新聞記事文庫 生活費問題(4-012)
東京日日新聞 1936.5.5-1936.5.15(昭和11)


准戦時下の各国生活戦線


(1)

ドイツ 産めよ殖せよ国家に捧ぐ「第三児」 細々ながら貧苦克服

ナチス革命前のあらゆる労働組合や企業化組合を打って一丸とした独得の生産組織「労働戦線」の機関紙「アングリフ」が今年の二月「第三児を恐れる理由如何?」という面白い懸賞募集をやった
その前月の一月三十日ヒットラー総統が議会における演説で「第三国家に子供を齎した数百万の母たちに感謝する」といったことをきっかけに、われわれは国家のために、総統のために、子どもを産まなけりゃならぬが、遺憾ながら二人までは産んでも三人は嫌だという輩が多い、三人目を忌避するのはどういうわけだ?
これをめいめい告白して答案を出す、出来のいいのに百マルクの賞を与えるというのだった、六百八十名の回答があった中でその賞を得たのは二十四人の孫と、六人の曾孫をもつという七十七歳の婆さんで、六人の息子と三人の娘を育てあげたお蔭で後生まことに安楽に暮しているという多産礼讚の一文であったが、これよりも面白いのはこの答案の中にいまのドイツの労働者の家計を正直に物語っているものがることである
その一 これは数年前から許婚の女があるが、この収入でどうして結婚することができよう、まして第三児はおろか、第一児のことでも考えられようかと嘆じている男である(以下単位マルク)

月収 一八〇
支出
税金、健康保険その他公費 四〇
家賃 四五
電灯、ガス、燃料 一五
生命保険 一〇
交通費、小遣銭 二〇
計 一三〇

その二 これは週給三十五マルクの労働者で同じく許婚があって、二年後に結婚する予定だというので家を持ったときの算盤を二人で弾いている

月収(週給を換算) 一五七
支出
家賃 三八
食費 七二
燃料、電灯 八
衣服費 五
ラヂオ聴取料 二
娯楽費 一二・五〇
計 一三七・五〇

そこで月々約二十マルク残るわけだから年に二百四十マルク、二年目には子供が産れるとして、これには月々十マルクをあてる二人目からは五マルクずつをあてる勘定にして三人は結構育てられるし、また育てようと思うという回答
その三 月給二百九十マルクの商店員、四歳と一歳の子供を持っている夫婦者

月収 二九〇
支出
食費 一二〇
交通費 九
家賃 三五
ガス、電灯 一〇
暖房費 一二
保険、税金 三八
水道 三
貯金 八
ラヂオ 二
生命保険 二三
計 二六〇

この家庭では小遣銭、娯楽費として月々三十マルクのこる、もう一人子供は欲しいと思うが、この家計では無理だ、しかし今日の国家のことを思えば暮し向きの苦しさぐらい忍ばねばならぬというのがこのサラリー・マンの言草である
さて、これらの二、三の実例によってもわかるように元来出産率の低下そのものには自由主義、個人主義に根ざした色々の原因があるにしても、生活難が一つの有力な理由をなしていることは争えない従って「二児制」という言葉まであった共和制時代とはうって変ってナチスが産めよ殖えよの宣伝をやったところで、食うに食えない連中が多ければ俄に出産率が殖えるはずもないのであるが、ドイツ統計局の発表によるとナチス政権掌握の一九三三年から年々結婚率も出産率も漸次殖えて来ているのである
即ち一九三三年が九十七万、三四年が百二十万、三五年が百二十六万、正式結婚の数もこれに相応して増している、この数字の上昇は一九三二年まで六百万あった失業者が三六年には百万余に減ったということと思い合される
こうしてヴェルサイユ条約の桎梏をかなぐりすてて再軍備充実に急速な歩みをつづけているナチスドイツの民衆の生活は細々ながら一応安定し、少しでもゆとりがあれば「第三児」も喜んで総統の前に差しあげようというところまでは来ている(この項続く)

ドイツ 「再建」への合言葉 "物を腐らすな!"

