新聞記事文庫 地方行政(3-083)
台湾日日新報(新聞) 1921.3.14(大正10)


所謂六三問題

下村総務長官談


本篇目次(一)予算及び各種の法律案(二)所謂六三問題(三)台湾総督府評議会(四)台湾議会(五)台湾の教育(六)台湾住民の負担(七)結論(八)余論進むべく退くべからず

(一) 予算及び各種の法律案

帝国議会には総督も政府委員として出席せらるることとなりし為め出来る丈総督及び長官は同時に島内を不在にしない様にしたい為め今期の議会にも大体の問題解決次第自分は帰台することにしてありました御承知の所謂六三法案も無事に通過する事となり予算其の他の法案も支障なく解決せらるべき見込もつきました処へ恰も英国大使も月半に渡台せられまするし旁旁今回帰台を差急いだ訳であります本日茲に御話をすることは懇話会席上に於て其大要は述べる筈でありまするが兎角新聞雑誌等にも正確に其要を尽すことは困難でありまして二三日来の私の談話として記載されて居る記事にも誤伝がありまして人の名前とか又其内容等に付相互に迷惑を感ずることも少くはありませぬから重ねて弁明を致す次第であります
今期の議会には一億一千四百七十五万円の予算及び決算の外特に台湾関係として五種の法律案が提出せられました其一は
台湾事業公債法の改正案
で交通の充実を期する為め新に九百四十万円の増額案が提出せられ合計一億一千五百六十万円に計上せられましたことは既に御承知の通りでありす
第二に南支那領事裁判権に関する法律案
で之れも台湾として積年の問題でありましたが今回南支那一帯に於ける領事裁判の上告審其の他の審理を台湾で取扱うことになりました之は台湾の立場として南支那との関係に於て彼我に於ける我国民の共に大なる利便を受けることと信じまする
第三は戸籍法に関する法律案
であります内地の戸籍事務と台湾の戸籍事務と相互の連絡を要する為め本法の必要を見るもので之れ又内台間の人事関係の連絡をとる上に是非之が成立を必要とするものでありまする
第四に所得税に関する法律案
であります之れは台湾でも今回新に個人所得税を認むることとなりました故内地台湾間に於ける賦課徴収に於て均衡を保ち相互の連絡を取る為めであります本税を本島に布くと云うことは単純に二百五十万円の増収と云う財源問題の外台湾在住者各階級相互の間に負担の公平を図ると云う意味も含んで居るのであります

