大地震の被災動物を救うために : 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録 / 兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会編. - 発行:[神戸] : 兵庫県南部地震動物救援本部, 1996.12. 請求記号:震災-7-156,318,319. p295-318

シンポジウム 第二部

(司会者)
 祝電が二通参っておりますので、ご紹介させていただきます。

 大会のご成功をお祈り申し上げますと共に、実り多き会でありますよう期待致します。
 味の素ゼネラルフーズ株式会社

ペットフード事業部事業部長


 阪神淡路大震災シンポジウムのご開催をお喜び申し上げます。シンポジウムのご成功と、災害時における人と動物の関係についておおいに意見交換が図られますことを期待申し上げます。
神戸市長 笹山幸俊


 それでは定刻になりましたので、シンポジウム第2部「震災の中の人と動物の関係 −人は動物に、動物は人に何をしたか−」座長・旗谷先生、お願いします。

(座長・旗谷先生)
 それでは只今より第2部を始めさせていただきます。私、神戸市獣医師会の旗谷と申します。どうぞよろしくお願いいたします。第2部では「救援活動の中の人と動物−人は動物に、動物は人に何をしたのか−」をテーマに、この度の阪神淡路大震災では人とともに実に多くの動物も被災したわけですが、この被災した動物を誰がどのように救助したのか、また極限の状態で人と動物の関係はどんな状態にあったのか等を、5つのセクションに分けてご報告していただきます。
 まず始めに、第一セクションとして、三田動物救護センター所長の宮崎一美先生より兵庫県南部地震動物救援本部の設立の経緯及び、神戸、三田両動物救護センターにおける被災動物の収容状況についてご報告いただきます。よろしくお願いいたします。

(宮崎先生)
 さる1月17日午前5時46分兵庫県南部地域を襲った地震は未曾有の大災害を引き起こしました。この地震は多くの人命を奪い、人々の生活を変え、そして人と共に暮らしていた動物達にも大きな被害を与えました。動物達は地震における直接的な被害に止まらず、被災した飼い主の動向に左右されより大きな被害を蒙ったと言えます。被害を受けた動物の実数は不明ながら、一万を越える動物が被害にあったと推定されております。このような状況にあって兵庫県ならびに神戸市獣医師会は会員各位の大きな被害にもかかわらずあくまでも動物福祉の立場から兵庫県及び神戸市ならびに日本動物福祉協会と連係、協力し、関係省庁はもとより日本獣医師会及び各地方獣医師会等の支援を受けて震災4日後の1月21日に兵庫県南部地震動物救援本部を設置し、さまざまな動物救護の活動を行って参りました。スライドをお願いします。

 兵庫県南部地震動物救援本部の設置でございますが、震災直後の1月21日、兵庫県獣医師会、神戸市獣医師会および日本動物福祉協会阪神支部の3団体が被災動物を救済するために兵庫県および神戸市の協力を受け兵庫県獣医師会長を本部長として兵庫県南部地震動物救援本部を設置し、ボランティアの協力を得て以下のような救済事業を行いつつ、次なる災害の指針となることを願い、活動を続けておるところでございます。次、スライドをお願いします。

 活動の初期は物資の不足する被災地、避難所への餌の供給、放浪動物の保護収容および保護動物の情報提供、負傷動物の治療行為などを行ってまいりました。現時点の主要な事業としまして、飼育が困難な動物の一時預かり、所有権放棄動物の里親探し、動物に関する相談などを行っております。スライドをお願いします。

 一時保管ならびに負傷動物および放浪動物の保管等を行うため、2つの救護センターが設置されました。神戸動物救護センター(写真1)が1月26日に、三田動物救護センターは2月13日に設置され、動物救護活動の主体となってまいりました。いま出ておりますのが神戸動物救護センターです。左の方が当所の施設でございます。右側の方が現在の施設でございまして、犬等につきましても運動場のつきましたパドック式の犬舎になっておるところでございます。次スライドお願いします。

写真1

 これが三田動物救護センターの略図でございまして、左の方が当初の施設でございます。現在の施設が右の方でございまして、同じく初めはビニールハウスから始まりました。三田の場合はどちらかと言いますと初めから救護動物の方はプレハブでボランティアの方がビニールハウス、ということでございます。現在につきましては、施設も改良され犬等につきましては運動場付きのパドック式の犬舎になってございます。救護状況を申し上げます。スライドをお願いします。

 9月15日現在で犬の保護頭数は967頭でございます。神戸動物救護センターでは727頭、三田動物救護センターでは240頭でございます。猫は484頭でございまして、神戸動物救護センターでは275頭、三田動物救護センターでは209頭となっておりまして総計すると1,451頭になってございます。先に総論的なことを話させていただきまして後、スライドを説明させていただこうと思います。
 健康な動物の多くは新たな飼い主のもとで生活しており、その実態調査を計画しておるところでございます。しかしながらまだ各々の救護センターには犬99頭、神戸動物救護センターには48頭、三田動物救護センターには51頭、猫につきましては82頭、神戸に33頭、三田に49頭が収容されているところでございます。ちなみに10月21日の現在の収容頭数でございますが、犬71頭でございます。それから猫では39頭が、収容、飼育をされておるところでございます。今後これらの残されました被災動物の里親探しを広範囲に展開すると共に、我々のこうした活動から大災害における動物救護の在り方を早急に考えていかなければならないと考えております。
 これは神戸動物救護センターに収容されました犬の行方でございますが、スライドのとおりでございまして、横の方が収容頭数、その隣が飼い主又は里親に引き取られた頭数でございます。そしてその上が収容されておる頭数でございます。10月21日現在で里子が29頭、それから一時預かりでは12頭、41頭の犬が収容されております。次スライドお願いします。

 神戸市の猫の方でございますが、この図表のとおりでございまして、里子が16頭、それから一時預かりが5頭、合計21頭が収容されております。次スライドお願いします。

 これは三田救護センターに収容されました犬の状況でございます。これも10月21日現在で里子が14頭、一時預かりが16頭、合計30頭収容されておるところでございます。次スライドお願いします。

 三田救護センターに収容されています猫(写真2)の状況でございます。10月21日現在里子が6頭、一時預かりが12頭でございまして18頭の収容飼育をしております。次にスライドをお願いします。

写真2

 これは神戸動物救護センターの一般ボランティアの参加数でございまして、9月15日現在でございますが966名の方、近畿はもちろん、その近辺、北海道から九州まで全国からボランティアの方にご協力していただいております。次スライドお願いします。

 これは三田動物救護センターの一般ボランティアの参加数でございます。734名でございまして、ちょっと統計数値が神戸と違いまして7月24日現在になっておりますが、同じように全国津々浦々からボランティアに来ていただいております。スライド次お願いします。

 このスライドは神戸および三田動物救護センターにおけるボランティア参加数でございますが、460名に及んでおります。これは7月24日現在の数字でございまして、これまた北海道から九州、特に近畿、大阪でございますとか、それから一般ボランティアも含めて関東地方から多くの方に来ていただいているように見受けます。スライド次お願いします。

 これは神戸動物救護センターの里親引き取りの犬猫全体の累計したものでございますが、このスライドのとおり近畿近辺はもちろんでございますが北海道から九州まで及んでおります。神戸の方では、初めから5月の15日までに700匹の動物が里親として引き取られております。次スライドお願いします。

 同じく三田動物救護センターのものでございますが、全体で114匹がこのスライドのように里親として引き取られております。スライドを次をお願いします。

 里親募集ワンワンフェスティバルと銘打ちまして開催、里子の里親募集を行っておりますが、9月15日から10月21日までですが、このように行っております。まだあと一回、11月12日に三田市の農業祭りで里親募集を行う予定でございます。どうかみなさん一つ、里子につきましては、資料集にこれらの写真を載せておりますので、購入をいただきまして、動物福祉のために、里親になって頂くなり、あるいは里親をご紹介をしていただきたい、こういうように考えておりますので、よろしくお願いをしたいと思います。次スライドをお願いします。

 これは里親募集のいちばん初めの15日の模様でございます。(写真3、川西保健所)里親募集の風景でございます。次スライドお願いします。

写真3


 9月23日龍野の里親募集の状況でございます。次スライドお願いします。
 これは9月23日、姫路市での里親募集の風景でございます。(写真4、姫路市動物管理事務所)スライド次お願いします。

写真4

 これが9月30日、養父郡八鹿町での里親募集の状況でございます。スライド、どうも有り難うございました。

 このように色々里親募集、犬・猫の譲渡会を開催しているわけでございますが、非常に里親の成立数が少のうございます。里親希望動物が老齢、あるいは病気等、色々のハンデを持ちまして非常に譲渡しにくいというような状況のためでございます。しかし、先程も言いましたように、動物福祉の観点から一つ、ぜひ里親の紹介、あるいは里親になっていただきたいということを重ねてお願いする次第であります。
 まとめといたしまして、誰も初めて経験する未曾有の大災害の中、何をしてよいのか手探りの状態で様々の対応を行って参りましたが、動物救護活動にとっても例外ではありませんでした。幸いにも兵庫県獣医師会、神戸市獣医師会、並びに日本動物福祉協会阪神支部の積極的な支援により、この3つの会を軸にして、多くのボランティアの方々を初めとする全国各地からの極めて温かい人的物的、そして経済的ご支援により、動物救護業務が比較的円滑に推進されていると考えおります。しかしながら、かかる事態に備え、拠点となる基地の確保、および提携できるボランティアの組織作り等を、平素から下地作りが重要であり、また収容した動物たちの里親探しの方法、手法、広報、輸送等々に、大災害時の動物救護対策に関するマニュアル化等を今後の課題として考えております。特に里親探しにつきましては、地元のみでは先程説明しましたように限界がございますので今後全国規模で里親探し、譲渡会を開催する必要があります。今後皆様方のご支援をお願い申し上げる次第でございます。
 最後になりましたが、この震災に際して全国の皆様から多大な義援金を頂きましたことと、震災復旧時に全国の皆さんが自ら動物救護センターを始め、避難所業務にボランティアとしてご支援いただきましたことを合わせて心よりお礼申し上げまして、本部報告といたします。

(座長)
 宮崎先生有り難うございました。ご質問等多々あろうかと思いますが、すべての報告が終わりました後で、パネラーの先生方に壇上に上がっていただきまして、一括してご質問はお受けいたしますので、ご了承ください。それでは続きまして、第2セクションといたしまして神戸動物救護センター所長の市田成勝先生より、「動物救護センターの動物と人」と題しまして、1月・2月の厳寒期、ほんとうに何もない中からのスタートで、多くのボランティアの人たちと、救護した動物たちが、今日までどのような毎日を送ったのか、色々なエピソードを交えながらご報告いただきます。市田先生お願いします。

