部本社一名、計十名の記者を全国各地に特派し、大東亜戦下における国内各般の政治、経済情勢を現地に視察せしめ、その得たる結果を一日東京本社に持寄って座談会を開催、不動の国策の下に挙国総進軍する銃後国民の雄々しき姿を如実に伝えることとした
問 今度の総選挙の特質あるいは政府の総選挙対策というものが地方で大体どういうふうに受け容れられているか

推薦母体に意見区々

万木 今度の選挙について啓蒙運動の方は各地方とも大体において非常に熱意を持って迎えている状態だが、推薦母体の問題になると非常に意見が分れている、端的にいて発表された翼賛政治体制協議会の顔触では、どうも翼賛議員同盟を中心にやるのじゃないかという考えが青壮年層に非常に強かった、そういう点で今迄今度の選挙を通じて議会に新人を送り、そして陣容を刷新しようという見地から期待していた連中はがっかりしたようだ、私の廻った地方で、長野県では特にそういう点でもっと人選に新鮮味を加えて欲しいという意見が強かった
星野 都市と農村とでは今回の政府の選挙対策に対する関心が違うが、一般的には反響が大きい、結局何か手を打って貰いたいと思っていたのに手を打ってくれたという意味で、新人の登場という意味で非常に関心が強まっている、具体的の運用方針については、まだはっきりしない、殊に地方推薦母体をどういうふうに設定するかという具体的なことはまだ手探りの状態を出ていない、いま立とうとしている諸君も自分が公認の候補圏内に入れるかどうか右往左往しているという状態だ
 例えば水戸市会などは去年の七月に市会の推薦選挙をやって経験が積んでいるだけにうまくやるだろう、しかし七月にはいろいろの点で失敗している、それでその自己反省という意味もあって、今度は一つ立派にやりたいという機運が非常に強かった、ただ具体的な問題としては現在の代議士を地方の銓衡会などでそのある部分は公認してもよい、そしてある者は除外する、その区別をどうするかということは非常に問題がある
団野 僕の廻った東北方面は今度の翼賛選挙対策ができるまでは寧ろ一般の政治的関心というものが非常に低かったようだが、今度の翼賛壮年団の結成で段々そういう政治的な意欲が昂まって来て、どうしても今度はよい代表者を出そうという気持が主として青壮年層に強いように思われた、そしてその中でね宮城とか岩手などは壮年団というものの年齢を非常に若く選んだ関係から、一層そういう熱意が強い、しかし推薦選挙というものはどういうものであるか、どういう人を選んだらよいのか、あるいはそれをどういう方法でやればよいのか、具体的な問題になると矢張りはっきりした考えを誰も持っていない
吉川 大体東海地方は御承知の通り算盤の高い地方で、中央に対する順応主義的なものが政治的に強い、選挙に対する熱意は非常に低かったが、翼賛政治体制協議会の結成以来やや政治的な動きが昂揚を見ようとすることは事実だ

政府の意図を示せ

大島 僕の廻った関西地方は総選挙に対しては、まだ比較的関心が薄い、今度の総選挙にって国民に政治的な関心を持たせ、新しい選挙を行わせるためには一日も速かに選挙に対する政府の意図なり方針なりを国民に徹底せしめ、導かなければならぬ、そうでないと機が熟さないで総選挙に臨む、あるいは準備のないうちに選挙の臨むということになる
辻 四国の方は大体指導者如何によって一般の意識に非常に変化があるようだ、翼賛運動が過去一年間にうまく行っているところは、選挙に対する関心が強いが、指導者がうまく行っていないところでは関心が低い、高知県あたりではそれがはっきり出ていた
鬼塚 僕は大体長崎、熊本、鹿児島を廻ったのだが、地域的に大陸や南方に近いという関係もあり前線将兵の奮闘労苦に対して銃後にあっては、どうしても国民の政治力を結集して強力な国内体制をつくり出したいと考えている、既に熊本県の如きはこの二十日政府が選挙対策を発表した翌日「大東亜戦争完遂、翼賛選挙貫徹」という目標を壮年団が明らかにした
 多年政争の地であるから推薦選挙制になっても一挙にして今までの政党勢力を払拭することは困難と見ている、長崎県は昨年の長崎市会の選挙で推薦制選挙を大がかりにやって九十五%程度の成果を収めているので、今度もそれによって少くとも半数以上は更新できると期待している、鹿児島県は大体西郷さんとか、床次さんとか、型の大きな人を中心として県民の力をここに結集して行くという県民性のところだが、今は大物はいないので裏面にはかなり活溌な動きを見せている
城戸 僕は福岡、大分、山口の三地方を視た、政党は解消したけれども矢張り旧政党の情勢的結合が根強く県民一般としてはこういう際だから、これまでのような選挙ではいけない、それには政党解消で推薦母体もないのだから翼賛会や壮年団がこの役目を果すべきである、そんな希望を持っていたところが政府が推薦選挙制に乗出したのでこの点は希望が容れられたけで、選挙に対する関心も非常に活溌になって来たようだ、翼賛運動の関係者としても今まで翼賛運動に関しては挙町一致、挙村一致でやって来たのに、選挙のためにそれが壊されることを恐れていたので、推薦母体の結成は非常に歓迎している
山岡 僕は島根、鳥取、富山、石川、福井を廻ったのだが山陰、北陸は大体保守的なところだから概括的にいえば今度の総選挙に対する熱情というものは比較的薄いただその中で例えば島根県は翼賛会の運動が相当発展しているので新しい選挙に対する熱情があって、特に壮年団の方は幹部に相当在郷軍人があり、なかには帰還勇士もあって、今度の選挙には活溌な働きかけをしようとしている(続く)

