新聞記事文庫 農業(7-172)
東京朝日新聞 1943.1.11(昭和18)


長期総力戦の遂行に農村の役割頗る大

谷萩大佐 内原訓練所で力説


大本営陸軍報道部長谷萩那華雄大佐は十日十三時から茨城県内原訓練所において全国農村指導者および訓練生一万五千名に対し「農村農民に対する軍の要望」と題し講演を行ひ、大東亜戦争の現段階において長期総力戦を遂行のためには、軍の構成分子の主力は農民であり特に最近における食糧増産の必要性に鑑み、国家の農村農民に期待するところは益々多大なるものがあると激励、国家としても農村における生活必需品の特配、農業戦士の精神的優遇、生産物の価格適正化とともに、生産物の供出割当、農村労務管理などについても真剣に考慮している旨を強調し、健農即強兵であると語って多大の感銘を与えた

[写真(谷萩大佐)あり 省略]

昨年七月一日の大東亜建設審議会で、大東亜農林・水産・畜産業に関する基本方策答申案が審議決定され、その要領中に「大東亜建設に伴う人口政策において決定せる内地人人口の○割をわが民族培養の源泉たる農業に確保する既定方針に則り、農民が□持をもって農業にその全力を注ぎ、十分なる創意を発揮し得るがごとき専業農家を育成保持し、大東亜建設を推進するに足る剛健なる精神、雄渾なる気宇の培養源泉たらしむるため各般の施策を講ずることとし、もって皇国農業および農民の維持培養を図ること」とある、大東亜戦争の現段階において国家がこの日本民族、就中強兵の哺育、健全なる日本精神の維持培養の点について農村農民に対する期待は益々大きい、しかのみならず長期総力戦遂行のために食糧増産の上においての要請は洵に切実なるものがある、これ戦争第二年の歌御会始において畏くも「農村新年」なる御題を拝したところと拝察し恐●感激に堪えぬものがある、以下これ等に関し軍の所見を申し上げたい

皇軍の構成は農民

第一に人口問題についてである。明治五年十一月徴兵令煥発の際下し給った詔書には「固ヨリ兵農ノ分ナシ」と仰せられ皇軍の構成は農民にありと申しても過言でない満州事変勃発の昭和六年度徴兵検査における農業対工鉱業壮丁比率は五・五対四・五でありましたが、工鉱業の発達にともない農業出身
壮丁の数は遂年減少しつつあります、しかも工鉱業出身壮丁の体位は低くなる 結局日本壮丁の肉体的素質は低下しつつあることが判るわけである、この農業壮丁の減少は取りも直さず農業人口の減少を示すものでこの減少の大部分は青少年層である、これは農村壮丁の工鉱業転換乃都市集中の結果であって、この趨勢は最近特に甚だしい、この結果は当に体位の低下を来すのみでなく、人口の増殖力の低下とも相成る、これは考慮すべき問題なのである
古代ギリシア文化は□然として輝いたがこれを創造したところのギリシア人は存続しない、然るに東亜において印度文化、中華文化を建設したる印度人三億四千万、中国人四億五千万は厳として存在している、これはその民族の生活力の旺盛および自然環境が雄大だったからである特に支那農民の持つ生活力は偉大である、パールバックの「大地」に描かれた王竜夫婦の如き太く逞しい農民が沢山いる、戦渦の中に泰然と種籾を守って逃げぬ老婆もある、必要の前に関東州の荒地を高級野菜の適地に汲々営々として改良してしまう農民である、この支那農民こそ彼等の持つ底力こそ大に注目せねばならぬのである、よき相棒として活用すべき存在である

日本人口を二億へ

今や日本は大御稜威の下大東亜共栄圏という強大なる基地を確保して日本人はその広大なる地域に無限に発展し得ることになったのである、そしてこれ等生活力旺盛なる十億の大東亜諸民族を率いてその盟主となり、指導者として世界に活躍しなければばらぬ、であるから日本人人口は最小限二億にまで近き将来に増加させねばならぬのである、一定強大なる兵力を持つとか戦争における莫大にして連続的なる消耗を補充するとかいうこと以外に、この大東亜の建設のためにこれだけの人口を必要とする、だから人口問題は忽諸に附し得ないのである。吾人は農村生活を合理化し、農家経済を安定し、農村における貧農過小農制による栄養、衛生施設の不備を改善し、医療施設を拡充し、農民体位を向上し出産率を昴め、さらに乳幼児の死亡率を低下せしむる如き施策を必要とするのである
ナチスドイツにおいては人口政策国土計画の中心問題としてルードウッチの安住事業(ジードルング)がある、これは適正経営規模模農家の設定による農家人口の疎開及び都市の労働者を農村の土に結びつけることを主眼として政策であり、我が国としても大いに参考になると思う、人口問題に関係して軍馬のことを付言する、近代戦は機械化部隊や科学戦に重点を有するが然し動員に対する軍馬の割合は増大こそすれ、減少はしない、日本は依然としてトラクターより有畜農業であることにも鑑みて馬匹の増殖に就てはこの上とも御協力を願う

