命を支える食生活を守るために 兵庫県栄養士会 平成9年5月 p86-105


4.長期活動

(1)仮設住宅への支援活動

 大震災という大きなショックをうけて、栄養士会会員も何か人の為に役立ちたいというボランティア精神が芽生えた。
 H7年度栄養士会総会で会としてのボランティア活動が提案、承認され、8月理事会にて新たなボランティア活動への取り組みが具体化され、これまでの避難所炊出しの支援から、栄養士会として仮設住宅を含む被災者支援の長期活動の始まりとなった。
 以後、各地区に於て各々の実情に応じたボランティア活動が勢力的に展開されました。“ケアつき住宅での食事援助”“手作り弁当での昼食会”“調理実習をしての食事会”etc.栄養士会ならではの活動は、地方新聞やタウン新聞にも紹介されるなど各地で好評をはくした。同時に、被災者からも “真心が感じられて嬉しい”“身だくさんのお汁で、温もりました”“バランスのよい食事で元気が出ました”と喜びの声を頂くなどこの活動をとおして、栄養士会員は、職場内では体験することの出来ない貴重な学習、経験の場となり、又ボランティアの喜びも経験することが出来た。
 以下、地区別の活動内容を、会員の感想を併せて報告する。

神戸地区支援活動(1)

神戸地区支援活動(2)

西宮地区支援活動

宝塚地区支援活動

芦屋地区支援活動

東播磨地区支援活動(加古川市松風団地)

(三木市緑が丘住宅)

丹波地区支援活動

 “わいわいランチタイム”
 お弁当をみんなで食べた後、楽しくゲームや健康体操。ゆうちゃん(腹話術)も特別ゲストで参加

西播磨地区支援活動

淡路地区支援活動

(2)ボランティア活動参加者の声

仮設住宅等に対するボランティア活動に参加した会員からの声をあつめた。


緊急時の支援体制づくりを

特別養護老人ホーム松寿園 梅 垣 佳津枝

 阪神大震災発生後、阪神ブロック内の老人ホームに施設の被害や生活物資のニーズ状況を把握し、直ちに準備にとりかかった。水道、ガスが使用できないとのこと。この状況を頭におき、第1に準備した物は水分の確保(飲料水をポリタンク10個で180リットル、みかん箱10箱で200リットル、牛乳200リットル)、第2に少し日持ちがする主食(半生カップそば400食)、第3に簡単に洗浄のできる野菜(白菜100Kg)、第4に調理用の水の代わりに使用できる料理酒(96リットル)、第5に長期的に副食として使用できる佃煮(昆布の佃煮10Kg)、第6に虚弱者の方の栄養補助食品(MA‐7,500ccを24箱)、第7に使い捨て食器(丼、おしぼり、紙コップ、皿など)、第8に紙おしめ、以上の品物である。これらを各関係業者に緊急依頼をし当日になんとか搬送できる段取りができた。しかし、この中で一番困ったことは、飲料水用のポリタンクの確保である。業者10件片っ端から電話するが、品物不足とのこと。その後約1時間30分程の遠距離地でやっと10個程の確保ができた。残りはしかたなく、ナイロン袋を二重にし、水を入れ輪ゴムでしっかり縛り、みかん箱の段ボールに入れて運んだ。この方法は想像以上に安定して良かった。又栄養補助食品の栄養剤は、道路が大渋滞している中を大阪より業者に丸1日かけて搬送してもらい、数力所の施設に分けて確保した。このように生活物資の中で、今本当に何が必要か考え準備したつもりであるが、実際震災を受けられた施設として本当に役立つのか心配であった。しかし、翌日依頼施設へ到着し、寝食を忘れ精一杯頑張っておられる職員さん(栄養士さんなど)とお出会いしたときには、心配どころかとりあえず良かったと胸をなでおろしたのである。それと同時に感じたことは、食事を担当している栄養士は、なんとしても食べられる物を毎日3食確保し、提供しなくてはならないという大変な責務があること。そしてこの責務を果たすには一施設の栄養士のみではとても無理であること。やはりこのような緊急時には各施設の横のネットワークによる援助が絶対必要であるということである。今後震災など予期せぬ不幸な出来事がいつ突如出現するかわからない現在、まず我々が今後も検討しなくてはならないのは緊急時における支援体制づくりではないかと今回の震災により痛切に思った。