特派員氏名
東京本社
井山武雄(山形、秋田、新潟)
団野信夫(福島、宮城、岩手、青森)
万木英一郎(群馬、長野、山梨)
星野政雄(千葉、茨城、神奈川、静岡)
大阪本社
大島昭(大阪、奈良、京都、和歌山、滋賀)
山岡操(島根、鳥取、福井、石川、富山)
辻衛(四国四県、岡山、広島)
西部本社
城戸一彦(福岡、大分、山口)
鬼塚金寅(長崎、熊本、鹿児島)
中部本社
吉川涓一(愛知、三重、岐阜)

(2) 底流に旧政党勢力 各派協力の好例は長野県

政党解消後の政治情勢

問 政党解消後の情勢あるいは逆にいうと翼賛会が成立してから一年間の地方における政治情勢というものはどうなっているか
団野 政党が解消して後の状況は各県とも一応表面的には政党的な対立がなくなったという風に見られるが、それが本当に実質的になくなったかということは非常に疑問だと思う、政党解消後政党の□中が地方でどういうことをやったかというと、彼らは政党という背景を失った関係から却って自分の個人的な地盤の扶植に重点を置いてやっている、そういう点では地方民と旧政党員の結びつきは、旧政党時代よりも個人的に緊密になって来たんじゃないかと思われる
星野 僕は新体制発足時代に地方を見にいって、あのころ燎原の火の如く燃え盛った新体制運動というものの熱が、この一年間にどこへ行ったか、とういう形で跡を残しているかということを非常に興味をもって見た
 千葉県の南の方の村だが一昨年行った時には若い人々は当時行き過ぎだといわれたくらいに村長だとか、役場吏員や職員の総辞職を迫り、そのために村政が非常に紛糾したというような行き過ぎの現象もあり、県でもその処置に困っていた、それが今日どうしたかというと、この前の議会で翼賛会の政治的性格がハッキリし、古い諸君はなんだこの程度のものかというので、落着きを取戻し、若い諸君も見離されたというような感じでスッカリ鋒を収めた
過去一年間における翼賛会幹部の活動−人格高潔、見識高邁という形で選ばれた常任委員などの指導ぶりを見ると、旧議会人の年がら年中選挙民のため奔走しているといういわゆる政治力には逆立してもかなわない、そこで今度翼賛会の指導者の中から候補者を物色しようとしても実際は太刀うちできんのじゃないかという感じを選挙民に持たしている、その意味から新人の登場というものを翼賛運動の中から拾おうということは現実の問題としては相当困難であろうと思う
井上 政党解消の事情があの通りであるから同病相憐れむというか、類は友をもって集るというか解消後の情勢は旧政党間に却って提携を促進させたという感じを非常に受けた
 新潟県では翼賛運動が始らない前に県政革新ということを政民両方で決議したりして、県民一般の受けがよくなっているというような点が認められた
万木 群馬県、山梨県も社交倶楽部の形で政党の形式が残っている、それがおもて立った活動はしていないが、矢張り旧民政と旧政友の対立が表面化する場合が最近まで見られておった、旧政党人が個人の力で非常に勢力を張ろうとしているということはこれは各県とも認められる、特に翼賛壮年団の幹部とか班長とかを自分の勢力範囲にしようという努力を内面的にやっている、しかし長野県だけはもう政党が下部にいたるまで解消して県会でも各派のものが一緒になって県会の運営をしている、長野はよほど進んだ例だと思うが、その点で長野県は相当翼賛会、翼賛壮年団を動かせば選挙の結果が巧く行くと思う、他のところはどうも旧政党の数十年の伝統というものは一朝一夕に覆らぬし、しかも翼賛会の組織を狙って食い込もうとするところを見ると矢張りそういう点を警戒しないと旧政党人が大分出て来るね
辻 四国全体としては矢張り旧政党人は排斥し、新人を出さねばならぬという一般県民の自覚があるに拘らず、翼賛会の過去一年間の実績に徴してみると、今度のような旧選挙法と今の推薦体制の間にモヤモヤしている場合はとても新人の出る余地はないということが考えられる
 四月の総選挙の前に地方議会の改選があり推薦制による選挙の基礎が出来上った上ならばともかく、この総選挙が先では中々むつかしい点も多かろうと思う
山岡 島根県では翼賛運動が非常にうまく行っており、政党解消の先駆をなしたような所だから、政党は亡んでしまったような感じも窺われた、福井県では民政、政友両派の県議が一緒になって県政倶楽部を組織し参事会の開かれる日は全部の県議が集り、参事会が終った後全員協議会を開いて県と密接にやっている、しかし全体としては個人的に旧政党の勢力が残っているから新人の望みは薄いようだ
鬼塚 熊本県のごとき政友会は早く支部の看板を降したが国民同盟の方は未だ残している、社交機関と称しているが常に党人が会合して画策している
 また安達、大麻という巨頭連中が帰って来る時には同志が駅頭に盛大な出迎えをやるという調子である、殊に昨年の県会議長選挙の時には二年交代で政友会から出す内約であったのを政友会が国同に譲らないということで非常に揉めた、両派の感情は完全に融和せず醜態を演じたことがある
城戸 大分県は熊本県とともに有名な政争県であって、政民両派の間では対立が激しかったところだ、それで政党が解消したというのも表面のことで、郡部の方ではまだ政党意識はなかなか強く選挙推薦制度が行われようとも、これに対立した自由立候補はかなりあると思う
 定員七名に対し二十名くらいの立候補が噂されているこの地方推薦会は、翼賛会が中心になるという見込みで、大分支部の翼賛会支部長が立候補を予想されているが、そうなるとかなり競争も激しかろうという見込だ