(二) 所謂六三問題

以上は何れも重要なる意義を有するは勿論でありまするが尚直接台湾統治の方針に触れたる所謂六三問題は今期新に改案せられまして提出せらるることとなりました由来明治二十九年法律第六十三号も現行の明治三十九年法律第三十一号も形式には多少の相違がありまするが要するに台湾では総督は原則として律令に依りて法律を要する事項を規定することを得ることとし内地の法律にして全部又は一部を其儘一言一句の変更をも加えずして之を台湾に施行するものは勅令を以て定むることとせる点に於ては前後同一であります又従来六三号の場合=明治二十九年、明治三十二年、明治三十五年及明治三十八年の四議会=三一号の場合=明治三十九年、明治四十四年及大正五年の三回=前後通じて七回に亙り本問題の議会に現わるる毎に先ず最初に於て憲法が台湾に行わるるや否や次に台湾に憲法が行わるるとして此委任立法の形式は違憲なりや否や此問題に付常に論議が戦わされ次いでは総督に右の権限を与うることは可なり不可なり或は台湾に於て緊急律令を要する場合はなくなれりと云うが加き其他幾多の問題は絶えず論議を重ねたるも其新領土に於ける民意の代表と云うが如き意義に触れたることは少くとも甚だ稀なりしことは事実であります彼の年限は之を撤廃し一面には律令審議会に民間の代表者を加えしと云うが如き意見は初めて大正五年春の議会に其一端を現わしたのであります今期の議会には憲法問題其他の在来多く論議せられたる問題は最早議論中心を離れて台湾の統治の方針は之を如何にすべきか又其統治の方針に添う為めには如何にすべきか換言すれば対台湾民衆と云うことが問題の中心となりました而して中には其論議は或は現在の台湾の統治に対し反対せんが為に非難攻撃を加え却て本島人に対する不平の声を挑発煽動激励し或は一部を不平の声に迎合するが如く感じて誘起するものすらないではありませなんだ如此は正に台湾自体の文化の推移と世界を通ぜる時代の変遷で吾々は正に予期せねばならぬことであり又明かに来るべき径路の内に這入ったものとし決して徒らに喜び又は憂うべきことでは無いと存じます
今回の法律案は在来の法律第六十三号又は法律第三十一号と異って従来の如く法律の全部又は一部を其儘台湾に施行する場合は勿論其の他官庁又は公署の職権又は法律上の期間其の他の事項に関し台湾特殊の事情に因り特例を設くる必要ある場合をも尚勅令に依り施行することとなり其の勅令に移った部分を現在の律令事項の範囲より減少せられたるもの乃ち台湾に於て法律を要する事項にして施行すべき法律なきもの又は前述の勅令に依り難きものに関しては台湾特殊の事情に因り必要ある場合に限り所謂律令に依ることになりました則ち原則と例外とが逆になったのであります乃ち現行第四条に新に移動せる部分を附け加えたものが新法律案の第一条となり現行法の第一条の律令事項から前記事項を引去ったものが新法律案の第二条となったのであります乃ち新法律案第二条に該当すべき事項は台湾の文化益々進むに伴い次第に台湾限りの特殊の状態が薄くなるに従い次第に其の必要の度を減じ反比例に第一条適用の範囲は次第に拡大せらるべき趨勢であることは言を俟ちませぬ同時に内地の法律を適用する迄で前から所謂同一法域の範囲が益益拡くなり彼我共に益々利益を受くる事が多くなる次第であります又年限の如きは従来或は三年、五年などに限ったのでありますが一体朝鮮の制令が期限が無いのに独り台湾の律令が期限があると云うことが均衡を得ない又此種の制度は必ず三年、五年を限りて解決をつけ得べきものでない常に現実の状態に鑑みて必要を感ずれば何時でも廃止変更することは自由なのである律令を例外とする改正案が提出せられたる以上は一層年限を附する必要はなくなった見方によれば従来期限を附して居ったことが既に問題であります尚又過渡法として現在の約二百の現存律令中には新法律案に依り第一条の勅令に依るべきものの含まれ居ることは当然であります之れは在来通り既往のものは律令の儘で効力を持続せしむるも一法である又此の新法律案第一条の勅令に依るか第二条の律令に依るか此際一時に振り分けるのも一法である然し一時に如此振り分けをなし相当訂正を加うることは事実困難であるから当分其の儘として唯将来現行律令に改正を加うる場合には必ず勅令に移すべきは移すこととし相当の期間内に整理すると云うことにしたのであります