[図表あり 省略]

ナチス・ドイツも一歩立入って見ると、日本などでは想像も出来ぬ苦しさや窮屈さが発見出来るのである、いうまでもなくそれは四ヶ年計画委員長ゲーリング航空相のいい草でないが「大砲をつくるためにバターを節約しなければならぬ」戦時体制下のいわゆるデヴィーゼン(外国為替)の問題である
元来ドイツは尭角の地だ、生活上なくてならぬ肉類、バター、卵などいずれも輸入で補充しなければ需要に足らぬ、輸入となるとデヴィーゼンに厳重な管理が行われ、軍需品の方へその大部分が廻されているから自然いつも二、三割方は不足ということになる、殊に季節によってこの不足が一層甚だしくなる、一番必要なバターなどは昨年の暮から各戸について頭数を調べ、この家は一日に何ポンドという風に厳重に分量がきめられた、家々でちゃんと買入れる店に登録してあってそれ以上売れば店が罰金に処される、しかも品質は決してよくない、果物などはほとんど全部輸入されるのだから貧弱なことお話にならぬ
この一月ベルリンで開かれた農業博覧会では「植民地」を奪われたドイツは是か非でも人力を尽して国内の生産増大をはかり原料、食糧の輸入を防遏しなければならぬことが平易に説明してあった
例えば左側に枝もたわわに果物の実った植民地がのぞいている右側にも食糧の山があるがデヴィーゼンの厳重な垣で遮られている、路は一筋、自給自足の方角に向うほかないことが大きな絵に示されてある、ドイツの国土を大きなパノラマで現わした周囲に兵隊の垣が連って国防の必要不可欠が説明され、国民は軍備の充実のために衣食の不自由を忍ぶべきことも説き現わしてあった、一九二九年から三二年まで食糧品のため三十億マルクのデヴィーゼンが流れ出たがナチス制覇後の一九三三年から三六年までにこれが一挙百三十万に押し下げられたという、ドイツでは一日一人平均九十グラムのフェットが消費されているしかし実は栄養の上からは六十五グラムで十分だという風な説明、肉と魚肉、野菜との栄養の比較などが一杯に図解されていた「肉が足りなければ魚肉を食えばいい、季節的に足りないものを殊更にほしがることを罪悪と思え」とゲーリング航空相は訓えた、果物の皮、パンのかけら、馬鈴薯の屑、およそあらゆる余り物は各戸に集めて豚の飼育にあてる「物を腐らすナ!」という声が常に主婦の耳を打つ、統制経済をさらに四ヶ年徹底的に国民一致の下に遂行して祖国を経済的に独立させようというヒットラー総統の叫びが、こうして台所の隅々にまで透徹しなければならぬのだ

物資の欠乏は自由主義経済の世界では当然物価の騰貴を来すのだがこの国では輸入制限の一面当然厳重に物価管理が行われている、ナチスの経済眼は個人が利を追うのでなくて国民全体の生活に奉仕するという建前だから私欲から物価を吊上げたりするものは厳罰に処される、物価監察官という役人が出来ていて食糧でも何でも一定の物価をきめるとこれは厳然と守られねばならぬ仕組みになっている、従ってこの点民衆は生活は楽でなくても、悪い商人にいじめられる憂いはない、もう一つは政府の度々の声明によって、かつてドイツ人にとって生地獄であったインフレーションの懼れが漸く地を払ったことだ、統計局の発表によっても銀行貯金が一九三三年来年々上昇し、本年二月現在で百四十五億に達しているのを見てもそれがわかる

要するに民衆の生活の立場から見るとナチスの強力政治はともかくも危うかったドイツを根本的に建て直して次第々々に安固な基礎を築きつつあるということは認められる、もう四年たったら……もう四年……腹八分で我慢してその目標に向って徐々に歩んでいるのがいまのドイツ民衆の姿だ、四ヶ年計画、というよりももっと根本に溯ってナチスの国策そのものが来るべき大戦に備えるための軍事体制のみから出発しているとしても、それは支配者の野望から出たものでなくして、国民全体の復興に向ってヒットラー総統が不可避の方角を与えたと見ることが出来る、兵役義務の延長はまだしも、労働奉仕団制度による子女の徴収、さらにこの四月一日から実施されたヒットラー青年団制度の義務化等々青少年少女に対する全体主義国是の遂行は自由主義、個人尊重の立場から見ればそこに慊らないものがあるのであるが、多くの民衆は与えられたドイツ再建の指標に向っていそいそと歩んでゆくのである【凸版は「物を腐らすな」のポスター】

ソ連 "軍人万能時代" 広範囲にわたる特典 国民に敵愾心を涵養 本社モスクワ特派員 森正蔵

[写真あり 省略]