(3) 推薦選挙への期待 中央の綿密な計画が必要

翼賛会の活動方針

問 今度は翼賛会なり壮年団なりが、今日以後どういう活動をとろうとしているかという点を聞きたい
万木 旧政党は裏面へ廻って工作しているが、翼賛会、翼賛壮年団というものは、どうしても公事結社の限度内でやり、そしていままで選挙に対する活動をやっていないから、それが今後何か性質の変った運動に発達して行くということは、ちょっと困難じゃないかと思う
 いま各県のやっている翼賛会の活動というものは、大体幹部の錬成とか、時局認識の徹底とかそういう方面だけしかやっていない、これが今度どういう風になって行くかということは、推薦団体の構成と関係して来るがやはり公事結社の限度で、できるだけの運動をやる、つまり啓発運動をやるというより何も今は考えていないようだ
星野 翼賛会が、この選挙を機会に、将来もう一歩発展するかどうかということは、今度の選挙に続く新党運動だとかそういうものの展開と関聯して考えるべきだ、それから農村なんかの正直なことをいえば、翼賛運動というものは、国策の貫徹とか一億一心の態勢としてわれわれは従うんだが、翼賛運動というものと選挙とは違うのだ、これは全然別のものだと考えているところに、非常な食い違いができていると思う
問 そうすると啓発運動が、非常に活溌に行われた結果というものが、選挙の実際の効果には影響力が薄いという見方になって来るのかな
吉川 いまの翼賛会の活動状況ではそうだと思う
鬼塚 翼賛壮年団が進んで自分たちが責任をもって推薦しよう、推薦した人のためには積極的に応援する、もしその人が落選した場合には、自分たちが壮年団をやめる、また自分たちの行為が公事結社の埒内を越えたものとして叱責を受けた場合には除名されても差支えないじゃないか、という意気込みでやっているところもある
山岡 島根県では翼賛壮年団が相当強固に結成されている
 丁度去年の暮、出雲市という新しい市が生れる時は、町内会や部落会を基底として、市会の候補者を推薦してその候補者が全部当選している
そういった意味で、今度も推薦制が相当成功するのじゃないかと考えられる、全体的にみて翼賛壮年団の幹部には、在郷軍人が相当入っている、こういった意味で選挙に対する翼賛壮年団の働きかけが相当効力を発揮するのじゃないかと思われる
吉川 総選挙が五年なかった間に、三重県は五万人新しい有権者ができている、これの動向が、新人輩出のため、かなり勢力をおよぼす