(三) 台湾総督府評議会

尚此法律案に伴って一言を要するは台湾総督府評議会のことであります一方に於て憲政会から第二条則ち律令の場合に就てのみ協議会を設くる旨の修正案を提出された之れは前の六三案の問題の時にも前述の通り律令審議会に民間の人を加うる事は問題であった然し今日の様に律令として議する範囲が狭少となり尚将来益々其必要の度が薄くなるべきもののみに対し右様の制度を認めると云うことは苟も民衆の意見を考慮に入れねばならぬ民選にするがよいと云うが如き出発点から見て論理が一貫しない憾があります由来台湾総督は昨年先ず地方自治制度の端を開き街庄に市に州に新に協議会の制を設け予算案其他の事項に付之を諮詢するの制を認めたのである既に如此の道を開く以上近く別に会長副会長の外官民二十五人よりなる台湾総督府評議会を設け独り律令として施行せらるべきもの乃ち新法律案第二条によるものの外新法律案の第一条に依るもの則ち将来適用範囲の益々大なるべき勅令事項の分尚其以外に亙り財政経済等に関する事項に関しても苟も総督が必要なりと認むる以上総督の裁量に依り之を諮問する制を設けたのであります乃ち新法律案の範囲以外にも亙るものであります従って新法律案の効力を発生する大正十一年一月迄待つ必要はないのであります由来今□の議会に止まらず過去の議会の□際に徴するも貴族院は暫時措き衆議院に於ては常に所謂六三法案は其当時の与党が常に原案を維持し其当時の野党が常に原案に反対するが如き観があります本問題は申す迄もなく政党政派に超越した問題であって事実偶然にせよ野党なるが故に反対するが如く見ゆるのは甚だ遺憾とする処てあります但し今回の法律案は法律其のものの内容が変更したのでありますから此法律案には従前反対したとか賛成したとか云うことにより何等捉われる訳けはないのであります私は別に多言を費やしませぬが委員会に出ました修正案が又本会議に於て如何に改正せられたか私は之を改正と云います委員会のときより本会議のときの方が慥かに能くなって居るのであります、それにしても前述の径路より見ればどれも反対せんが為めに反対するが如き感なきを得ぬのであります殊に本会議又は委員会に於ける言論の中には台湾統治に対する非難攻撃があった固より意見の相違は自由でありまするが唯如何にも事実相違の点が多かったことは誠に遺憾とする処であります或●●●事件で二万人を虐殺したと云い或は先般の新制度の州協議会は従来の庁参事の制と何等異なる処はないと云い或は又対岸支那に於ては自治の制布かる何ぞ台湾の退歩せるやと云い或る時は長時間に亙り台湾の裁判官は一般の行政官と同じく一に総督の任免に依るもので何等司法官の独立がない判官も郵便局長と軽重がないなぞと云う論議に費やされたこともありました而して一面に如此問題に付ては朝鮮は如何にするか少なくも制令に就ては如何にするか如此問題に付ては其声を聞くことを得なかったのであります自分達は諸般の事項に付き朝鮮にも考慮を払わねばならぬと云うので昨冬多忙の時日を割きて朝鮮を視察しました問題は決して一台湾のみのことでありませんからであります私は議論の是非は別として余り相違した事実を以て非難攻撃することは内地に於ける政党相互間の問題とは違う新領土統治の上に於て甚だ面白からぬ□ととも思い一歩退て諸君が親しく議会の速記録を読まれたるときは内地にありては如何に台湾の実状に付て誤り伝えられ又議会に於てまで此誤伝に基きて論議せらるることがあることを認められ未だ内地に於て新領土に対する了解の充分ならざるを遺憾とせらるることと信じます

