甲南病院医学雑誌別冊 阪神大震災特集号 平成8年1月 P60


編 集 後 記

 忌わしい大震災から早くも1年を経過した。すっかり更地になった東灘区内でちらほらながら新しい住居の新築工事が目につくようになったが、甲南病院の周りでは未だに取り壊されたアパート跡はそのままに放置され、地震の爪痕はなかなか消えそうではない。
 甲南病院、六甲アイランド病院とも直接の地震被害はそれほどでもなかったが、むしろ直後の医療活動に忙殺され、その後病院の生き残り策に皆が懸命に努力しているうちに、被災地の各病院から「震災記録集」が続々と出版されてきた。
 我々も震災記録を残すことに異論は無かったが、むしろ後世の世代に「財団法人甲南病院」の震災時のすばらしい活動を伝え、また震災が病院機能や診療活動にどのような影響を与えたかを記録することにより、今後の大災害への備えの参考になるものを残したいと考えた。
 そこで、診療部門だけでなく看護部、さらにバックアップ各部門すべての協力を得て、ここに震災被害の事実を出来るだけ正確に記録としてまとめることが出来た。
 この記録をまとめる過程で、甲南病院、六甲アイランド病院の状況を比較検討して明らかになった被害の特徴は下記の点である。

  1. 立地条件の違いはあるが明らかに甲南病院と六甲アイランド病院で、被害の形態が異なること。
  2. 六甲アイランド病院の高層建築ではすべての階や、場所ではなく、5、6階を中心にした上下階を含めて、東北側でデイルーム付近を中心にした場所に各階とも被害が集中していること。
  3. 甲南病院では本館、西館、東館、南館を問わず、各階とも看護婦詰所での水道接続配管の切断と一部スプリンクラー誤作動による浸水、冠水被害が大きいこと。
  4. 甲南病院の病棟、看護婦宿舎は建築被害を免れたが、東南部と西南部にあった木造及び木造モルタル造りの看護専門学校学生寮と託児所が倒壊したこと。
  5. 設備の被害の多くは機器接続部で発生して、機器本体の損傷は比較的少なかったこと。

 さて、震災直後の当院の医療活動は極めて特筆すべきもので、機能できなかった病院が多かった中で大変注目を集めた。このため地震直後から新聞、テレビ等でその活動が広く全国に報道されたが、この記録集でその全容を伝えることが出来なかった点が、編集者としては心残りな点である。
 特に甲南病院では地震直後よりたくさんの死傷者が搬入されて、トリアージ、重症者処置、入院受入更には遺体処理に大変な苦労があり、またその後の早い時期に後方病院への患者移送を行った。これらを担当された各医師、看護婦のご苦労は筆舌につくし難いものがあったと推察するが、これらの詳細についても、残念ながら十分記録することが出来なかった。
 また病院職員だけでなく、日常業務を委託している各企業の方々にも、まったく病院職員と同じ苦労をされ、更に病院の業務がとどこおらないように、積極的に支援を頂いたが、これらの活動についても簡単にしか触れることが出来なかった。
 最後に学生寮の倒壊で、貴い命を失った看護専門学校の学生2名(飯島弥生さん、瀬原春香さん)の冥福を心から祈り、この記録が在職の職員だけでなく、ボランティア活動にご参画頂いた方々、すでに病院を離れたかっての同僚、さらに後世の財団職員の誇りとして語り継がれる記録となれば望外の喜びである。

  平成8年1月末

財団法人甲南病院事務局
松山文治


(c)1996財団法人甲南病院 甲南病院 六甲アイランド病院(デジタル化:神戸大学附属図書館)