准戦時時代のソ連の社会相として見のがすことの出来ないのは、新しく貧富の差別を画する一線が生じたことである、それは軍需産業部門が優秀な技術家や熟練労働者を好条件によって、どんどん採用する結果である、今まででも技師、芸術家等の有能者が普通労働者の数倍、数十倍の収入を得て、比較的高度な私生活を許されていたが、今度は多くの軍需産業従業員が、この少数富裕階級に送り込まれたわけである、それにも増して注目すべきものはこれほど兵員を増加し、軍備を強化したうえに、さらに巨額の国費を割いて赤軍将兵各個に対する給養を良くし軍人やその家族に各種の特典を与えて、これを優遇した結果、軍人はいまや物質的にも社会の優位に立つことになった
ソ連新憲法の第百三十二条はソ連の国民皆兵主義を規定したうえに「ソ連赤軍の兵役に服することはソ連民の名誉ある義務なり」といっているごとく、精神的にはこの名誉を目覚させることに努める一方、物質的には次のような特典のかずかずが与えられている、現役中といえども赤軍将兵が選挙権、被選挙権を持つことは憲法で定められていて、軍人が政治に参画することは、この国においては余りにも常識的のことであるが、連邦議会を傍聴にゆくわれわれ外国新聞記者は、議員席に軍服姿の多いことを、婦人議員の多いことと併せて一驚するのである、赤軍兵家族の生活を保証する国庫支給金制度は一昨年八月に廃止せられたが、翌年草々には赤軍の給料を七十五パーセント増加し、同年度中には五万室に近い軍人住宅が建設された、さらにその後遂次法律として公布された一般的特典の主なるものは、入営者は入営前五日間の休養とその期間の給料および別に半ヶ月分の給料を手当として所属工場もしくは機関から支給される、入営適齢年度にある労務者を解雇してはならない、労務者が軍事学校に入学した場合にはその所属機関もしくは工場は一ヶ月分の給料を手当として支給する、軍人の家族は就職の優先権を持つ
入営後九ヶ月以内に妻が分娩した場合は社会保険より一時金を給し、出産後九ヶ月間に亘って嬰児に対する扶助料を与える、入営後一ヶ月以内に家族が死亡した場合には社会保険から葬儀費を支給する、士官の妻は就職地の選択権を持つ、士官は所得税を免除される、一般軍人およびその家族は印紙税、旅券登録税、建築税、車馬税、家畜税を免除される、現役軍人は入営によって家屋居住の権利を喪失しない、軍人の支払う家賃は特定率を制定して安くする、除隊兵には高級学校入学の優先権を与える、軍人の家族はあらゆる診察治療を無料で受けられる、書信、小包料金の減免、乗船乗車賃金および貨物運賃の減免などすこぶる多種類広範囲に亘るものである

かつてのソ連ではどんな僻地に行っても、寺院のきらびやかな建築がまず目についたものであるが今日では巨大な兵営がそれに代っている、シベリア通過の外人旅客の誰しもが深く印象することは襤褸の群衆にまじって、飛びはなれて立派な軍人たちの服装である、かくのごとくして、装備は著々ととのい兵力は増し、軍需工業関係者や軍人の生活を引上げて、第一線の戦争準備は捗どって行くけれども、これに伴っては戦争に対する国民の心構えを徹底的に強くしておく必要がある、この方面の任務遂行に先導的役割を承っているのが国防航空化学協会であって、ここではあらゆる部門にわたる軍事要員の養成を行うほかに一般国民への軍事知識の普及、国民参戦の実際的予備訓練に当っているがこれをもってしても足りないというので今日では文学、演劇、映画までも動員して国民を戦争に向って結束させようと努めている
最近「極東に」と題する抗日戦争作品が出て、これこそ現在のソ連が要求する文学だと持てはやされて以来、有名無名の作家は戦争文学を措いてほかにこの時代において文名を揚げ得るものはないとばかりに、国防文学会議の決定したプログラムに従って制作を競っているし、映画ではすでに幾本かの戦争フィルムが作られて、ある時はソ連領に侵入したドイツ機が赤軍のために撃落されて、逆卍字をしるした機翼が焼けうせるという光景や、ある時は外蒙国境で日満軍が暴虐の限りをつくすというような場面を上映している、かようにしてソ連の民衆は戦いを迎うるに先だって敵愾心の涵養を強いられているのである