ボランティア活動を通じて

医療法人愛和会 金沢病院 小 野 香

 悪夢のようなあの日からはや1年半が過ぎました。地震が起きた瞬間は被災者全てが共通の思いを経験したはずです。ところがその後は全く異なります。家族が皆無事だった人、家族を失った人、家が無事だった人、家を失った人……。幸いにして、私は家も家族も失うことがありませんでした。地震後しばらくは不自由な生活を強いられていたものの、それもライフラインの復旧につれて徐々に元通りの暮らしに戻ってゆきました。
 生涯二度とないであろうこのような大震災は、大変不謹慎な言い方をすればとても貴重な経験でした。しかし当時私は栄養士として歩み始めたばかりでしたので、今思えばもっと何かできたのではないだろうかという思いが残っています。
 当時に対する記憶は薄れ、また後悔も入り交じりたいへん複雑な思いが交錯していた頃、栄養士会のボランティア活動を知り、その組織に登録しました。
 栄養士会ボランティアの主旨は、仮設住宅敷地内の集会所を訪問し、“不自由な生活の中でも健康に留意し栄養もとって元気に暮らしましょう”というもので、その活動内容は30名程集まられた仮設住まいの方々とふれあいの時間を持つ、といったものでした。その際、栄養指導の媒体である食べ物や栄養素についての話や歌等も用意した上、時間としては約2時間をかけて行いました。
 被災者の方々は、笑顔で接して下さったので明るく生活を送られているということが分かり、私としては少し安心もしました。しかし表面的な明るさの一方、実際の生活には問題点がいくつかありました。台所の調理台が狭く、使い勝手が悪いためか、外食や弁当に頼るという栄養バランスに気を配れない食生活を送る方が多いように思いました。高齢の夫婦や独居者が対象だったため特にそのような傾向があったのかもしれません。中には糖尿病、高血圧症、高脂血症などの食事療養が不十分な方、運動不足のため肥満傾向にある方もいらっしゃいました。この様な方には食事に対しての再認識を促し食生活改善への意欲を取り戻させるためにも外食を含めた栄養指導を行う必要性を感じました。訪問した際、個別に話をする機会が持てたので多少は問題解決の糸口を作ることができたのではないかと自負しております。
 引き続きボランティア活動を通じて、仮設住まいの方々の食生活改善のために少しでも役立つ事を行うと共に、災害時に栄養士が専門家として果たすべき役割について今後も考察してゆきたいと思っております。


仮設住宅「ふれあいセンター」の巡回栄養相談を通して

芦屋市保健センター 名 村 靖 子

 平成7年9月より仮設住宅の住民のためのコミュニティ形成の場やボランティア活動の拠点として利用できる「ふれあいセンター」が芦屋市内に4 ヵ所建設されました。これは県ふれあいセンター協議会によってつくられたもので、それぞれ集会室と相談室を持っています。管理運営は各運営委員会があたり、心身の健康増進につながる事業、高齢者等の生きがい創造につながる事業、住民相互や近隣地域とのふれあい交流事業、生活情報を提供する事業などが行われます。その中の心身の健康増進につながる事業の一環として地域を担当する保健婦が中心となって血圧測定や健康相談、栄養士による栄養相談、芦屋こころのケアーセンターの心理相談員による心の相談を一チームとして月一回各ふれあいセンターで行っています。平成8年5月からは戸数の少ない仮設住宅の集会所での健康相談も加わり、市内11ヵ所を保健センター5ヵ所と保健所で6ヵ所に地区分担をし、月一回行っています。
 住民の方は長引く仮設住宅での生活を余儀なくされておられます。寒い時にはすきま風、雨の日はうるさいほどの雨音、暑いときには、クーラーがきかないほどの蒸し暑さの中で、調理をするにも一口コンロとせまい流しという条件では、手順の多い料理はする気がしませんと言われる方が多く、調理済み食品を買われたり、配食サービスを受けて工夫しておられます。身体的には降圧剤の服用者が多く、慢性疾患を持っておられる方もコントロールがなかなか難しいようです。月一回の相談ですが、心待ちにしている方もおられ、試食をしながら食べることで困っていることを訴えられます。「食べ過ぎているのか、最近太ってきた」「骨粗髪症といわれているがCaのとり方は」「血中コレステロールが高いといわれているが、下げるのに良い食べ方は」「貧血の食事のとり方は」「塩辛い物を食べ過ぎていないか」「野菜の取り方が少ないように思うが」「酒の量が最近増してきた」「甘い物が急にほしくなってきたが砂糖の取りすぎでは」等食にまつわる事だけでなく、家族や経済の問題や将来の不安等についても話し込んでいかれます。話をしてもすぐには解決しないことばかりですが、来られた時より明るい表情で帰っていかれ、また来月来ますと言われるとうれしくなってしまいます。
 栄養相談といってもほんのすこしの手助けに過ぎないと思いますが、食を通じて元気や食べることの大切さが伝えられたと思います。
 試食は兵庫県栄養士会との共催という形で震災の義援金を使わせて頂いて作りました。
 季節の素材を使った、一鍋でできて、簡単でおいしい献立を1〜2品食べていただきました。例えば「塩鮭を使った飛鳥鍋」「白菜と豚肉の重ね煮」「豆腐だんご入りほかほか汁」「鶏肉のポトフ」「にらのつけ焼き」「豆腐入り草だんご」「蒸し鶏の野菜和え」等です。
 病原性大腸菌O‐157による食中毒の慢延で平成8年7月22日の「高浜北ふれあいセンター」の相談から急遽試食の中止が決まりました。楽しみにしていただいていた試食という媒体はありませんが、災害復興にむけて、やすらぎの住まいが確保され仮設住宅が解消する日まで、栄養相談を通して心身の健康を保っために明日へのエネルギー源である食べることに意欲を持っていただければと思います。