(市田先生)
 震災後、神戸と三田に動物救護センターを設立して、動物の救援活動を行って参りました。われわれが経験したことの概略を説明いたします。なお、ほとんどのものが神戸のものを使用しております。スライドをお願い致します。

 これは、われわれが当初つくりました、神戸市立動物管理センターの中の敷地で、神戸市から施設をお借りいたしまして、作ったわけでございます。これが動物管理センターの施設と、その中でここが受け付け、それからこれが多目的ルームと言いましょうか、治療室兼食堂とか、色々あります。また後で説明いたします。それからここにビニールハウス、いわゆるシェルターがございます。これが動物を収容していくメインのものだと言うことでございます。ビニールハウスを使用しております。それからここにコンテナハウスが並んでおります。これはアネックス、猫の里親舎、ここが犬の里親舎、ボランティアさんの宿泊コンテナ、それからここが会議室ですけどそこに女子の専用の寝室ということでつくっておりました。そしてこういうことが起こりましてから、5月の14日になりますと、ここからずーっと上に行きました、ここに新しい収容施設を設置しております。ここが墓地でございます。これはプレハブ舎3つを並べております。下は犬舎、2階が猫舎になっておって、4つの部屋に分かれております。このコンテナは、ボランティアさんの泊まるところ、バスルーム、キッチン、そういったものを設置して使用しているということです。(写真5)

写真5

 それで、何でこういうのを出したかというと、一般の方にですね、初めからよく言われたことがあるんですけど、それは「あなたたちは動物をどうしてるんですか、いらなくなったら殺してしまうんじゃないんですか」というふうなことをよく言われました。その度にですね、「いえ、私は兵庫県南部地震動物救援本部の人間で、行政とは違います」というふうなやり取りは何回となくあったわけです。結局ここに入ってきますと、ここが管理センター、右に行きますとここが事務所で我々の救護センターということで、まあいわゆるくっついているわけです。だからそういうふうな勘違いが多々あったんではないかと思っております。そして、何でここがその適当な場所かと言いますと、われわれの考え方といたしましては、動物管理センター、あるいは保健所、動物病院このようなところには動物関係の問い合わせっていうのがきっと来るでしょう。しかし、個々の動物病院や保健所で対応していても、バラバラで統制がとりにくい。管理センターであれば情報が一本化でき、施設あるいは敷地もある。普段からここで動物の相談や子犬の交換会などもやっているので知名度が高くてわかりやすいんではないかというふうに考えたわけです。ところが一般的には管理センター、それから救護センターという区別というものがなかなかつきにくかったんではなかったかと思われます。スライド次お願いします。
 これは動物たちを飼育しているところでございますが、当初、先程言いましたシェルターですね、それは我々が建てるのに2、3日かかったんですが、それがやっと出来上がった。(写真6)そしてこのようにケージなどを搬入しているところです。こちらはどんどん、どんどん動物が入りまして、このように、バリケンゲージというんですけど、こういうものに入れていくと。そして寒いものですからこのように毛布を掛けて、寝るときは周りも全部閉めて、それで少しでも寒くないようにということで行っております。こちらの方は一応猫なんですが、同じような形でこういうふうにつくっております。(写真7)スライド次お願いします。

写真6

写真7

 これは先程のビニールハウスですけれど、こういうふうにして初めは搬入された。それで、こういうふうなここの緑色のとこですが、こういうところもすべてわれわれがゴルフのネットなんかを調達してつくりました。しかもこういう扉がありますけれども、こういったものも自動ドア的な形のゴムとかそいういう物で、開きっぱなしにならないように、動物たちが逃げないようにとの工夫も多々したというわけでございます。次お願いいたします。

 一般的にはこのように、これが今のビニールハウスでございますけれども、こういうふうに朝晩ボランティアさんが一生懸命こういうところを散歩に行っていたということです。これは、散歩に行っていただいて、便の状態とか何かおかしいことが有るか無いかということを一々チェックする、という光景でございます。(写真8)

写真8

 ところが、このようにボランティアさんが一生懸命やってくれているということなんですけれど、こういう中で勝手な飼い主さんがいるもんだなあと思ったことがあります。それはある飼い主さんが自分の犬を散歩させたいと言ってこられたわけなのですが、それだったらいいだろうということで許可いたしました。ところがいつまで経っても帰ってこない。あれ、おかしい、ということで探しにまいりましたら、その飼い主さんは自分の犬ですが勝手に連れて帰っちゃった。家が倒壊して無いわけですけれど、避難所等を転々とされていたようです。

 ところが、かなりのご高齢だったので、病気になって入院された。再びこちらの方にそういった事情だからということで要請がありまして、われわれが出向いていってボランティアが再び保護し、その方は無事に退院されて引き取られましたが、もしものときにはどうしようかということがありました。スライド次お願いします。

 これは先程の動物管理センターの上、お墓だといったところで、こちら側がお墓になるわけです。これは駐車場なんですが、こういうふうにテントを張りまして。ドッグフードとかペットシーツとかいろんな救援物資をたくさんいただきまして、どこに置こうかということでこのようなところに置いているわけですね。(写真9)それがこことここに見えますね、一部。これが今現在使用しているところの駐車場にテントを張っている、この草茫々のここに今はプレハブ舎が建っているということです。これは我々神戸市獣医師会の先生方はテント張りに関しましては今はすごく上手になった。なぜかと言いましたら、これを畳んで建てて、風に吹きっ飛ばされてまた建ててということを繰り返した。それで、こことここに置いて、今は現在この上に置いておるんですけれども、そういうふうな形をもう何回もやってその都度この中の物資をどんどん運んでというのを何回もやりました。また、当初1月・2月の時は、それを被災地、避難所の動物たち、あるいは被災を免れた動物病院へフードを搬入するということがございました。少しでも多く皆さんに運ぼうということで会員たちが一生懸命運んでくれた。缶詰とかそういったものはすごく重たい。それでも、どんどん、どんどん積んで何回も何回も行くものですから、特に重量オーバーで、ブレーキあるいはクッションなどがやられてしまって車を修繕しなくちゃいけない。それくらい頑張ったものです。この時は予定が有って無いようなもので、全く予定が立たない、そういう時だったと思います。スライド次お願いします。

写真9

 これは一応受付風景を表したものです。(写真10)受付といいましても単純なものではございません。電話の応対、搬入手続、里親や飼い主返還の手続き、ボランティアの受け付け、迷子の相談、来訪者の応対、物資や医薬品の手配、それから各部署への連絡ということで、てんてこ舞いの忙しさでした。

写真10

 当初動物の受付は、期限は全く切っておりませんでした。というよりもこちらの方が体制ができずにとにかく受け入れようというふうな形だけで、預かり期間は、だいたいその当時多かったのが半年とか一年、あるいは不明というのがいちばん多かったです。不明というのはどういうことかと言いますともう本人にもとにかく予定が立たない、聞いても何してもわからない。こういうふうなことが結構有りました。
 ただこちらといたしましては預けっぱなしでも困りますので、「1ヶ月に一度は連絡してください。犬猫っていうのは生き物ですからけがしたり何があるかわかりません。だからそれだけはしてください」ということを連絡しましたけれども、実際に連絡したり、動物に逢いに来てくれた飼い主さんは小数であったということです。そしてこちらからどうなっているんだろうということで飼い主さんに連絡しようといたしましても、なかなか連絡が取れない。やっと連絡が取れましても、「もう全く動物飼えないところにいる」とか、「そんなもん引き取れない。予定も何にも立たないのでどないも仕方がない」という返事がどんどん返って来ました。そしてこちらから言いたいことは、「それでも1ヶ月に一回だけは連絡だけはしてください」これはお互いに、生きようということで、余裕というものが全く有りませんでした。でも月に一回でも寄ってくださいというふうなことを言いました。
 そして多くの動物たちを長期間飼育したとき感じたことなんですが、動物たちというのはまず縄張りを持っているということです。散歩とか食事とか遊びの時も動物たちは縄張りをつくってしまいます。そして世話する人や動物に対して全然態度が今までと違ってくる。そしてまた世話するボランティアさんもどんどんと変わっていく。これはもう動物にとっては何とも理解しがたいようなことであったと思います。やはり主人が決まっていないと、頼れるものが必要でないかと思います。
 そこで、われわれはそういう予定の立たない飼い主には「里親に動物を出したらどうか」ということを勧めました。「その方が動物も早く幸せになるでしょう。そしてまた早く引き取られていけばほかの動物を助けることができるんだ。」受付で「センターは満杯です。今は受け入れることができません。また後日連絡してください。」こういったことを言うのは非常につらいことです。スライドをお願いします。
 救援活動をしていて感じたことですけれども、里親1号ということで言いますと小型犬、それから子犬、これを希望する人が多かったのには驚きました。これは一応里親が成立してもらわれていくということです。いい飼い主さんが見付かってよかったということでこのように写真撮影と言う場面でございます。この手伝ってくれてる方は獣医さんで、獣医さんでありながら、一般ボランティアとして参加していただいて、本当に大変助かりました。
 震災を乗り越えた犬の話ですけれども、里親希望で来られてワンちゃんなんかを見ています。そうしますと急にぱーっとこう犬に近づいていって、まあチーズなんかをやってるわけですが、そしてどうしたんだろうと思って聞きますと、実は近所の知り合いの犬だったと。震災前は自分も面倒を見たことがあるんです、と言うことなんで。まあ、いきなり飼い主さんなんかが分かったわけですけれども、飼い主さん自体が飼える状態でもありません。犬の方も震災のショックからか情緒不安定で痩せ衰えて、精神的、肉体的にもひどい状態であった。しかしその里親希望の方は、暇を作っては会いに来てくれて、散歩に連れていってくれて、早くもとの状態に戻してあげたいということで、一生懸命頑張ってくれました。
 そうしますと犬の方もだんだんと普通の状態になってきて、毛づやもよくなってくる。性格も変わってくるというふうな変化が起こりまして、その里親希望者さんがやって来ると飛び上がって喜んでいるという、信じられないような変わりようであったということです。そして最後には元気になりまして里子として迎え入れられたということがございます。スライド次お願いします。
 これは先ほど多目的ルームと申しましたけれども、まあこういうしょうもない写真です。(写真11)ここがもともと治療室です。多目的ルームというのはいわゆる治療をして、治療が終わりますとキッチンに早変わりする。そしてご飯、食事なんかを全部終わりますと、ボランティアさんの寝室になると。あるいは昼間の時間が空いたときにはボランティアさんがここで休んだり、あるいはミーティングしたりということで色々な使用目的で使われたということです。ということは先程も地図を見ましたけれど、ちょうど大体この辺が真ん中あたりになってくる。ガスもあれば湯沸かしとかそういったものもございますので非常に便利であった、使いやすかったということです。当初、初めに救護センターができたときには何にも施設がございませんでしたので、ここに来られたボランティアさんは寝袋一つで来られて、これはタイルですね、この上に夜は寝てたわけです。寝袋をかぶってそのまま寝てた。それは寒いですよ。一月の終わりぐらいですから。「先生昨夜は氷点下4度ぐらいになりました」というようなことよく言われました。まあそれ「頑張ってください」としか言いようが無かったので言っておりましたけれども。ところがだんだん設備が整い始めまして、毛布をお分けしたわけですね。「先生どうぞ使ってください」「いやああったかいですねえ、毛布っていうのはすごくあったかいですねえ、昨日はおかげさんでぐっすり寝れましたよ」と言われました。まあそんなとき、顔ではそうですかと言いますけど、心のなかではこんなんでいいのかな、この人達はいくら動物が優先と言ったって体が持たんぞ、と思いまして、それで早急にマットレスとかソファーとか、あるいは先程お見せしたコンテナハウスとか、温風ヒーターとかとかそういったものを入手しないとどうしようもないという事態で、本当にその時に来られたボランティアさんには頭が下がる思いがいたしました。次お願いします。