米国 戦争の脅威及ばぬ天恵の別天地 但し高物価の悩は同じ 本社紐育支局長 栗山長次郎

戦雲急な欧洲からは三千マイルの大西洋によって隔離され、列強の利害錯綜する東亜からは四千マイルの太平洋によってへだたり、しかも豊穣無比な米大陸の胴中を占めて、無限の天然資源を満喫する合衆国であって見れば、戦争前奏のピッチが一触即発の危局に押しやられた昨今でも、それ故の生活戦線異状が目立つ程には至っていない
なる程、物価は騰っている、山間僻地に放棄された屑鉄までが市場に向って動員されている、石油国策の再検討が叫ばれ出した、造船所のリベッティングが夜空にカン高く鳴り響く、だが物価の吊上げは四年来ルーズヴェルトの力瘤を入れて来た景気回復策の現われであり、鉄も石油も他国が血眼になって買い上げに来るから活況を示した迄のこと、造船所の軍艦建造も不振の重工業を潤し、失業者に職を与うる一助として必ずしも厄介視されてはいない
他国民の神経を逆撫ぜする戦争風が東西の両海岸でスッカリ去勢され、この国では景気を呼ぶ順風にさえなってしまうのだから世は様様である、一国経済に現れる軍拡跛行景気が、国際経済の舞台にあっては米国の如き軍需品の問屋を景気の波にのせるのだと見てもよい、右手に戦争不介入の旗印、左手に現金引換えの中立法、これで、非常時を泳ごうとするのが米国なのであり、名と利とをチャンポンにした甘い芝居が打てるのも天恵の米国なればこそである

米国の軍事予算十億ドルは中央政府の経常臨時総支出を合した十分の一にも当らない、従って税金の高率を難じ、インフレの危険を戒める大小論客にしてからが、軍事予算を俎上に載せた財政批判をした所で大向うを引摺る極め所を掴んだことにはならないのである、勿論平和論者は軍事予算と総予算の比率などは超越して軍備への支出に反対するけれども、これを一般国民の声と思ったら見当が違う議会での軍事費削減演説もあるにはあるが、一種の売名演説だくらいに片付けられるのが常だ、であるから、軍事費の国民に及ぼす心理的圧迫さえが稀薄であって世界を挙げての軍拡ニュースなど他人ごと扱いにされている、しからば、何が最も国民生活を圧迫しているかというに、それは一千万人に近い失業者を救済するがための国庫及び各州の尨大な支出である、この方面に注ぎ込まれる金額は大口で四十八億ドル、小口で十五億ドルといった法外なもので、軍事費などを凌駕すること数倍、高率課税も、インフレも、主としてこの財源捻出の結果とされている、だから、米国の禍根は外にあるのではなく内にあるので、外敵を恐れるよりも内政を危ぶむことに集注されている訳だ最近の物価昂騰は現政府の物価吊上げ策の薬が効き過ぎたばかりでなく、失業救済に伴うインフレに基くところが多いのだが、昨年の同期に比してさえ二割余上昇した物価が勤労階級を圧迫せぬ筈はなく、原因は異なるにせよ、物価高に脅かされる生活戦線に若干の異状あることはいなめない、労働省の調査によると、生活必需品を対象とする消費者の購買組合が何千という数に激増した由だ、普通の方法によっていたのでは勝手元の収支が合わないからの購買組合で労働総同盟のグリーン会長の如きは物価昂騰の労働者生活を圧迫する数字を示し、生活費指数は一九二九年より十七パーセント半低いのにもかかわらず、物価は好況時代の水準に近いといって、勤労階級生活擁護の警鐘を打ち鳴らしている、天の配在とでもいう訳か米国には米国の悩みがある

