新聞記事文庫 衛生保健(5-004)
大阪時事新報 1924.10.27(大正13)


栄養学を一新する小食主義



米が高くても之を防ぐ為めの根本法がある

 米の値段が五十銭を突破して又米価騰貴に伴う苦情の声があちらこちらに起り始めた。日本の産米は毎年の平作で内地米のみにてはいつも五百万石からの不足をつげているのである。だから騰貴したからって騒ぐ前に、当然、毎年米の不足しているこの国家的大問題に対して、早くから解決の途を講ずべき筈である。
 大戦中、欧洲各国は食料品の不足に苦しんだ。殊に独逸は戦争の終期にあたって非常な食料の困苦に陥り、彼の国の敗北も一つはそこから生じたとされている。
 所が独逸が戦時中、その食料政策としてとったのはかの有名な栄養学者フォイト博士の唱える方法によったのである。而してこのフォイトの栄養学説は今世界中の凡ての国家凡ての国民が信奉している最善にして第一の標準である。
 この最善にして第一の栄養学説の標準を危急存亡の戦争中にその食料政策とした独逸は遂に亡んだ以来フォイト説は世界的にその信用を失いつつある。
 そしてフォイト説に代るにその主張のまるきり反対の新栄養学説は生れて来つつある。否その新栄養学説はしかく新しい主張ではない。然し大戦時の実験によって近来急にその信用と勢力を高めて来たのである。
 今かりに年々五百万石からの米の不足を生じている日本などにあって、従来のフォイト説をやめ、その新栄養学説を採用するとすればこの食料不足を十分に防ぐに足る。随って今度のような米価騰貴の時にもそう騒ぎ立てなくてもいいのである。

少く食う程健康になるとの栄養上の新発見

 東京の国立栄養研究所の献立も大阪市衛生試験所の唱道も、又陸海軍の食料標準も、又我大学の研究も凡てその栄養学上よりする保健食―即ち「人間は一日にどれだけの食物をとれば最も健康にくらせるか」の問題についてはひとしく独逸のフォイト博士の学説に拠っている。

フォイトの標準

 フォイト標準は世界の栄養等の規矩なっている。所で然らばフォイトの標準とはどんなものかというと、その趣旨に於いては「人間はなるだけ多くの栄養物を食わねばならぬ」というのであって、之を医学的な標準でいうとまず各種各様の生活をしている一切の人間を次の三つに区分して
 座業者
 中業者
 重業者
となしそれぞれ保健食料の分量が違う。即ち次の通り
座業者(グラム単位)
 蛋白質八一、 脂肪一三,五 含水炭素五〇四、 二五四二カロリー
中業者
 蛋白質九〇、 脂肪一五、 含水炭素五六〇、 二八八〇カロリー
(重業者の食質とカロリーは中業者の各一割増位で三千カロリーとされる)
 これだけ食えば日本人の一人が毎日健康を保持して生活するに適当な分量であるということをフォイト説を根拠に、陸軍の稲葉軍医正が取りきめた。之が日本では唯一の標準とされている。
 カロリーとは食物が体内で分解される際に起る熱の分量を知る標準の名で一カロリーとは一リットル(約五合五勺)の水を摂氏零度から一度に高めるのに要する熱の分量である。
 だからカロリーの多いほど食料が多く入用な訳である。フォイトはなるだけ栄養分に富んだものを多くとれと称している。そんなら栄養の多い食べ物の標準は?というとそれが右に掲げた如く蛋白脂肪、含水炭素の三要素のとりあわせ如何にあるので、右の表の下に示したグラム量は各々その最も適当な食質の配合に要する各栄養素の割合なのである。

体重は平均点を有す

 以上が多く食う主義のフォイトの標準である。然るに茲に面白い事実が発見された。―その発見はフォイトの根拠を一時に崩壊し去ってしまうような事実である。
 発見は何か。それは栄養上の平均位の発見―がそれである。例えば常々二千五百カロリー位ずつとっているものが毎日食料をせり上げて二千七百にし、二千八百にし三千にしてゆく。
 すると体重も随って増加してゆく。然るに三千カロリー位を越えるともはや体重は増加しない。例え三千二百、三千五百とふやして行っても、体重は三千位の所でとまって決して、それ以上食っても増加しない。
 即ち人々によって多少の差はあるが人体は三千カロリー位で平均を保つのである。
 反対に二千五百カロリーとっているものが毎日二千四百、二千三百とだんだんカロリーを減して行って、二千カロリー位迄値下げると体重もそれに随って下がるが二千位まで下がってくると、もうそれ以上は下らぬ。即ちその辺で平均するのである。
 之の事実によって人体は上でも下でもその栄養上の平均点を有っているもので、無暗に増加せず、また無暗に減損しないということが判って来た。
 だとすれば最早強いて多く食う必要はないのである。殊に食料が不足したり、米価が暴騰したりこの社会に住んでいて、少く食っても健康になれる方法があるならば之位結構なことはないわけである。

