新聞記事文庫 財政(27-138)
中外商業新報 1932.8.26(昭和7)


患難累積の非常時国民は試練に堪えよ

高橋蔵相の財政演説


二十五日の衆議院における高橋蔵相の財政演説左の如し
 今回政府に於て計画したる昭和七年度における時局匡救に関する経費は国の負担に属する分、一般会計において一億六千三百余万円、特別会計に於て千三百余万円、計一億七千六百余万円でありましてこの外地方の負担に属する分が八千七百余万円ありますから結局昭和七年度における時局匡救に関する中央及地方の経費総額は二億六千三百余万円となる計算であります、しかして国の負担に属する分は殆んど全部公債により地方負担に属する分につきては主として政府より低利資金を供給しなお事業の種類によりては国庫より利子の補給を為す計画であります時局匡救に関する予算の計上に当っては成るべく各地方に普遍的に国庫支出金の普及すべき事業を撰定するに力を注ぎまた急迫の程度最も甚しき地方に対しては事業費の割当を多額ならしむることに努めました

 次に時局匡救事業の主なるものを説明します、内務省所管における治水港湾道路等の土木事業は国において施行するものと府県及町村において施行するものとありますが府県及町村において施行するものに対しては相当の割合を以て補助を致します、これ等事業費の総額は七千四百余万円でありましてその内、国の負担に属するもの四千八百余万円、地方の負担に属するもの二千五百余万円であります、尚北海道拓殖に関する経費の増加が五百余万円あります

 農林省所管に於ける開墾、用排水幹線改良、林道開設、暗渠排水事業助成等農業土木に関する経費の総額は六千八百余万円でありまして其の内、国の負担に属するもの三千七百余万円、地方の負担に属するもの三千百余万円となります尚農村経済更生施設に関する経費として三百四十万余円を計上致しました

 陸海軍に於ける軍需品の製造、艦船の建造並に修理等は商工業等の振興に資する所大なるものがありますので此等に要する経費とし陸軍省所管に於て千八百五十万円、海軍省所管に於て千八百四十四万円を支出することに致しました、市町村財政の窮迫を緩和する方法として今後三箇年を限り市町村立尋常小学校費臨時補助を支出することとし昭和七年度分として千二百万円を支出することと致しました、右の外船舶改善助成に要する経費金銭債務臨時調停法施行に関する経費等があります

 以上は今回政府において計画したる昭和七年度における時局匡救に関する経費の大体に付て説明したのでありますが右の経費の内一部は予算編成の技術上施行予算の範囲内において支弁し得るものがありますのでこの分は実行予算を増額することとし今回追加予算として議会の協賛を求むる金額は一般会計において歳出総額一億四千六百六十余万円であります、しかして之に対する歳入の追加予算は一億六千三百四十万余円でありまして歳入歳出差引歳入超過額千六百七十余万円は前述の実行予算増額の財源に充つるのであります

 次に特別会計においても時局匡救に関する経費を予算したものがありますがその主なるものは帝国鉄道会計において建設費の繰上七百万円の外朝鮮、台湾、及樺太における各植民地会計において各種土木事業費をそれぞれ三百六十余万円、百六十余万円及六十余万円計上致しました右は大体において本年九月以降七箇月分の経費でありますが政府は前議会における衆議院の決議並に現下世論の趨勢に鑑み今後三年度に亘り徹底的に時局の匡救をなす方針の下に本予算を編成した次第でありまして来年度においては更に相当経費の増加を来すべく従って三年度の経費を通計致しますならばその総額は約六億円に逹する見込であります

 昭和七年度に於て歳出予算の財源たるべき公債の追加額は一般会計の分、道路公債八十余万円歳入補填公債一億六千百九十余万円、計一億六千二百七十余万円、特別会計の分、鉄道公債七百万円朝鮮事業公債三百三十余万円台湾事業公債百六十余万円樺太事業公債六十余万円計千二百六十余万円合計一億七千五百四十余万円でありますが之に従前決定せる本年度公債発行総額六億七百万円を加えますときは昭和七年度における公債発行総額は七億八千二百万円となります、右発行総額中七千七百万円は交付公債であって又新規公債中預金部その他政府部内の引受の金額九千八百万円がありますから両者を差引いた残額は六億七百万円となります、この金額は今日の状況においては一応日本銀行をして之を引受けしむる見込であります。

 次にわが国経済界の窮境を打開し且つ産業の振興を図るための根本手段としては通貨の供給を円滑ならしむることが緊要なることは既にしばしば申述べました通りでありまして、前議会において協賛を得たる日本銀行保証準備の拡張並に制限外発行税の低減に関する法律の如きもこれが対策の一端に外ならなかったのでありますが今回更に郵便貯金の利子を従前に比し一分二厘引下げて三分となし来る十月一日より実施することと致しました、郵便貯金の利子変更の如きは成るべく之を避けたいのでありますが今日の非常時に際し経済界全体の建直しの為には一般金利の低下を図ることが最も緊要なるを以て此の際之を断行し、依て以て大蔵省預金部の貸付利率を低下して資金の融通を受くる各種地方団体の負担軽減を図ると共に農村及び中小商工業者の救済に資し、併せて一般金利の低下を誘導したいと考えるのであります