支那 全国を貫流する新生活運動 封建社会制度・今や瀕死 南京本社特派員 志村冬雄

蒋介石氏がいるといないとでは南京都市計画に狂いが生ずると、さる国民政府の官吏が窓越しに道路工事に忙しい工夫の姿を眺めながらつぶやいた、蒋介石氏が南京に帰ると道路工夫の鶴嘴の尖にまで力の入れようが違うというのだ、恐らくこの官吏を初め国民政府全体の役人の能率も工夫同様蒋氏のいるといないとでは大いに違うことだろう、全くこの国における蒋介石氏の偉大さはヒットラーやムッソリーニに比しても遜色はない殊にドイツやイタリーと違って近代的組織なく理想なき支那国民をともかくも、ここまで導き自覚と自信と将来への光明を与えた蒋氏の力はヒットラーの獅子吼やムッソリーニの大ローマ帝国建設の野望ほど派手ではないが、その国家復興への情熱の点においてまさるとも劣るものではない、最近四五年間に組織なき国家から統一ある国家へと急テンポの飛躍をなした支那の姿は、すべて蒋氏の底知れぬ力に負うものだが、それだけに蒋氏の一挙手一投足は支那の国民生活に大きな波紋を投じている、殊に蒋氏が支那民族復興のためにはその根本に溯って国民の日常生活の改善を絶対必要とするとの結論を得て一九三四年の春提唱した新生活運動こそ五千年の歴史を誇る支那国民生活の上に大革命をもたらした、新生活運動とはいうまでもなく社会の秩序、清潔、簡素、節倹を旨とし更に道義を重んぜねばならぬというのだがこれほど範囲の広いものはない、秩序といっても道の左側を歩むのもそうだし、上官の命に服するのも秩序であり、社会組織を乱すのも政府の命令に叛くのもすべて秩序を乱すものの中に入るのだ、だがこの独裁将軍蒋御大の御宣託に背くことなど今の支那にはあり得ないことは冒頭説明した通りである
しかも蒋氏がこの新生活運動を提唱した動機が前述の如くであるために、また一説には愛妻宋美齢女史の発案になるといわれているだけに、栄華を誇っていた支那のあらゆる歓楽境は一時に火が消えたように寂れてしまった、支那社会制度の特長であった一夫多妻の美風?も今ははかなくも二重結婚の罪名のもとに厳禁されたし、支那文学史に馴染み深い秦匯に画舫を浮べて歌妓とともに四季を楽しむといったような風流などはきつい法度で「秦匯に歌女あらず革命の都」などと若い軍官学校生徒達が青春にまといつく未練をやぼな流行歌によって振り切っているし、支那人の本性であるといわれる賭博さえその影をひそめている、道路を歩きながら煙草を喫むことなどすら南京は勿論南支那では租界を除くほかはどこでも許されていない新生活運動発祥の地南昌においては外国人のオーバーのボタンがはずれていてさえ辻の巡警にとがめられる始末だ、支那美人につきものだった纏足が天足に変ったのはもう古い話で、鴉片の吸飲は死刑に処せられ毎年数百人の命がはかなく消えて行く
これが一般民衆に強制されているのだから、その上に立つ官吏の服務規定の厳格さは日本の官吏などの想像を許さぬものがある、昔は清吏も三年すれば巨万の産をなすといわれた支那だが、この頃の国民政府の官吏などの待遇は日本より恵まれていない上に、やれ国家献金の、災民救済のと一割二割と月給を天引される惨めさだ、その結果は家庭生活の負担となり、必然的に大家族主義の崩壊となる、五千年来の支那封建社会制は今や瀕死の重体に喘いでいるのだ、然らば提唱者たる蒋介石の生活はどうか、さすがに身をもって範を垂れている、蒋氏は日常、酒も煙草も飲まないのみか、茶の代りに白湯を用いているだから国民政府の各機関は、外交部を除くほかは茶を用いず、来客にもすべて白湯を供する、南京、上海間列車では白湯を売っている初代駐支大使だった有吉明氏は一刻も酒なしでは過ごせぬ有名な酒ずきであったため、蒋介石の招宴の前には必ず一杯きこしめして出かけたそうであるが、白湯の饗応にはさすがに興ざめて冬などあの鶴のように痩せた体を胴震いさせていたとは有名な話である、新生活運動三周年は丁度この三中全会開催中に当ったので、国民政府では励必社で記念式を行った後国民党部で祝賀宴を催したが、文字通り一椀一汁しかも飯は飯櫃から各自手盛といった始末に各委員とも勝手が違って全く箸もつかぬほどだったが、冷かに見る蒋氏の顔色を窺いつつぱくついたなどは、国民生活の激変に比べればむしろ愛嬌の部に属すべきだろう、かくて国民の消費生活をつめた蒋介石はその余力をあげて経済建設と国防の充実に心血を注いているが、果して国民生活の安定をもたらすかどうか、なるほど新生活運動は支那の国民生活を一新させたが、その半面にはかなりの無理がある、殊に最近の増税と公債発行の噂には政府怨磋の声も巷に起っている、新生活運動と国民生活とがどんな連繋をもって進んで行くかは支那の今後を卜するものとして注目される

イタリー 裏庭という裏庭は古鉄探しで掘返し 羅馬帝国再建の犠牲 国民、無言の不満 ローマ本社特派員発

絶対に中立的で利害関係のない外国専門家によって苦心の末作成した報告書によるとイタリーの生活費は一九三五年十一月三日ムッソリーニが黒シャツ師団にエチオピア遠征を命令して以来というもの全国を通じて六九・八パーセントの増加を示している、この増加は大部分はリラ貨の四割切下によるもので、また国際連盟の対伊経済制裁とムッソリーニの強引な経済自給主義によるものである、パーセンテージはすべてイタリーの各大都市における独立的研究を中央で統計学者がまとめ上げた結果である、比較の基礎は一九三五年十一月二日(伊エ戦争開始の前日)の公定価格及び一九三七年三月一日の公定価格である、家庭用織物の値段の騰貴は(この期間に一五五・八パーセントに跳上った)主として全指数の急激な上向傾向のためである、生活費指数の中に数えられる他の物品は一〇パーセント乃至二〇パーセントの上昇を示した
この期間内の増加率の類例をあげれば

