新聞記事文庫 都市(11-101)
東京朝日新聞 1931.5.28(昭和6)


ソヴエトにおける社会主義都市の建設

エルンスト・マイの意見


新都市建設のためにソヴエト政府に招聘されたドイツの建築家エルンスト・マイは、過般七週間にわたるウラル及びシベリア地方視察旅行からモスコーに帰還したが、今や社会主義都市建設計画は彼の指導下に着々進行しつつある。クズネツク及びマグニトゴルスクでは既に工事が開始されている。尚ドイツの建築技師一行のためには製図用の特別車が用意されている。この工事のテンポの素晴しさと物語る一例であるが、クズネツクでは新建設案採用後一日にして鉄道線路の施設変更が行われた。

ソヴエト技師によって作成された旧建設案に対するエルンスト・マイの意見は『非常に暗示的で結構ではあるが遺憾ながら実際に適しない。
ソヴエト建築家の草案はいまだ習作の域を脱しない。彼等には実地の諸条件に対する知識が欠けているし、下水及び水道等の設備に関する重要な問題に対して何等の顧慮をも払っていない』というにある。

この都市建設事業に伴う困難はもちろん多々あるがな就中建設材料及び熟練労働者の甚大な不足が挙げられている。然しエルンスト・マイは国産材料を使用することによって建設材料の不足は一部分緩和されるとしている。即ち当分需要を満し得る程の生産が困難な煉瓦、コンクリート等の材料の使用を避けて、建設地付近に多量に存在するコンクリート、木材等を以て其代用品とする、というのが彼の意向である。熟練労働者不足の対策に関しては、マイの提案に基いてドイツから失業中の建築労働者を多数招来することに決定した。

これ等新都市の家屋は四十乃至六十年間の使用に耐え得る予定ではあるが、その住宅型式は各都市の主要産業の種類や市民の構成等によってもち論一定せず多種多様である。然し国家計画委員会の発した一般的訓令によれば、これ等新都市ではコンミュン住宅(ここでは完全な共同生活が営まれる)が十二・五パーセント、集合住宅(各家庭専用の室以外に調理洗たく用の共同室を有す)が十二・五パーセント、独立住宅が七十五パーセントの割合でそれぞれ建設される家庭婦人にとって福音ともいうべきは、彼女等が共同調理所、共同洗たく所の設置によって今後益々社会共同生活に教育づけられることである。

最後にエルンスト・マイの言によれば、社会主義都市建設の順調かつ急速な進行は、主として中央諸機関の新編成如何にあるが、現在の所では遺憾ながら統一的指導が欠如している。にも拘らずこの天才建築家はいっている、『従来私はこの新都市建設程感激に満ちた創造生活は送ったことはない。そして、人類のために建設するのだ、ということを今後程ひしひしと感じたことはない』と。


データ作成:2005.6 神戸大学附属図書館