日本精神の維持培養

次は日本精神維持培養の問題である、悠大にして底知れぬ自然に真摯に温かに抱擁せらるるの生活こそ人間性を真善美に保つ所以である、何処の国、如何なる時代でも農民が剛毅朴直なのはこれがためである
米国の自動車王フォードはデトロイト工場労働者の健全な思想哺育のため、精密工業のかたはらルーズユ河畔の畑で農耕をなさしめている盟邦ドイツにおいては国家の法令をもって工場の畔りには必ず畑を持たしめ、また都市には公的に農園を経営せしめ、労務者や役人に土に親しむ機会を与え、これを通じて民衆に健全性を賦与する基本的施設たるの役割を果さしている日本でも不良少年少女を収容する某感化院において野菜園や花園を作らせたところ彼等の□化上極めて好結果を得たことが報告されている、私は土と結びつけること、これが健民政策の基本であると信ずる
軍の構成分子の主力は農民であり従って軍人精神は農民魂に相通ずる、即ち一誠以て御奉公すること、これが軍人精神であり農民魂であると思う、軍人精神にして農民魂にして健存する限り、神国日本の前途は光明と希望とに充ち満ちているのである、この精神、この魂を維持培養するのは農村農民であることに権威ある自覚を持つべきである、支那人四億中の八割は農民である、この支那農民の魂はわが皇国農民の心に通ずる何ものかがある。ここに日支提携の基礎がある様に思う、支那問題の解決なくして大東亜戦争の完遂はあり得ない、そして支那問題の解決は魂の上に課題されえちる、日支の魂と魂の結束は農民の上にかかっていると申してよろしいと思う
最後に食糧増産に関し軍部関係の調査に基いて忌憚なき意見を申上げる、統制経済の深刻化に伴う農業経営の規格化は従来自由主義的経営形態を辿り来たところの農民に異常の窮屈感を与え、かつ農村に対する労力資材の供給も十分でなく、加うるに低物価政策の必然的要求は主産物たる米雑穀等の食糧を基底とせられている関係上諸物価昴騰の現状にあっても米雑穀のみの価格はあまり上昇せず、ここに農家の収支に不均衡が起り、現時局下において不遇の位置にあるのは農業都市近郊の農村は別としておよび中小商工業だと申されるのであってこの点は軍部としても肯定している
特に軍需工業の異常なる膨張は農村の中堅たる青少年を吸収するから、農村の負担も決して軽からずと申すべきである、農村の時局より受けた影響の中で、主なるものは統制諸機関による利潤の不当□断軍需工場或は住宅当国の田畑侵蝕、公定価格の矛盾より来る主植物作付の不利、闇の横行、都市農村の諸物資配給上の差別、時局産業界の殷盛等による不良感化であってこれがため農村は荒廃し、農民思想は悪化し、離農、小作地返還、青少年の都市□□、主食作付嫌忌乃至軽�=A生産物の不当確保、闇取引等の悪風を醸成しつつあるというのである
右につき更に具体的に研究し、かかる状態を克服するの途を嵩じたい、第一に統制機関の確保しある中間利潤、即ち手数料の圧縮ないし全廃であるが、国内決戦体制確立上、統制機関は必要であることは認めなければならぬ、しかしこれが中間搾取の機関となり、事務手続きを繁雑多岐ならしめ、実行の迅速を害するようなことは是正しなければならぬ、統制指導機関の一元化は是非行はねばならぬ
県の農政課、郡市町村の農会、耕地整理組合、水利組合、大政翼賛会、信用組合、農事実行組合、食糧増産挺身隊、同督□隊、同報国隊、同共□隊など洵に多元的であり複雑である、この結果は知らず測らずに権限の争い、功名の競いとなり迷惑を蒙るのは農民である、然もその局に当る者が少しも農民の体験もなく農村の実情も知らぬものが多いとしたら、これはますます工合が悪くなる私は農民の指導者、出来得れば農政関係の役人も農民の中より求むべきで、農業に体験のない学者や技術家では駄目だと思う、この意味で諸君の修養研鑚に大いに期待している

