大地震の被災動物を救うために : 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録 / 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会編. - 発行:[神戸] : 兵庫県南部地震動物救援本部, 1996.12. 請求記号:震災-7-156,318,319. p6-11

兵庫県南部地震動物救援本部の設置

 被災した動物を救う行動がどのような経緯で始まったか、特に、動管法に関わる兵庫県ならびに市町村の担当者は、人の救護活動が何よりも優先される状況のなかで、苦悩の出発であった。

東京本部と現地本部設立の経緯

1月19日(木)「猫を探しています。キジトラのオス。名前はラッキー。名前を呼べば、きっと返事をします。人なつっこくて、かしこい子です。地震の直後にいなくなりました。」飼い主が猫や犬を探す、こんな貼紙でいっぱいのボードが傍らにたつ「動物救援テント」が、西宮市の西宮えびす神社前に設けられたのは、地震発生からわずか2日後のことであった。
 また、(社)神戸市獣医師会1)・旗谷昌彦会長と(社)日本動物福祉協会2)阪神支部・松田早苗副支部長が、負傷した多数の被災動物がいることを確認した。旗谷会長はこうした状況を(社)日本獣医師会3)ならびに近畿地区連合獣医師会4)難波博会長など近隣の獣医師会に連絡し、対応を協議した。また、神戸市保険福祉局健康部とも協議、神戸市はこのとき、動物救護のための施設(神戸市動物管理センター、資料編参照)の提供を申し出ていた。
 兵庫県保健環境部生活衛生課動物衛生係長・菊池豊彦氏も、また行政的側面からの対応を模索していた。地震発生からこの日までの経過を菊池係長自身が以下のように綴っている(後掲)。
 時を同じくして、マスターフーズ・リミテッド社5)が動物を救うための物資提供を申し出た。

1月20日(金)旗谷会長の働きかけにより、(社)神戸市獣医師会に所属する開業獣医師の何人かが集まり、被災動物をどのように救助するか、議論された。
 一方、動物行政に関わる総理府の指導により、11団体6)から成る「兵庫県南部地震動物救援東京本部」が設置された。このことは、総理府・武井調査官から、兵庫県保健衛生部に、動物救済の事業要旨と合わせ伝えられ、救援物資ならびに救援金の大きな支えを持つことになった。
 東京本部の最も重要な仕事は、被災地と連絡を密にし、被災と動物を救うために必要な物資を滞りなく送付することであった。その連絡調整を行ったのは事務局を担当した(財)日本動物愛護協会であった。

1月21日(土)総理府から連絡を受けた兵庫県ならびに神戸市は、(株)兵庫県獣医師会7)(社)神戸市獣医師会および予てから県と協力体制にあった県内唯一の法人組織である(社)日本動物福祉協会阪神支部に、動物救護を要請、「兵庫県南部地震動物救援本部」が設置され、当初その本部を県獣医師会に置いた
 夜には、民間団体から早くもペットフードが届き、神戸市獣医師会々員による被災地への餌の供給が始まった。

1)(社団法人)神戸獣医師会 1965年設立。旗谷昌彦会長。会員数115名。 〒651神戸市中央区浜辺通4丁目1の23 三ノ宮ベンチャーピル525号、電話(078)231−1675、ファックス(078)272−2180
2)(社団法人)日本動物福祉協会 1957年設立。松浦均理事長。設立時の会員数は約170名。現在2855名。〒106港区元麻布3−1−38 第5谷澤ビル5F、電話(03)3405−5681/5652、ファックス(03)3478−1945。
3)(社団法人)日本獣医師会 1948年設立。杉山文男会長。設立時の会員数は5,216名。現在53団体、26,660名。〒107港区南青山1−1−1 新青山ビル西館23F。電話(03)3475−1601、ファックス(0)3475−1604。
4)近畿地区連合獣医師会 三重県、滋賀県、京都府京都市、奈良県、和歌山県、大阪府、大阪市、兵庫県、神戸市の10獣医師会から構成される。すべて社団法人である。
5)マスターフーズ・リミテッド社 ドッグフードのペディグリーチャムなどで知られるペットフードメーカー。地震発生当日の17日、アメリカ本社の社長から東京のオフィスに緊急の国際電話が入った。社長の指令は「金はいくら使ってもいいから、救援活動をしろ」、むろん被災動物を救うためにである。
6)11団体 (財)日本動物愛護協会、(社)日本動物福祉協会、(社)日本愛玩動物協会、(社)日本動物保護管理協会、(社)ジャパンケンネルクラブ、(社)日本動物病院福祉協会、(社)東京都動物保護管理協会、(社)横浜市獣医師会、日本ペットフード工業会、日本ペット用品工業会、日本訓練士団体連合会。
7)(社団法人)兵庫県獣医師会 1948年設立、鷲尾勝彦会長。設立時の会員数は185名。現在855名。〒650神戸市中央区中山手通り7−28−33 県立産業会館4F。電話(078)361−8153。 ファックス(078)361−6646。