(四) 台湾議会

猶又此機会に附帯して一言を要することは林献堂君其の他より台湾議会設置の請願がありましたことであります由来昨年頃より在京留学生の間に六三法撤廃の声がありました今日唯六三法が撤廃せられた儘で帝国議会に於て凡て論議せらるるに任かしたならば少くとも台湾の実状に遠ざかって性質上当然審議が遅れ現に先般の地方自治制度の如きも漸く今度の議会にかかる外はありませぬ未だ総督政治を認むる以上六三法を撤廃して何もかも中央で議すると云うことにして果してどうであるか既に法律案も挙げて内地に持て行く以上之を審議すべく台湾自身からも代表者を出さねば議論は一貫せぬのであります如此は又総理大臣なり総督なりが内地延長主義の下に台湾統治究極至境として屡言明せらるる処であります苟も諸般の事情が支障なきに至れば内地と台湾との交通関係人種風俗歴史万般の上より考慮して既に台湾に憲法が行われることとなって居る以上之れは当然の帰結であります又何人も挙げて其の日の早きを望んで居る次第である而して今台湾の文化の状態はどうであるか智識を標準としてやるとしたらばどうか負担が納税によればどうであるか教育に付て見るも未だ学齢児童の二割そこそこしか就学して居らない状態である又個人所得税も漸く次年度から始めて開始せらるる程度である吾々は先ず地方の自治制度から漸次其順序を運びつつあるのである此際台湾議会を台湾に行うことは第一に憲法の上に同種の議会が二つは並んで置かれない又内地延長主義に依り吾々は共に東洋の文化の最も開けたる民族として共に共に進むべき統治の方針に矛盾するのであります又仮りに之を実行するとして普選によるのであるが熟蕃生蕃を通じ狭い島でありながら中々変化多き此の現状に於てどう選挙するのか或る論者は学校の卒業者を標準とすると云う或る論者は納税によると云う個人の所得税すら漸く十年度より行われんとして居る位である学校卒業生として年齢の上から見ても中年以上の人を凡て省かれる積であるが現に大正八年度に於て公学校卒業生は積算して六万人に充たない状況でないか殊に憲法の認むる大なる権利は参政権であって大なる義務は血税である兵役である一体此等の問題はどう考慮して居るのか

(五) 台湾の教育

一体台湾の教育に就ては英米外人の多くは台湾視察の結果教育に付て最も讚美の声を惜まぬに拘らず独り本島人否内地の人達迄も不備なり不振なりと非難の声を挙げる者がある一体教育の普及と云うことは世界各国殊に東洋諸国否日本自体にても如何計りの財力又年月を要したと思うか学校の教育は一面校舎の建築のみなれば茲に数千万円も投ずれば台湾島民を挙げて義務教育とする丈の形式上の設備丈けは出来る然し教員は如何にして供給するのであるか茲に参考であるが昨年十月江蘇省上海に於て第六回支那全国教育会連合会を開きし際胡教育庁長は義務教育の実施計画に付次の如く述て居る
 江蘇全省の学齢児童を調査するに其計三百四十八万八千余人あり未入学者の統計は約百分の八十五を占む今此未入学者を収容するとし級毎に五十人を以て計算するに須らく六万九千余学級を加うべく同時に教員十一万人を増すべし随いて学校の経費は□千四百万以上に上るべく若し分ちて六年進行とせば毎年須らく三百余万を増加すべし
今台湾の教育の過去現在を見るに公学校の学級数児童数卒業生数は次ぎの如き計数を示して居る今台湾の学齢児童(内地は六歳より十四歳迄台湾は七歳より十五歳迄とす)男三十八万三千二百六十七人内就学児童十四万五千三百二十三人(百分の三七、九二)女三十三万八千三百七十八人内就学児童二万九千五百九十九人(百分の八、七五)男女計七十二万千六百四十五人中就学児童十七万四千九百二十二人乃ち百分の二四、三四乃ち約四分の一である勿論之は益益進捗して大に普及せねばならぬ教育の普及児童の智徳体育の向上発展と云うことには天下古今東西を通じて誰か反対の声があろうか唯問題は人と金である相当の時日を無視することが出来ぬ唯之れを前表に徴して其の進歩の程度を事実に付て看取されねばならぬ同時に之を福建広東等に比すれば就学の歩合は約二倍より三倍に当る江蘇省にして猶上掲の如き数字にある猶之を南洋諸国数世紀に亙りて欧洲諸国の治下にある南洋諸国の歴史及び現況と巨細に比較攻究の上論議をなすも遅くはない吾人決して現状を以て満足出来ぬ将来は校舎其他の設備は成るべく簡易にして薄くとも可成広く普及するの方針をとり一面向上して攻究をつづくるものには充分の連繋をとり専門学校はもとより大学迄之が進路を開くべきは勿論であって地方自治制又総督府評議会の開催せらるる意義の一端も亦実に此等の点に職由するものであります