写真11

 これは現在の犬舎です。(写真12)パドック式というのはこういうふうに区切って砂を中に入れてあります。ここは網ですね。このように1匹の場合もあれば、2匹の場合もあるということです。スライド次お願いします。

写真12

これも同じようにこのように仲のいい子の場合は2匹入れています。この子なんかは里親希望で私待っておりますというような体制ですね。次お願いいたします。
 これはそれの2階にある猫舎です。時間が来ますとこういうケージでは基本的に寝かしてるんですが次々に扉を開けまして、性格の合う子を順次遊ばしておるということです。次お願いします。
 これも同じように高いところに昇ったりとかこういうふうに上に昇ったりとか、猫ちゃんたちはおのおの好きなようにしといてもらってます。次お願いします。
 これは里親として引き取られていかれた飼い主さんから送られてきたとこです。(写真13)この子元気そうに歩いておりますが、実は13歳と年をとってると。そしてこの子の番号が10番、つまり1月の27日、8日に入って、それから今までずっとセンターにいたということです。なぜそうなんだろ。この子はお座りも出来るし、伏せも出来るし、待ても出来ます。ボランティアさんが一生懸命仕込んどいてくれました。それだけ出来て性格も良いのにと思うんですけれど、やはり高齢であった。顔もこう見るとかわいいんですけれど、見栄えが良くなかったんではないかということで、新しい飼い主さんになぜ引き取られたのかと聞きますと、「思わずこの子と目が合ってしまった。あっと思うと目が合った。それで気に入って連れて帰っちゃった」ということで、喜んでこの写真を送って下さいました。次お願いします。

写真13

 これも同じように引き取られたところで、こういうふうに砂浜を一生懸命散歩しているということでうまく溶け込んでくれているんだなと思って、非常に晴れ晴れとした気持ちになったということです。(写真14)スライドお願いします。

写真14

写真15

 それからこれは単にこういう子を写してるんですが、色々この子もエピソードがございます。(写真15)これはレスキューしてきた子のことなんですけれども、犬のレスキューというのもなかなか大変で、例えば電話で「かわいそうだ。きっと捨てられたんじゃないか」「猫が迷ってるみたいです。きっと震災で迷ったん違うか」そういうような連絡が入ります。が実際にそこに行ってみますとかなりの間違いがある。動物はいるんですが、どうもおかしいと思いますと、ちゃんと飼い主さんがいて繋いでいる。飼っているんだ。そういったことを時間帯が違う段階で見ますと、ここに繋がれっぱなしだ、あるいはここにおりっぱなしの猫ちゃんがいる、そういうふうなことに見られるということがございました。後日飼い主さんから苦情の電話が来たことがございます。それで、この子は、ここに写ってる子は、我々ではアメフトメリーというふうに名前をつけています。これは飼い主さんは家が全壊して、飼い主さんが入院してしまってた。しかしメリーちゃんはそこを全然動こうとしなかった。そして近所の人がかわいそうなのでエサなどを運んでいたのですが、余りにも不憫だということでセンターに連絡してこられた。そしてセンターに保護されました。これもその飼い主さんが分かったのも、病院でテレビを見てたんですね。そしたらレスキューでこんなのが写ったということで、「これはうちの犬やー」ということで連絡されて飼い主さんがわかったというふうな形です。この子も先ほど言いました十五歳と高齢ですので保護してまもなく、やはり容体が悪くなってきた。調べてみますと子宮蓄膿症、それから膀胱結石というのがあって手術をしなくちゃいけないというので、そのおじいさんに電話をいたしました。ところが自分自身もリハビリや手術をしなくちゃいけない。とてもじゃないけど身動きが取れないんだ、ということで「まあ年齢もあるのでだめかもしれないけど、とにかくあなたに任すしかありません」と、「何とかしてください」といいうことを言われまして、「よし」と、「では了解しました」ということで、会員の先生の病院に運びまして手術し、無事に手術が終わってセンターに戻ってくることができました。こういうふうに肩が膨れてると、おじいちゃんが言うにはこれはコブだ。確かにそうなんですけど、実は脂肪肉腫という、一応悪性の腫瘍、これがまあ数年前からだんだん大きくなってきたということでございました。センターにはこのような犬や猫がたくさん居ります。これらの動物を最後まで面倒見ることが我々の義務であると考えております。皆様の温かい支援を望んでいるのは本当はこういう動物たちではないでしょうか。両センター設立より日曜日も祝祭日もなく頑張ってきました。これも多くのボランティアの人たち、全国の人々の応援があったればこそ成しえたことだと深く感謝しております。本当に有り難うございました。これで終わらせていただきます。

(座長)
 素晴らしい話をどうも有り難うございました。それでは続きまして第3セクション「救護活動とボランティア」と題しまして、神奈川県川崎市で開業しておられます馬場国敏先生にご報告いただきます。先生はサウジアラビアの湾岸戦争、あるいはオーストラリア、シェットランド、スペイン、南アフリカ等、世界各地で起きました、オイルタンカーの座礁や沈没により油まみれになった動物の救護活動等何回となく経験されており、日本における動物レスキューのエキスパートで、この度も地震直後の1月26日には被災地である神戸に到着していただき、以来2ヶ月に渡ってボランティアの方々と寝食を供にしながらそのノウハウの提供と指導をいただきました先生で、世界的視野から見た動物の救護についてご報告いただきます。よろしくお願いします。