仮設住宅への訪問栄養指導

三田市在宅栄養士 井 殿 雅 代

 平成7年度半ばから、保健所の活動の中で仮設住宅の訪問が始まり、最初は、保健婦さんと二人一組で、生活状況の把握にまわりました。なかなか食生活の話は聞けず、生活一般の苦情が主で、特に神戸から三田という田舎に追いやられたという思いが強い様で、食事状況にしても、物価が高い、新鮮な物がない等、生活面での訴えが多くありました。全体に健康状態が把握できた時点で、栄養士(二人組)で、病態であがってきた人、高令者の一人ぐらしを対象に個別訪問を始めました。初めは、栄養指導というよりも、相手の訴えを聞く事の方が主になり、何回か、訪問して行くうちに、食事の内容も聞ける様になり、その日の状態によって指導をおこなえる様になって来ました。
 慢性疾患をもつ、40〜50代の男性の一人ぐらしも多く、ふれあいセンターで、調理実習を行う事にしました。まず、初歩的な料理で、道具もあまり使用しないで、栄養バランスの取れるという事を基本において、献立をたて実習をおこないました。
 一緒に調理して、栄養指導する事によって、摂取量、味付など、口頭でいうよりも、より理解してもらえた様に思います。参加者の中で、90才の男性は、一人ぐらしなので、ほとんど外食だったそうですが、参加する様になって、自分で調理ができる様になり、家で食事する回数が増えたと、うれしい報告もありました。


ボランティア活動に参加して

モロゾフ(株) 廣 田 有加里

 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により多くの尊い命が失われ、そのうえ多数の負傷者や家屋の損壊、さらに多くの事業場施設に大きな被害をもたらしました。私自身も被災者でしたので、ライフラインが復旧するまでは余裕がありませんでした。ですから、今、振り返ると、『ボランティア活動をしたい!』という気持ちが湧いてきたのは、私の心に少し余裕がもてるようになってきてからです。震災当初は、自分のことで精一杯でしたが、住居、家族、仕事等を失った被災者の映像を見るたびに心が痛みました。また、私の勤務する会社の従業員からも被災状況の“なまの声”を聞く機会があり、「私に何かできることはないだろうか・・」という思いが次第に強くなってきました。ちょうどその頃、栄養士会のボランティア募集を見て、すぐに応募しました。
 私が訪問した仮設住宅にはふれあいセンターがありましたので、仮設住宅の自治会の方々の協力により、センターで栄養の講話をした後、野菜をたっぷり使った料理の試食を提供し、全員で歌を歌ったりする等、楽しく仮設住宅の方々と過ごすことができました。
 ふれあいセンターに集まって来られる方々は、皆さん元気で、明るく、前向きで、私達を快く受け入れて下さいました。そして、毎日の生活状況について、いろいろと話をして下さいました。ただ、ふれあいセンターに出てこられなかった方々のことが気掛りに思っています。自治会の方からは「行事に参加する人はいつも決まっているので、参加されない人に対しても配慮してほしい」という声がありました。この件については今後の課題の一つだと思います。
 この度のボランティア活動は、各仮設住宅の自治会の方々の協力によりスムーズに進めることができました。私は『ボランティア活動』について語るほどのことはしていませんが、多くのことを学びました。今後も、長期に渡って活動を続けていきたいと思います。