平均肉価…二七・六パーセント高
他の食料品…一二・九パーセント高
燃料品…一六・〇パーセント高
野菜類…一〇・五パーセント高
家庭用織物…一五五・八パーセント高
一般生活費指数…六九・八パーセント高

しかしながら国民の主食物たるスペゲチャパン、コーヒー等の公定価格が余り騰らず或は全然あがらなかったことは政府の非常な手柄として感謝されている、だが衣類原料品については同じことはいえない、一九三五年十一月二日と一九四七年三月一日の公定価格は次の通り

[図表あり 省略]

スペゲチとパンと葡萄酒とチーズとを常食にしているイタリー労働者達よりも生活標準が上にある階級の人々ははげしい転落の危機を感じている、労働階級は少々の物価高を感じても中流や上流階級ほど強く感じない
伊エ戦争開始と共にはじまった物価高の傾向を相殺すべくイタリー政府は六百万の労働者の賃銀約一〇パーセント値上を命令した、賃銀値上はリラ貨の平貨切下前に実行され切下後も政府は物価引下のため出来るだけの力を尽している、スペヂチやパンの値段の調節には成功したものの、他の物では需要供給の厳格な法則によって政府の努力も水泡に帰した、多くの物資を輸入に抑がねばならず、それに対し切下げたリラ貨をもって支払わねばならぬイタリーでは多くの物の価格を容易に人工的に引下げておくことは出来ない、実際かかる状態のため現在物価は切下以前よりも三〇乃至四〇パーセント方騰貴してる
この数字を見てイタリー国民はムッソリーニの企図するローマ帝国建設のためにかれ等が献げる新な犠牲に対して抗議を申立て或は不満を漏らしていると思うかも知れない、しかし事実はファッシズム治下の十五年間はイタリー国民に訓練を与えている、国民の大部分はかれ等がイタリーの新な偉大性に対する代価の高きに慓然としてはいるが、かれ等は少くとも公然とは不平をいわない、しかし新たな重荷がかれ等の肩にかかったことに対して相当の無言の不満を抱いていることは確かである、伊エ戦争以来というものイタリーの軍拡計画のために国民が払う税金は次第に増加し、生活費の増加とともに国民生活を非常に困難に陥れている
ムッソリーニ首相が編成した一九三七年、八年度の国防予算は二億七千六百六十五万ドルでこれは前年度に比し、約三千六百三十八万ドルの増加である、新予算はムッソリーニが国際情勢上、必要と考え時々非常事態に備えて作る特別支出を含んでいない、いまやイタリーは国民のあらゆる神経を張切らせる巨大な再軍備の真最中である、軍需品製造に必要なため市民の多くの原料品を奪われている、武器製造所や軍需品工場は一日二十四時間のスケジュールで働きつづけている、ここは他の工業界で義務とする一週四十時間制などは字ることを要求されないのである、イタリーでは目下原料品、なかんずく鉄とゴムが飢饉で信用すべき報告によると軍拡プログラムの一部はとてもスケジュール通りには行くまいとのことである、イタリーは必要な原料品を得るためには金貨を支払わねばならず、イタリーの金準備は莫大な購入をなすほど沢山はない、スペイン内乱を契機とする国際的危局によってムッソリーニは国民に今後とも犠牲を払って国防力を充実し万一に備えなければならないと警告している
イタリーの科学者達は石油、ゴム、セルローズ、木綿等の代用品を発見してイタリーが外国市場に頼らないでもよくなるように懸命の努力をしている、イタリーの代用品製造は相当あって、自動車のガソリンなどもアルコールと混合して使っている、イタリーの織物も次第々々に合成的になって来た、屑鉄やボロ紙も幾度も幾度も精製し直されて使用される、イタリー中の裏庭という裏庭は武器を作るための古鉄を発見するため掘りかえされているほどである、全国民は実際永久的な戦争の準備を続けているといっても過言ではない、今春から十一歳から六十歳までのあらゆるイタリー人は義務として「体位向上と軍事的準備」という書物を所持することになり、彼等は各々自分の肉体的変化と軍事的経験、訓練の状況をその中に書入れることになった、最近建築されるビルデングはすべて防毒及び耐空襲の設備を作る義務があるなど、恐ろしい次期戦争の予感がイタリー人の家庭生活に覆いかぶさっている、古い建物も出来るだけ住民の避難所を増設している、イタリー少年の軍事教練は次第に強化され、殆んどどんな理由があっても軍教を断ることが許されない、すでに数年間も兵役に服した中年者も近頃では時々再教育や、新式教練に引っぱり出されることを避けることが難しくなった
大抵のイタリー人はこの軍備と新しい財政的重荷を相当の懸念をもって見ている

