大地震の被災動物を救うために : 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録 / 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会編. - 発行:[神戸] : 兵庫県南部地震動物救援本部, 1996.12. 請求記号:震災-7-156,318,319. p94-95

獣医師ボランティアとして次に備える

 17日の早朝、突き上げるような激しい揺れと腹の底から絞り出して咆哮するライオンのうなり声にも似た地鳴りで眠りを破られた。繰り返す余震は2〜3分も続いたであろうか。テレビでは刻々神戸の惨状が報道され、大災害の実態が明らかにきれてゆく。幸いわが家にはなにも被害はなかった。
 獣医師会からのボランティア募集に早速応募した。派遣獣医師の数と派遣場所の連絡・調整にあたると言うことであった。待てども指令は一向に来なかった。災害時の救護活動をいかに早く開始するかが最重要課題であるにもかかわらずである。
 JR・阪神・阪急各線は寸断されていた。そこで自転車で兎に角、出かけてみた。西宮市までは何とかたどり着けたが、そこから先は交通規制が厳しく、歩道も敷石がめくれ上がって通れたものではなかった。中国自動車道が開通して5時間かけてはじめて動物救護センターにたどりつけた。
 この時すでに一カ月が過ぎていた。私としては何とも遅い立ち上がりである。既に態勢は確立され、春休みが重なってたくさんのボランティアが活発に活動していた。遅ればせながら自分にできることは何かを考え、獣医師としての役割、救護動物の世話をする一般ボランティアとしての役割、それに土曜の夜の泊まり込み等に自分を生かせると思った。伝染病の予防に重点がおかれ、また環境の激変からくる下痢・嘔吐が多発した。
 ある土曜日の夜の泊まり込みの時、発達した低気圧の影響で大雨と強風が吹き荒れ、なん張りもあったテントはことごとく吹き飛ばされた。とくに寄贈された大量の乾燥ドッグフードの保管用テントのすそが風にあおられて濡れてしまうのをなんとか防ごうと必死で補修して回ったことなと朝までほとんど休めない夜もあった。
 大変な被害にあいながらも必死の活躍をされた神戸市ならびに兵庫県獣医師会、一日の休みもなく動物達の収容と里親探しに奔走された日本動物福祉協会の皆様に最大の敬意を表したい。横浜市獣医師会は立ち上がりが早く、途切れることなく獣医師を派遣しつづけたことも敬意を持ってここに書き加えたい。夜の海岸に立つと神戸の街明かりが見える堺市の我々が、遠隔地にもかかわらず危機意識を実際行動として実践した横浜市獣医師会のような行動が取れなかったのを痛烈に後悔している。自分たちの町に大災害が発生したとき獣医師として、獣医師会としていかに対処してゆくか。他の町での災害に対していかに初動派遣できるかを真剣に考え、準備しておかなければならない。
堺市 中津動物病院・中津 賞

(c) 1996兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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