新聞記事文庫 社会事情(8-133)
大阪朝日新聞 1941.9.7(昭和16)


戦う「欧洲の銃後」

日曜特輯


欧洲交戦国銃後の戦い、祖国の興亡をかけて砲火を交えている欧洲交戦国の銃後はいかに?史上未曾有の出征兵を送ったあとの遺家族はいかに保護されているか、日に日にその数を加えて行く傷病兵はいかに取扱われているか、前線の士気に、ひいては勝敗に大きな影響を与える、どんなに前線の兵隊さんが強くとも、どんなに威力のある兵器を山と積んでも、銃後が崩れ出したらすべてはお終いである、国をあげて文字通り刻をあげて銃後も戦う、そこから闊然と"戦勝街道"はひらけるのだ、貴くも散った戦士の老いたる又、幼き子供をいかにして国家は護らんとするか―けさの特輯の焦点を欧洲戦を闘い抜く独ソに向け銃後施設の偽らざる姿をクローズアップして見よう
延期を交渉する、妊婦、産婦に対しては医療費、分娩費の補助も認められている、要するに特権の上に眠ることは許されないが前線の兵士に後顧の憂いを抱かせるような羽目には絶対に陥らしめぬ仕組である
 児童の保護―ナチスは恐しく児童好きである、ヒットラー総統、ゲーリング国家元帥の子供好きなのは有名であるが、もちろんそのためばかりではなく次代をになうものには大きい期待をおくのが第三帝国を高唱するナチスの性格に合致するのだ、前大戦からインフレーション前後に生れた虚弱児童の惨状はいかに物資不足を来そうとも今回の戦争では想像も出来ない、反対にもし戦争ぶとりということがあればそれはドイツの子供であろう、食糧切符で窮屈になった大人の世界をしり目に子供はいまではめったにお目にかかれない牛乳を当歳から三歳まで毎日一リットル、三歳から六歳まで半リットル六歳から十四歳まで四分の一リットルをもらう、果物、チョコレート、飴、蜂蜜など子供にはふんだんに与えられる、そこでつい親が子供の分を失敬する例も多いので、このほど当局から「子供のものは子供へ」という示達が出た
空襲に対する子供の保護はさらに徹底している、大戦勃発と同時に当局は都市の子供を極力地方へうつすよう各家庭に呼びかけた、田舎に身寄りがなければ政府が一定の農家に補助を与え移住させた、その上母親が附添って行けば一日一マルクずつの小遣いを出すという行届いたやり方で、児童の希望に応じて先生の附添いで地方の閑静な海浜、または農村に臨時開設の学校に移した、空襲が下火になってからは生徒、児童もぼつぼつ家庭に帰って来た、空襲も馴れっこになり防空壕へゆくとお菓子やお茶が出るというのでかえって空襲を喜んでいる

ソ連 貴重な資本は人 保護の費用は惜しまぬ

【モスクワで畑中特派員五日発】先週のプラウダイズヴェネチア両紙社説は戦線で傷ついた勇士ならびにその家族の保護につきしばしば論じていたが、これは本問題にソ連政府がいかに多大の注目を払っているかを証明するものとして重視される、ソ連は対独戦に数百万を動員している、しかして対独戦開始二ヶ月目の情報局発表によれば赤軍損害は七十万に上りその内訳は戦死十五万、戦傷四十四万、行方不明十一万となっている、かかる尨大な数は戦死傷者の家族保護が極めて重大なる問題なることを示すものである、事実ソ連政府は戦争勃発後一般兵士および応召将校の家族への救済金給与に関する告示を発表した、それは左のごときものである
 第一―家族中に労働に従事し得るもの一人もなきとき、毎月右労働不能者一名につき百ルーブル、二名につき百五十ルーブル、三名もしくはそれ以上に二百ルーブルが交付される△第二―家族中に労働不能者三名あるいは三名以上を数え労働可能者一名の場合は毎月百五十ルーブル交付される△第三―家族中に十六歳以下の児童二名を数え労働可能なるもの一名あるときは毎月百ルーブル交付される△第四―右の額は都市居住者に対してのみ適用され地方居住者はその半額を交付されるものとす