 だから部落毎に新規有権者を集めて、元服式的形式で翼賛選挙とか、実践の誓い的なものを全村でやらせている、これなどは啓蒙運動として、総選挙の結果に実際の影響を持つと期待出来るかも知れぬ
星野 翼賛会の指導者である組織部長なんかは、翼賛会発足当時は、急進的な、革新的なものがおったけれど、その間いろいろな妥協ができて来ている、そして某々代議士の乾児といった旧政治力の代表者が出ていると思うと他方逆に中等学校の元校長といった工合に政治力の皆無の人がいたりするここに欠陥があると思う
辻 地方によって県知事が理解があるので翼賛会のことは万事委せてやりしたようなところはうまく行っているが、そうでないところは、県知事に迎合するというような人ばかりが幹部役員になっている、だから何もできない
星野 これは今度の啓蒙運動の主体になるものが翼賛会、翼賛壮年団、それに選挙粛正中央聯盟この三本の筋で来ている、地方民には選挙粛清中央聯盟などといってもなじみがない、それで啓蒙運動に主体を纏めたらどうだ、バラバラで、三本で行くのはどうかというのがある
団野 翼賛運動というものが、県当局によって、いろいろ考え方が違う、翼賛会の幹部は大体最初勢力均衡主義で選ばれており、各支部長というものは町村長がやっている
 だから上でいくらやっても、町村長の大部分は非常に旧体制的な連中がいるのだから要するに勢力均衡主義で選んで、事なかれ主義でやって来たことが、いま選挙に当って、その矛盾を感ずる、その上運営するに当っても、例えば福島県なんかでは、翼賛会というものは、イデオロギーに走らないで、増産運動の宣伝とか、廃品回収に努力するとか現実主義でやっている
辻 四国では壮年団を結成するまでの時期があまりなかったので団長を選ぶ場合、よい人を選んでいるひまがないためとりあえず町村長や、在郷軍人を団長にした、時間的関係のため形式を整えるに急であったため、壮年団の団員はよいのだけれど指導者は形式だけのものがある、これに反して早くから準備したところはなかなかよい
 県知事が理解があるかどうか、支部長がよいか悪いかは翼賛会の成績に影響がある、県知事の中には行政事務と翼賛会とは牴触するし、邪魔だという観念の人もあるのではないか、そういう県では翼賛会は単なる県の中の一課位であって、ろくな活動もできない、文書の一つ出すのでも県知事の決裁を経て振興課長が何かが判をついて出すので、急ぐことなんか間に合わない、翼賛会の県支部長を知事が兼任し地方の支部長を市町村長が兼任していることのよいか悪いかという問に対しては、ほとんど九割までは支障があるという評判だ
井上 僕の歩いた山形、秋田、新潟なんかは、県知事が相当翼賛会、壮年団というものに熱意をもっていた、ただ今まで翼賛会が、政治運動をして来なかったので、馴れていない、それから先ほどいったように、支部長に町村長が多くなつているので、新しい革新的な運動でも積極的と行かず、阻止しないまでも一つの足手纏いになるといったようなことがある、従って今度の総選挙に効果を挙げようと思ったら、矢張り中央がよほど綿密な計画と具体的な指示を出して動かさないことには翼賛会あるいは壮年団自身の手では政府の望むような効果は挙げられない気がする
 とにかく一奮発が必要だ、しかし来る五月に市会、六月には町村会の改選がある、これまでには相当政治的に、よく訓練なり啓蒙なりあるいは錬成なりをしてやる、自分たちの政治新体制というものは、結局この五、六月の市町村会の改選からはじまるのだというようなことをいっていた
問 地方の推薦会の構成が一体どういうものになるか、また新人をどの程度出し得るだろうか
団野 これは市会の例だが、宮城県の塩釜市では昨年の十二月二十五日市会議員選挙をやった、それは塩釜の市政が布かれて最初の選挙で、その推薦選挙の形というのは面白いものであった、つまり推薦責任者というのを一人有志が推薦した、そしてその一人が中心になって愛市聯盟というものを結成し、その下に推薦会を設置した、その推薦会の構成分子は町内会長が六十余人、その他に責任者が自発的に自分の意思で選んだものが二十八名、こういうものをもって推薦会を結成した、それが塩釜神社へ参拝して神前に誓って候補者を推薦した、その候補者の推薦方式は三十名の連記投票をやった、その結果百余名の第一次候補者が銓衡された、次にそのうちから三十名の推薦候補を選ぶためにさらに七名の特別銓衡委員を責任者が設けた、ところが特別銓衡委員には自薦できないという条件がついている、その七名が結局百余人から三十名を選んだ、その中には旧町会議員というのが約半数くらいいる、ところがそれに反対が出て結局推薦者の中から二十三人、推薦外から七名となった
 その後市長銓衡問題というのが起った、ところが推薦されたものと、されないものとがまたごっちゃになって十六対十四という対立になって現在依然として争っている、そういう意味においては失敗だったという風にいっている、責任者にその失敗の原因を尋ねてみると、特別銓衡委員の人選に誤りがあったということが一つ、推薦選挙という理念を徹底する時がなかったことが一つ、この二つを挙げている、そしてこれを外から批判するものは最後の特別銓衡委員の銓衡が衆議統裁によって行われればこういうことはなかったのであるが、最後に至って失敗した、これはある意味で推薦選挙というものが結局最後まで責任を負うものがなくて、中途半端に終った例だろうと思う
万木 中央で翼賛議会同盟と翼賛会が手を握ってやつているのだから、この形式はやはり地方に反映する、地方でも中央の縮図のようなものができるわけだ
吉川 部落をどうするとしても結局町内会と同じように部落における有力者が多数を占める、結局その顔触では余り変りばえのないものしか出て来ない
鬼塚 長崎市会の場合は推薦選挙の結果は四十四名全部新議員だった、また翼賛会の支部の中に市政建設部というものを作って啓蒙運動をした、その啓蒙運動が非常に徹底した、紙芝居、映画、音楽、舞踊というようなものまで使ってやった、また選挙粛正聯盟で徹底的に啓蒙運動をやったために非常に成功した、しかしこれは一面推薦会がわ非常に強力だという点も与って力がある
大島 大阪府の池田市会は旧政党的な対立紛争というものが非常に激化したのでその刷新要求が下の方から自然に湧き上った、昨年の二月区長会議を招集して推薦制選挙を行うという申合せをし、ついで各団体長会議や区民懇談会をやった、全市会議員の懇談会でもやはり推薦制をやることにした、神前で区民代表懇談会を開いて池田愛市同盟結成を誓い、ついで区長会がその同盟を結成した、そして各方面の徳望家からなる十二名の同盟委員が候補者約三十名を推薦、これが全部無投票で当選したその間一人の自由候補者もなくて推薦同盟会から推薦されたものが全部当選した