阪神・淡路大震災における兵庫県栄養士会淡路地域のボランティア活動

特別養護老人ホーム翁寿園 月本 忍

1.はじめに

 阪神・淡路大震災で一躍有名になった淡路島は、兵庫県の最南端に位置している。南北に細長く、南に広く北にいくほど細く、琵琶湖によく似た形をしている。南は四国の鳴門大橋でつながり、平成9年、明石大橋の完成によって、本州と四国を直結する予定である。淡路島は、周囲155km、面積597km2、兵庫県全体の7.1%にあたる。1市10町からなり、人口17万弱といわれ年ごとに若年層が減少し、老齢化・過疎化が目立っている。また、南側は東西にのびる和泉砂岩層と北部の南北にのびる花岡岩層に分かれ、このたびの地震は、この2つの地層が明暗を分けたともいわれている。

2.町の大半が壊滅に近い被災地に対する救援活動始動

 1月30日、兵庫県栄養士会では、被災地外の役員で臨時会議を開き、日本栄養士会と厚生省からの意向を兵庫栄養士会長より聞かされ、兵庫県栄養士会として、

  1. 被災地への義援金の募集について
  2. 国・県が実施している保健班に参加、巡回栄養相談をボランティアとして実施する。
  3. 栄養士会会員の被災現状の把握
  4. 一般被災者への炊き出しは、地域を決めて実施する。

 以上、4つについて活動を呼びかけた。
 これに基づき、淡路地域ではすでに徳島県をはじめとする四国医療班が津名保健所を拠点に活躍中であった。1月31日、兵庫県栄養士会淡路地域の役員会を開き、兵庫県栄養士会の救援方針を踏まえ話し合った。
 すでに、津名保健所および被災地からの要請もあって、水の出ない特別養護老人ホームでの調理を手伝っている会員もあり、我々栄養士だけの人数で何が出来るを話し合い、3つの方針をたてた。

  1. 電話網を通じ会員に、被災地の避難所へ炊き出しボランティアに参加出来る人を募集
  2. 県、保健所の実施している巡回栄養相談スタッフとして参加しよう。
  3. 急を要する北淡町避難所での炊き出しボランティアを、役員および有志で早急に実施しよう。

3.ボランティア実施にあたって

 1.北淡町、一宮町へは、近くの人でも車で30分、遠い人は50分程の距離がある。また、この地区は地震の震源地でもあるので、二次災害および途中の災害も考え、参加する会員は予震特約付ボランティア保険に加入してもらった。
 2.炊き出しボランティア
 北淡町対策本部と連絡をとり、炊き出しボランティア希望を申し込んだ。日時は2月5日(日)として、昼食400人分を避難所4カ所で行う。炊き出し人員は、10名で実施。朝7時30分現地集合を決めた。前日、実施に先だって避難所の場所を確認し、炊き出し用器具の有無調べなど、対策本部と再度打ち合わせをした。現地調達出来る救援物資や、避難所の人たちの希望下調べ調査に避難所へ行き、水道、水の使用出来る箇所、ガスコンロの大きさ等も含め、献立を作成した。

献立

  1. 関東煮(大根、こんにゃく、厚揚げ、人参、かしわ)
  2. 白菜の八宝菜風煮(白菜、豚肉、人参、生しいたけ)
  3. ほうれん草のおひたし
  4. ごはん(炊きたて)