(馬場先生)
 川崎市内で小動物を開業しております馬場です。今日はよろしくお願いします。旗谷先生から今紹介にありましたように、今回ですね、我々の言葉に、災いは天から降ってくる、というのをよく使いますが、今回本当に何ら前世に罪があった何でもないのに災いがあっちからかかってきたというか襲ってきました。現地の方、それから被災に遭われた方、犠牲になられた方、本当にお気の毒だと思っています。それと同時にこの会場に参加しておられます方々というのは何らかの形で今回のレスキュー活動にご協力いただいているものと思っております。私は部外者なものですからそんな責任のあることはやっておりません。現地の獣医師会の方々から、また現地の愛護団体の方々、また現地のボランティアの方々、また近郊のボランティアの方々、本当に救護活動半ばなんですけれど、私のような部外者から言いますと、本当にご苦労様、大変ですねというふうなことで本当に心から皆さんに、感謝の気持ちを表したいと思います。
 それと今現在皆さんがやっておられる救護活動が、世界から比較したらどういうふうな状況なんだろう、どういうふうな評価されてるんだろう、またどのようなレベルで進行しているんだろうかということをちょっと皆さんも案じておられることだと思います。そういうことですから、皆さんよりも私の方が少し世界各国のレスキュー活動に参加しているということでありまして、少しは経験豊富ではないかと思いますから、僭越かもしれませんけども、私の目から見て今皆さんのなさってる救護活動がどの程度の評価を与えられていいか、それとまた現地のと言いますか、皆さんに、また現地の獣医さんにも申し訳ない、また担当の行政の方々にもちょっと皮肉っぽく聞えるかもしれませんけど、もう少しこういうところを直したほうが良いんではないかという痛いところも少し指摘したいと思います。
 それと、常に私、皆さんが皆さんがという言葉を使っておりますけど、前の先生もおっしゃったように我々動物関係者、特に獣医さん、動物愛護家、それだけでは、本当にこういう動物の救護活動ということを100%運営することとは不可能であるわけです。そういうことですから本当の素直な気持ちで動物が大好きなんだ、また自然が大好きなんだという本当に素直な気持ち、と言いますか、心を我々がいだかないかぎり、これはまず成功しない。そういうふうに私自身も思っておるものですから、皆さんにお願いしますとか皆さん皆さんと言っておるわけです。
 それとまあスライドをお見せしながら、世界のそういうレスキュー施設を説明したいと思うんですがその前に、午前中に非常に東京の方の先生の質問で素晴らしい指摘をなさったわけなんですけれど、本当に動物愛護というかボランティア精神が日本に根付いて本当に素直な形で現れるんだろうか不安だったという大学の先生の質問があったんですが、全く私もそういうふうに思っております。
 そういう点においては動物愛護する人は一応口では動物愛護という言葉を本当に多く使っておるんですけど本当にはそういう気持ちがまだ培われてないというのが僕の考え方なんですね。それと、どうしても我々、日本人というのは本当にあの素晴らしい国民性を持ってると思うんですが、反面どうしてもその白眼システムというか、何かに没頭するとあの人はちょっと変人よとか、そういうふうに我々ついそういう目で見がちな国民ですからどうしても動物を本当の素直な気持ちでかわいがってると、町内会の皆さんはあの人はちょっと変わっているからとか言われて、嫌がらせでも何でもないのですがそのお家の方の前に猫を捨てていくとか犬を捨てていくなどの偏見があります。
 でもこれを取り除かないかぎり、まだまだ動物愛護というのは本当に育たないんじゃないかと思っております。これが無くなったときに初めて、世界というか動物愛護先進国と同じような気持ちで進んでいけるんではないかと思います。
 それと皆さんここに、僕自身も自分自身で自己暗示かけまして動物愛護、動物のためということでなくて人間のためなんですけれども、こういう活動、それと動物愛護の動機、意義、そこら辺を僕はこういうふうに思ってるんです。皆さんのこの中でも本当に動物大好きで自信を持ってそういう救護活動とか動物のために活動なさってる方がほとんどだと思うんですが、まだちょっと不安、あんまり確信持てないという方もいらっしゃるかもしれません。そういう方のために、僕はどういうふうに思ってるかということをちょっと説明したいと思います。
 この動物愛護というか、動物をかわいがる、自然でも何でもそうなんですけれども、それは本当の純粋な思いやりの気持ちなんですね。この思いやりの気持ちは、ただ動物だけではなくて動物を愛するという気持ちが育まれれば、これは人間にも当てはまる、人間にも当然思いやりの気持ちを持って人間同士も潤ってくるわけです。今日行政の方もいっぱい来てらっしゃるんですけど、もしそういう思いやり、すべて社会人間に対して思いやりの育まれた方々が大勢出来上がったとする。行政もまたやりやすいわけです。常に行政に対しても思いやりの気持ちを持つ、行政もまた当然そういう人間、我々と同じ様な人間が行政をやってるわけですから、行政の方も我々市民に対しても思いやり、いろんな方にたいしても思いやりということとなる。
 とにかくひいてはその動物愛護、自然を愛するという気持ちが、我々に巡り回ってくるんだということを確信してもらいたいんです。そうしますと多少私町内会で変なふうに思われてるんじゃないかなあっていうふうに思われなくても、正々堂々とこれはもう絶対に我々が生きていくためには、この地球上で生きていくためにはこういう気持ちを持たないと絶対駄目なんだというふうな気持ちになれれば堂々と、私は動物大好きですというふうなことで町を胸を張って歩いてそして動物の世話もできるんではないかと思います。そういう気持ちで私もあちこち、大してお役に立たないんですけどもお手伝いに、ちょっと行ってるわけなんです。
 今回も神戸の皆さんには本当にお世話になって、まあ、旗谷先生からちょっとオーバーに紹介いただいたんですが、そんなこと決してないです。足手まといになっただけなんですけれど、現地の方、関係者、本当に皆さんご苦労様だと思います。余り前置きの話をしてますと、折角、今皆さんが活動なさってるのがどのくらいの自己評価できるかということをお話しできないと思いますから、早速スライドの方で、世界各国がどのような施設をもってどういうふうな心をもって動物救護に当たってるかということをちょっと皆さんに知っていただきたいと思います。
 そうすると今、確かに施設的には、我々の国民感情、国民の信条というものもありますからそう外国並にというわけにはいきませんけれど、心だけでも、我々は間違いが無かったんだということを、自信を持たれるように説明したいと思います。
 まず最初に、湾岸戦争、1991年なんですが、皆様ご存じだと思うんですけれど、あのペルシャ湾のオイル流出事故で15万羽の海鳥たちがですね、犠牲に遭って、私もその時お手伝いにいったんですけれど、助けるのは実際5千羽ぐらいしか出来なかったわけなんですけれど、助ける率というか救命率というよりも、世界各国の皆さんが、環境を愛する人間とか動物を愛する人間・人を愛する人間、当然人ですからお互い人間愛さなくちゃいけないんですけど、そういう人たちが、これは絶対に必要なことなんだということで駆け参じたといいますか、世界中4カ国ほどの皆さんたちが駆け付けまして、当初世界各国のボランティアさんが200名ほど集まりましてそれで用意スタートという形でボランティア施設というか救護施設を造り始めたわけです。
 ただ、サウジアラビアの場合、何せああいうイメージ的に異教徒の国なものですから、動物なんて本当に大事にしてくれるものなのかな、という考えを皆さんお持ちじゃないかと思います。しかし、そういうもう本当に極限の世界で砂漠の人たちは生活しておられるものですから、とにかくこれ以上環境のバランスを壊せば我々は生活していけないんだという考えを持っておられます。我々の国は山紫水明でなにかちょっと物事が起これば水に流せばいいじゃないか、水が豊富だということで環境そのものが今まで良かったのであんまり気にならないんですが、そういう中近東の人たちというのは、かなり環境に気を配っておられます。
 それと同時に、また動物も環境の一部だという考え方で、我々よりも、動物に対する絶滅とかに関してはかなり大きな予算と国民の皆さん、国、国家がですね大きな気持ちをもってプロジェクトを組んでおります。
そういうことで今回神戸のほうは官民一体といいますか、僕第一に好きな言葉ですが、そういう形にはなりましたが、民間のイニシアチブという形がちょっと強いんですけれど、サウジの場合は環境庁に相当する国家機関が、イニシアチブをとったわけです。予算もかなり作りました。それで我々民間人というか動物愛護団体とかそういうのがジョイントして本当に世界各国の皆さんが駆け着けてこのレスキュー活動が行われたわけです。
 それと先程動物愛護の意義をちょっと話したんですが、戦争のこともやはりそうなんです。動物愛護の先進国同士が争い戦いをやるわけですけれど、これはもともと動物愛護の精神を普及させてまた別な意味で先進国の人たちが灸をすえなきゃいけないんじゃないかと思います。ちょっと余談になりましたけれども、それを付け加えておきます。
 このスライドはサウジアラビアなのに何で緑が豊富なんだと疑問をお持ちだと思うのですがこれは全部地下水です。皆さんご存じのように石油層がもう60年くらいで枯渇するんじゃないかという常識、情報はお持ちだと思うんですが、現地の人たちはオイルが枯渇するよりも地下水の方が出なくなるんじゃないかと心配されるぐらい、どんどん汲み上げております。
 そういうことで、本来ならこういう緑ということは考えられないんですけれど、やっぱり無い物ねだりで現地の人たちはこういう街路樹を植えまして、一日4回から5回のスプリンクラーで人工的にこういう緑を作っております。これは運動公園福利厚生施設の広場というような施設で、その施設を全部借り切って救護活動をやったわけです。
 神戸にも運動公園があると思うのですが、その運動公園を全部使わせてくれたわけです。これはやはり国の、行政の力ではないかと思います。
 このころ丁度夏に差し掛かったわけなんですけれども、ここには50メーターの大きなプールがあるわけです。普通我々でしたら考えられませんね、夏場に市民プールを野生動物のために取り上げちゃったということになればこれは大変な大騒ぎになると思うんですが、現地の人たちは、我々が動物を犠牲に追いやったんだという気持ち、大きな気持ちを持たれて今回の夏だけは野生動物に、オイルまみれになった動物に提供しようというふうなことで、提供してくれたわけです。
 奥の方の建物がですね、小学校の体育館ぐらいの大きさなんですが、そこにペルシャウとかカモメたちを収容しまして、リハビリをやっておったわけです。その奥に大きな50メータープールがあります。そこを海に帰す前のリハビリプールという形で使っておりました。それと正面に車が2台ほど止まっておりますが、右がですね、クリーニングルームということで使っておったわけなんですけれど、そこから世界各国に水鳥を洗っておる写真とかが打電されてたわけです。

 これが、奥の方の一角なんですが、小学校の体育館ぐらいの大きさを4等分しまして診療室、洗浄室、薬品庫ということでかなりぜいたくなスペースを持ってやっておったわけです。
 これは今回ですね、阪神のレスキュー活動もそうですが、とにかく動物というのは食事の次は、私としたらば食事よりもやはり運動関係、そっちをもっともっと重要視しなくちゃいけない、もっと広いスペースをとってあげないと動物というのはやはり体調に変調をきたすというのが、これは常識であります。ただ今回の場合は、やはり国民感情もありますし、それと敷地的な条件もありますのでそんなに贅沢な面積はとることが出来なかったわけです。そこでそれをカバーするのには皆さん参加していただいたと思うんですが、ボランティアさんたち、全く素人のボランティアさんでいいんですけれども、とにかく運動しろ運動しろ朝晩の運動しろと促すことで面積的なことをカバーしていただいたわけです。そういうことで僕は本当にボランティアさんがこんなに集まってきてくれて、オーバーな表現かもしれませんが、本当に鳥肌が立つくらい嬉しかったんです。
 それで、このサウジアラビアの場合は、敷地的にも国家的なものが関与してますので、十分面積は与えられたので、何不自由無くリハビリを続けられたわけです。これが丁度診療室の入り口になるわけですね。

 これも大体6畳くらいの部屋に、世界各国から送られてきた薬品を整理して、いつでも誰でも取り出しやすいように整理しておったわけです。我々の神戸辺りも本当言うのなら、もう少しきちんと区分したかったのですが、無い物ねだりで無いなりにきちんと我々神戸も、日本も、使いやすいような形でやっておったんじゃないかと思います。はい次お願いします。
 これが診療室なんですが、診療室もやはり一区とってまして、十畳以上の部屋を診療室として使っていました。はい次お願いします。
 これがその診療室の裏の50メータープールなんですが、これは米軍から頂きましたネットをプールの上に総張りにしていました。なぜかと言いますと当然海鳥たちが多かったもんですから、元気になりますとこれくらい簡単に助走無しで飛び越えるということで、戦車などをカモフラージュするためのネットを張って、ここでリハビリしておったわけです。はい、次お願いします。
 これが50メータープールなんですね。ちょっと暗くて分かりづらいかと思いますが、これペルシャウたちが丁度餌をあげた後、羽繕いをするための泳ぎなんですけれども、もういつでも出せるぞというくらいの状態まで回復しております。この羽ばたきで大体お分かりではないかと思うのですが。で、回復した鳥たちからどんどんバーレーンの下の、大体300キロぐらい近くなんですが、汚染されてないところへ運んで行っておったわけです。はい次お願いします。

 これは英国の方の動物救護センターの総本山と言えると思うのですが、RSPCAです。そこの王立の動物虐待防止協会という、まあ愛護協会、といっております。ここのリハビリセンターなんですね。まあ本部はここにはないんですが、ただ動物の保護のためのセンターなんです。この敷地が100ヘクタールぐらい、小さなゴルフ場のハーフ9ホール、ショートコースは完全にできるというくらいの素晴らしい広大な敷地をとっておるんですが、ここにいろんな動物の種類にかかわらずやはり傷ついた動物たちを保護してそれを元に戻そう、また飼い主に返そうという機能目的でこういう大きなセンターをつくっておるわけです。
 英国では、もうひとつ北のほうに、エジンバラのほうにSPCAというのがありまして、これスコットランドのSなんですけれど、そこを含めますとそういう施設が、これよりもちょっと小さいんですが、それを含めますと大体8個所くらい動物の完全なレスキューのためのセンターが設けてあるわけです。
 我々も本当言うならば、こういうふうにただ行政だけの管理ではなくて、行政と民間が一緒になったような本当の動物愛護のための、救護センターというのがあればいつでも有効的に利用できるのではないかと思います。本当に素晴らしいのではないかと思います。それとこの愛護活動、救護活動において、必ず救護活動の意義というのを、啓蒙活動する教育を同時活動しなくちゃ活動の実が無いということで、普及活動に啓蒙活動にかなり力を入れております。
 この建物の中にも、やはり教室2つくらいあるようなレクチャールームがありましてそこに色々な展示をしたりそこで皆さんに、動物好きな方がやって来られるんでしょうが、それ以外にやはり色んな中学生とか小学生とか一般の方になぜ必要かということをそこでやっております。それがかなり重要ではないかと向こうも言ってますし、私も思っております。はい次お願いします。
 こういうふうに、手術室もありますし診療室もきちんとしていて我々、町の獣医師の動物病院以上のしゃれた病院を持っております。はい次お願いします。