東京本部

 一早く発足した東京本部は11団体をもって構成された。以下に、各団体の紹介をしておこう。
 (財)日本動物愛護協会は、1948年5月23日に設立され、設立当時の会員数は150名を数えた。現在約400名の会員を擁し、理事長は小山敦が努める。「動管法」の趣旨に基づき、広く社会に動物愛護精神を普及させることを目的に、出版事業、普及事業、緊急時の動物救援などを行っている。
 (社)日本動物福祉協会は、1957年10月16日に設立され、約170名の会員からスタートした。東京港区に事務局を置き、理事長は松浦均である。動物愛護思想の普及徹底を推進し、動物虐待防止策の追求ならびに対策を進めている。また不妊あるいは去勢手術への助成など、幅広い活動を続けている。現在の会員数は2855名にのぼる。
 (社)日本愛玩動物協会は、1979年5月21日に1953名の会員をもって東京に設立された。動物愛護週間行事など愛護精神高揚事業の実施。愛玩動物飼養管理士の養成、ならびに管理士会活動等による普及啓蒙活動の推進。適正飼養パンフの配布等による適正飼養知識の普及に努めている。会長は大鷹淑子、現在の会員数は4927名である。


 (社)日本動物保護管理協会は、1982年4月1日に正会員14、特別会員1の合計15団体で発足した。「動物の保護および管理に関する法律」の思想普及に関わる事業を推進している。現在63の団体と6名の会員から成る。会長は杉山文男である。
 (社)ジャパンケンネルクラブは、1949年4月28日、会員数500名で発足した。正しい畜犬の飼育の指導奨励と畜犬の啓蒙、各種畜犬の育成とその血統を保持するための犬種登録、畜犬に関する公衆衛生の向上、動物愛護の精神を高揚し、国民の情操教育を図ることを目的に活発に活動している。さらに総合畜犬展覧会、訓練競技会および博覧会の開催と畜犬に関する図書印刷物の刊行などのほか、諸外国との交流も行っている。理事長は経徳禮文、現在約15万人の会員を擁している。
 (社)東京都動物保護管理協会は、1986年10月1日設立。会長は清野光一。動物の保護および管理に関する法律、ならびに東京都動物の保護管理に関する条例に基づく動物愛護事業を推進している。設立時の会員数1147名、現在1279名である。
 (社)日本動物病院福祉協会は開業獣医師の教育と「人と動物とのふれあい」活動を推進することを目的に、1987年11月1日に設立された。発足時の会員数は約100名、現在は約2300名である。会長は是枝哲也。
(社)横浜市獣医師会は、1955年11月2日に設立され、現在の会長は松倉次郎である。獣医業の発展向上、家畜衛生、獣医公衆衛生の徹底、動物愛護ならびに会員福祉の増進などのほか、広く獣医学および畜産学の発展を目指して、調査研究にも注目している。設立当時55名であった会員が、現在では370名に増えた。
 日本ペットフード工業会はペットフードの品質向上と普及啓発を目的に、1979年10月発足した。当初4団体が現在28団体になり、会長は小野満功が務める。
 日本ペット用品工業会はペット産業振興を目的に、1985年2月1日に設立された。会長は瀬戸貞夫、設立時の51社から現在91社に増加した。
 日本訓練士団体連合会は訓練士の職能代表機関として、各地の訓練士会との統一指導を行い、人格、技術の向上と親睦を図るために、1967年7月1日設立された。代表は藤井多嘉史。会員数は設立時約200名、現在約300名。
 東京本部の最も重要な仕事は、被災地と連絡を密にし、被災動物を救うために必要な物資を滞りなく送付することであった。その連絡調整を行ったのは事務局を担当した(財)日本動物愛護協会であった。