仏国 物価昂騰に悩む 大衆スポーツは発展

フランスにレオン・ブルムの人民戦線内閣が組織されて以来まさに一周年を迎えようとしている、有名な短命内閣のこの国としては記録的な長命をつづけている
フランス資本階級の心胆を寒からしめた半革命的大罷業騒動の洗礼を受けてブルム内閣が生れ出づるとともに、四十時間労働週制、バンク・ド・フランスの大改革、フラン貨平価再切下、その他人民戦線のプログラムに従って各種の社会的、経済的新政策の矢継早な実行が見られ、米国のルーズヴェルト大統領やベルギーのゼーランド首相等の先例に做ったフランス版ニューディールの急激な新展開が国際的にも異常な注目をひいたのであった、その結果としてフランスの経済の一面的回復の事実があったことは確に否定できない、即ち失業者の激減、鉄道収入の増加、生産指数の増大等の現象が見られたのである
しかし、他の一方においては物価の高騰が政府の「購買力補給」策の努力を追抜き、国際貿易も非常な入超を示すにいたり、また国外逃避乃至国内退蔵の金も予定通りフランス銀行の金庫に還流しないというような難局が生じてきてもいるのである、更に左翼政権の平和主義的立場に対しては甚だ皮肉な現象だが、欧洲の国際空気の険悪化を反映して国防補強計画のために大支出を余儀なくされており、さる三月の大国防公債費出を一転機として、ブルム内閣はその革新諸政策の遂行についてラ・ポーズ(休止)を宣することとなり、当面の社会的、経済的不安の緩和をはかっている
さて一般フランス国民の日常生活の上に最も切実な影響を及ぼしているものはまず第一に物価の高騰である、フランスにおける物価昂騰の趨勢は、世界的高物価の一般的傾向を反映し、ブルム内閣成立前においてすでに農業立法および凶作に基く農産物の値上り等の一部の原因も加わり、著しい上昇を示していたが、ブルム内閣の新社会・労働立法ならびに賃銀の増加、更にフラン貨の平価三割方切下等により、一九一四年の小売物価平均を基準一〇〇として、一九三五年には四四〇、翌三六年には四八〇、本年三月には五六七とはねあがっているのである、労働者は賃銀の引上によって折角獲得した追加購買力を殆ど全部喪失するに至り、官公吏も減俸を取止められたが減俸時代以上に難渋しているその他固定収入生活者である中産階級は斉しく高物価のために甚大な打撃を蒙っているのである
パリではこの夏から万国博覧会が盛大に開かれ、大いに外客のポケットを狙っている次第だが、今やフランスは欧洲の最高物価国となっており、その皮算用を狂わせなければ仕合せであろう、試みに日用商品類の小売物価をフランスを基準一〇〇として各国と比較してみよう
砂糖は英国四八、ベルギー四三、スイス七三等、牛酪は英七八、白六六、和八六、鶏卵は英七三、白三六、瑞九一、牛肉は英七四、白三四、和四九
ただ家賃だけはフランスが最低であるが、その代り電灯代、ガス代はフランスの方が諸国よりずっと高い
ワイシャツなども英九〇、白七二、和九一、靴下は英七一、白五五、和六八、靴は英八〇、白六六といったぐあい、また娯楽の方面で蓄音機は英七五、白八五、瑞八二、シネマの観覧料は英が一三〇で高いが、白五〇、和八〇である
しかし不況の一指標である失業者数は昨年十一月以降減少を示し出し、本年三月末失業者数は三十八万九千人で、前年同期に比し九万八千人(一割六分)の減少を示している、これは四十時間労働週制の普及、兵役期間の延長実施、パリ博覧会開催に伴う一時的労働需要、再軍備拡充等に原因するものである
一方ブルム内閣には娯楽スポーツに関する新省が設けられて、殊に労働階級青年の労働時間短縮及び失業等に基く閑暇の善導に力を注いでいる、殊に登山、スキー等におけるフランスの大衆スポーツ化は相当の成績を挙げているといわれるが、アマチュア航空の奨励にまた非常な力瘤を入れていることなどもおおい難い軍国的空気の反映がうかがわれて興味がある、なお政府のスポーツ団体組織は労働青年と学生知識階級の相互諒解と融和に非常な貢献をもたらしているといわれ、次国民の新性格の決定上注目すべき現象とされている

