兵庫県南部地震記録紙 1995年1月17日午前5時46分 M7.2−この経験を今後に生かすために−
社団法人兵庫県放射線技師会 平成7年1月 P182〜P183


阪神大震災における神戸赤十字病院放射線科の対応

神戸赤十字病院 下本広敏

 地震発生後、早々に身支度をして駅まで行ったが、電車は地震の為に不通になっていた。復旧の見通しが全く立たない為に、やむを得ず家に帰り自家用車で行く事にした。大変な大渋滞で、倒壊家屋を横目で見ながらイライラして運転し病院に近づくにつれて事の重大さを感じながら、やっとの思いで病院に到着した。
 病院内は、壁のいたる所にヒビ割れが出来ていて、天井からはコンクリートが崩落して廊下をふさいでいた。
 放射線科は、X線CT装置が使用不能になり、X線テレビ装置も使用出来ない状態だった。幸いな事に一般撮影装置とポータブル装置及び外科用移動型イメージは正常だった。当院に1台しかない自動現像機、FPM‐9000はラックがカタカタと音がしているものの、何とか強制処理が出来る状態だった。そこで、屋上にある給水タンクに残っているわずかな水をポリタンにいれて来て空の水洗タンクの栓を閉じてその水を入れ、現像処理を行なう事とした。
 当院に一室しかない一般撮影装置が正常な事と、現像処理が行なえると言うことでX線撮影が必要な患者さんが次々と搬送されてくる。廊下は撮影を持つ患者さんを乗せたストレッチャーやタンカの行列が出来ている。当院の放射線技師3名は、全員が震災当日に出勤し、フル回転で撮影及び現像を行なっていたが、撮影を待つ患者さんは後を立たなかった。
 地震発生直後から、当院に搬送されて撮影を行なった件数は、1月17日〜1月31日までの2週間で 900件にのぼっている。特に地震発生当初の1月17日〜1月19日までの3日間に 370件と集中していた。
 搬送されて来る患者さんの殆どは重症で、腹部、腰椎、骨盤や大腿部などの撮影部位が非常に多いのが特長であった。殆どの患者さんが全身撮影の為、フイルムの不足が懸念されたが、メーカーとの連絡が取れない為に、日赤兵庫県部を通じて西神戸医療センターからフイルムを調達して頂いた。
 一般撮影は、この様になんとか行なえたわけだが、X線CT装置が復旧する見通しが立たない為に、日赤本社及び放医研、結核予防会千葉県支部の協力により、日立製の移動型CT装置が当病院前に設置された。このCTバスには医師、放射線技師、オペレータがチームとして同時に派遣された。移動型CT装置が当院に到着したのは1月21日の未明の事だった。当院のCT装置か復旧するまでの間に、このCTバスで71件の救急CT撮影が行なわれた事は、救急災害医療に非常に役立ったと思う。
 又、エレベーターが故障して動かない為に、病棟の重病患者さんの撮影が行なえないので非常に困った。早速、京都の日赤病院から持ち運びの出来る古い簡易型のポータブル装置をお借りし、エレベーター復旧までの間の病室撮影は、この簡易型ポータブルで行なった。当院のポータブル装置では、エレベーター故障の間は廊下やリハビリ室などの一階フロア一におられる重病患者さんの撮影を行なった。
 幸い当院は、赤十字からの救援物資の飲料水が豊富にあったので、現像液、定着液はこのペットボトルに入った飲料水で作った。
 当院の放射線技師3名は、地震発生当日から不眠不休で災害医療活動にあたったわけだが、これにも限界があり、各地の赤十字施設からの放射線技師の応援があった事が、更に長期間の災害救急活動を行なうことが出来た要因だと思う。

《神戸赤十字病院への応援医療従事者》

《神戸赤十字病院の被害ならびに復旧状況》


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