 これはアザラシ専用の、リハビリルームなんですが、ちょっと我々には考えられないくらいのお金を使いまして、相当長期に耐えられるような施設を造ってるわけです。アザラシもありますしまた野生動物もありますし、また牛とか馬とかそういう、犬もそうなんですけど一時的に保管保護収容するという場所も非常に立派なの作っておりました。はい次お願いします。

 これは返す前にアザラシを、ここでリハビリをさせるということでかなり大きなプールをアザラシ専用のプールとし、それが3つほどあります。はい次お願いします。

 これもそうですね。この奥がかなり大きな建物なんですけどこれは何に使いますかと言いますと、先ほど言いましたように、教育ルームといいますか啓蒙活動の一環でレクチャールームということで、資料館ですね。ここで、そんなに常日ごろ使わなくても立派な施設に造ってみんなを教育するんだというようなことを言っておりました。はい次お願いします。
 
 これは野鳥専用のものです。どうしても保護した時には、やはり恐怖心がありましてやはり暗いところ、ちょっと離れた場所に造らなくちゃいけないということでそのセンターの方からですね、500メーターほど離れた林の中にこういうのを種類別にですね、造っておりました。はい次お願いします。

 これは多目的といいますかプールなんですが、ここに放したガチョウとか白鳥や、また色んな4つ足の動物もここで遊ぶようにということで水を張ってここでリハビリをさせるんだと説明をしておったわけですけれど、これはそれこそ自分が入りたいときに水に入るということで非常に便利なプールだなと向こうでは感じました。この場所で、このシーンでお分かりだと思うんですが奥の方までかなりあるんですが、もっとこれの数倍あるんですね。そういうことで向こうは人口も少ないということもありまして簡単に土地が手に入るということでこういう贅沢なこと出来るんですけれど、ただ土地があるだけではやはりこういう施設造ろうと言ってもかなり莫大な資金が必要なものですからやはり国民とか皆さんとか国の協力が無いかぎりこういう施設は造れないんじゃないかと思っております。はい次お願いします。

 これもそうです。はい次お願いします。

 これは、SPCAというエジンバラの方の施設なんですけど、ここも先程言いましたRSPCAよりもちょっと規模は小さいんですが、全く同じような施設を造っております。はい次お願いします。

 これもやはりこういう風に検査室とか調理室とか手術室とかきちんとしたのがセパレートされてまして、なに不自由無い施設というふうに感じました。はい次お願いします。

 これは洗浄室ですね。白鳥を洗っているところです。結構向こう白鳥が多いものですからエンジンオイルとかそこら辺でやられてるようです。はい次お願いします。

 これはレクチャーセンターですね。エジンバラの方はちょっと小さな規模なんですけどもそういう規模であってもきちんとしたそういう啓蒙のための教育のための部屋を立派に作ってて設けてるということです。はい次お願いします。

 これが全景なんですが、かなり大きな施設を持っております。はい次お願いします。

 これは一寸上にこれは鹿専用のリハビリセンターです。これはまたとっても広い広大な面積を持っております。はい次お願いします。

 これは南アフリカの去年の夏のタンカー事故でこれも15万羽ほどのペンギンがやられたわけなんですけれど、この時にもやはり世界各国のですね、南アフリカの政治上ご存知の方たちが集まってきて、経済的にも大変だろうからということでかなりボランティア団体が集まってくれ手伝いに来たわけです。これもかなり広い面積を持っております。この施設はケープペンギンという固有種がいるもんですから、そのための、その種類だけのペンギンのためだけの施設です。ですがやはりいろんな動物が来るとそれを保護しているということを言っておりました。はい次お願いします。

 この中にはペンギン専用のこういう砂場を作ってみたりとか色んな部屋が作ってありました。はい次お願いします。

 これもそうですね。プールも3つほどあります。ペンギン専用のものですね。はい次お願いします。

 これもそうです。これはどちらかと言えば外来者と言うか訪問者のためのおしゃれプールなんですけれども、こちらはいつでも放せるぞというのをこちらでですね、飼育しておりました。はい次お願いします。

 これは一昨年のスペインでのこれもタンカー事故なのですが、ここのは小規模でそんなに事故は無かったので幸いでした。はい次お願いします。
 ここで私が感心しましたのは事故はなかったのにもかかわらず事故直後から、国の方に民間団体が圧力をかけまして、一緒にやろうじゃないかというので国の方もゴーサインを出しまして、ラコルニアという小さな海岸線の綺麗な街の国民宿舎を全部貸し出しまして自由に使えということでした。とても素晴らしいことだったんですが、用意はしたものの15羽ほどの被害だったので非常に良かったと思います。これはその国民宿舎の玄関ですね。はい次お願いします。

 これこの国民宿舎の横庭なんですが、ここにネットを張ってここでリハビリしようということで、僕スペインの環境団体の顧問をやっとるもので、とにかく来てくないかと依頼があったので行ったわけです。この施設で十分だということで行ってきたんですが、本当に十分でした。はい次お願いします。

 これがそうですね。ネットを張ったとこです。はい次お願いします。

 これは日本なんですが、三田の皆さんはご存じかもしれませんけれども、施設の出来る前の敷地なんです(写真16)。これが1500平方ぐらいではなかったかと思うんですが、やはり我々とすればこれから先は今は我々なりに一生懸命やっておるわけです。これからも、皆さん国民の理解を得て、また国・行政の理解を得て、期待しちゃいけないんですけど、来ないのが幸いなんですけど、もしこういう今回のような事故がどこかであれば、もっと皆さんが、動物に対して理解を示されて、もっと大きな動物が本当に苦痛無くリハビリを続けられるような施設を造らなくちゃいけないんじゃないかなあと思っています。はい次お願いします。

写真16

 これも三田の方ですね(写真17)。これは夏場の建築中の写真です。はい次お願いします。

写真17

 これは神戸の方ですね。今もかなり立派なんですがこれもやはりもともと動物にしてみればもっと大きな施設を造ってあげなくちゃいけないんじゃないかというように思っております。はい次お願いします。

 これが我々の職場の診療施設なんですけど、我々獣医師の方もこれだけの頭数を保護収容救護した場合、医学的な予防的なもの含めましてもっと診療施設をやっぱり充実させないとまずいんではないかと思っております。はい次お願いします。

 それと、国の方ももっともっとこういうふうにカメ一匹なんですけれども、このカメ一匹をリリースするために、こういうように軍用機の大型ヘリコプターを使うくらいなんです。10羽20羽でもリリースが出来るということであれば空軍の方に電話すればいつでも使ってくださいということで飛ばすわけです。やはりそれだけ全てがまあ動物に対する環境に対する理解がなければこういう風なことはできないんじゃ無いかと思います。だから我々は今回は、これを一生懸命成功させて、今度何かがあったときにみんなが協力して作れるような救護活動と努力をしなくちゃいけないんじゃないかと思います。はい次お願いします。後2枚ほどで終わります。

 これもそうですね。これは40羽ほど運んだ時なんですが、その時にも空軍をヘリコプターを使っております。はい次お願いします。

 またボランティアさんたちもやっぱりみんな集まって頑張らなくちゃいけないんじゃないか、世界各国の人たち、日本は日本だけでも構いませんけれどやはりいろんな人たちと一生懸命やるということですね。最後にもう一枚ですね。

 これはちょっと写りが悪いんですが、サウジアラビアの方でもやっぱり子供たちの啓蒙活動の一環ということで子供たちに自然の大切さ、動物保護の大切さを教えているところです。はい次お願いします。

 これもそうですね、これはスコットランドの方なんですが、やはりオイル汚染とかそういう動物に対しての小さいころからそういう扱い方とかそういうのを教育しているということです。次お願いします。

 これは皮肉ってるわけでもなんでもないんですが、これが我々が、日本が、こんなに多くの犠牲動物が出たにもかかわらずこういうビニールハウス、これは取り払ったあとなんですが、ここからスタートしたわけです。ですが今回は全て初めてだということで世界の皆さん、また本当に動物を愛する方たちには申し訳が無いということを思っておりますけれども、無い無い尽くしのところでこういうことやり始めてたわけですから今回は許してもらってまた皆さんも先程も言いましたようにやはり動物愛護、何か起きたときには今度はきちんとやるぞという気持ちでいろんな友達に対しての動物の愛護の教育とかそいういうことも皆さん頑張っていただきたいと思います。はい次お願いします。これが最後です。 今回そういうふうな色んな不平と言いますか、不十分なとこ、あったわけなんですけども、一番素晴らしかったことはですね、最初にも言いましたようにやっぱり動物を愛する、自然を愛する、人間を愛するという人がこんなにたくさん日本にも増えたんだなという気持ちが本当に嬉しかったです。といいますのはここはもうボランティアさんがみんな集まって食事なんですけれどもこんなに来てくれるとは本当に思いませんでした。必ずや先進国以上にですね、動物に対してイニシアチブをとれる、また自然に対してイニシアチブをとれる、人間に対しても人間観、世界に対しても絶対我々はこれから先頑張ればイニシアチブとれるんではなかと私は自信を持っています。話が大幅に伸びまして時間を超えてまして申し訳ございませんでした。これで私の方は終わらしていただきたいと思います。

(座長)
 はい、世界の動物救護活動について非常に貴重なお話をどうも有り難うございました。引き続きまして「淡路からのリポート」と題しましてこの度の大地震の震源地のすぐそばである淡路島の津名郡で動物病院を開業しておられます、安堂武樹先生に地域獣医療に携わる臨床獣医師として、大震災が動物にどのような影響を与え、また人と動物との関係がどのように変化したかを、一軒一軒足で調査された結果と、毎日の診療から得られた非常に貴重な経験をお話しいただきます。よろしくお願いします。