初動体制

  事務局を神戸市中央区中山手通り7−28−33兵庫県立産業会館に置き、東京本部を中心に多方面からの援助を受け、動物救援活動は始まった。すなわち、初動体制の図(資料編参照)に示されているように、各支部が管理する3つの臨時救護センターならびに仮設救護センターを想定し、被災した飼い主および動物を救うための緊急避難的処置として、ボランティア活動の一環として行い、保護収容した動物を決して殺処分しないことを活動の基本理念として、動物救援活動は始まった。しかし、実際に救護センターが開設され、被災動物の救護を始めたのは、1月27日からであった。したがって、初期に想定した体制は、実質的には機能しなかったことになる。その原因は、被災動物を収容する施設が容易に見つからなかったことによる。
 この事態を解決したのは、被災地の獣医師会々員ならびに一般市民を含む各動物愛護団体の心意気であった。すなわち、被災動物は、取り敢えず、獣医師会会員の動物病院(第2章参照)で保護あるいは負傷動物の治療がなされた。この状況を現場の獣医師に振り返ってもらった。

兵庫県保健環境部生活衛生課動物衛生係長の記録

(1)地震発生と同時に神戸市内は全戸が停電し、暗闇の中で低い地鳴りが何度も何度も聞こえてきた。
 私は、まず家族の安全を確認しトランジスターラジオで被害状況を把握しようとしましたが、NHK大阪も事態の把握が出来ておらず、その後時間の経過と共に神戸をはじめとした阪神間尋常ではない状況にあることが徐々に分かってきた。
 私は家の事も気掛かりでしたが、阪神間で飼育される危険動物の許認可を担当する立場からトラ、ライオン等が逃げ出すことがなかった、施設はどうかの不安にかられ直ちに出動することとした。
(2)出勤するため通常の交通期間を利用しようとしたが、電車、バス、タクシーの公的交通はすべて運休しており、暫し思案をしたが、行けるところまでいこうとの覚悟でマイカーで出勤することとした。
(3)道中は思っていたとおり、倒壊した家屋、火災発生、捲れ上がったアスファルト、散乱する瓦礫で地獄絵図のようでしたが、これを避け、迂回を繰り返しようやく県庁に着いたのが午前10:30分で通常20分の道のりが2時間半の時間を要した。
(4)県庁に到着し直ちに執務室に入ろうとしたが、部屋の全ロッカー、書棚、パソコンが倒壊しドアーが開かない状況にあった。何かと無理やり部屋に入り、危険動物の施設名簿を取り出し各施設に連絡を取ろうとし電話を手にしたが、全ての電話が発進不能となっており、施設への連絡を断念せざるを得なかった。
 その後、保健環境衛生部長室に詰め災害対策本部の指示を待つこととした。
 ちなみに、県の保健環境郡には約260名の職員が在籍しているが、この時点で出動出来たのは保健環境部長と私の二人だけであり、多くの職員は自らが被災者となったり、交通網の壊滅的被害の影響を受けた。
(5)午後になって、災害対策本部から水道被害と給水体制の指示が保健環境部にあり、唯一通信が可能となってきた公衆電話で被害状況の把握に努めたが、回線が一杯だったり、相手方が電話に出ない状況もあり、作業は遅々として進まなかった。
 その後、午後2時頃には職員も15名程度が出動してきた、衛星通信も復活して、漸く被災地の市町と連絡がとれるようになったが、被害報告は耳を覆うものばかりのものであり、これより後は、被災地へ給水体制を整えるため、近隣府県をはじめ、自衛隊への救助要請に奔走することとなった。
(6)緊急的な給水体制が確保できたのが、18日の午前3時ごろであり、このまま18日を迎えることとなったが、停電等も徐々に回復し、被害情報が次々と入手出来るようになってきた。
(7)18日になっても被害は拡大するばかりで、避難所の今後の給水体制を整備することと合わせ、次々と入ってくる死亡者数の増加情報に伴い、私どもが所属する生活衛生課の新たな課題としてこの時点で2,000名の火葬体制の整備が求められるにいたった。
 その後、真冬の事もあり、避難所への温かい給食の提供、入浴計画、洗濯対策等ライフラインに関わる事業を進行管理しながら対応することとなった。
 また、保健所等の出先機関は被害病院からの患者救出、家屋倒壊からの人の救出、負傷者の救護に昼夜を問わず対応している状況であった。
(8)このような状況下にあったが、動物救済の事業をどの様に進めるかを19日夜係で協議し、獣医師会等を指導し被災動物の救護に当たることの要請をするため、係員2名を担当にする事を上司に了解を得、実施要綱の作成にあたらせた。