ドイツ 子供は戦争太り 防空壕にもお菓子の用意

【ベルリンにて茂木特派員四日発】ヒットラー総統がかつて誇示した「有史以来最強の軍隊」というドイツ軍事力現在の威力の原因は種々あげられるが銃後生活の健全さということが大きな役割をなしていることは否定出来ない、例を出征兵士家族の保護と児童の保護についてみよう
 遺家族の保護―対ソ作戦はドイツ国防軍の最上コンディションにおいて開始された、将来再びかくのごとき装備と士気を兼備した一千万に垂んとする動員を行うことは不可能であるといわれる、一千万というからにはドイツの全家族ほとんど漏れなく父なり息子なりを戦線に送っているわけで、したがって出征兵士の家族の保護といっても格別特権的なものとは考えられていない、それは戦前から出来ていた「国防軍ならびに義務労働召集者の遺家族保護令」一本を基礎に大戦勃発と同時に若干の執行令を附加して円滑に実施されているにすぎない「戦争によって利得すべからず」という禁札の半面には「戦争によって飢餓に陥らしめず」という保障がなければならない、そこで一家の支柱をぬかれ生活不能となった遺家族にはまず生活費の補助がある、出征善後の月の月収を標題として補助率が定められているが妻が健康で子供の教育上支障ない限り自ら労働戦線に起たねばならぬことはもちろんで、また一定の親族関係にあるものは「家族補助を国家補助に先行す」の原則にもとづき法律上相互援助の義務があるからそれでもなお生活出来ない家族がはじめて右の生活費補助を受けるのである
また工場や商店などの経営者が召集された場合には出来るだけ企業をつづけさせるために代りの経営者を雇う費用や企業用の借地利用なども補助される、それでも商店街には「召集のため一時閉店」という貼り札をよく見受ける、また店内には商品の数がマバラであっても格別困った様子も見えない、はじめて見たものは一体何で生活しているのだろうかと一寸不思議に思われるが、右の生活費補助という最後の保障線でその落着きの底がわかるのである、家族にはまた衣服、家具など日用品に対する月賦支払に困った場合は軍当局が支払延期方を交渉しそれが出来ぬ場合には代って支払うこともある、結婚奨励費の返済も延期が認められ社会保険料は補助、普通の生命保険料は役所が納入額を交付されるものとす
毎月百ルーブルや二百ルーブルでは一人割の生活が立つはずはないがともかくこれで最低限度は保障されるわけだ、それに病人や老人は養老院に入るという方法もある、この規則は軍隊に召集中のものの家族に適用されるので戦死、戦傷、行方不明の場合家族は扶助料が決定するまで問題の交付金をうける、しかしこれに関する規則はまだ公表されていない、将校の家族は俸給のほか特別の手当はうけないが戦死、戦傷、行方不明のときには扶助料が交付される、このほかに政府は将兵家族に対しあらゆる手段で温いてを差伸べていることはもちろんで当局は将兵家族中労働可能なものに職を提供すべく特別の考慮を払いつつある
 ブラウダ紙によれば「社会保険局モスクワ支部の斡旋ですでに四百名以上の主婦が仕事を得た、さらに託児所は新に数千名の児童の収容を引受け各所に無料牛乳配給所が設立された」という、ソ連政府はまた傷病兵にもあたたかい保証を加え「ソ連では人はもっとも貴重な資本である」といいイズヴェスチア紙社説は「国家も政府も国民も傷病兵保護の費用と努力を惜しまない、ソ連は一流の病院とサナトリウムをもっている、これらはすべて傷病兵看護のために用いられるのだ」といっている
スターリン首相は去る二十三日命令を発し戦線から多数の将兵を勇敢に運搬せる衛生兵に対しレーニン章を授与する旨発表した