英国 随所に労働異変 軍拡下に呻く賃労者

 戴冠式景気の出現で英国はいま「わが世の春」を謳歌しているかに見えるが、生活戦線の異常は十二日の戴冠儀式終了とともに早くも非常時意識の再確認を国民に迫っている、事実戴冠式直前から英国の政界、財界及び労働界は随所に異常状態の徴候を見せていた
先ず労働界では五月一日からロンドン市のバス就労者がストライキを開始し、政府当局及び国民に少からぬ不安を与えた、尤も戴冠式という大英帝国挙げての盛儀に対する遠慮から一先ず未解決のままストライキは中止されたものの戴冠式の終了した昨今労働者側の運動は日毎に活溌となりバス罷業に対しては電車従業員、地下鉄従業員も同情罷業に入る気勢を示している、更に注目すべきは全英炭鉱従業員のゼネ・スト気配である、これは去る四月以来紛糾を続けつつあったノッチンガムシャにおける炭坑夫組合側と雇傭者側が去る十日正面衝突を演じたためで原因は炭坑夫組合側が「労働組合の無条件承認」を要求したに対し雇傭者側がこれを断然拒絶したにある、組合側では今月十五日までに妥協成立せねば直ちにストライキを開始し更に二十九日から各種鉱業関係の労働者にも呼びかけて全国的ゼネ・ストに入る旨宣言した、これは往年のゼネ・ストを想起させ延いては不意の大政変を招来せぬとも限らない
英国は世界的経済恐慌から立ち上って最初に繁栄を呼び返し、現在では最も幸福感に浸っている国であるが去る四月労働省の発表した統計によれば、今なお全国に百六十万人余の失業者を抱えている、物価は各種肉類、鶏卵、農産物、砂糖その他食料とも数ヶ月来一斉に上昇し国民の日常生活に一大脅威を与えている、例えばバターは一ヶ月前よりも一ポンドにつき一ペンス(邦貨約十一銭)チーズは昨年より倍加して三ペンス(邦貨約二十二銭)に高騰した、衣類、家賃等もまた漸騰しつつあるが、一般物価高とともに賃銀労働者の賃銀値上要求は必至となりこの繁栄の国にも労資相剋の地獄図絵は日とともに深刻な場面を展開せんとしている
ロンドン市内のフラット(アパート)賃貸はピンからきりまで様々であること勿論だが、中流の生活程度では一室のファーニッシュド・フラットが一週二ポンド(邦貨約三十五円乃至七十円)である、ところが市内のデパートや会社商店に数年間勤続するクラークなどは週給僅かに二ポンド乃至三ポンドしか得ていないから下層階級の生活に甘んじなければならないオフィス・ガールとかセールス・ガールで二ポンド以上の週給を得るものは寧ろ上の部で、衣食住を父母の扶助に俟たない限り到底自活出来ない状態である、繁栄の蔭にかくれる一般賃銀就業者の生活は斯くもみじめなものである
軍拡景気の波は流石に物凄く、全英三十の主要な製鋼鉄及び船舶会社の利益は過去二年間に百三十五パーセント即ち五百万ポンド(邦貨約一千七百五十万円)増加した、世界有数の軍需化学品製造会社インピーリアル・ケミカル・インダストリースでは昨年中実に七百二十万ポンドの利益を挙げている
チェンバレン蔵相は去る四月二十日英国下院で総額八億六千二百八十四ポンドの一九三七―八年度予算案を発表したがそれには所得税三ペンスの引上げと、いわゆる「国防献金」と称せられる営業収益増加税の賦課案が含まれていた、かくて政府は所得税の引上によって千三百万ポンド営業収益増加税によって本年度二百万、明年度二千万乃至二千五百万ポンドの増収を得、これを主として国防費の膨脹に当てることになった、この増税案は財界、産業界並びに一般納税者に一大ショックを与え囂々たる非難の声が起っている、これがため四月下旬のロンドン株式相場はつるべ落に惨落し、二十九日には一九三一年以来未曾有の大暴落を示し、ロンドン市場は固より、パリの市場も半恐慌状態に陥った
この情勢は英国政府の軍拡方針に相当の脅威を与えつつあるが、軍拡それ自体の不可避的であることは一般国民も認めているのであるから軍拡景気は今後とも花々しい行進曲を奏し続けることであろうそれにしても一般国民が軍拡景気の犠牲になることはどこの国でも例外のない常識である、今や既定の事実となっているボールドウイン首相の挂冠と共にやがて出現するチェンバレン内閣は、この多端な時局をどう切り抜けて行くであろうか、繁英国英国の生活戦線はいまや全面的に異常状態を展開しつつあるのである=終り=


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