兵庫県の対応

 救護事業を行政で実施する事も含め、種々検討したが、次の理由から民間による体制整備を指導することとした。
  1. 震災当初、行政担当者はすべて人の救護活動に当たらねばならない状況にあり、この段階で動物救済にまわることは、被災者の理解が得られない状況であった。
     しかし、被災動物の放置は、動物愛護の観点から許される事でなく、被災者の感情も考慮し、可能な限り早急に動物愛護を行う必要がある。
  2. 動物の収容、保護を行政が実施する場合、現行では財政面、人的面から長期飼育は困難との判断から止むを得ず殺処分をしている。
     しかし、不測の事態で生じたこの動物を現行法制を適用して処分する事は道義的にも許されず、県民の理解が得られないと判断したが、県の財源等を用い動物飼育を実施する否かの審議をするには、多くの論議と時間を要し、事態への即応が不可能である。
  3. 動物救済を求める声には震災当時から大きなものがあり、この事業を獣医師会が中心になり、動物に係わるものが大同団結してこの事業に当たることが県民の期待に応えることとなる。また、これにより、全国から義援の力が寄せられる事が期待でき、また、マスコミへの呼びかけも行いやすい。

神戸市の対応

  1. 1月19日、(社)神戸市獣医師会の旗谷会長より被災動物救護対策について相談があったが、動物衛生対策を担当する両生局公衆衛生課、動物管理センター及び各保健所衛生課は被災者に対する救援救護を最優先として活動しており、動物救護対策を実施する人的余裕は全くなかった。このため獣医師会主体で被災動物救護対策を実施できないか旗谷会長に検討をお願いした。
  2. 1月21日、(社)神戸市獣医師会、(社)日本動物福祉協会阪神支部、(社)兵庫県獣医師会の三者により兵庫県南部地震動物救援本部が設立され、神戸市はこれを全面的に支援することとし、当面神戸市動物管理センター敷地、施設及び設備の提供を申し出た。
  3. 1月24日、神戸市動物管理センター内に農業用ビニールハウスを利用した被災動物保管施設が建設され、同センターの相談室、会議室、治療室を全面的に開放し、神戸動物救護センターとして活動が開始された。神戸市は今後その運営を可能な限り支援し、一体となって被災動物救護活動を行うこととした。

当初の活動方針

  1. ペットショップ、量販店が閉鎖していることから、被災地、避難所への餌の配給。
  2. 負傷動物の収容、治療および保管。
  3. 飼育困難な動物の一時保管
  4. 放浪動物の一時保管
  5. 所有者および里親探し
  6. 動物に関する各種相談
 これらの活動とともに、活動の拠点となる救護センターを設置する用地の調査を含めた。
 こうして、獣医師会を中心にした献身的な動物救護活動が始まったが、被災動物は、取り敢えず、獣医師会々員の動物病院で保護あるいは負傷動物の治療がなされたが、次々と収容される動物で病院は直ちに満杯を来した。
(c) 1996兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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