新聞記事文庫 満州(1-020)
神戸新聞 1934.3.2(昭和9)


商品を通じて観た満洲国人の趣味嗜好


満洲国建国以来日満貿易が飛躍的進展を示すに至ったことは洵に喜ばしいことであります。母国生産業者並に輸出業者の方々が挙って満洲に着目するに至ったことは満洲見本市の逐年盛況状況や各府県の対満貿易助長施設の激増、業者視察者の状態から観て瞭かであり頗る結構なことではありますが日満貿易の健全な発達を期する上に於て特に満洲に対する『正しい認識』と『著実な努力』を願う次第であります。斯うした意味で昨秋、満洲熱が白熱化していました頃奉天の日満経済機関が合同主催の下に大阪を振り出として母国重要都市十一箇所に『満洲市場紹介展覧会』を開催しました。私もその一員として参加し商品の蒐集に□□□□□□□□□□□□□□□が会の目的とするところは『満洲にはどんな商品が売れるか』を的確に御話し申上げることで特に各種商品の実物を以て説明する方法を執った次第であります。満洲に発展を期せられんとする以上充分に満洲の状況を研究する必要があります。あらゆる事業に就て考究する必要はありますが特に満洲国人の趣味嗜好に就いて研究することが肝心であります。日本と満洲とは一衣帯水の地理関係にあること。同文同種の関係にあること日満関係は歴史的に特殊関係にあること、満洲には相当の日本人が居住すること等の関係からして動もするとこの点に就て無関心であるため努力の割合に効果を齎し得ず対満取引に予期しない失敗を繰返□実例を目撃致していますので前轍を履まぬ様留意されることが肝要と存じます。
更に具体的に申上げれば満洲国三千万の国民中でその大部分を占めるは申すまでもなく漢民族で、次で満洲、蒙古民族であります。これ等は先天的に迷信強く、風水縁喜を担ぐ風習が□□としています。尤も近来教育の普及発達と、文通便が拓けると共に漸次この弊風は改められつつありますが総体的に観て今尚お依然として迷信が生活の大部分を支配し大きな勢力を持っています。日用品の形態から色合、柄、模様に対してまでその嗜好の基礎が迷信から出発しているものが多いのであります例えば、日本から来る商品でこの満洲の風習に対する研究が足りなかった為め漢満民族の嫌忌する文字や絵のレッテルや商標を使ったり嫌忌する色合や模様を使ったため品質は如何に立派でも全然売れなかった例は過去に於て枚挙に遑がない位失敗した前例を持っています。故に充分認識を深め実態を正確に把握し其の好むところを利用して効果を収めることが肝要であります。尚お以下申上げる『満洲国人の好む色彩、文字』については昨秋満洲市場紹介展覧会の際斯界の権威であり造詣の深い満鉄嘱託伊藤順三氏から頂いた調査資料から仰ぐことに致しました。

満洲国人の好む色彩

満洲国人の色に対する嗜好は極彩色であります。彩色燦然として一見目を驚かす様なものが多い様です。紙は光沢あるものを好み、模様は形の大きいものをよく好みます。色の種類は浅黄、緑、洋紅桃、藍、紫、金、銀等が喜ばれます。白紙は目出度い時には用いません。之を地方別に申上げると田舎の者は都会地の者に比して色彩に対する概念が劣っています。即ち文化の度合によって色彩に対する概念が異る訳であります。
元来漢満民族は色彩についてはアクドク然も単純な色・・・・・・例えば赤、黄、紫、青と云った様な種類の色及びそれ等の配列から成る色彩感を喜ぶ傾向があります。時として華麗な色彩をその形式的道徳観から喜ばぬ事もあります。従って近代的色彩即ち種々の色の配合から成る間色の中では喜び用ゆるものは少いのであります。今満洲国人の普通喜び好む色彩中原色を挙げて見ると左の如くであります
金色 これは最も喜ばれます。
黄 黄は漢仁文明の発源と称せられ最も正色として愛用せられ前清時代には帝室用の色彩として一般に禁色であったものであります
紅 紅は吉慶の表徴として最も多く使用されます、喜び事は紅事と称し凶事は白事と云う迄徹底しています。
藍 藍は濃厚なものが一般に歓迎されます。
緑 緑も濃厚なものは喜ばれます
以上の黄、紅、緑、藍及びこれに青を加えて五色これを正色と称します。