(4) 道場教育下の壮年層 地方政治への滲透力に期待

自由候補と新人

問 今度の総選挙では推薦されない自由候補が出る、地方の実情はどうだ
城戸 たとえば東方会は会長中野正剛氏が福岡の出身で、県下の会員は七千くらい、赤誠会の会長は橋本欣五郎大佐で、これは門司の出身で同じく県下に四千人くらいの会員があるといわれる、中野氏も橋本氏もかねてから南方進出問題をいろいろな機会に叫び続け大いに革新的な意見を吐いているが、現在南方進出が貫徹されて意を得たりというところだ、それ以外特別に具体的な活動は聞かなかった
井上、新潟県でも東方会系から二人以上は出馬する形勢だったがそのいずれもが東方会を背景にというよりもむしろ従来の農民組合関係ないしは旧政党時代の地盤を利用するやに窺われた
星野 右翼関係がどう出るかという問題だが、茨城県は右翼の勢力地帯といわれている、その右翼からみた場合に中央推薦母体の構成に対する不満は相当にある、今右翼はその主力わ国外問題から国内態勢刷新、とくに経済問題の処理をどうするかという方向に意識的に転換しつつあることは事実だ、そこで国内態勢を論議するうえからは議会に席を持つということも一つの方法であるというので選挙に対する関心が割合に今度は強いのではないかと思われる
吉川 三重県の川崎克氏は推薦の有無にかかわらず出るだろう、ただ選挙戦術に少し変更を加えなければならないという観測だ
星野 推薦制の実際の運営に当ってその人物が良質であるか、悪質であるかを認定するに当ってどういう基準を置くか、政府は抽象的に大東亜戦完遂のためにということでやっているが、それを現実に適用する場合、具体的な認定は非常に困難ではないか
 もう一つは新人を立てる場合、一村の尊敬を集めているというものは地方におるが、大ものは大抵郷里にいない、不在地主という恰好のものが多い、この場合いわゆる輸入候補に対して推薦母体がその選定をどうするかこの二つの問題は相当大きな問題になる
万木 新人々々というが、いわゆる新人の名に値する新人はそうおらん、それは今まで代議士にならなかったというだけで、旧政党の下で県会議員を何回かやったとか、そういうものが出て来る傾向がある
山岡 鳥取県の篤農家に聞いたのだが、自分らの同志で推薦したい人物はいる、しかし何分にも東京の政治家というものは非常に駈引が激しく、政治技術家でないと駄目だ、新人が東京へ出て行って実際それができるかという、だから推進隊の同志として衆目が一致して推す人物はあってもその本人が辞退するようだ
問 理想と現実とには距離があるにしても、脚下に現実を踏み締めつつ高い理想を目ざす頼もしい動きはないか
団野 岩手県では県営で十年くらい前から有名な六原道場というものをやっている、そこで農村を中心とした県下の青年男女を訓練して日本精神に貫かれた農業挺身隊というものをつくって行こうという考え方だが、現在まで一万五千人くらいの卒業生を出している、この一万五千名の卒業生で清明会というものをつくっている、何ら政治的の運動はしないが、これらが同時に今度の翼賛壮年団員になっている、現在は政治的な力としては現れないが、そういう一つの力がおのずから政治に滲み出て来るのを期待しようというのだ
星野 これは千葉県の例だが、内原あたりでかっちりと訓練されたものが農村の中堅となる、若いうちにがっちり鍛えられた連中は相当政治的にも強い、これは農村において最も大きく期待されるものだと思う
団野 日本の将来はそういう青年たちの双肩にかかっているのだ
城戸 山口県では伝統の防長精神がこの大戦下に一段と強く躍動している、県としても選挙に際してもこの防長精神をさらに新しく強く喚び起して、大いに県民を指導したいと考えている、吉田松陰の松下村塾に源を発するいろいろな塾教育、道場教育は県下に非常に広く普及している、この道場教育をますます徹底させて県民の翼賛魂を練りあげようとしているわけだ
吉川 都市の方面になると軍管理工場の青年学校や産報などが非常に広範囲に青年層を吸収している、これがやがて新日本の青年の一つの型をつくって行くのではないかと思う、産報では産報精神と一口にいっているが、それによっていわゆる従来のデモクラチックな意味の政治教育と違った新しい型の教育が行われるものと思う
大島 特に少年航空兵の教育鍛練が青少年教育に与えた影響は大きい
団野 日本の政治の将来も大きくは青少年の肩にかかっているのだ
問 次に今議会でも問題になった地方行政機構改革問題について話を聴くことにしよう
辻 四国、中国の方は全体的に地方行政機構を根本的に改革してほしいということをいっている、それを改革しなければ、市町村はやって行けない、その原因としては、委任事務が多いし、戦争前の旧態依然たる市町村の機構では、一月が数百年にも当るように急角度で進展しつつある現状に対応しきれぬというのだ、また国の委任事務は上の方で横の連絡をとってやって貰いたい
 そうでないとダブッたり、煩雑になったり、どう考えても無駄が非常に多い、例えば厚生省から来たり、文部省から来たり、軍からも来るというような例が多い
鬼塚 長崎県は米の生産量が少く隣の佐賀県から移入する、それから木炭などは熊本県から移入しているという有様だが、そのため、地元には長崎、佐賀両県の合併論なども起っている、また対馬、壱岐地方は長崎県でありながら福岡県と経済的な関係を持っているという風で、大きな九州道というものを作って貰いたいという希望もあるようだ
 次に中間行政機関についてはただ単に要望とか陳情とかの取次ぎの機関としてでなく、権限の広汎な、支庁をもう少し強くしたようなものにしてほしいという希望があった
団野 東北はこれまでにも東北局があったが、それだけでは何とも解決のつかない問題が多い、東北六県の知事が宮城県に集って連絡協議会をやっているが、東北六県のような経済条件を一にした地域については更に大きな強力な行政機構を置いて貰えれば、これに越したことはないという意見が多い
大島 丹後の山奥などでは中間機関を非常に要望している
 大体今の政治は中央集権的であって、府庁の行政にしても府県庁所在地を中心にして地方事情を反映していない、だから中間機関を置いて地方に即した府県行政をやってほしい
そしてその中間機関には相当の権限を与えてほしいという要望だ