[図表あり 省略]

(六) 台湾住民の負担

次に納税の問題であります今回個人所得税を布くことは一面には無論財源の補充と云う点にあります同時に国税としては直接税としての土地の所有者の外は全部免税となって居る又地方税を通じても家屋所有者営業者等にして広く官公吏会社銀行員等の勤労所得者階級が全く納税せぬと云うことは一般負担力を有する階級相互間の権衡を失せるものであります勿論台湾に在りては直接税間接税を通じ大体内地よりも税率は低くなって居ります而して経済界の状態で其の負担を強く感ずることも弱く感ずることもありましょうが何れにせよ全島を通じて等しく負担力を有するに拘らず甲は負担し乙は免税であると云うことは租税の原則に於て又統治上から面白からぬことであります
此機会に一言したいのは台湾島民の負担が内地人に比して重いと云うが如き全然誤れる所説が台湾の新聞に迄れいれいと掲載されてあることであります予算財政等の事は誠に複雑でありますから固より正確に比較することは困難でありますから兎に角誤解のない様に大体の説明を致して置きたいと存じます
国費に於て之を人口に割り当つるも内地の予算は一般会計特別会計を通じ約二十七億万円此人口約五千六百万人に付一人四十八円五十八銭八厘の台湾に於ては一億千四百万円比人口三百六十五万人に付一人当り三十一円四十銭一厘であります云う迄もなく国費中には官業収入なり特別会計なり各種の項目がありますから直ちに之を以て国民の負担に比例を取るは大なる間違であります現に一部の論者も此誤謬に陥ったものでありまして台湾の会計でも内地の一般会計の如く専売とか鉄道とか云う種類を除かなければ真の比較がとれませぬ故に今国民の純負担と見るべき租税に就て見るに租税収入は内地にありては約七億五千百四十六万円一人当りの負担額十三円三十銭九厘台湾にありては二千百五万円一人当り負担額五円七十六銭であります無論各人の所得富の程度も異なって居りまするが租税の負担十三円三十銭対五円七十六銭と云う数字は必ずしも台湾居住者の負担重きに失すとは申されぬと思います
又地方費に於ては内地に於ては土木警察教育勧業と云う順序で大凡次ぎの如き百分比例を示して居ります

[図表あり 省略]

之れに対して台湾にありては第一に警察費は全部国費に移されてあります其の結果大要次の如き百分比例を示して居ります

[図表あり 省略]

