新聞記事文庫 農村(5-041)
時事新報 1923.1.8(大正12)


華族富豪の小作地解放論

蜂須賀家農場顧問 小林幸太郎


欧洲大戦以来工場労働問題が起り更に最近では農村問題殊に小作争議が到る所に頻々として起って来たので学者政治家が之れを国家問題として研究するようになったが之れは当然起るべき原因があって起ったのであって別に不思議はない彼の徳川三百年の鎖国政策が蒔いた種の結実したに外ならないので日本の農村が今日の現状にあるのは寧ろ自然の帰趨であろう、元来徳川時代には農は士農工商と言って階級の上からは第二位に置かれて優遇されたけれどもそれは表面の形式的優遇で其実際は実に哀れなものであった、他の有らゆる階級よりも悲惨であった計りでなくて非常な圧迫も受けて居たそれが明治大帝の御英断によって維新以来四民平等となり同時に農民は教育をも同等に受くることが出来るようになった斯る御英断の結果は自己の要求をも主張するようになって来たのである、殊に小作人にあっては最も此の圧迫の期間が長かったのでそれだけ反撥力も強く自然に反抗的感情が事実となって現われて来たのである当今の小作争議なるものが経済的意義を含んでいることは勿論であるが然し地主に対する小作人の一種の感情が手伝うていることも確実である、所謂小作争議の大部分は感情が交っている、この感情が容易に解決し得べきものを却って解決難に導いている、即ち地主が小作人に対して好意を寄せ同情を示し人間相互の愛と理解を以てしてその感情を和ぐるように努力すれば大抵の事件は円満に解決されるのである、自分は之を一昨年小作人間の争議に於て実験している、地主と小作人との争議の原因は経済的でもあろうが先ず地主なり管理者なりが封建的気分を脱却してかからねばならぬ多くの地主管理者は大正の今日猶封建的気風を発揮しているのは無理解も甚しい仮令小作争議が起ったとしても同情好意を以て対すれば容易に解決し得るのである、また斯様な心持で小作人に接するならば争議などは起らぬのである、今の世に小作人を下目に見て権柄づくに圧迫しようとするから問題は一層紛糾して了うのである、要するに小作人は決して恐ろしいものではない寧ろ愛すべきものであると思う、自分は飽迄小作人の味方として立ち彼等の利益を擁護すると同時に亦地主の利益も図りたいと思う
地主と小作人とは決して離るべきものでない人間として対等に合理的に相互の情愛の下に共同の利益を図り共に幸福を増進すべきものであると考えられる、此頃論ぜられる自作農創成と云うことであるが彼の小作制が調査会でも審議しているそうで百年とか二百年とかを期して日本を自作農化して了うと云う意見であるが日本の現状では凡ての方面から考察して斯んな悠長な事を云っていられるのであろうか此等の人々は公債を募集してでも此意見は実行される案だと云うているそうであるが十四億の予算にさえ苦しんで緊縮々々と叫んで居る日本の台所にこんな大負担を背負わすことが果して出来るだろうかこれは実に由々敷大問題であると云わねばならぬ而してまた一方今日の農村の実情食糧問題人口増殖率から推して行っても農村問題の解決と云うことは吾等国民に取って爛額焦眉の問題で百年は愚か五十年も待つことは出来ない、のみならず自作農創成と云うことは口でこそ何でもないように云うけれども実際は却々重大な問題でやり方によっては却って不良小作人を養成する結果を見る虞がある而して更に農村を荒廃せしむる一原因を加うることになりはすまいかとも思われる、政府の方針は知らないが自分の関係している北海道に就て見ると政府から低利資金を借り入れそれによって移住を奨励して自作農を創成しようとするのであるが之は真に北海道を知らぬ人の議論で机上の空論に過ぎない、只人を移住させて自作農を創成しようとしたってそれは出来ない相談である、人間を人里から遠く離れた山や野原に送り込んだ丈けでは開墾はできないのである、資本を擁し十分諸般の設備をしなければ開墾は出来ぬのである、北海道は何うであるか或一部の土地を除いた外は交通其他文明的設備は少しもない、鉄道なども一部しか敷設されていない、道路と称すべき程のものもなければ治水下水其他衛生上の設備教育娯楽機関も欠いている、斯る処に自作農にしてやると云うたからとて移住して行くものは少い、強いて移住させようとするならばそれは無理な話である、要するに自作農創立は容易でない許りか小作人を得ることすら困難である故に既成農場主が小作人に対してその農場を解放する事だ既成農場は其基礎は固より小作人も安住していることが出来るようになっているから成し易いのである、即ち政府が此等小作人に対し低利資金を融通してやればよい而して其金によって小作人と地主とが合理的条件、適当な相場で譲歩する地主は其金を以て更に他を開墾する資金とすれば北海道は勿論満蒙南米の天地をも開拓し得るのである、然し世間では只で地主にその土地を解放せよと云うものがあるが、それは無理な話である、今日の既成農場となすまでには莫大な資本を要して居るのであるからそれに対しては相当のことをする必要がある、その代り地主はこの金を以て不毛の土地を開拓して良田と為すようにするのである自分は之を大地主特に明治大帝の聖旨を奉じて北海道の開拓に従事した華族富豪の地主に向って切に勧告したいのである之は華族として富豪として当然為すべき義務であろう而して此の国家奉仕的事業は華族として富豪として大問題であるには相違ないが然し華族富豪としては今日之れを為さねばその生存の意義を失うの虞がある、華族富豪の大地主にして今日此時この方針を以て勇往邁進したならば国家と国民とはどれだけ幸福であるか知れない、以上の方針で進めば自作農は容易に出来るが之れを為さないとその他の未開地に只人を送って自作農を創成しようとした所で出来るものでない華族富豪は第二の土地返還の大覚悟を以て是非共之れを決行して貰いたいのである、而してその生存を有意義にしたいと思う、


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