戦争の孤児国が育て親 良家へあずけ優しく養育

【ロンドンにて福井特派員七日発】日本の子供が夏休みを終っていそいそと登校する今日このごろロンドンの子供たちの旅姿がめっきり殖えた、空襲の季節がいよいよ近づいたのである、円い学生帽を被りガスマスクを下げた少年、避暑地にでもゆくようにはしゃいでいる子供たち、空に浮ぶ防空気球をベソかきながら眺めている少女、売店のかげで避難先へついてからの行儀作法の注意を母親にきいている子供もある、衰色一段とふかまったロンドン最近の姿を「戦争と教育」「爆撃と少国民」の問題を中心に描こう―

大戦は三年目を迎えたが昨年九月以来本年七月に至るイギリス市民の爆撃による死者は四万一千六百、負傷者五万一千四百、合計九万三千(うち子供の死傷は八千四百)という数字は何よりも雄弁に非戦闘員に対する近代戦の惨禍を物語っているものといえよう
 この惨禍を最小限度に食止めるため一般市民でも十八歳から六十歳までの男子は半強制的に、女子は自発的に都市の防空強化に徴用されているが、かよわい婦人や子供を護るため政府が実行しているのは地方へ出来るだけ避難せしめるにある、豊かな家庭は戦争と同時に田舎の別荘やホテル、地方家庭の部屋を借切って女子供を避難させたが、そうはいかぬ家庭に対しては大都市の市当局が各地方と連絡をとり学齢児童は学校単位に、学齢未満の子供をもつ母親については団体的にそれぞれ地方行を斡旋、市の世話になる空襲避難者が地方につくと避難地では避難者係が受取って予め申出されている地方の学校や所要建築や各家庭に割当てて送りこむという段取りである
戦時小学児童の保護育成については戦前から野外テントに収容する案が提唱されていたが、開戦当初わずかに三十が開設されていたに止っていた、したがって大戦と同時に取敢えず地方家庭に分宿せしめ地方小学校を借りて教育を続けることになり、教師のほかに看護婦を配置して病気に備えたが大体、子供三百人に対し二十人ぐらいの割で子供について来ている母親達が助手として子供の世話を焼いたり、学校での共同炊事に栄養料理の手伝いに当っている
 しかし根本問題として子供は親の傍にいたがるし両親は子供を手放したがらないので市当局の懸命の努力にも拘らず思うように行かないようで子供たちは潮の干満のように行ったり帰ったりで、大戦開始当時ロンドン市内にいた二十五万一千の小学児童がこの八月になお十六万二千人も残っている
ロンドン市内残存の母親や子供の保護について最近では家屋倒壊による圧死を防ぐため家屋内に備えつける家庭用避難具が案出されるまで動物園の檻に人間が入るようなものが配給され出したが一番安全な防空壕は何といっても地下鉄で現在の収容力は二十五万人といわれる、昨年冬までの地下鉄はほとんど何らの衛生設備もなくコンクリートの上で毛布にくるまって眠る子供達の健康が案ぜられていたが、最近は簡易ベッドも充実し便所、簡易食堂も整い看護婦、医師の配置もその緒についた、目下建設を急いでいる地下防空避難所が十一月完成すれば十ヶ所でさら七万五千の収容力が増すわけであるが何しろ大ロンドンの人口は八百六十五万人だしロンドン市だけでも四百万人であるからその収容力は一割にも足りない
 この戦争被害に対し政府がとっている処置は財産被害については国営保険、人命被害に関して負傷者に対する無料治療、生活費補助、年金給与、死亡者に対しては無料埋葬、葬儀費給与である、財産の被害についてはいまだ議会は通過しないが国営の強制保険で爆撃被害を補填することになっている、人命被害については今年四月十日から実施された市民負傷者保護規程でイギリス国民たると否とを問わず、また防空事務に従事しているものであると否とを問わず、十五歳以下の学齢児童を除いて一般市民は国家の救恤を受けることになっている
爆撃では一家もろとも爆死する場合が多く、従って孤児が出来る場合も少くないがこの可哀そうな戦争の孤児に対しては政府も痛く同情した結果従来のごとき孤児院には収容せず、七月十六日ウォマースリー恩給大臣は戦争の孤児をもって「国家の子供」となす旨を言明、国家の責任をもって善良な家庭にあずけ、やさしい家庭の雰囲気のうちに生長せしめ国家の費用で学校教育を施すことになった


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