(5) 食料増産へ熱意高し 農業団体統合の促進要望

問 農業団体の統合問題は地方ではどう進展しているか
山岡 農業諸団体の統合問題については、結局いい村長のいる村は非常に発展して悪い村長の村は発達していない、その理由はいい村長は農会その他の農業諸団体とよく連絡して村を運営しているがそうでない所では農業団体と連絡していないから経済的に村を発展させていない
 そういった意味で農業団体をよく統合していい人物が団体長になり、町村長、団体長を兼ねれば非常に発展するだろう
具体的な実例で−福井県の今立郡片上村は五、六年前までは非常に貧乏で内務省の特別助成村だったが、村長がしっかりしており、農会、産業組合等と提携して村役場の中に農会その他一切の農業団体が入って活動資金は全部産組が提供してくれ、数年間に県屈指の模範村になった
 だから結局いい村長が農業団体長を兼ねさえすればその統合もいいという訳だ
大島 大体今までの町村長というのは、一種政治的に野心のあるのがやっていた、だが今の経済になると実行力は農業団体長らにある、理想としては町村長に第一人者をもって来てこれに総ての農業団体の団体長を兼ねさせれれば一番いい
 兵庫県では村長と農会長の兼務を申合せ、奈良県でも農業協力会を各団体で結成してすでに統合母体を準備している、滋賀県では村長と農会長の兼務がすでに八十五パーセントに上っている
吉川 農業団体を統合して役場の中に入れて経済部にしろという町村長会辺の要望もある、兼任などもすでに愛知県では六割、三重県は大半、岐阜県では過半数を超えている
星野 農業団体を政府が統合する以上は、早急にやらなければならぬが、今議会にも農業団体法は提案されなかった、農業団体が統合出来ればこういう仕事もやりたい、ああいう仕事もやりたいというが、政府の意思がはっきりしないから町村行政や他の仕事が停頓している、ここは明確に政府の政治力で押し切って貰いたいという意見が多かった
吉川 農業団体の統合は十二月に農林省令で各団体の財産処分を停止されているそうだが、そういうような状態で彼らからいえば雲の上で揉みに揉んでいるのは意味がない、中央は一体何をしているのかというのが農村の声だ
井山 農業団体の統合は増産のための重要な手段だが、これが遅れているために増産の奨励を農民説いてもなかなか徹底しないという声は各所で聴いた
 というのは農民にただ口先で増産をしろといっても、増産にはそれに相当した肥料や飼料が要る、ところが増産をしてくれというのは町村長なり系統農会の指令で、肥料、飼料その他物資配給関係は産組関係、商人団体がやるのでちぐはぐになる、早くなやなければ農民が困る、また団体自身にとっても、産組はともかく系統農会の農業に関する国家委任専務が非常に多い、ある農会の実情を見ると、増産に関する打合会だけで年に約百七十回、そのほかのものを加えると四百に近い打合会があったという話だった、そのほかに増産奨励その他に補助金が出ているので、それらの百件に近い補助申請をしてその計画を立て、それが終ると成績を報告しなければならぬ、それも郡農会までならよいが、町村農会になると技術員が二人、書記一人位でやっているので、とても手が廻らぬという、新潟県西頸城郡根知村の技術員は非常な熱心家で、一日三時間くらいきり眠らず昼食が終ると農会の連中が皆で無理に午睡をさせるという話まである
問 増産に対する農村の熱意はどうか
吉川 食糧増産の熱意は農村には非常に高く、ことに大東亜戦争勃発の十二月八日以後は各府県農会にきいて見ても、十七年度こそどうしても増産に邁進しなければならぬと農民が感激しているという、また南方から米が入る、砂糖が入るというのでは折角の増産の熱意が冷めるから、農会では、当局として内地農村維持の方針をもっと強調してくれといっている
 しかし現実には麦の蒔付などでは各県とも大体所期の目的を達しているようだ、去年の天候は天明の飢饉くらいの悪天候だったが、それを見事に克服した農民の努力には何といっても頭が下る
増産の例としては、岐阜県南部の低湿地帯の休閑地三千町歩のうち千六百町歩に農林省、県、地方の熱意で麦蒔きをやった、そのなかには姉妹二人だけで八段歩を一尺余におよぶ高うね作りをやった例もある、甘藷も愛知県碧海郡の藷作りの名人は、普通段当四百五十貫のところから千九百八十貫の収穫をあげている、それで県ではその技術を公開せしめている
 また東加茂郡のある実行組合では麦の蒔付けを徹夜の共同作業で適期蒔付けをやっている、十六年度の米についても、段当六石十五俵半という好記録をあけたところもある、そしてこれらの実例は非常に多い、概括していえばある意味では農業技術としては頂点に達している、今後に残された問題としては個個に頂点に達しているものを一般的に引上げなければならぬということになる、そのため、内原訓練所出身の推進隊員、地方の訓練道場の出身者を中心に農業報国団を作って岐阜県などでは精神運動方面に非常に力を入れつつある
鬼塚 長崎県北松浦郡佐々町は炭坑地帯で、そこから出る粘結性石炭は普通石炭より重要視されているため、地方民がその方面に吸収されて耕地が剰った、そこで地方当局では休閑地三十町歩を借り受け、農会が経営主体となり、村民総動員で勤労奉仕をやっている、奉仕隊員に対しては男一日一円、女は七十銭の日当を支払い、肥料代、作物の出荷費は農会が支出する、収益は耕作に参加したものに公平に分配することにした、そのためいままでの荒地三十町歩が立派なものとなった
 鹿児島県末吉町の町長は教育者出身のなかなか熱心な人で、最近町長になって増産運動に奮闘し、農業増産推進隊、嚮導隊を作って夏は毎朝四時、冬は五時半に起き、夜は十月から三月までは毎晩夜業で藁工品を作り、農繁期には学校と緊密な連絡をとって授業の繰上げを行って学童を増産に参加させ、また毎月十四日から一週間を勤労強調週間と定めて必ず勤労倍加運動を強化した、これが非常な好績を収めて石黒さんが農相時代に視察に行ったほどで、そのためにいままで紫雲英などを作って遊んでいた八百六十一町歩のうち約四百町歩に対して麦を植付け、同時に紫雲英の収入減は栽培法や品種の改善に努めて段当三百貫の増収をあげている
城戸 福岡県では大東亜戦以来農民の考え方がすっかり変った、これまで増産の割当や肥料、飼料の不足についても不平があったが、こういうことはちっともなくなり、少い肥料でどうして増産をするかについて真剣に考えるようになった
 まず農業十三団体で農業協力会を結成、これらの力を結集して増産に邁進しているが、この協力会では農事実行組合の幹部三千名の宿泊錬成講習を行っている、また県や農会も技術員を動員して増産の秘策を授けるようにしている