(安藤先生)
 失礼いたします。淡路島で被災した一獣医師として体験したことを皆さんにご報告いたします。それではスライドをお願いします。

 私の住む兵庫県淡路島は人口約17万人の島で、今回震災のひどかった島北部の津名郡は、農業、酪農、漁業と言った一次産業の盛んな、自然環境に恵まれた美しい地区です。震源地の北淡路は、東浦町、淡路町、北淡町の三町で形成され、私の診療の場でもあります。ご存じのように今回の地震は、淡路島全体に大きな被害をもたらしましたが、これらの被害は津名郡に集中し、観光の中心地である洲本市や、淡路島南部の三原郡は、幸いにも震災を免れ観光の施設も健在で、ただいま観光の美しい季節となっておりますので、ぜひおいで下さい。スライド次お願いします。

 震災による人的被害の様子です。津名郡に集中しております。スライド次お願いします。

 今回の大震災では、私たち人のみならず、多くの動物たちも過去に体験したことのないような恐怖にさらされました。私は地域獣医療に携わる臨床獣医師として大震災とその後の混乱が動物に与えた影響についてと、震災後に人と動物の関係がどう変化していったかを、皆さんの協力をえながら行った調査や、体験した症例から、特に心的外傷による症例などをご報告したいと思います。

 今回行った周辺調査は地震による被害が犬の飼育に与える影響を知る目的で、北淡路3町を中心に全島の8月末の犬の登録頭数を調べ、東浦町、淡路町、北淡町は地域別に細分して、震災前と比較してみました。これら3町については7月末までの被災状況を、罹災証明を基準に、全壊、半壊、一部損壊に分類して被災率を出し、各地区別に細分し地域ごとの登録数の変化と比較しました。また登録犬の飼育の被災の程度も、はがきによるアンケート調査で調べた数字をいただいてご報告します。さらに、東浦町内で4キロも離れていない、被災率100%と被災率0%の2地区を選び、個別に聴き取り調査をしました。実際の飼育状態と、震災による症状の発現頻度を調べました。また仮設住宅に住んでおられる方と、自宅で過ごしておられる方の、飼育しておられる動物の発症の差も比較してみました。震災の多かった津名郡のみ、八月末現在で明らかに増加しております。震災の影響の少なかった洲本市や三原郡の登録頭数は、変化がないか減少しておりました。スライド次お願いします。

 住宅の被害や人的被害の多かった津名郡の全ての街では、犬の登録頭数が明らかに増加していました。スライド次お願いします。

 東浦町では被災率の高い地区でも増加率は多かったのですが、全壊のもっとも多い地区で唯一犬の登録が減少しておりました。スライド次お願いします。

 淡路町では、全壊の多い地区でも増加しておりました。スライド次お願いします。

 北淡町でも同様に、全壊の多い地区でも増加しておりました。スライド次お願いします。

 また登録している飼育者のうち、おおよそ半数以上は全壊または半壊の被害を受けておられました。その他の飼育者は一部損壊か被害無し、または未回答の方でした。登録していた方の半数以上が、全壊か半壊の被害を受けているということでした。
 飼育状況の実態調査では、おおよそ20%の方が犬を飼育しておられ、その内5割から7割の方が登録しておられました。スライド次お願いします。
 被災率と発症率の関係では、被災率0%の震源地に近い地区で約2割の犬に症状が現れておりました。同じく4キロ以内の被災率100%の地域では、5割、半数の犬に症状が現れておりました。スライド次お願いします。

 仮設に入る結果になった飼育者と、自宅で過ごされた飼育者の犬では、仮設では飼育されている全ての犬に、何らかの症状が見受けられました。自宅で過ごしておられる飼育者の犬では、他の地区と同様に2割程度の犬に症状が現れておりました。スライド次お願いします。

 以上のように、犬では登録頭数が増加しておりましたが、私の診療のもう一つの部分であります牛におきましては、各町ともに大幅に減少しております。スライド次お願いします。

 次に震災が受診状況や診療内容に与えた影響を知る目的で、被災後の診療軒数を過去数年と比較してみました。特に新規の来院患者数に注目して、カルテから調べてみました。さらにカルテの内容から大動物、主に牛で、震災後2ヶ月間における診療と震災との関連が認められる症例について、小動物、主に犬猫では震災後1ヶ月間における診療の内容を検討してみました。震災後の患畜数は7月末まで明らかに増加しておりましたが、軽微な症状が中心でありました。このスライドは、新規の来院患者数です。著明に増加しております。これは7月までの数字です。スライド次お願いします。

 犬においてはショックによる突然死が多数発生しました。私の診療する地域では、フィラリア症が多く残る地区で、心肥大を伴う高齢な犬を中心にこのような症状を表しました。

 猫においては、逃避、食欲不振、脱毛、衰弱などの症状が中心で、死亡例は余り認められませんでした。スライド次お願いします。
 牛においては流産、早産が多数発生し、この数字は一年間の件数を超えるものでした。起立不能や発育不全の症例も数多く見受けられました。特に大動物の場合、地震の直接影響だけではなく、発生が高台に多く集中し、ヘリコプターの通路となっており、実際に牛舎の中でヘリコプターの騒音を聞くことが数多くあったのですが、予想以上にひどいもので、これに驚いて発生した暴走や、流産、早産、発育障害が多かったように思われました。これらの事例は、次回以降の救援活動の参考にして頂きたいと思います。スライド次お願いします。

 これらの結果から、私は次に2点について気付きました。1つは、人はこのような大災害時、自分のみならず、他者を越えて身近な生き物に対してまで愛情と保護を与えるということです。それほど優しい存在であったということを実感いたしました。またそれ以上に、動物たちは野生という言葉とは裏腹にとても弱い存在であるということも実感しました。スライド有り難うございました。
 震災時私たちがボランティアに駆り立てられた感情と同じように、物に対するいとおしさや、何かしなければという気持ちを無条件に受け入れることが出来るのが、私たちの対象であるコンパニオンアニマルだと思います。普段では連れて来られない程度の症状であっても、また普段動物に余り関心を持たないだろうと思う方も、診療に連れて来られました。以上が今回のシンポジウム用にとりまとめた発表ですが、実は私が最も驚いたのは、人で言うところのPTSD、いわゆるベトナム戦争の後に社会問題になったときに皆様もご存じだと思うんですが、今回の震災の後も子供たちによく見られた症状で、暗闇や炎を見て体験したあの時の恐怖の状態を思い出して、不安や不眠、ノイローゼや体の疲れなどを現すような心的外傷が多く見られたということです。PTSD自体は病気というよりは当然恐ろしい体験をしたときに起こる自然な経過だとは思うんですが、人と同じように、また、私の感じではそれ以上に余震や弱い揺れや暗闇を恐れてさまざまな症状を動物たちが起こしたと思っております。
 皆さんも体験したと思うんですが、彼らはちょっとした出来事であの恐怖を思い起こしているという状態を表します。例えば地震の当日でもショック死はありましたが、実はその後の軽微な余震や色々な出来事で症状を起こして悪化していくというケースの方が数多く見受けられました。今回動物たちに携わった方ははっきりと認識されたと思うんですが、私自身も今回の震災の前まで動物たちのこのような、心理的な弱さ、そこから起こってくる病気について関心がありませんでしたし、そのような症例を聞くことも少なかったんですが、多分今回診療に当たられた方全ての方が、動物たちも人と同じように、またはそれ以上に心的な外傷が様々な症状を引き起こすということを感じたと思います。これをこれからも重要な課題として取り組んでいきたいと思います。以上で報告を終わります。有り難うございました。

(座長)
 はいどうも有り難うございました。引き続きまして「神戸からのリポート」と題いたしまして、この度最も被害の大きかった神戸市灘区で開業いておられます安達先生に、全壊、あるいは半壊した家屋の中に取り残された老人が犬と猫とどのように生き、また家を失い家族を失い、生きる希望さえも失った人が、動物がいたから生かされたというような非常にドキュメンタリーなお話を伺いたいと思います。お願いします。

(安達先生)
 神戸市獣医師会の安達です。よろしくお願いします。私が住んでいる場所は午前中に権藤園長がお話しされてましたけれど、そこの王子動物園のすぐ南側にございます。神戸市灘区で大変ひどい被災を受けた場所です。そこで私がこのシンポジウムの題にありますが「人と動物の大震災」何が起こり、そこで私が何を見て、何を経験して、これから何をするべきか、ということを少しレポートさせていただきたいと思います。
 まず初めに私の家の中がどういう状況だったのかを知っていただくために一つ私の子供が書きました作文を紹介させていただきたいと思います。この作文は神戸市小学校阪神淡路大震災記録作文集「地震なんかに負けない」という本に載っています。私もこれ載ってるのを知ったのは子供が夏休みに入ってからでした。タイトルは「私にしかいないただ一人の世界一のお父さん」というタイトルがついています。このお父さんというのはもちろん私のことです。

 「未幸?、大丈夫か布団をかぶってじっとしていなさい」地震が起こったときお父さんは真っ先に声を掛けてくれました。私はいつもお父さんに怒られていて、絶対私はお父さんに一番嫌われていると思っていたんだけれど、お父さんは私を誰よりも早く助けててくれたので、私はお父さんはもしかしたら私が一番好きなのかなあ、もしかしたら私を叱っていたのは、私の将来のことを考えていてくれたのかなあ、と思いました。だって私はお父さんがいなければ死んでいたかも知れません。だって私の上には、テレビ、机、本箱、電気が倒れてきたのです。でもそれをお父さんは私の上に来てくれて私を助けてくれたのです。そしてお父さんはスリッパを履いていなくて裸足だったので、足を深く切っていました。私は、痛いだろうなあ、かわいそうと思っていたのだけれど、お父さんは、みゆき、みんなを助けるのに必至でそんなの感じなかったと言っていました。私は、お父さんは優しいなあ、自分がなんぼ怪我しても人を助けるなんてすごいな、お父さん大好き、と思いました。今までのお父さんはみんなのお父さんよりずっと怖かったんですが、地震が起こってから優しくなるかなと思っていたんだけれど、地震が起こる前よりもっと怖くなりました。でも私は怖いお父さんの方が大好きです。お父さんが怖いのは何かあったときに自分のことを自分でしっかりするように、私の将来のことを考えて、大人になったときのことを考えて叱っていたんだと思います。

