新聞記事文庫 日本の対外貿易(0c-017)
東京朝日新聞 1937.10.8-1937.10.9(昭和12)


輸入禁止と国民生活 【上・下】


【上】 摩擦避け必需品除外 国際収支は改善されず

 輸出入品臨時措置法の省令が来る十日頃施行されるについて制限品目「甲」の棉花、羊毛、木材、禁止品目「乙」の二百六十九品目による来年輸入節減額は僅二億円にも足らない少額に推定される、「乙」の不用不急品の節減額は吉野商相は当初二億円見当を予想していたようだが一つ一つの品目に就て詮議して見ると結局無難な物ばかりが二百六十九品目残され、それによる一ヶ年の輸入節減額は僅三千五百万円に過ぎなくなった、不用不急品でどれだけ国民必需品の輸入が抑えられるかと心配していた世人はここもとほっとした形である
 無難な物ばかりといえばつまり輸入抑制によって一般国民生活に何等摩擦を起さない物との謂いで、このため貿易審議会幹事会では大蔵省側から不徹底をなじられ、商工省の中でも工務局がむくれて施行見合せの議論さえ強かった、今月中にでも禁止品目追加が行われようというのも節減額三千五百万円では国際貸借改善に何の足しにもならないからで、この追加の場合こそは一挙二億円乃至三億円の節減額をしぼり出さうと目下極秘裏に大童の調査を進めている、棉花、羊毛、木材の輸入抑制から来る国内影響は世人も先刻御承知だが今度はじめてポンと投出された不用、不急の二百六十九品目は余りに多岐でその国内的な変化相は一寸捕捉するのは六ヶ敷い、だがこの二百六十九品目を睨んで見ると原料品が禁制を免れて主として製品が禁制品目に挙げられているのが目立つこれを通じて

一、国産原料で賄える物は出来るだけ指定したこと
一、国民の生活必需品は除外したこと
一、軍需或は輸出向の原料及び製品は特に輸入を許したこと

等の性格が浮彫にされて来る
 国産原料で賄えるものを指定したとはいうものの何等の摩擦無しに国産品で代用出来る物とては甚だ少い、勢い今度指定された物は奢侈品と目されるのが大多数で、例えば舶来のソース、マカロニー、カリー、からし、香水、石鹸などは輸入禁制にしても都会的な趣味性を我慢させればよかろうというのがねらい処で、輸入金額の多い物を槍玉に挙げようとするとそれだけ国民的消費に深く食い入っているだけに摩擦が多くて実行が出来なかったというのが実状である、奢侈品でなくて国産品でそのまま賄える物としては濠洲から来る蝋燭原料のステアリン、毛織物を柔かくさせるオレイン、その他酢酸、乳酸、蓚酸、酒石酸、重曹等々約二十余種の化学薬品が挙げられている、大麦、小麦、生肉(南米、支那から来る)などの大衆必需品は何れも今回の「乙」表から削除され、その他「皮類」とあっても牛皮、水牛皮、馬皮及び豚皮は除外されているから大衆的な靴の皮は禁制を免れたわけで御難に遭うのは銀座ガールのハンドバッグなどの高級品に過ぎない、勢い輸入節減額も九牛の一毛となるわけだ
 次に素人眼には奢侈品と見える品物でも例えば
双眼鏡、顕微鏡、航空機用及び測量用写真器、電信機等の軍需に関する高級用具は文句無しに輸入を許される、しかし一般国民がコダック会社に写真器一台の買注文を発してもこれは金輸際許されない建前になっているまた「乙」表の中央辺りに何食はぬ顔して琥珀が禁制品に指定されているがこれはワニス等の塗料原料で一応は国産品で賄えるというので指定されたのだが何しろこれは高級塗料の必要原料で飛行機のスピード如何にも影響があるというので軍需塗料に使う分だけは許そうという内議になっている、今度の「乙」表による輸入禁制でこれを機会に国内の代用工業を一挙に盛りたてようということは商工省本来の念願だったらしいが無難第一を選んだ結果はかういう代用品獎励の政策は殆ど加味されなかった、せめてもの新味は「乙」表第八番目に茶が指定されたことで、従来セイロンのリプトン茶を一ヶ年百万円も輸入していたものだが今後はこれが輸入禁止されて台湾、静岡等の国産紅茶が大馬力かけて増産され、何れ極近い内に国民の食卓の紅茶は国産品に変えられてしまうだろう、その内でも最も北叟笑んでいるのは国産紅茶の王座を占めている三井の台湾紅茶だろう
 ロンドンから来る肉エキスなども少額のものだが国産獎励の意味で禁制品となったのは珍しい例の一つである