小食主義ヒンドヘーデ氏の勝利直ぐ出来る実験

 大食主義よりも小食主義の方が健康によいということは明らかに証拠立てた第一人者はデンマークのヒンドヘーデ氏である。
 ヒ氏の新栄養学説は今や世界の栄養学界に頭を擡げて来て、フォイト説に肉薄している。そしてフォイト説の信用を或程度迄きり崩し、追々之を追いおとそうとする慨を示している。
 この小食主義はたやすく実験してみることが出来る。大阪の東区広小路に田淵知秋という老紳士があるが二十年近く一食主義でくらしている。一日に一ぺんしか食事しないのである。然し、氏の健康は少しも損せられず、色艶のいいこと少年を欺くばかりである。
 氏の家庭は氏の一食主義に影響されて小さいお孫さん迄一食で暮らしているか何れも円々と太っていて滅多に病気にかからない。之は皆一食主義が健康によい証拠を示しているのである。
 又記者自身の実験によっても、記者は今から四年前には一日三食の日本人主義であったが、職業上の繁忙に追れて一日二食とした。そして永らく二食主義でいるがとりかかりには少し体がやせた。けれども一週間もすれば馴れてくる。馴れてくるとそこに新なる栄養上の平均が体内に生じて決して二食主義で健康に差支があることはなく、却って心身が爽快で緊張した心から健康な気分を養えることが出来た。
 最近二食主義を廃して一食主義とした。之も理由は唯繁忙のために食事に時を費す時間がないためではあるが、一つは小食主義が健康によいとの自信があるからだった
 果たしてヒンドーヘーデ氏の説く如く、体重はどんどん減って一週間位は少し空腹の苦しみが起った。体もみている間に七八百匁やせたけれども健康は却って確実になったかの感があり、空腹感がやがて去ってしまい、あとには調和した緊張味と心身の爽快とを覚えるのである。恐らく之をフレッチャーをチッテンデンが検査した如く医学的に検査すれば記者の精神や機能の能力は一日三食主義者に勝るとも劣りはすまいと存ぜられる。
 そうすれば結局小食主義は一日二回分の食料と、大食主義では得られぬ健康との二つを一時に得ることの出来る妙法である
 小食主義の泰斗、ヒンドヘーデ氏の最初の実験も全くこの記者の実験と変りはない。彼れは人に教えられて大食主義を実行してみたが多く食えば食うほど体の工合が悪い。悪くなるばかりである
 そして之は大食のためでないかと心づき、毎日食っている肉の量を減らしてみると、却ってその方が工合がよろしい
 そこで今一歩を進めてヒ氏は菜食本位にして馬鈴薯と牛乳と苺とのみで暮らした。初めは不安であったが一週間たっても二週間たっても体の工合はよくなるばかりで決して退嬰しない
 然しも労働したり、起居動作の場合など、今迄になく心身爽快で心持が明るい。かくしてヒンドヘーデ氏は少食主義―ひいては菜食主義の妙法をさとった。その時彼れはまだ生理学研究の青年学徒であった。彼れは猛然としてフォイト流の栄養学に反対の研究をすすめ、没頭苦心二十年宣伝することにも亦大いに力を用いたが、世界大戦が起って、各国共に食料の不足に苦しむや、彼れの妙法は忽ちその効をめきめきと顕わした
 独逸はこの時も尚フォイト標準の栄養法をとって肉食奨励、大食主義を専一とした。そのために食料不足は何を以て補う事も出来ず餓死者頻出して国内飢饉の因を作り、やがて最後の敗北を招いた
 デンマークのヒンドヘーデはこの時、大決断を以て小食主義を以て食料政策に参画し、遂によく国民の餓死、国家産物の飢饉を未然に防いだ。此の行為はむしろ英雄的と言わねばならない
 以来ヒンドヘーデの信用と名声は次第に世界に拡がり小食主義はだんだんその勝利の地位を占めて来るのである

