新聞記事文庫 貨幣及兌換銀行券(13-039)
東京朝日新聞 1928.10.30(昭和3)


日銀発券制度改善に比例準備制提唱

法学博士 山崎覚次郎氏


二十八日銀行集会所において開催された東京経済学協会席上法学博士山崎覚次郎氏のなせる日本銀行発券制度改善に関する講演の要旨は左の如くである

近時日本銀行発券制度の改善については各方面に種々の意見を聞くのであるが現行制度は金の引換準備をもってする外一億二千万円の保証準備発行とそれを補うに制限外発行を認むるいわゆる屈伸制限法を採用している、元来制限外発行制度はその制定の趣旨に見るも恐慌時における非常的手段と認むべきものであるに拘らず我国においてはそれがほとんど常態となり、当初の趣意を没却している

非常手段たる限外発行が平時においても常に継続せられているについては、それは制度の運用が適当でないために起るとの説あるいは我国においてはそれを必要とするアブノーマルな状態が今まで継続したために起ったとの説あるいはこの制度をもっと自由に解釈して法律をそういう制限と解する必要はないという説もあるが、これ等はいずれも承服出来ない議論である、制限外発行の濫使を余儀なくしている事情はつまり現行発行制度の不備不完全なるがために起るのであって即ち自分が発行制度の根本的改善の要ありとする所以である

発行制度の改善に関する意見としては現在の保証発行の制限額を拡張する、即ち一億二千万円の制限額を例えば三億円に増加したら宜しいという議論もあるが、もし現在の制度が唯一無二の良制度ならばそれは当然のことであるけれど、現行制度について自分は改革を必要とするものであるから従って賛成も出来ない、あるいはかのマネージド・カレンシー即ち英国のケーンズ等が唱えたように銀行券の発行高は経済上の統計を基礎とし例えばイングランド銀行大蔵省および五大銀行の協議によって発行額を決するというが如き議論もあるが果して科学的にそういう統計上の根拠を得られるか実行上甚だ疑問である

現在においては金を離れて発行制度を決することは出来ない、然らば我国において如何なる発券制度を採用したらよろしいかという問題になるが自分の考えでは根本の制度として三分ノ一比例準備法を採用し別に最高発行額を定め尚応急的にこの最高限度を越ゆることを得る制限外の発行を認むることを合せ具備する新制度を設くるがもっとも適当であると考える元来この比例発行法の起源は欧洲においては極めて古いことであって、先般カレンシー・ノートの整理のために保証発行限度を拡張し又制限外発行を認むる新制度を採用した英国の如きも法律にこそ現さなかったが既に千八百三十年頃イングランド銀行当局が議会における調査会において銀行券の発行高と当座預金との合計額に対し三分の一の金準備を保有すべしといって居る事実があり、その思想をくんで欧洲では法律によって三分の一準備法を採用した

比例準備法といえばフランスがお手本である様に思うがとれは間違いである、ドイツ、ギリシヤ、ブルガリアなどでもことごとくこの制度を取っていた、我国でも松方公が初め提案されたのは三分の一準備法であったがこれは理想案で実行には時期尚早であるとて中止されたのである、即ち今日各国中央銀行の大多数は比例準備法を採用しているが然らばその比率を三割にするかあるいは四割にするか又その準備は単に銀行券の発行額に対してのみでなく中央銀行における当座預金を合せたる額に対し準備するかどうかも議論のわかれるところである。本年六月の法律改正によってフランスは銀行券および当座預金の三割と定めた。比例準備法の長所は如何なる点であるか、まだ学問的には自分としても十分な理由は分らない

然しこれは健全なる常識に基いたものである、ある書物には準備が三分ノ一位あれば兌換にも差支えなくかつ又銀行券の伸縮力も十分に利用し得ると説いてあった、三分ノ一か四割かこの問題については嘗て千八百七十五年ドイツ帝国銀行の場合において議員の一部には二分ノ一節も行われたがこれに反対する人は、なる程正貨を多く所有するはよい、が法律に二分ノ一と限定すれば必ず正貨は四分ノ三位に増加するは必然である、三分ノ一とすれば実際は二分ノ一となるべしといったのであるが、この点は立法者においても注意してもらいたいところで我邦の場合においても準備は三分ノ一で可なりと考える。又準備の基準として発行高の外に当座預金を加うるか否かはその国の状態によって異なるのであるが、政府預金は多額であるけれど民間預金の比較的少額である(最近は少しく事情を異にするが)我邦の場合は単に発行高のみを標準にしてよかろうと思う

比例準備法は窮屈だ即ち屈伸性に乏しいとの非難がある、この点はベルギー、オランダの如く比例準備の割合を必要に応じ金額と時期を限って低下するという方法もある、我国においては三分ノ一準備法と共に発行の最高限度を定めることにすれば、これを幾何とするか、元来一国内に何程の通貨を必要とするかそれは歴史的に決定されるのである、経済界に著しき変動を起さない程度にそれを決めることは歴史的の事情である、故に最高限度は年々これを更新し過去五ヶ年間におる毎年の最高発行額を平均したものに一割位を加えたものを次年度の最高限度とするがよいと考える

最高限度の制定はインフレーションを防止する意味において需要とせなければならぬ、要するに自分としては現行の発行制度には重大な欠陥があると考え通過の伸縮性を自在ならしむる目的をおって上の如き比例準備法の採用をもってもっとも我経済事情に適応すると考うる次第であるうんぬん


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