【下】 問題は第二次禁制品 不自由を免かれまい

輸入禁制の不用不急品「乙」類の二百六十九品目が摩擦の少ない無難な物ばかりになったため今回第一次の禁制では一応大衆生活の直接脅威は免れたものと見ていい、銀座や心斎橋筋の高級専門店に御用さえなければ、日常の食料品、衣服装身具、雑貨などは影響薄と断じていい、だから国民は今回の禁制品目表を見るときはその中に列挙された名前を拾うよりもむしろ同表から落ちた品目のはうに注意を向けねばならない、それは削除された品目のうちに容易に輸入を禁止し得ない因縁付きの興味ある品目が隠れて居り、また来るべき第二次禁制のため用意された品目が多いからだ、代用国産品のない絶対的必要品はこの際問題にならないが、今回削除された品目のうちに先ず外人向きの嗜好品が特別扱いされている事実は見逃してならない
食料品の禁制品は数々並んでいるが吾々の味噌、沢庵に匹敵すべきコーヒー、ハム、ソーセーヂ、バター、チーズだけは木戸御免の扱いひを受けている、あの経済統制の高度化したナチ・ドイツ国でさえ在留外人の特殊食物だげは特別に寛大な計らいを加えている、僅かばかりの食料品に不自由させて対外心証を悪化させたり、観光客を追い出したりしては損だというのだろう、これはわが国でも大正十三年チーズに十割の関税をかけて外国居留民団から抗議を喰い遂に撤廃の巳むなきにいたった経験が未だに役人間の挿話に残っている、右の嗜好品のうちコーヒーはブラジルでは日本移民の主要産物であり、ジャワでは日本からの輸出品の見返りになっているだけに将来とも禁制は免れるらしい、だがハム、ソーセーヂ、バター、チーズの類は来るべき高度の禁制品目表のうちにはどうしても仲間入りする運命にあるらしい、だがその場合でも日本人の消費を□廃させるのが主な目標なのだから外人向きには特別の割当制を採用して不自由は感じさせないことにするはずだ
 それから文化的商品は「乙」表には載らない、例えばフランスの名画十万円の代物を輸入するにしてもこの「乙」表は黙っているが実際問題としては大蔵省の為替管理で抑えて入れないことになっている、これにも昭和初頭洋画に十割関税を課して日本人画家が自分で書いた習作まで引懸って文化的素養の少い役人の□一癖を笑われた苦い想出がある、映画フィルムも生のものは国産フィルムの生産力が足らないため今回の禁制は免れたが撮影されたフィルムはちゃんと為替管理で抑えられている、外国映画が恋しくなったらそれは「乙」表を恨まないで為替管理のためと諦めるがよい、何時の世にも文化的芸術的商品は役人の苦手と知るべし
処で愈々問題なのは第二次禁制品だ、何せ第一次禁制品で輸入を締め損なったため第二次では相当徹底した抑圧を加えるはずでその指導精神を代用品工業の奨励に置くことになっている、即ち現状では輸入品と国産代用品と相俟って需要を満しているような品目で、輸入を禁止されれば是が非でも国産代用品工業が拍車をかけられるだろうという性格の物が全面的に槍玉にあがるはずだ、商工省は其処に戦時体制を利用して国産品の生産を徹底的に奨励助長し経済鎖国に備えしめようとの大きな政策を託している、だから第二次禁制品は五十や百に止まりそうもなく、代用品転換のための禁止品目だけで二億円近い見込という、第一次の無難な物ばかりで三千五百万円の節減だったのに対比すれば来るべき第二次禁制こそ本格的な抑圧と称すべく、これが実行に移されればわが国の工業界は意外に広範囲な編成替を受け、他方に禁止商品の輸入商及び関係商工業者は打撃を受ける
活気付くのは代用品を作る工業家だ、早い話が安全剃刀の刃□バレー、ヂレットが幅を利かせて国産品は碌に「愛用」されていないが商工省は出来るならば第二次禁制で、或は遅くも今年一杯には輸入品の一切を禁止する方針を固めている、商工省の役人たちが使って見たら国産品でも殆ど遜色がないからというのだがバレーの内地一手専売権を持った某商会が商工省の推定では年額四十万円以上の売上げをフイにせざるを得まい、またヂレットでも年額二十万円というから案外の所に案外の波紋が及ばうというものだ
また今回の禁制では僅かに特殊高級品しか抑えられなかった「皮」類も第二次禁制では牛皮、水牛皮、馬皮、豚皮等の大衆品が必ず槍玉にあがる運命にある
此外今回除外された大麦、小麦、生肉等の生活必需品も禁制される見込だ、また医療用薬品は内務省衛生局の手で代用品を調べているので今回の禁制には間に合わなかったがこの次は輸入の殆ど全部が禁止される模様だ、その節減額は約五千万円というから一寸大きいがお医者仲間で一律に国産医薬を強制使用されるとなったら果して文句が出ないものか、人命に関する代物だけに厄介だろう、かう数えて来ると枚挙に遑がない、また当局は品目の名前の洩れるのを極度に警戒している、陳情攻めに遭うからだ、吉野商相が語るのに「一つ一つについて業者の言分を聴いていたら一切手がつけられなくなる」というがそれだけに当業者及び国民大衆への影響は深刻であり強権的な暗さを持っている
第二次禁制が実行されて間もなく、国内ストックが消化された曉は、国産代品の生産力は不足なのだから代用品の価格は必然的に騰貴するだろう、そして国民は不自由を忍び、難きを堪えて行かさるを得ないとき、漸く実感をもって参戦の労苦を頒つようになるのだろう


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