(6) 作付転換も相当進捗 真剣味溢れる増産戦士

問 食糧増産の熱意はどうだ
井山 米の生産では全国でも優秀を誇る新潟、秋田、山形の三県がいずれ劣らず農民精神の昂揚に技術の改善に、力を尽くしていたのはさすがであったが、なかんづく不足勝の肥料を山形が分施法、新潟が地区別による科学的施肥法により克服し、その上今までより以上の実効をあげようとしていたのは眼についた
団野 東北地方は先年冷害に遭って打撃を被り、それを切抜けて行くために技術的には非常に進歩している、農産物の増産計画なども相当徹底して各部落別にやっているが、そういう技術的な方法によって増産計画を樹てることは遠からず行詰りの段階に達するのじゃないか、問題はどうしても農業経営形態をどうするかにあるというのだ、進んで増産をなすためには部落単位の農業経営がどうしても必要である
 それで、岩手県では農業経営新設計画委員会というものを作りそれによって県下を大体六つの地区に分け、六つの部落を選定して、その地方に応じた一部落単位の経営を実行させた、これは将来における一つの型を形成して行くのではないかという気がする
問 農作物の計画生産に伴う作物転換、作付統制などは、各府県とも巧く行っているか
万木 大体巧く行っているようだ、桑園の整理なども皆協力して非常に進んでいるという話だ、長野、山梨、群馬とも桑園の整理は非常に順調に進んでいる
井山 作物転換では少くとも東北では山形が一番進捗していたが、その中でも松ケ岡開墾地といって旧庄内藩の武士達が明治維新以来三百町歩からの桑畑を開墾し養蚕専門に名をあげて来ていたが『お国のためなら』と全部の桑を引き抜き、甘藷、馬鈴薯畑に改作していたのは感服させられた
鬼塚 長崎では茂木枇杷と伊木力蜜柑というのが九州の名物で果樹園が沢山あるが、その果樹園のうち全体の十%に当る二十町歩とほかに茶園が十%の十町歩、輸出用百合根の九十%二百二十五町歩桑園が四十%の六百九十五町歩、これだけ作物転換を行って甘藷、馬鈴薯などを植付けている
城戸 福岡県は菜種が全国生産高の三割を占めているが、それを裸麦に転作した
 また大分では全農園の四割に当る三千町歩近くを主要食糧に転作を行っている
山岡 増産もし作物転換もしたいが、価格政策を再検討してくれなくては、増産も作付転換もやりにくいという要望が強い
井山 最も建設的な増産政策の一つとして中央に望むところは、各地とも早く適正小作料を決めなければならぬことだ、小作料統制令は総動員法に基づいて昭和十四年十二月に出ているが、適正小作料の出来ているのは、自分の廻った範囲では秋田県が一番初めで、その他山形県ぐらいのものだった
 各県知事が早くこの統制令にしたがって適正小作料を決めるようにしなければならぬと思う、また本省がもっと強腰になってそれを奨励しなければいかぬという意見が多い
問 南方資源の話もあるが、実際には早急に南方からは物が来ない、国内食糧を国内で確保することは戦争完遂のために是非とも必要だ、地方を廻っての感じはどうだろうか
一同 その点は各地とも非常な熱意だ、大丈夫出来る、やりとげねばならん
問 非常に頼もしい空気が農村全般的にあると見ていい訳だね、つぎに食糧農産物と並んで工場鉱山などにおける増産運動の実情はどうだ
城戸 福岡県は石炭が全国生産高の七割近くを占めており、炭砿の数も多い、また重要工場の多いのも周知の通りだ、それだけに責任を感じて増産運動も非常に真剣だ、丁度この一月から三月までは石炭増産強調週間になっており、開戦以来俄然緊張して来て、炭砿の出勤率もいいところは九十五%くらいになっている、平均してこれまで大体七十五%くらいだったが、開戦後は八十五%に跳上ったそれが平均十%も跳上ったのだ
 大手筋の炭山では平常より大体三割五分ぐらいの増産成績を挙げているが、平均して割当の三割増産は悠々達しつつある
それに北陸、近畿、中国、四国、九州の各県かせ福岡の炭山に現在二万人近くの勤労報国隊員が入坑して働いているが、今年は勤労報国隊の入坑も三回目になるので、経験も出来て非常に成績をあげている
 殊に四国方面の報国隊は町村長の考えもしっかりしているので特に成績がよい、この報国隊は主として農村の青年だが出発に際して送る方も送られる方も恰も応召するような気構えでかかっており、万歳の声で送られて来るので、増産報国の熱意も非常に真剣だ、隊員の中には元学校長だったとか、在郷軍人なども率先して参加している
福岡県下からは勤労報国隊として千八百名が入坑しているが、福岡県で農閑期には農村から工場、鉱山へ、また農繁期には工場、鉱山から農村へと組織的な労力の交流を計るように要綱を定めて実施している、この前は何処の鉱山からこちらへ来てくれたから、今度はこっちの農村から加勢に行こうといった工合に非常に美しい気持で円滑に行っている
 一般の坑夫に対しては各炭砿とも鉱夫が入坑するときはお内儀さんとか子供、家族が坑口に整列して、しっかりやってとか御無事でとか、優しい激励の言葉をかけている
大島 工場の出勤率は、大阪府で調べた結果によると、十二月八日前と後とでは六十工場について見ると、低下したものは皆無
 向上率一%のもの三工場、二%のもの十一工場、同じく三%のもの九工場、四%増が五工場、五%増が六工場、八%増が一工場、九%増が一工場だ、向上したものは全体の六十%、変らないものは四十%、低下は零という成績だ
万木 群馬県磯部の信越化学工場は大東亜戦勃発後製品の規格が非常によくなって、規格は一級から四級まであるが、戦前と戦後を比べると一級は五%増、二級二十八%増、三級は八%減、四級は二十二%減となり、工場災害等も注意力が強くなって九%ほど少くなっている
辻 住友別子銅山でも戦後は出勤率が増加した、相対的に労力不足だが、これは戦争以来の労務者の精神力、勤労奉仕隊等の力で補っている、以前は勤労奉仕隊で鉱山に来る人々は四国見物のような気で来ていたものが、最近はそういうものはなく、鉱夫の精神上に大きないい影響を与えている
 ことに宗教的な団体、例えば天理教の”日の寄進”といった団体の仕事振りは精神的にいい影響を鉱夫に与えて好結果だという話だった、そして入坑にあたっても毎朝入坑式を挙行して応召者を送るような気持で万歳を三唱し、その結果もいい、労力不足は一部は女で補っているが、工場当局では勤労奉仕隊が大人数で断続的にきてもらうよりも、小人数でも持続的にきてほしい、そうすれば労務計画が計画通り行って都合がよいといってるに