 3.避難所への巡回栄養相談
 地元津名保健所保健婦、四国保健班とともに避難所栄養相談に参加。長期化する避難所での生活に対する不安、仮設住宅に入居するまでという目標を希望にがんばっている人たち、食事療養している人たちの食事と健康に対する不安、1つでも2つでも不安を取り除けたらと、一同必死で避難所を一日中巡った。また、夕方の方が避難所人口が増えると聞けば、夕方から夜間にかけて巡回相談を実施した。このような巡回相談は、勤務栄養士にとってかなりの負担になった。しかし、施設長などの理解もあり、栄養士は皆がんばり通した。
 4.避難所の炊き出し自立に向けて
巡回指導に行き、何回か同じ避難所で顔を合わせるうちに顔なじみになり、「炊き出しごはんがかたい」「同じ副食だ」など、本音が聞けた。そして若い人たちに、自分たちで1日1回でも料理を作ってみたいという人たちが出て来た。
 5.避難所生活での自立の支援
対策本部や地元保健所は自立への意向もあったので、急速に話がまとまり、炊事場所の確保・材料の調達方法などのめどもたった。私たちは、土曜日・日曜日であれば勤務栄養士も手伝いが出来ると考え、避難所ごとに調理班の中へ2〜3名で参加、食材料の一部を補助して変化あるメニューや、手のこんだメニューを指導し一緒に作り、被災者から喜ばれた。
 6.仮設住宅に入って料理を作ろう
 3月に入るとだんだん仮設住宅が出来、入所を待つ人が多くなった。一宮町では仮設に入っても炊き出しに頼ることのないよう、仮設住宅でできる料理指導の希望があり、避難所の人たちとともに料理教室を開いた。「元気は食事から、簡単に出来る料理です。みんなで作ってみませんか」を呼びかけ実施した。

 献立は

4.仮設住宅団地「ふれあいまつり」への参加(4月15日)

 次に、「大震災より3ヵ月の避難所生活よりやっと仮設住宅に入った人たちを励まそう」を、がんばれ淡路ボランティアグループとともに、4月15日に、“鯉のぼりをあげよう”“仮設に花を植えよう”というイベントに参加。昼食の計画を兵庫県栄養士会に任され、私たちは5つのイベントを計画実施した。

  1. 北淡町は600戸の仮設住宅があるので、 200個程度の弁当づくりを対策本部より依頼された。
  2. イベント会場において、「仮設住宅の狭い台所でも簡単に出来る料理実演講習会」を開催し、100人分試食を作ること。献立は、ごはん・煮込みハンバーグ・ほうれん草とキャベツのナムル・五目豆。 エネルギー370kcal、たんぱく質33.4g、脂質24.3g、食塩4g。
  3. 「食事なんでも相談」コーナーの開設(保健所栄養士に担当してもらう。)
  4. 不足しやすい食品を提供
     1日に食べて欲しい緑黄色野菜やたんばく質源食品を色とりどりのポリカゴで提供し、使用してもらう。
  5. カンタン料理集配布
     コンロ1つで簡単に作れ、季節感のある家庭料理の作り方集を配布することにした。

 当日天気もよく春の暖かい日ざしの中、朝7時30分より、学校給食施設を利用させていただき弁当作り、スタッフ20名と給食センターの所長さん他ボイラー担当者など、総出で協力を得て、無事時間内に出来上がり、大変だったが何とか終わったという感じだった。

5.まとめ

 私たち栄養士会員は大きなことは出来なかったが、巡回指導や炊き出しボランティア等、延べ85名の参加を得て、淡路の被災地の人たちとともに自分たちで出来る範囲内のことを模索し夢中で行動してきた。改めて食事の大切さ、食べものの必要性を身を持って体験した若い会員たちは、栄養士の活動が幅の広い意義のある職種であることを改めて認識し、仕事とへの意欲が出て来たのでないかと考えている。
 これからも仮設住宅の入所者の方々に何らかの手助けが出来たらと思っています。私たちの活動は、全国の会員の皆様方からの温かい多額の義援金をいただいたことや勤務先の上司の配慮、ボランティア参加への理解、同僚の一方ならぬ協力、家族の励ましやいたわりの積み重ねによるものと心より感謝し、被災に遭われた地域の人たちの1日も早い復興を願っています。


支援をして感じたこと

社町保健センター 井 上 武 子

 阪神・淡路大震災までは、災害時の救済活動は、どこか他人事という感じが自分の中にあった。
 1月17日の地震の後、いろいろな情報の中、今私たちに何ができるのか。ずっと、そう思っている中で、兵庫県栄養士会からの緊急会議が開かれ、支援方法が決定した。