 というこれ一部なんですが、こういう作文を私の子供が私に書いてくれました。これを見るたびにちょっと目頭が緩みそうになります。私の住居は、6階建てのマンションの6階にありまして、地震直後は本当に家具で立ってるものが何もない状態でした。おまけに家内は早く起きましててんぷらを揚げまして、その直後に地震が起き、台所とリビングは油とガラスでもうとても手の付けられない状態でした。
 私の家族構成は妻とそれから子供が6人、それから犬が2頭おります。しばらく落ち着いて皆を集めてみましたが、余震がひどくて、とてもこのままここにいては危険だということで、ましてや窓から落ち着いて見ますと、もう火の手が灘区の南の方では3個所上がってまして、もう本当に次に大きな揺れが来ればとても子供たちを下まで私はよう降ろさないなと判断しまして、近所にあるお寺に友人たち8人、そして近所の老人たちを集めて、約60名くらいで避難生活を始めました。
 大体ここで2日目ぐらいになりますと、私と私の友人たちは生活のペースをつかみまして、何か地域のためにしなくてはならない。で何をしようかということで相談を始めました。
 先ず初めに地域に残っている老人を救済しようと先ず民生委員の名簿を借り受けまして、それぞれ地域を決めまして順番に一軒ずつしらみつぶしに当たっていきました。そうするとやっぱり三十数名の独居老人ないし老人夫婦だけでまだ家に取り残されてる方がおられました。潰れた家の中で水も食料もなく、もちろんガスも電気もありませんので、暖房も何にも無かったんです。これはいけないと思いまして、すぐに温かい食べ物と水を用意しまして一軒一軒配りながら、避難所へいくように先ず説得しましたんですけども、老人っていうのはなかなか頑固なものでそこを動こうとしないんです。
 そして我々は灘区の災害本部へ行きまして現実を話しますと、災害本部もこういう経験は初めてで、とてもじゃないけど手が足りないということで、物資輸送とか、それから食料、飲み物の輸送が全く出来ないということで我々がやることになりまして、それで毎日2回災害本部へ行きまして食料とか生活物資をとって宅配することになりました。
 また神戸動物救護センターにありました薪で焚くお風呂を譲り受けまして、消防団の詰所で約40日間お風呂屋さんを開きました。老人からは薪で沸かすお風呂は懐かしくて大変好評でした。
 さて、ここから私が言いたい本題に入るんですが、私たちが老人救済をしてる時に見たことなんですが、老人と動物が一緒に布団にくるまって暖をとってるというそういう姿がございました。そういう老人たちに話を聞きますと、避難所へこの子たちを連れていけない。行くと他人の迷惑になるし、この子たちがいる限り私たちはこの家で頑張るということでした。
 でもこの老人たちは他の老人たちと違って何か、動物を飼っていたために生きる気力のようなものを持っていたように感じます。共生という言葉がありますが、人も動物も本当の極限状態になったときまさにこの共生という行為をしていたんだと私は考えております。言葉が適切ではないかも知れませんが、現在ぼけ予防、ぼけ治療に動物が大変効果があると言われています。今回の震災のあと私自身が経験したことも良い例だと思います。
 最後に2つ私の方から、こうなったらいいなという提言をさせて頂きます。
 1つめはこれからの老人を対象とした住宅のことですが、欧米諸国では人と動物が共存できる公共住宅があるそうです。もちろん欧米諸国は土足文化、日本は畳文化というように歴史、文化に大きな違いがあり、また動物への躾け、あるいは動物との接し方など、大きく違っていることもありますが、我々獣医師や動物愛護団体、そして行政が努力し、動物の正しい飼い方を指導していくことが一番大切だと思います。しかし、現在のように公共住宅では人と動物との共存は初めからノーでスタートしています。将来的にはイエスからの出発を考えて、動物と老人が共存できることが可能になればいいなと思っています。
 2つ目は避難所においての動物のことですが、避難所に避難された方の中には当然飼っていた動物も一緒に避難されておりました。わたしも小学校でPTAをやっていましたので小学校には度々出入りしましたが。そして動物のエサなどを動物救援センターから運びましたが、その人たちの中には、人に迷惑を掛けてはいけないと廊下の隅に動物をおいたり、気を使っておられる方もいましたが、やはり中にはマナーの非常に悪い方もおられ、問題になったり、期限を切って動物を追いだすケースもありました。
 こういう状態を見、そして経験し、またいつあんな大きな災害が起こるかも知れません。もし出来得れば、避難所に動物用のテントやケージなども用意して動物を受け入れる体制もとっていておいた方がいいんじゃないかと思います。簡単ですが私のレポートを終わらせて頂きます。どうも有り難うございました。

(座長)
 どうも有り難うございました。これで5人の先生方の全ての報告は終了したわけでございます。パネラーの先生方は、ただいま机を用意いたしますので壇上の方へお上がり下さい。出来るだけ速やかにお上がり下さい。大幅に時間が延長しておりますので、十分な質問時間はとれないかと思いますが、質問をして頂く方は簡潔にして頂くことと、挙手をお願いします。指名をされましたらマイクを使って住所氏名、また団体企業名、行政の方は所属等を言って頂いた後でご質問を頂くようにお願いいたします。パネラーの先生方、上へ上がって下さい。
 大幅に時間が遅れております。3部の開催は4時10分、4時10分からにさせて頂きますので、ご了承ください。それでは只今より質問を受けさせていただきますので、質問のある方、挙手をお願いします。はい、どうぞこの一番端の方。マイクをお願いします。

(質問者1)
 私、滋賀県からまいりました三宅と申します。現在各組織の組織内教育のお手伝いをさせていただいております。特に大阪府の安全運転管理者の法定講習の特別講師をいたしております。
 特に死亡事故の減少を願って、厳しいことを申し上げておるんですが、その席に出ておりまして特に若者の交通事故の多発はですね、数字を見ただけでも年間一万人を越えておる。大阪だけでも相当な数ですね。近畿を合わせますとこの多さはご想像どおりでございます。こうしてしゃべってる間に常に4人ぐらいの方が亡くなってるという数字になっておるわけです。ご多分に漏れず、本日会に参加させていただきましたのを私自身飼犬を行方不明にいたしまして、毎朝捜索に出ております。
 それで、感じますのは、捨てられている犬の多さ、そして子犬小猫の処分、段ボールに入れて保健所の裏に捨ててあるということを、ほとんど、まあ3日に1回は見るようなことでございます。今のようななされ方をしておれば、その子供が車の免許を取りましたときに、交通事故を、特に死亡事故を起こしましても、届け出はおろか反省すらもしないということになってくるんじゃないかと思ってならないわけです。
 中には家庭の事情で、保健所に処分の依頼をしている家の子供がある日保健所の裏の柵に手を掛けまして、恐らくタローという名の犬であったろうと思います。タローごめんねー、タローごめんねー、と泣いているんですね。それを見ましたときに本当に何ともいえない気持ちになったわけです。
 そしてまた犬の管理センターで処分される前の犬を見ましたときも、自分の運命がわかるんでしょうね、犬も。ですから鉄柵の檻から鼻先と手を出しまして、出してくれと叫んでいる姿を見たときに、またあるいは琵琶湖のあるところに下水処理場がございまして、あとはテニスコート、ゴルフ場そういったものができてるんですが、そこへ夏はバーベキューに来られる。そういう関係もあるかもわかりませんけれども、平気でそうした場所に鎖にくくったまま木にくくりつけたままで帰っちゃうんですよね。私も電話を受けて、よく似てる犬がいるからってんでいってみましたら、もう鎖が首に巻き付きましてですね、そういうのが何頭もいるわけですよ。
 ですから少なくともそういったものを見ましたときに、そういうことを感じるわけですが、平気でこうした処分をする家庭の子供が大きくなって免許証を持つようになりましたときに、いくら交通ルールを、マナーを教えましても、死亡事故は減らないんじゃないか、という気がしてなりません。
 現在のやはり大事なことは、法律を徹底して頂くことです。届けのない犬を何とか届け出をさすこと、しなければやめさすこと。これにはやはり行政保健所が徹底していただかなければならんわけです。現在の予防注射の代金を倍にしてでも動物保護の指標とするしかございませんのじゃないかと思っております。現在の行政機構では無理かと思いますので協会が全面的に協力することが大切であろうかと思っております。
 そこで本日の事務局にお願いをしたいことは、何事も行政と協力をして連携をして少なくとも現制度の設備を有効に活用すると。今私が拝見していますかぎり有効に活用されてないのじゃないかという気がしてなりません。従って事務局の方も近畿支部として強力に推進をしていただくと。滋賀県にはないように聞いております。私が尋ねましたところ。各府県、各保健所の動物担当者の活用といいましょうか、教育といいましょうか、考え方をもう少し考えて変えていただくということにも努力をしていかないといかんのじゃないか。
 動物保護場所の活用は十分ではございません、見てます限り。しかも人間のいわゆる留置場にも立派なものが出来ております。そいういうものをどんどん活用していっていただくということが大事じゃないかと思っております。諸先生がたのご意見を承れればありがたいと思っております。失礼しました。

(座長)
 一名だけどなたか答えていただけますか。馬場先生いかがですか。

(馬場先生)
 三宅さんのおっしゃること、私は全くその通りだと思います。はっきり言いまして私、諸外国の方では各団体が立派な施設をいろんな力を借りて作っていると言いましたけれども、それはやはり広大な面積のおかげだということも思っておりますし、割合日本の場合は、なかなかそういう風に理想の施設は出来ないと思います。
 それと同時に、確かに僕も感じておるんですが、やはり行政、国の施設、地方自治体の施設、これはもっともっと有効に使って、そのなかにやはりその地域地区の、いろんなその、動物を愛する会、何でもいいです。もっときれいな言葉を使ってもいいんですが、ほんとに動物を好きな方がそういうふうな施設に対していろんな協力体制をとる。人手が足りない、これから尚更日本も不景気になると思うんですが、そんなにいろんな職員を雇うということも出来ないと思いますし、そういう時においても、若い人たち老人の方たち一緒になってその施設の運営に参加する。本当に心開いて官民一体となった形でほんとの動物愛護ということに行動することがやはり理想ではないかとそういうふうに私は思っております。

(座長)  よろしいでしょうか。他に、向こうの筋の後ろから、ピンクの方。

(質問者2)
 名古屋の中日新聞生活部の記者で都築と申します。安藤先生にお話をお聞きしたいと思います。犬の登録件数の増加というお話がありましたが、非常に興味深い御調査で、詳しく概要を知りたいわけなんです。このことは犬が、まあ動物を飼うことによって人が何を受けるのか、動物から何を人間が受けているのかということの反映だと思うんですが、震災をはさんで一年後で、犬の登録が増えた、この理由はどのように御推察でしょうか。それともし、津名郡以外で神戸市もしくは神戸近郊で同じようなデータ収集があれば、これもまた非常に面白いと思うんですけれど、そのような調査があればぜひ教えていただきたいと思います。

