命を支える食生活を守るために 兵庫県栄養士会 平成9年5月 p50-55


3 食品流通状況

(1)JA(農協)からの救援食品

1. 兵庫県下JA(農協)からの救援食品

 神戸市西農協による震災当日1月17日から2月8日までの22日間にわたる毎日6,000個、のべ132,000個のおにぎり救援、神戸市北農協による120,000個のおにぎりと炊き出し米20トンの救援をはじめとして、兵庫県下43農協から膨大な数量にのぼる食糧が被災地に届けられた(表1)。

2. 他府県JA(農協)からの救援食品

 北海道からLL牛乳、チーズ、スイートコーン、ゆであずき、アスパラ缶、惣菜缶、ミネラルウォーター、りんごジュース、鹿児島県からさつまいも、焼豚、鶏卵、漬物、飲料水、ジュース、ぽんかんと北から南から各地の産物の救援が届けられた(表2)。

表1 兵庫県下JA(農協)からの救援物資

表2 他府県JA(農協)からの救援物資

表1・2 資料:兵庫県農業共同組合中央会
「農村と都市のきずなを強めて」
−阪神・淡路大震災とJAの活動−

(2)コンビニエンスストア“ローソン”の食品流通状況

1. 店舗営業状況

 1月18日
  345店舗中 203店が開店し、商品を供給
 2月15日
  345店舗中 320店が復旧開店し、商品を供給

2. ローソン店舗への本部支援

 1月20日
  米飯、水20トンをヘリコプターにて9往復
 1月24日
  米飯、麦茶20トンをフェリーにて搬送
 1月17〜23日
  水15万ケース、ラーメン10万ケースをミニバン、レンタルトラックにて継続的に搬送

3. 流通の復旧

 2月1日〜
  取引先から直送
 3月1日〜
  西宮センター、大阪港・姫路物流センター再開により通常稼働

4. 被災時の商品動向

 非常事態のなかで目立った商品の動きは表3に示されている。やはり、圧倒的に食品がその多くを占め、特に、震災直後は米飯、ラーメンなどの糖質食品と水および飲料類の需要が高いことがわかる。

表3 被災時の商品動向
予期せぬ大災害の中で予期せぬ商品の売れ行きが変化していくのも教訓のひとつと言えます。

資料:震災1周年記念講演とシンポジウム

(3)コープこうべの食品流通状況

1. 店舗営業および関連の活動状況

 1月17日

 1月18日
  六甲アイランド食品工場から神戸市ヘリコプターにてパンを搬送
 1月19日
  コープ委員・取引先、出雲市農協による炊き出し開始
 1月24日
  協同購入センターより御用聞きスタイルの訪問開始( 3/7〜通常受注)
 1月末日
  155店舗中147店が営業
 2月〜
  緊急・救援物資配送(休日にトラックのべ400台、職員のべ1,000人被災地域へ)
 2月3日
  コープボランティア本部設置し、各地区にコープボランティアセンターを開設、活動開始
 2月10日
  六甲アイランド食品工場にて生産開始(それまでは委託生産対応)
 2月中旬〜
  神戸市などの要請により、調理・その他生活用品24品目をセットし仮設住宅入居者に配達(3/31までに約 3,000戸)
 3月7日
  兵庫県方針により仮設住宅にて協同購入の取り組み
 3月10日〜
   神戸市からの要請をうけて、避難所用食料品を調達。果物や魚肉缶詰など日替わりで500ヵ所約7万人分配達。4月からは豚汁やかす汁セットメニューも追加
 4月1日〜
  芦屋市からの要請をうけて、避難所の約1,000人を対象に朝・昼・夕食の調達
 4月26日
  155全店舗営業

2. 緊急物資協定(行政機関とコープこうべ)に基づく物資調達(2/10現在)

 1月17日午前9時、緊急物資協定に基づき担当者を神戸市に派遣。担当者は神戸市対策本部にて、携帯する手帳を頼りに業者へ緊急物資の発注を行う。
 2月10日現在の協定に基づく緊急物資調達品の概数量を表4に示す。
 3月10日〜8月20日における緊急物資調達品の金額は以下のとおりである。

表4 緊急物資協定に基づく物資の調達(2.10現在)

資料:コープこうべ機関誌

(4)緊急物資の調達状況(神戸市の場合)

1. 震災から3日目までの緊急調達物資(表5)
2. 食料品配布状況(表6)
3. 1月29日の主食提供元(表7)

表5 震災から3日目までの緊急調達物資例(主なもの)

