新聞記事文庫 日本の対外貿易(9-011)
時事新報 1919.1.3(大正8)


商権と海上権力

海軍中佐 溝部洋六


商権の意義

「題目」を貴新聞の記者より与えられて、書くことを約束した以上、先ず「商権とは何ぞや」と云う意義を考えねばならぬ
我が国の貿易額を見ると次の如くである

[図表あり 省略]

兔に角喜ぶ可き状態である
戦前より二倍に増加して居るのである単価の騰貴の為めに其の貿易上の物資の量は二倍であらぬとも其れが幾部分増加したことは想像することが出来る
我国貿易品の販路も拡大したことは事実である
「拡大されたる商取引の販路即ち販売区域に確実に貿易を持続することが出来るか出来ぬかに依って我商権が維持せらるるかせられぬか。」の問題が決定するのである余は之を商権の意義として前提する

海上権力意義

次に考う可きは海上権力の意義である「海上権力とは何ぞや」の問題が起る
余は海上権力を次の如き要素より成るとするものである

一、海軍力即ち艦隊の力(戦闘力是れ主要□)
二、根拠地力(軍港、要港、商港、前進根拠地)
三、海上運輸力(主として商船に依る)
四、通信力(海底電線、無線電信等に依る)

海上権力の構成さるる要素を考うる丈では、「何ぞや」の解決にはならぬ、
「何ぞや」に対しては、次の如き解答がいう事と思う。
「海上権力は上述の如き要素より成って、自国を海上より防衛し且つ自国の発展に対して、之を擁護するものである」
海上権力の主要素たる海軍の諸任務が上述の「解答」の内に包含せらるるのである。即ち

一、海上国防
二、海運、貿易の擁護
三、在外同胞の保護

等がそれである。

相互関係

商権は海外在留同胞と我が海運とに依って主として取り扱わるるものなるが故に、商権の伸張と海上権力の伸長とは協調(シンクロナイズ)するものである何となれば海運の力と、海外在留者によって経営せらるる事業と販路とは、考え方によっては、根拠地方の一部分なるが故に、海上権力の構成要素であるからである
又、海外の我が貿易の取り扱わるる港湾に、帝国の海上権力の主なる表現者たる艦艇が顕現する場合を考うるに、これは二段の関係を以て我が商権を間接に擁護するものである、即ち

一、素の地方に於ける他国人が其の艦艇に対して起す尊敬心によって国家の信用を強むるが為めに海外在留同胞の経営する事業と商取引とは□ず他国人によりて信用をつよむるものである
二、海外在留同胞がなつかしき祖国の軍艦旗を掲揚している艦艇を見るにつけて中心に快感を覚え何となく元気づき為めに活動力を増進するものである□取引の活気が其所に顕現するのである

以上の二陳述は余のみの捏造説ではないと思う。大正六年の十月末より七年の五月まで短期間、米、英、仏、伊、希国とを瞥見して、各国の海外在住者の光景を目撃して、切に其の感を強くしたのである。即ち本国海軍の威力に応じて、海外在住者の発展の度が比例しているのである。

列国海軍力大勢

海上権力の主体たる艦隊の力を比較する為めに左表を掲げよう
左表は大正七年十月末現在で、建造後、第一期(八年)第二期(九年より十六年)を経過した軍艦、駆逐艦、潜水艇のみによって、成り立っている弩級戦艦、巡洋戦艦を□点とし他の軍艦や駆逐艦や潜水艇やには、相当の点数を兵術的ではなく、常識的に附与したのであるしかし大体の勢力を比較するには充分であろうと思う

[図表(列強海軍現勢)あり 省略]

我が国の海軍力は日露戦争後第三位、大戦前第五位より現下第七位に落下したのである。

海上権力なき自由

国際連盟と共に海洋自由の問題は現下、世界の最も重大なる現実の問題である英国は自国の優越なる海上権力を以てする海洋の自由を主張している米国は国際連盟をとなえ乍ら、世界第一海軍力を建設するの自由を保留している如くである余は列国海軍力の相当なるバランスによりてのみ国際連盟の成立の実行性と永遠性とを認むるものである海上権力なき自由即ち国家の自由がどの程度にまで得らるるであろうか余は帝国の各方面の識者の活眼を開いて帝国の近き将来のことをこの方面より徹底的に考察することを切望して止まないものである余は次の如き二個の説を此の事に関して読者に紹介したいと思う。

自由 オックスフォード大学教授 シーレー

一、国家内に□理的に存在すべき自由の総量は其の□境に対して他国の与うる軍事政策的の圧迫に間接に比例する
二、若し米国にして独逸の如く危険なる三国を有せしならば常備軍を備えしならむ
三、独逸の海陸軍の発達は一八九〇年より今日に至るまで英国の包□政策及独逸に対する露国仏国の圧迫の増大せるに比例している

自由貿易 時事新報倫敦特派員 伊藤正徳

「自由貿易を以て国際平和の絶対保証となし国際自由交易の下に廉価と平和の享楽を無限に追及せんとするもの即ち是れなり富強の大国に取りては自由貿易□より可ならむ他国の追随を許さざる第一の先進国にありては自由貿易は関税政策の要訣たることを論を用いずと雖も其の自由と平和を行楽するの極端に陥る時はローマ、カルセージ、ネザーランドの□を踏むの危険なしと云う可からず英国の自由党が自由を愛するの極端は遂に自家を駆って国際思想の急□に□らしめぬ
「国家は一歩を誤れば「超国家的」にして軈て是れ自国の存立に対する意識を稀薄ならしむるの弊あり此の思想に迷えるものは他国の野心を観破するの明を欠く」

結論

国際連盟や海洋の自由が、国家の実力なくして、海上権力の建設をなさずして、安価にかち得らるることは余の思索し能わざることである。大戦の終熄したる今後は世界各国は平和的なる競争に進むのである。商権の維持と拡張とは帝国の為めに大切のことであるべきは申すまでもない。余は此の事に従事する諸君が活眼と宏量とを以て、商権と海上権力との相互連関々係を観取せられ、先ず大に帝国海□力の建設に努力せられんことを希望して止まないのである。
苦心して、海上権力を建設すると云う決心と努力との上に、帝国の発展と、商権の維持は伴うものである。
新春、余は我が国商権の一層の進展を祈る


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