食糧確保へ奉公せよ

第二には米麦等主食の時価の引上げは当局としても相当考えていることであろう、主食栽培が蔬菜や果実のそれに比して概ね三分の一程度の収入では農家としては経済上迷い易い、然し戦争完遂のため食糧確保が絶対であるということに鑑み農家としては利ある方へのみ走ることなくその職域奉公をここに見出して満悦を感ずる如くあり度い
第三には生産物の供出割当の問題であるが、これは土地の実情作物の良否、地理的特性等を考慮するのは勿論であるが、その供出が主として信用組合、産業組合等指定機関により出荷せしめられている、この制度は現状において巳むなしとするも、更に適切なる方法がありはしないか、そして供出代金の仕払が遅延する、また仕払時半ば強制的に貯蓄を命ぜられまたは公債を買はされるとの苦情もきく、しかし増産と貯蓄が経済戦力の増進のための車両の両輪であるから積極的協力を願いたい

当局へ意見上達せよ

第四は農村労務管理のことである、これは実施せられなければならぬ、即ち農村労力確保のため移動防止の強化、小作問題の解決即ち自作農の創設、青少年移動の許可制、農村日雇い労働者の管理および賃金の規制‐この規制は他の産業労銀との均衡を考慮せねばならぬ、また徴用制度実施の上において農村の特殊性を考慮に入れ、之が運用を適当にし、且つ勤労奉仕●などもその奉仕を適時適所に行うごとく当局としても研究致すべく諸君も研究してその意のあるところを当局に具申すべきである
中央に追い手既に決定したものに対し不服従であったり批判的であったりしては相成らぬが、決定前において大に論□し意見を上達することは喜ばしく叉当然なすべきことである
第五には性格必需物資の特配、すなわち農機具の円滑なる配給および修理、施設の完備、作業衣の増配(衣料切符のごときは一般民よりは農民に余分に配給すべきである)肥料の増配、これは時期的地理的特性に応ずる如く配給してくれ、石油は虫害旱害用のものは早期に配給して予め貯蔵さしてくれ等の要望がある、第六には作付統制に対する要望であるが、これは土地の実情に即して実施の要がある、北海道の網走に水田を命ずる如きは誤りだ、こんなことは諸君が十分に研究して進んで意見をいうべきである、しかし山梨県下の某村が湿地を変じて美田となしたる如く、人力を以て自然に挑みこれを征服し得ることもある

陰徳 陽報を求めず

第七には国家的優遇の問題である、只今重要産業の従事者は勤労□功章授与の恩典があり、応召出征せる留守宅の手当なども支給されているが、農村にはこれがない、増産を絶叫しても、増産奨励金すら出し渋っているではないかと申している、これは尤ものことと思う、然し陰徳をつみ陽報を求めない、黙々として縁の下の力持となり国家総力戦の礎石となること、これが皇国の農民魂である、当局も表彰については大に考えていることと思うから諸君はここに悟りを開いて戴きたい
農村の慰安、娯楽施設の増強を要望させる向が多い、一々御尤である、新聞もない、ラジオも聴けない、だから青年は自転車に乗って附近の町の映画館へ行く、花柳の巷に行くのだという人がある、これを防ぐため移動演芸慰安隊派遣等も考えられる、村の行事として盆踊りとか村芝居とかも大いにやるべきだ、鎮守の森に新聞、雑誌閲覧所を作るとか、村長の宅で俳句の会をやるとか、これも結構だと思う、諸君は農村の新文化運動のため新しき工夫を積まるべきである

農場は戦場に繋がる

本年は洵に重要なる年である、日本歴史の上にかつてなき重要なる年である、そしてこの年を勝利の年、光栄の年たらしめなければならぬ、諸君の農場は戦場に繋がる諸君は銃持たぬ戦士である、国家の隆替、東亜の興廃は諸君の双肩にかかると申してもよろしい、諸君は皇国の農民魂を十分に発揮せられんことを祈ってやまない


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