 ●会員相互の安否確認
 ●炊き出し(長田区、苅藻中学校)
 ●仮設住宅巡回栄養相談

 以上に参加させていただき、特に仮設住宅巡回栄養相談について感じたことを述べたいと思う。
 “あの日”以来8ヵ月が経過し、仮設住宅(加古川市松風団地)を巡回栄養相談することになった。震災直後、道なき道を3時間程かけて、長田区の避難所へ炊き出しにいった感動(自己満足かもしれないが…)が、まだ私の中に残っていたので、仮設住宅についても期待していった。入居されている方からの最初の言葉が「今日は何、持ってきてくれたん?」の言葉。当初の頃のボランティアも日々、減少し、病院へ行くのも交通の便が悪い、買い物へ行くのも困難な状況。精神面での十分なケアができていない。
 そんな中で「バランスのよい食事」を基本に全体の栄養講義は、受け入れが悪く、試食をもっての個別訪問の方が良かったと感じた。しかしこの活動も2週間に1回、メンバーも固定していないことから、本当に相手の求めている指導、自立できる支援ができているかという疑問がの残ったままで帰路についたのは私だけだったのだろうか?
 地域保健法の施行にともなって、市町と保健所のつながりは、希薄になりつつあるように思えますが、今後それぞれの役割を踏まえながら協働し、一日も早い復興を願って、今後も栄養士として支援できることを考えたいと思う。


神戸女子短期大学ボランティア活動報告

神戸女子短期大学 森下敏子、山本下隆子、西川貴子

1.実施までの経過

 当大学の所在地であるポートアイランドには、仮設住宅が第1から第7までに分かれて約3,000戸建っています。私達で何か住民の方のお手伝いができることはないかと考え、神戸市衛生局や中央保健所に相談したところ、「住民の方には高齢者が多く、部屋に閉じ込もりがちなので、外でのコミュニケーションの場を提供してほしい」との要望がありました。そんな折り、ふれあいセンターが順次オープンしましたので、ふれあいセンターで「お楽しみ会」を開催することにしました。

2.実施内容

1)第1回 お楽しみ会

    1. 折り紙で雛人形を折って色紙に貼り、吊るせるように仕上げる
    2. ひなまつりの歌を歌う
    3. 手作りのマドレーヌとクッキーで茶話会
    4. 第6仮設のみ人形劇部による人形劇 “動物村の遊園地”を上演

  案内:お楽しみ会の案内書を作成し、一週間前に各家庭に配布
   各住宅群の入口にポスター掲示

  グループ編成:

  1. 訪問班 初等教育学科の教育実習経験者をリーダーに1施設約10名程度で編成、事前に折り紙の作り方、歌の練習をして、進行の打ち合わせを行う。
  2. お菓子作り班 主に栄養士コースの学生を中心に班を編成、クッキーの材料の調達、お菓子作り、袋詰め、メッセージカード作成等の作業を行う。

 当日持参するものの準備:雛人形作りに要する文具一式、紅茶、紙コップ等の茶話会で必要なもの一式

2)第2回 お楽しみ会

  1. マーブリングを使ってうちわ作り
  2. 盆踊り
  3. 手作り水ようかんで茶話会

3.実施後の感想等

 説明会当初は学生の対応に不安がありましたが、仮設ふれあいセンターでは学生たちは積極的に接し、和やかな雰囲気で住民たちと交流しました。結果的には「楽しかった」と喜んでもらえ、参加者の笑顔を見ることができました。
 例えば第1回目は雛人形作りでしたが、女性が多い中、少数の男性の方も一生懸命取り組んで下さいました。「体が悪いので、迷惑をかけると思うけど独りでいるのが寂しいのできました」とおっしゃったおばあさん、「こんなに楽しかったのは久しぶり、お菓子もおいしかった」とおっしゃって帰られた方、また2〜3カ月後、写真を持って訪問すると、その時作った雛人形をまだ壁に飾っておられた人もあり、たいへん歓迎されました。
 授業の関係上、一斉に実施するのは年に2回くらいになりますが、今年の学園祭に招待したり、個々に交流している学生もいます。
 第1回目は、教員が中心で進めましたが、それ以後学生のボランティアグループが発足し、第2回目は、ボランティアの学生らが中心になって、学内で手作りクッキーやマドレーヌを販売して活動資金を作り、学生中心で進行しました。
 学生自らが企画、進行した会で、住民の方に喜んでもらえたことが、学生の喜びとなり、学内では経験できない生きた勉強にもなって、別の意味で大きな成果があったと思います。

4.今後の予定

 この様な活動を行うにはいくらかの資金が必要です。ボランティアグループは、11月半ばに開催された学園祭を利用して、チャリティーオークションを行い、資金集めをして次の計画を進めています。平成9年2月下旬に第3回目のお楽しみ会を実施する予定です。また、皆様方のご意見などがありましたら是非お寄せ下さい。


兵庫女子短期大学ボランティア活動報告

兵庫女子短期大学 春木 敏

活動後記: “モロヘイヤを育ててみませんか?”