ヒ氏の保健食

 ヒンドヘーデによると人間は決して本文の初めに示したようなフォイト標準の如く中業者(会社員教師などの中等労働者)が二千八百八十カロリーも食わなくてもよい。否もっと少なくしなければならない
 せいぜい多く食って二千三百カロリーあれば十分である。二千カロリー位に減じても一向差支ない(記者は千九百カロリーに減じて故障を認めなかった)
 それから栄養素の内、脂肪と含水炭素は体内で熱となるが蛋白質はその肉となり血となる、だから凡ての栄養素中、蛋白を殊に重んじなければならぬ―というのが従来のフォイト説で、旧標準によると中業者の食質中、脂肪一五グラム、含水炭素五百六十グラムに対して蛋白九十グラムと指定されてある
 然しヒンドヘーデ氏によるとこの蛋白量は決して九十はいらない否却って多過ぎる。最高六十グラム最低三十グラムで充分である
 又その蛋白は今迄動物性蛋白がよいとされがちであったが、之は嘘である。植物性蛋白の方が却ってよい
 動物の肉や卵に含まれている蛋白も、大豆や馬鈴薯の中の蛋白も要するに蛋白に変りはない。全然同じものである。それなら値段の安い手軽な植物性蛋白の方が経済上、はるかに有利有効である、だからこれからは植物性蛋白の方をなるだけ多くとるようにしなければならぬ
 又フォイト標準ではなるだけ肉食主義を本位としたが、之は経済的にも、又栄養価値の上からも凡て菜食主義に改めた方がはるかに有効である
 そうすればフォイト標準のカロリーから二割位減じ、蛋白をもっと、うんと減じても一向差支えない
 ―以上がヒンドヘーデ主義の少食の要領である、此の小食主義によれば食料に要する家庭の経済は大いに軽減される。今迄食料に五十円を要していたものは少なくても四十円以下三十円位に減ずることが出来る。そして健康は今迄より二三割は増進させることが出来るのである

ヴィタミン本位とフレッチャー主義 小食主義の補足法

 以上の小食主義を行うにあたっては是非ヴィタミン本位とフレッチャー主義を左右の助けとしなければなるまい

生で食べること

 ヴィタミンは唯今ABCの三種が発見されて大いに唱道されているがAは成長を助け、Bは脚気を防ぎ、Cは壊血病を防ぎ何れも人間に欠く可からざる未知新発見の栄養素である。
 このヴィタミンは動物体と植物体の双方に存しているが性質として一般に熱によって分解消散してしまいやすい。だから凡ての料理にあまり熱を加えると、即ち焼いたり煮たり、むしたりを本位にし過ぎるとこのヴィタミンを体内にとり入れることが出来ない。
 それでなるだけ食料をなまで食べるようにすることが必要であるなまでたべるものとしては動物食よりもむしろ植物食に多い。だからこの点からも大いに植物食を奨励する意味があるのである。

かんで食うこと

 次に少食主義に忘れてはならぬのはフレッチャー主義である。フレッチャーは米国の金持ちであった。体が太って脂肪過多で健康が思わしくなく、いかにすればしっかりとした健康体になれるかといろいろ苦心の末、すべてのたべ物をあく迄もよくかんで、かんでかみくだいて食うことを思いつきどんな軟かな食べ物でも口の中でその個有の味のなくなる迄かむことを実行した。
 すると三杯のめしが、どうしても二杯しか食べられなくなってしまった。よくかむと食量は自ら減ってくる、体重も下がってくるからだもやせてくる。然し健康は反比例に増進してくる。
 フレッチャーがよくかんで食う少食主義を実行して健康になり、イエール大学のチッテンデン博士にその体を調べてもらった時、博士はフレッチャーの身体機能が完全円満で少しの欠点もないのに驚嘆した。その時フレッチャーは実にわずかな粗末なものを食って生きているに過ぎなかったのである。
 実にフレッチャーは実験の側からヒンドヘーデ氏よりも早く少食主義の真理を世に示した人である而もフレッチャーの健康増進、不老延命の少食主義は「よくかむ事」の一語に過ぎない。
 最近余り口中で咀嚼し過ぎると胃腸の働きを退嬰させて不老延命に適しなくなると説く人がある。之も或は一道理かも知れない。それで一日二回に六杯のめしを食うとして内二杯位を普通に食い、あとの四杯をフレッチャー主義で食えばよかろうと思う。
 或は三日に一日、又は一週間に一日、フレッチャー主義を廃する特例の日を作ってもよかろう、
 以上少食主義を説くこと如件。決して少食主義は議論の時代ではない。実行の問題である。これを実行して予定の効果を収めたならば米価騰貴何ぞ憂うるに足らんや。


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