兵庫県南部地震記録紙 1995年1月17日午前5時46分 M7.2−この経験を今後に生かすために−
社団法人兵庫県放射線技師会 平成7年1月 P20


失業者対応特別委員会のお世話を通して

委員長 川戸 隆夫

 予期しない大災害により、一瞬にして生活環境が奪われてしまったにも関わらず、医療職として一早く職場に駆けつけ、混乱のなかで救急医療に従事した。
  救急医療が落ちついた後に、予期せぬ解雇の宣告を受け、全てが信じられない状況に置かれるということを、今まで誰が想像してきたことであろうか。
 今回の震災では、幾人かの会員が実際にその状態に置かれることになってしまった。
 職場が全壊し、今後の医療活動が続行できない状態であれば誰もが納得できる。しかし、経営者の判断が短絡的に結果として伝達され、話し合いの余地も残さないようなケースが多く、技師として心理的に割り切れないのみならず、大きな怒りが残った。

 (社)兵庫県放射線技師会では、県技師会ニュースと会員間の情報で職場を探したが、県内の医療機関はいずれも少なからず震災の影響を受けており、通常の求職は得られず、加えて各施設では経営者の模様眺めの状態が伺われ、短時間で解決する見通しが立たなかった。
 日放技ニュースに求人情報を依頼した結果、全国から多数の求人情報が得られた。しかし、当事者には住居の後片付けや家族の問題が残り、早急に決断する状況ではなかった。
 心理的にも、今まで住み慣れた土地から離れたくないというのが、皆の一致した意見でもあった。
 就職は若い会員から早く決まる傾向があった。年齢的な要素が大きく影響していることが明白であり、苦戦を強いられた。
 しかし、後輩に職を優先させる等、最後まで落ちついた行動がとられた。
 7月末現在になっても、1名の会員は放射線技師としての職場が決まっていないのが残念である。
 委員会は、6月末日で一応の区切りをつける予定であったが、全会員の就職が決定するまでは形態を変えて支援していくことに決定した。

 最後に、交通手段が悪く、委員会開催も思うように行かない中で、会員の所属している各支部長が電話等を使用し、情報の授受から精神的支援まで本当によく頑張られました。
 また、今回の求職情報の要請に対して、全国の多くの施設からご協力を頂き、有り難うございました。ほんとうに心強く、また、勇気づけられました。
 新しい職場を得られた会員の方も、今回の経験を踏み台にして、大きく羽ばたかれますことをお祈りしています。
 改めて関係者の方々に厚くお礼申し上げ、報告に代えさせていただきます。


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