(7) 徹底せぬ転廃業 強制よりも自発的に

商工業者の転廃業

問 中小商工業者の転廃業は地方ではどんな風に進行しているか
吉川 商工業者のうち、中小工業者の転業は数次の上から行くと非常に成績がいい、愛知県では陶磁器が主産業だが、今までに二千人くらい転業者を出している、なお余力も非常にあるが一般に見て転業しなければならないような困り方はじりじりとやって来るもので、今まで何とかやって来ており、食い継ぐ余力も十分あるし、一方政策的にも徹底しない憾みがあったので、業主自身の転業はそれほど進んでいない
 次に転業して軍需工場などに入ってからその労働に適するか否かの問題だが、名古屋地方は航空機工場が盛で部分品の製造など非常に精密化しているから今まで坐業で仕事をしていたものでもほとんど成功している
陶磁器の上絵かきが転業した時も九十%合格した、ただ転業者の大多数が機械工業を望むが、全部機械工になるという訳にはいかないこれは我慢して貰わねばならぬ、上絵かきの場合も旋盤工を望み過ぎて、条件の折合はなかったのがあったが、それでなければ九十五%は合格していたという
 もう一つの問題は最初六ケ月間は軍需工業に入っても平均四十五円程度の収入しかない、六ケ月たつと百円程度になるが、この六ケ月の間を転業者にどうして生活させるかという問題だ上絵かきの組合では、残存業者が有限会社を作り、設備を買取っている、共助金も衰滅産業からばかり出さずに殷賑産業からも出してもらえないだろうかという要望がある
大島 大阪の商業者についての例だが政府の方針が、商工省と厚生省と一致したものとして業者に響いて来ない、政府の施策が最初に厚生金庫法が出来、それから企業許可令を出したため前後が反対になっている感じを受ける、それで業者側からすると先に行けば行くほど条件がよくなるだろうという考えがあって余り転業は進んでいない
 それからこれは工業の方だが京都の西陣あたりは、転業はすっかり出来ていることと思って行ったところ、十六年の九月以降現在までに店員、技術員、徒弟、職工などが転業しているのだが現在になって見ると、それ以上の人が新しく入って来て、以前より殷賑を誇っている、その原因を探って見ると、政府のこういう方面に対する統制方策がだんだん消極的になり、七・七禁令は次ぎ次ぎと緩和され生ぬるくなって来た、それに購買力が台頭して、西陣製品に対する買附けなども盛になって来たという奇妙な現象を呈している
井山 商業者の転業では、具体的な整理要綱でも作って、組合内部で自発的に纏めるようにし、総会でも聞いて転業を決議するといった穏当な形式をとっているところは巧く行っているが、組合長が少し独善的なところなどで、高飛車に、お前は今度やめるんだと指名したりすると、非常に揉めてしまって、折角巧く行きかけたのが、まずくなってしまったという話を新潟あたりで聞いた
城戸 福岡県は転業先が多いので、県内で転業が割合にやり易く、業者も熱心で、各地に転業対策協会が設置され転業促進をやっている、また各種の商業組合では幹部が工場とか鉱山に入って、一週間なり二週間なり、実際に作業をやり、帰って来て組合員の性格とか体質などを見て、誰は何処がいいということを自分の体験に基づいて指導し適当な転業を計るようにしているが、転業者の六割は軍需工場方面または生産拡充方面へと振向けられているそうだ
鬼塚 長崎県下には有名な長崎名物カステラの業者が二千人おりその大部分がカステラを作っている
 それを統合して有限会社を作ることになり盛に転業を勧めて現在百五十人程の転業者が出た
山岡 転業のうまく行っている例として、金沢は漆器、金箔、九谷焼があって、転業せねばならぬものもあるが、いままで家内工業で、重工業には転業出来ないと思っていたのが、某軍需会社の部分品を作ることになり、金沢市内に三ケ所、七尾に一ケ所計五百人ばかり手先の器用であったことが役だって部分品の下請工場に入った
星野 鶴見のある大工場で青森秋田などから来て働いている者の成績を聞いて見たが、例えば青森の津軽塗の職工を集団的に、十七歳から五十六歳まで六ケ月間に限って勤労奉仕隊という形で連れて来たが今二十一名ばかり残っているこういう職工を連れて来る場合は、工場に出す前に常に三日間か四日間は工場内のいろいろな話をして聞かせ、団体生活はこういうものだという教育を十分して置く必要があるという
農村から都市の工場への転業の場合には国民職業指導所で事前教育というか、訓練を徹底的にやって貰いたいという要望が使う側から相当出ている

農水産物の集荷統制

問 次に配給機構の問題に入るが最初に農林水産物等の集荷統制は地方々々でどういう風に行われているかその事情をききたい
団野 消費者側から見れば、生産県では、どうせ農林水産物が過剰になって来るのだから、自然に流れてくるだろうと、勝手な考え方をしているが、農民が集荷機関に持って来るまで一里か二里の道を自分で負担しなければならぬ


データ作成:2003.12 神戸大学附属図書館