私は殊更に意見を戦わし議論を上下するものでありませぬ唯如上の実数を紹介して一部の誤解を釈明したいと存じます

(七) 結論

以上の如き理由に依り私は此地方制度の創設に依て島民各自自覚して教育の普及殖産興業の発達を図り島民の向上の進歩と台湾の富の開発とに依て文化を進めねばならぬ各州市街庄の協議会督府の評議会等の設立も亦実に此趣旨に外ならぬのであります近時林献堂君等に対しても種々批評があるようでありますが固より此最爾たる台湾に依て独立するの自決するのと左様の意見は毛頭ないと云うことは同君も屡々吾吾に向って明言して居るし又如此ことは無論あるべき筈はない少くとも如比ことすら風評に上ることは誠に御同様に却て遺憾なことであります又吾々は林献堂君等の苦衷の存する処は諒とすべき処あるを信じます又世界の大勢を達観しても殊更に独逸露西亜の国境に限りて簇出したる処の幾多の新国が果して将来如何に安定を得るであろうか近頃は中華民国に於ても福建は福建人の福建なり広東は広東人の広東なりと云うが如き思潮を耳に致します唯広東に於ける広西人の勢力を駆逐する意味丈けに於ては慥かに有効であったと思う然し如此して目的を達せる後の広東は果して南方支那を代表するの実を挙げ得るのか果して中華民国の統一安定に資する処あるか誠に隣邦の為め取らざる処であります云う迄もなく世界の文化は年と共に進み世界の交通は年と共に其関係を益々密接にする小にしては民間各会社の事業を見大にしては世界各国の歴史に徴するも互に次第に相融合し次第に協調を保ち次第に合同して行くことは之を想像され得るが益々互に個性を発揮して大同を捨てて小異につき次第に分離し次第に相互に隔絶孤立すると云うことは想像し能わぬことである此等の点に付ては誤解は誤解を生む嫌があります之は私を俟たず其意衷は林献堂君自身より弁明さるべき時期もあるべきことと思う現に台湾議会を主張する論者も総督に委任せられたる範囲に於ける議会である此は請願書にも特別法律云々と記載されてあると云う弁明もある論者は固より法律問題に精通せる専門家でありましょうから必じも各個の字句の言葉尻を捉えて彼此追究する必要はない又各人言論の自由を故らに束縛すべきでない唯世の中には贔負の引倒しと云うこともある又特に絶対の窮地に突落すと云うこともある突いても引いても其度を失して之を倒してはならぬ献堂君の意向も要は民意の暢達にある其主旨には固より相違あるべき筈はない私は献堂君の志に対して同情し其意衷を諒とすると共に唯執りたる径路に於て周到なる注意を欠き統治の方針に背反する結果を惹起すべきことを以て明確に反対するものである此種の運動は往々にして徒らに島民の軽挙盲動を誘発し本島百般の施政に悪影響を及ぼし本島の福祉を壊廃するの虞があります吾々は台湾統治の大方針又台湾に於ける公共秩序を維持する上に於ては寸毫も仮借する処ないと同時に一面厚き同情を以て誘導扶掖し相互の了解を得るに努めねばならぬ由来世界の変局以来固より一時の反動であり又一時の変調であるが一般の思想が著しく悪化して来て居る所謂五倫五常の道は著しく弛廃して各人は自己の義務責任と云う感じを離れて権利主張にのみ是れ急である子は親に弟は師に唯自我の発現に急にして秩序を破壊するの誹を免れぬ欧米に於て然り東洋に於て然り日本に於て然り又台湾に於て然り先ず欧米に於ける変調の状態が安定を見る迄は各国も其平準を得難いかも知れぬそれ丈けに吾々は大局を達観し苟も五大国の一として東洋第一の先進国として彼此共に一層深く考慮戒慎する処がなくてはならぬことと思うのである

(八) 余論(進むべく退くべからず)