満洲国人の好む文字

文字の国と云われるだけ漢、満両民族の文字に□対する概念は頗重要性を持っています。その生活に嗜好される文字及び絵画を大別しますと

一、長命福禄寿等の如く不老長寿一家繁栄を希った伝統的固有性から出発しているもの
二、仁義、礼知、信の如く孔孟の教えに基いた道徳上の標準的文句及び絵画
三、財富、利得、繁栄等を意味する文字、絵画即ち実利主義から生れたもの

等が使用されています。ただ特に注意すべきことは従来の広告や宣伝文等に多く難解の漢文が使用されていましたが最近に於ける状勢は一般に教育の普及と時代の進展から難解の文字及び文章は余り歓迎されず寧ろ白話体(口語体)が歓迎されています。
尚お日満両国は同文同種でありますが同じ漢字でも日本に現在使用され解釈される漢字の意味と満洲人の使用し解釈する漢字とは意味の異る場合があります。例えば日本人の『盗難予防』を満人が見れば『盗は予防し難し』と読み、『御婦人室』と書いてあれば『婦人を御するの室』と読み『皆様是非国産品』と書けば『皆是れ国産品に非す』としか見ません。満洲語を真に解せない方が漢文を作る場合には特に研究を必要と致します。
また満洲国人では文字の読み方が同音であるため歓ばれるものが種々あります。満洲国人で『蝙蝠』や鹿を歓ぶのもその音が『福』と『禄』に通じ『胡蝶』は『好』に通ずるからであります。
尚お満洲国人に歓迎される動植物と嫌忌される動植物は可成り広範囲に亘っています。文字でも絵画でも之を誤って用いると全然失敗に終ることが多い関係上特に注意を要します。

歓迎される動物名
竜、鹿、虎、豹、象、馬、獅子麒麟、牛、猿猴、鶏、鷹、鴻雁孔雀、鳳凰、鶴、胡蝶、蝉、蜂蝙蝠、金魚、鯉魚
歓迎される植物名
牡丹、椿、菊、梅、桃、蘭、竹桂花、松、柘榴、仏子柑、海棠
嫌悪される動植物名
蛇、蝎子、蟹、兎、鰐、蟆、烏鼠、亀、鼈、狗、熊、狼、梟、百足、柳木

満洲国人向図案意匠

州国人の好む意匠図案中代表的なものを挙げてみますと次の如きものであります。

五彩、古袋、戯人

彩色を施した支那画戯人物の意匠であります、例えば三国志劇の重要人物である劉備、曹操、関羽、張飛等の諸武将に孫夫人、大喬、小喫等の大人を配したものです。其の他賢人の国であるとか近代では名優の舞台顔なども流行しています。

五彩時装美人

彩色を施した現在美人の意匠で例えば紅楼夢中の宝玉明黛色、宝剣或は梅蘭芳の諸劇その他最近のものとしては時装、支那美人の郊外散歩の図などが喜ばれています。

五彩宝塔並石門□橋梁

彩色を施した支那宝塔で最も普通なものは上海近郊竜華の塔、蘇州の虎邱、北平の玉泉山、其他万寿山。万里の長城、哈達門等です。

どんな商標がよいか

商標の意匠、文字などは以上申上げた満洲国人の好む色彩、文字意匠、図案等を巧に取入れたものが歓ばれます。然し商品によりては多分に外国の影響を受け(一)欧米乃至日本の原語をそのまま用うるもの(二)商標文字の音をとり適当なる文字を当嵌めるもの(三)意訳するもの(四)商標の文字に関係せず図案から適当の訳をなすもの(五)商標の図案、文字に関係なく品質を適当に表徴する文字を別に作るもの等があります。例えば

(一)味之素(調味料)、仁丹(薬品)、文鳥石鹸、九重石鹸、金鶴香油、メンソレータム(薬品)
(二)ソリイドム(煙草)を福利得と訳す。ロート(眼薬)老罵眼薬と訳す。レート(クリーム)を麗徳雪花膏と訳す。ダスコ(石鹸)を達士香□と訳す。ラックス(石鹸)を力士香�pと訳す。クーリンハミガキ(歯磨粉)を苦林牙粉と訳す。
(三)サンライト(石鹸)を日光肥�pと訳す。アサヒ(地下足袋)を太陽自由鞋と訳す。
(四)クラブ(化粧品)を変美人牌と云う。パイレイト(煙草)を藍刀牌と云う。ルビイクイン(煙草)を紅刀牌と云う。ビクトリア(煙草)を大仙女牌と云う。
(五)ビクトリア(石鹸)を白玉霜と云う。

などであります。


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