表6 食料品配布状況

表7 1月29日の主食提供元内訳

表5、6、7
資料:震災1周年記念講演とシンポジウム

(5)栄養士の目が見た救援物資の内容とその利用状況

 救援食品の実態について栄養士が観察した度数把握の調査結果(図1)より震災後1週間とその後ライフライン復旧時、4〜5月時点の3つの時期についてみる。

1. 救援食品の内容

 震災後1週間はパン・おにぎり・水・茶・缶詰が主な救援食品であった。2月以降ライフライン復旧時には弁当を中心に野菜・果物・牛乳・ジュースなどが多くなった。4〜5月時点では救援食品全般が少なくなり、野菜や果物など生鮮食品が主であった。

2. 救援食品のうち、廃棄処分となった品目

 保存の出来ないパン・おにぎり・弁当・生鮮食品が残念ながら廃棄された。廃棄理由は、賞味期限切れ、おにぎりやバナナなど入手した時すでに傷んでいた、卵のように製造年月日がなく鮮度確認が不可能、そして、過剰供給によるというものであった。

3. 未消費救援食品

 4月現在の在庫は缶詰・インスタント食品・レトルト食品・乾パン・米であった。

4. 被災地で実感した救援食品のありかた

 数え切れない多くの善意により私たち被災者は救援を受けた。救援食品の内容をみても当初は空腹を満たし、活動源となるエネルギーをもつ糖質食品と水を。中期になると基本的な栄養管理ができる弁当の調達に加え、食の本能を充足する美味しいものや栄養価の高い食品を。そして、後期には弁当で不足する栄養素を補給し、自炊することによって生きる力を生みだそうとする支援として新鮮な食品をと“被災者の時の経過とともに変化する食の欲求”に即応したものであった。
 しかし、不確実な運搬時間と各避難所のニーズ把握の困難性を主たる原因としてやむなく廃棄処分せざるを得なかった食品やその後も在庫となっている貴重な救援食品は大切な教訓を私たちに残した。
 例えば、簡便な食品であるはずのインスタント食品・レトルト食品は被災直後の水と熱源の確保ができない被災地では食べられない食品であったこと、同種の食品が一時に届きさばけなかったこと、逆に、被災者数に供給量が足らず配給できずに放置されたこと、自宅生活者への配給不足、スナック菓子の山積みが後に子どもたちの急激な体重増や血清脂質増加の一因となったこと等々、私たちは忘れずに今後の対策に活かさねばならないと考える。
 このたびの震災体験から被災地栄養士としての提案が1つある。すなわち、基礎食糧として水・糖質食品・缶詰を2、3日分、各自あるいは各地区で備蓄することにより、被災直後の食糧は現地で賄うのが鉄則である。これにより、必要以上の交通混乱を避け、人命救助に全力投入できる。そして、この間に、災害の規模により被災地および周辺の対策本部から救援食品を学校単位に搬送し、各避難所へ配給するというシステムを構築しておくことである。各地の対策本部は非常時においてキーステーションとしての機能をもっために、平常時から、マニュアルを作り、情報伝達が正確に速やかに行えるようネットワークを活用し、トレーニングしておかねばならない。

図1 救援物資の内容と経過

(6)被災時における食糧需給について

 以上、食品流通企業や行政による災害発生後の食糧供給と被災者サイドの需要の2面から当時の実態をみてきた。これまでの災害対策をはるかに上回る被災のなかで、人々の命をつかさどる食糧の大切さをあらためて思い知ると同時に豊かな物質社会での栄養士活動に終始していたことを反省せざるを得ない。食糧生産から流通をふまえた栄養管理を日常的に実践していかなくてはならない。
 このたびの体験で得た重要なことは、“必要最小限の食糧と最小限の調理機能を非常時においても確保する”ことである。そのためには、被災時における食糧流通と被災者の食の欲求を時系列に整理し検討しておくことが必要である。

  1. 各個人、各施設における分析を統合し、災害の規模別に “必要最小限の食糧と最小限の調理機能”を概算する。それを食品流通企業と行政、給食施設、個人に配分し常備する。これにより、被災後3日間は自力調達をめざす。
  2. 直後3日後の食糧は1.を基礎に概算しておき、被災地周辺の対策本部から被災地対策本部へ搬送するシステムを稼働すると同時に、被災地は必要な情報を発信し、無駄のない合理的な救援活動を要求する。
  3. 平常時における各業種・職種間のネットワークを円滑に行い、1.、2.の能力を恒常的に維持できるよう努力する。
  4. これらの対策を推進するために栄養士会をはじめとする各職能団体は行政機関と充分な連携をもち、食糧対策に関してはイニシアティブをもってその任を果たす。
  5. 今後は、これらの対策を実現するために必要なマニュアルを作成し、実践していく。

(c)1997兵庫県栄養士会(デジタル化:神戸大学附属図書館)