之は余談であるが今年は本島に於て新暦を廃し旧暦復興の兆ありと云うが如きことを耳にしました吾輩は実に唖然として言う処を然らぬ吾々は常に向上発展に努力を続けて行かねばならぬ彼の長を取り吾の短を捨てる此が最も肝要なる事である旧暦に依る時は閏月が出来る如此事は誠に商工業万般の社交の上に非常な支障弊害を来すべきは火を睹るより明かである茲に於て欧米各国皆新暦を採用して居る今日世界到る処殆んど挙げて皆新暦に依らざるは無い吾日本帝国が維新の際長夜の眠より覚めて僅か半世紀今や世界五大強国の班に入って居る此の奇跡とも見るべき国運の振張は実に明治大帝宏謨の下に一挙して彼の五箇条御誓文の主旨を断行せられた結果である曰く廃藩置県曰く四民平等曰く国民皆兵彼の丁髷を切り捨て帯刀を廃し新暦を採用する位の事は実に諸般大革新の下には一小問題に過ぎなかった之を中華国民の史乗に徴するも地位と面積との関係より古くより眠を醒すべき機会が少くは無かった南支方面に於ても明朝のときより和蘭との間に干戈を交えたることもある彼の林則除欽差広東に入り有名なる鴉牙戦争を見るに至りしは実に道光二十年乃ち西暦千八百四十年の交である若し此の時に於て吾維新の際に於けるが如き革新を断行せられたらんには民国の過去現在は今日より一層の健全なる発達を見るべかりしことは疑を入れぬ処である
明治大帝五箇条の御誓文の御主旨は広く知識を海外に求め彼の長を取り吾短を捨るに何等遅疑する処を見なかった二十世紀の今日一面には一部少数の所謂新人とも称する人々は吾等が三十年前にして筆にしたる六七十年前のマルクスの学説を今頃事新しげに蒸返して居るのを見て失笑を禁ずる能わざると同時に此の急激なる社会の変遷期に際し今頃旧暦の蒸返しとは驚く外はないそれは生蕃が自分等丈けの特有の語と風俗で深山の中に蟄居せるが如く台湾島と他との交通を絶ち福州の一部にしか通ぜぬ台湾語計りに偏執し辮髪も纏足も好いた様に逆戻りをするが宜いと云う様な皮肉な批評も出来ると思う内地に於ては維新の当初府県会が出来ると同時に帝国議会開設の運動の中々盛なりしことは周知の事実である明治二十三年に至り議会開設を認めらるるに至りしこと果して遅きに失せるか早きに失せるかは□段として兎に角吾台湾の教育の現状其他各般の実情は既に吾々□眼前に展開せられた通りである昨年地方自治制の施行せらるる以前に於て地方自治に就て殆んど何等民間の声を聞く処なく之が開始を見て猶未だ一年に充たず今や一足飛びに台湾議会の声を聞くと共に又相続で旧暦復旧と云うが如き声を聞くに至りては彼此の径庭余りに大に如何に混線せるかに驚かざるを得ぬ吾々は此又必ずや極一部少数の一時的錯覚に過ぎぬものであると云うことを信ずるのである吾日本国民は四六時中不断の努力奮闘により向上発展を期せねばならぬ今や我日本帝国に対して世界の各方面に於て兎角の非難攻撃を加うるものがある日本も五大強国の一に認めらるる迄は各方面より同情をうけた愛撫せられた否他の強大なる力に対する牽制の意味も加わりて吾国に対し援助誘掖に力を惜まれなかった然かも世界の大戦により日本は青年となった壮年となった同時に今迄の強大なる標的は相次で斃れて仕舞うた由来喬木に風が多い吾国民は憫まれ愛される国民たらんよりも憎まれ恐れられる国民たるに於て一種の誇りがある然しながら苟も大国民大民族たる以上は又同時に広く包擁するの雅量がなければ以て其を大となすことが出来ぬ益努力奮励するにあらずんば世運の進展は一日の苟且偸安を許さない姓名判断ではないが唯政体をどう変えた制度がどうなったそんなことで其の内容迄其実質迄改善することが出来るなら世界至る処遠く近く種々の政体が一夜造りに出来て居るが果して今日の実績如何と反問せざるを得ぬ我国民の誇りは維新以来の史乗に之を徴することが出来る否建国以来茲に二千五百八十一年上万世一系の皇室を戴き未だ嘗て一指を汚されざる歴史を有せる民族此の歴史又此の歴史の下に鍛錬せられたる我民族は一層の努力奮闘により不断の向上改善を計り以て全世界の文運に資するの抱負がなければならぬ形式の問題ではない実質の問題である理屈は二段である内地人も本島人も不断の内容の改善発達につとめねばならぬ改善なくして無差別と云うことはない現に吾々が真乎に生蕃人と無差別と云う訳にはゆかぬであろう世界を□し文化の状態にはそれぞれ程度の差がある今が大事な試練時代である一度改めて再び逆転するが如きは甚だ忌むべきことである台湾の民衆には一日も早く一人をも多く世界第一流の民族として恥しからぬよう此の標的に向って進まねばならぬ世界各民族皆此の如き方針の上に砥礪向上して茲に始めて全世界を通じて恒久の平和福祉を共に享くることを得べきである


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