 金融の円満を期するが為には通貨の供給を容易ならしむると共に金融機関の内部において固定せる資金を流動化してその活動を円滑ならしむることの必要なることは申す迄もない所であります、仍て政府は資金固定の最も顕著なる普通銀行及び貯蓄銀行の不動産貸付を資金化せしむる為め今後三年間に政府低利資金五億円を日本勧業銀行、農工銀行及び北海道拓殖銀行に融通しこれ等の銀行をして一般銀行の所有不動産及び不動産抵当附債権を担保とする貸付またはこれが肩代りを行わしむるの計画を樹てました、而して右の貸付を行うに当っては従前の例に依らず抵当不動産の鑑定価格の金額迄融通を為し得るの途を拓いて融資の徹底を図ると共に将来融資銀行に於て本貸付の為め損失を受くることあるときは政府は之に対し一億円を限り補償を為すこととして融資銀行の地位を保障するの必要があると思います、仍て之が為め必要なる法律案を別途提出することと致しました

 尚お之と関連して政府は現今産業組合の固定せる債権に就ても同様の理由に依り之を資金化するの必要を認め別に政府低利資金一億円を三箇年間内に産業組合中央金庫に融通し、同金庫をして所属産業組合及び同連合会に対して資金の融通を行わしめ之に因り生ずることあるべき損失に対しては政府において三千万円を限り補償を為すこととし、之に関する法律案も亦本議会に提出することと致しました

 政府は預金部資金の性質に鑑み成るべくこれを地方に還元する方針を採って来ましたが現下の情勢に鑑み時局匡救諸対策に対し出来得る限り多額の資金を供給することの必要を認め、農村振興及び農業土木事業資金四千余万円、前述の政府補償不動産金融資金五億円の内昭和七年度分として差当り一億円、産業組合金融疏通資金一億円の内昭和七年度分として差当り二千五百万円中小商工業者等産業資金三千万円其の他各種の資金を併せ総額二億二千六百余万円に及ぶ新規資金の融通を為すことに決定致しました

 農村及中小商工業者の負債整理に関しては近来預金部融通金の元利支払不能を訴うるものが増加するに至りましたが政府においてもこれ等債務者の中到底自力のみに依り更生の途を講ずること困難と認むる者に対しては昭和七年度以降三箇年分に亘る元利支払資金を融通することとし、既にその昭和七年度分として総額六千七百五十万円の資金融通を決定致しました尚この外政府は農村における債務者の負債整理に便宜を供与する為め負債整理組合を設置せしめ整理資金の供給を必要とする場合は府県及び政府協力して之に当ることとし、之と同時に誠実なる債務者を更生せしむる為め一口千円以下の小額債務に就き今後三ヶ年間裁判所に於て調停及び簡易なる裁判を行い得ることと致し両者相俟て負債整理の実を挙げしめ度いと存じます

 以上述べました各般の施設を綜合しますれば、政府の時局匡救予算の三年度間の通計額は前にも述べました通り約六億円でありますが之に政府低利資金の融通により行わるべき地方の時局匡救事業費の三箇年度分を加えますれば中央地方を通じて約八億円に逹する見込であります、更に前に述べました各種の政府の時局匡救資金の今後三箇年間における融通予定総額より地方経費に融通すべき分を除いた額も亦約八億円に上る見込でありますから両者を合算すれば今後三箇年間に使用せらるべき資金の総額は凡そ十六億円に逹する計算になるのであります

 惟うに現下世界の各国に弥漫せる経済不況に善処し更生の活路を発見することに就ては各国何れも苦心を重ねて居るのでありますが一挙にして効果を収むるの妙案は未だ曾て見出されないのでありまして結局各方面に各種の手段を講じて以て不況打開を策するの外ないのであります政府が此度提案せんとする上述の各種施設も前議会に於ける帝国議会の院議並に世論の情勢に鑑み時局対策として最も適当と信じたるものを採択致しました次第であります、然り乍ら今日の時局に善処するには国民が単に政府の施設のみに依頼するが如きことがあっては到底所期の効果を収むることが出来ないのでありまして国民自身自力更生の意気を以て難局打開に邁進するの用意がなくてはならぬのであります、私は国家の内外に患難累積せる刻下の非常時に際してわが国民がその固有の堅忍不抜の精神を発揮してこの世界的試練に堪えられんことを希望して止まぬのであります、終に臨み政府提出の予算案に付ては何卒速に御協賛を与えられんことを希望致します


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