新聞記事文庫 移民および植民(22-157)
大阪朝日新聞 1936.5.31(昭和11)


天声人語


引続くバレスチナの騒擾は、とても世界的な大事にはなるまいが、白人国にとって、近東の腫物が吹出たことにはなる▼根底に回敎とユダヤ敎の信仰的な反感あるは勿論として、なおユダヤ人が故国復活をはかるシオニズムに反対するアラブはケラク王国を建設したのだから、民族的な相反を考えねばならぬ▼一九一七年九月二日、有名なバルフォア卿の宣言はバレスチナをユダヤ人の定住地と定め、世界各国において許されているユダヤ人の権利と政治的地位を損ねぬことを約束したのは▼一面、シオニズムに好意を払い、ユダヤ人の資本力を利用せんとしたにすぎぬ、国費多端の折から、彼らに財布の紐を締られては大変だからである▼同時に、先住アラブに対して個人的権利と宗敎生活を妨げぬ約束をしたのだから、実は宣言の当初から矛盾を包容していた、そこへナチ・ドイツの擡頭がある▼羊の如くに逐われたユダヤ人は、隊をなしてバレスチナへ流入した、原則として農耕せず、搾取原理によって資本的支配を企てるこの種族である高率関税を設けてアラブを苦しめたのが導火線と認める▼争われぬのは文化の差等、智恵才覚において、アラブは到底、ユダヤ人の敵手ではない、原始的経済生活者は次第に近代的な経済機構によって圧倒さるべき約束である▼そこへシリアはアランス、バレスチナはイギリスの委任統治と来ている、英仏二国の利害は複雑に絡む▼対伊外交で威力を失墜した今日のイギリスである、アラブの背後にイタリーの手がのびているともいわれ、当面の善処には苦心を要する▼アラブの反抗手段は今のところゲリラ戦術の軌をいでぬが、アジア、アフリカの回敎徒が二億五千万といわれる、メッカにおける汎回敎者会議が神聖戦争を叫んだとすれば、数は力だ、どんな大乱が起らぬと限らず▼英領インド三億三千万人中、六千六百万の回敎徒がある、これも響応は必然と考えられ、有色人の擡頭は、望みをそこにかけさせぬでない▼まこと宗敎が阿片ならば、さような夢の実現がありたい▼「隅々の明さに部屋の夏めける」。


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