活動は'95年7月、兵庫県栄養士会開催シンポジウム「“阪神・淡路大震災”と栄養士活動を考える会」で講演戴いた大阪市立大学平井和子先生の紹介がきっかけとなり始まりました。また、“和風園創立祭”参加は大阪市立大学大谷貴美子先生のお誘いを受けて参加しました。両先生はじめ、大阪の学生ボランティア活動との連携によってささやかな本学のボランティア活動は啓発を受け動き出しました。当時の学生は'96年3月に卒業し、今、後進の育成を図っています。息の長いボランティア活動をとおして、栄養士養成における社会活動のありかたを模索していきたい。震災体験を無駄にしないためにも・・・。

栄養士養成施設としてのボランティア活動

武庫川女子大学食物栄養学科 田 中 敬 子

 兵庫県栄養士会会員である教員が中心となり、西宮市・芦屋市への支援を検討した。栄養士会会員のほとんどが、震災で被害をうけ支援を受ける立場にあり、一般市民への支援は不可能な状態にあった。そこで、大学に、学生と一緒に支援活動を実施することの了解を得て、計画した。市の対策本部と協議、次ぎのとおり実施することとなった。

1.芦屋市 保育所への食事の提供(表1のとおり)

参加者 学生 91名
教 員 50名 延360名
保健所・市福祉課の栄養士の支援をいただいた。

2.西宮市 市は設置した二次避難所(高齢者用)の食事づくりを栄養士会が委託していたので、大学として支援した。(表2)カリキュラムを変更(大学の了解を得て)管理栄養士専攻の学生が木・金・土曜日に3〜5名が食事づくりに参加し活動した。

 これら、非常にわずかな支援活動だったが、大学特に学部の協力が、大きかったと思う。栄養士会会員の教員だけでは、実行は不可能だったと思う。
 この支援活動をとおして、学生たちもボランティア活動に対して、理解を深めたことと思っている。

表1 保育所(園)ボランティアのスケジュールと献立

西宮市社会福祉センターかぶとやま荘における二次避難所の昼食献立(武庫川女子大ボランティア分)

(3)今後の活動

 あの悪夢の様な震災から1年数力月栄養士会会員はそれぞれの職場の復旧、復興にエネルギーを費やしながらもボランティア活動に積極的に参加してきた。栄養士会にとっては、まさに “ボランティア元年”と言えるふさわしいものとなり、又参加した会員一人一人は、この活動を通して確かな手ごたえを感じたに違いない。
 しかし、今ここにきて栄養士会としてのボランティア活動のあり方についても検討をくわえてみる時期にきているやもしれない。一つには、ボランティア活動の本来のあり方…自主制、自由な時間、門口の広さetc.…から見ての団体としてのしばりや組織としての受け皿の問題、又一つには、被災者への支援から始まった活動ですが、自立への援助としてそのあり方が今問われてきている時であることなどがある。
 ここで大切なことは、折角積み上げてきたボランティア活動の旗を下ろすことではなく、経験を基に新たなボランティア活動を模索して行くことではないか? すでにその芽ははぐくまれている。
 21世紀も目前、確実に老人社会が訪れる。在宅老人の給食サービス、寝たきり老人の食事援助、更に寝たきりにならないための健康教育etc.社会的役割への期待は今後ますます高まると言える。
 被災者の問題を含めて、私達への課題は沢山ある。今後のボランティアの方向性を決めていくのは、会員自身の声と社会の要請の中から生まれて来るものと思われる。“共生”への扉に一歩近づいた栄養士会員は、21世紀に向けて、ぬくもりある生き方、共感の味わえる社会活動に積極的に参加して行くことになるであろう。


(c)1997兵庫県栄養士会(デジタル化:神戸大学附属図書館)