(安藤先生)
 今年から登録の方法が変わりましたので 昨年までとの比較というのは色々な意味で単純にできることではありませんが、全国的に昨年並の登録であったと思います。ワンちゃんの登録ですが、狂犬病予防注射と一緒に行います。狂犬病予防注射は人間のための、防疫的な意味での処置だと思いますので、ワンちゃんを飼う人が登録をするということは、経済的な負担とか多くなっていくわけですね。
 ですから、私が思うのは登録をするということは自分の飼っている動物に対して今まで以上の価値ですとか、関わりが深くなったと理解しております。
 今回地震がひどかったものですから、私たちの地区では登録を受ける、集団的に登録を受け付ける時期が一ヵ月ずれたので色々な事情があるかも知れませんが、スライドで御説明したように淡路島の中で、震災を免れた地区と私たちの地区とでは明らかに数字の違いがありましたので、これをとって動物に対して今まで以上に関心を向けるといいますか、経済的な負担が出来ると、いうようなことはいえると思っております。神戸の方ではそのようなことがあったのかはわかりませんが、全国的には昨年並ということをお聞きしております。

(座長)
 神戸の登録について安達先生お分かりでしたら。分からなかったら私の方から。

(安達先生)
 詳しい数字は旗谷先生の方が御存じだと思いますけれど神戸の場合、東灘からずっと西のほうへいってあれだけ南の方半分くらいが家が無くなったにもかかわらず、九月末までで、昨年比にしますと94%の実績頭数がございます。

(座長)
 この辺の事、もしまた時間がありましたら後でちょっとだけお話ししたいと思います。他に。ちょうどそこの真ん中の方。

(質問者3)
 東京から来ました田谷と申します。JRA日本中央競馬会に所属しております。今日のお話で、動物は人の心を思いやり、人はまた動物を思いやるということの話しだったように受け止めたわけです。
 どの先生に聞いていいのかちょっと分からないんですけれど、犬とか猫、3000万年とか5000万年の人との歴史を踏まえて、進化してきたと思うんですね。その進化の中に体、姿形の進化もあったと思うんですけれど、動物にも意識があって、意識の進化もあっただろう。そういう中で人との関係で、私たちも進化しているかも知れませんけれども、犬とか猫が、意識の面でどのように進化してきているのか、私も馬のことでそれを大変興味をもっておりますので是非お聞かせ願いたいと思います。

(座長)
 市田先生いかがでしょう。

(市田先生)
 そういうのはまだ考えたことが無いので申し訳ないんですけれど、ただ、飼っている人の意識というか、例えば動物を扱う扱い方とか、例えば動物が病気になったときに具体的にどうするんだと、獣医さんに連れていったら当たり前じゃないかというふうな形のものが大分変わってきたんじゃないかということは言えると思います。
 ただ、我々自体にしましても進化しているのかどうかといわれると、よく自覚というのがございませんので、はっきりとは分かりませんけれど、例えば震災に関しましては、あれだけひどい震災の被害を受けてあれだけ多くの方が動物と一緒に、あるいは動物を連れて避難されたということ自体はすごいことではないか。よく、この子は子供と同じですよと言われるのを聞くんですけれど、そういったことに関してはやはりそうであったんではないか。
 いわゆるその子供とは思わないにしろ、いわゆる家族の一員というふうな形でやはり必死の思いで連れて逃げたというような形のもので、そういう扱い方によって動物レベルのような受け取り方、例えばこの子は何を言っているんだろう、何をして欲しいんだろうそういうものを、人間の方が理解するというふうなものは以前と比べて大分あったんではないだろうか。
 ただこれはデータとしてこうだからこういう数字でこうなったというのは私は持ち合わせておりませんけれども、日常の診療だとかそういったことを通じましてそういうふうにはある程度は感じております。

(座長)
 あと一題か二題。一番前の方どうぞ。

(質問者4)
 北区からまいりました。これは座長さんにお答え願ったほうがいいんじゃないかと思いますが。神戸市立森林植物園の中にうさぎの国というのがありまして、うさぎが約30ほど飼育されておりましたが、これが全滅したということだったです。私がいったときに設備の故障か何かでどこかに引っ越ししてるのかなと思ったんですが、後日電話で伺いましたら、いわゆる全部集団自殺ではないかというお話なんですね。この辺のことが、また次の災害のときにこういう事故がおこるのかなあと、実は思っているんですが。この辺は。今日は動物の専門の方が多いんでちょっと伺ってみたいなと思っております。約30ほどおりましたが、全部死んでおります。震災の朝、全く姿が見えないというお話で、全部穴の中で多分死んでいるだろうというのが電話で聞いた範囲の話でございました。ちょっとここいらへん知りたいんですが。

(座長)
 そのうさぎは野生じゃなくて飼育されてるうさぎですよね。私、今その話初めて聞いたわけなんですけれども、神戸市役所農政局の久米先生お見えになっていますけど、うさぎは飼ってらっしゃるんですか。そのへん行政の立場からお分かりになってましたら。

(農政局の久米先生)
 今北区の方からの御意見に関しまして、私なりに非常に解釈に苦しむ点でございます。それは死んだのか中にはいってどうなっているのかということの、まず逆にもう少し質問の方に、私がどうなったかというところまで少し聞かないことには、お答えはしにくいというのが現状でございます。はっきりいって。

(座長)
 ありがとうございます。もしよろしかったらこれについて調査しますので、後で住所、電話番号等お教えいただければと思います。ほかにございますか。その後ろの方どうぞ。

(質問者5)
 亜細亜大学教員の井上でございます。目下東京の小金井公園で、何とか関東第二次震災が起きた場合に犬を集めて管理が出来、救護が出来るような体制を作ろうというので5年前から運動を始めまして、ことごとく失敗しています。
 失敗の原因は東京都の公園管理課、これが全然話にならない。犬の飼い主が自分らで犬の遊び場の清掃をしようよと、それに一頭1万円づつ集めて清掃用具からロッカーを作ってそこでやろうと。犬の毛を公園に散らかさない、糞は人のも取ろうよという呼び掛けをしたところが、みんな逃げちゃったというのが現状で、「東京の田舎者めと、私は西宮の出身で西宮の甲陽園へ行ってみろ。犬の飼い主はジェントルマンばかしで、自分の犬も犬なら人の犬も犬と、お互いに遊ばしてる。東京は日本の悪の温床で悪発祥の地だ、関西へ勉強に行ってこい」とこういう悪態をついたんですけれど、逆に関西の方が、先に事故に遭ってしまった。
 ぜひ今日のお話なりスライドを、東京でたくさん上演していただきたいというお願いかたがた、問題を起こしてますのが大型犬なんです。ハスキーとかグレートデンとかドーベルマン、秋田犬の中型から大型、柴犬は小型でも人を噛む癖があって弱っているんですけれども、小金井公園で100頭以上集めて朝晩私眺めておりますけれども、今度の事故でそういう大型犬が人に与えた危害、それから犬同士が与えた危害、事故はなかったでしょうか。
 私はこれは東京で起きたら大変なことになると思って、いつもハスキーの観察をしております。ああいうの見てると割に凶暴であるし、力が強い。それで、御婦人が特に大型犬を平気で連れて歩いていると犬の方がたいがいなめているというような状況が起きてますので、こういう事故があったのかどうか教えて頂けたらと思っております。

(座長)
 スライド等資料に関しましては、これは資料集を買って下さい。これに全部出ております。2000円です。第2問目ですが、これは神戸の市田先生。

(市田先生)
 事故ということで、一番多かったのが咬傷事故、いわゆる噛まれたと。それで先ほどいわれましたように一番ひどい方が、手のここにある筋が切れたと。これはあのやはりハスキーなんですけれど、この子の場合は最初からきついというわけじゃないんですね。先ほどお見せしましたように、ケージありますね、あの中に入れるとコロッと変わっちゃった。外では抱っこしてもなにしても何にもないんですよね。喜んで喜んでしているからみんな遊びに行って、ケージに入れるときにちょっと抵抗する。でも入ると。そしてお水をやる、えさをやる。やったやつを取ろうとしたとき、このときにボコーンと来てるんですよね。それで、単純に噛まれただけの場合もありますし、今言ったような、この方は入院されて、手術されて無事治って元気なんですけれど、そういったものというのはボランティアさんの場合には非常にあると。
 我々もこういう活動を行いまして、当初そういったこともあるだろうかなくらいにしか思わなかったんですけれど、やはりそういったことが多々ある。
 これは一つは動物の側ばっかりじゃないんですよね。人の側も見ますと、日曜日に来られる。ずーとボランティアしてきますと木曜日・金曜日になりますと疲れてきます。疲れてきた時というのは何かでふっと気が抜けてしまうのかもしれない。
 先程も私の時に言ったことですけれども、動物というのはある程度長くそこに住むようになりますと自分の縄張りというものを持ってきます。そして自分の言いたいことを主張する。我々にしても、先程馬場先生がスライドで出しましたけれど、一時の緊急避難的な形でケージの中に入れて飼う。だから出して朝晩、それ以外も一生懸命やってあげよう。という形で一生懸命やって頂いたんですけれどやはり外の方がいいよというの場合が多かったということです。
 それとやはり、飼い主さんというんですか、世話される方がやっぱりころころ変わっていきますとどうしても、主人というか頼れる反面変なことをすれば「コラ」と言って怒られるというふうなことが欠落してくるという可能性としてはあると思います。だからおとなしくなってきたのもあるんですけど、反面やはりきつくなってしまったという子も中にはおります。だから早く飼い主さんというのを決めてあげるほうが動物にとっては分かりやすいんではないかと。
 人間であれば、その理屈とか何とかっていうことで話し合いとか出来るんですけれども、そういったことがやはりなかなか出来にくいというふうなことであると思います。
 それからもう一つ、犬同士というのは先程言ったように、縄張りを持ってきますと必ずけんかをやり始めます。パドック、ああいう形のものに入れた場合に、ケージ飼いの場合は何とか中に入れてしまえば隣とはけんかできないわけですけれど、ああいうふうな所に入れますとやはり動物の性格というんですか、動物同士はものすごくけんかするとか、人間には駄目だとかいろんな性格がありますので1匹で入れられる子と2匹に出来る子と3匹に出来る子といろいろ段階のものが出てくるので、それをうまく配置していくというふうな形でないと話にはならないんじゃないかと、そんなふうには思っております。

(座長)
 よろしいでしょうか。いろいろ質問が、簡単な質問ですか、じゃどうぞ。

(質問者6)
 付属天王寺小学校の5年生の綱木まほです。保護された動物などを元気にして、幼稚園や老人ホームなどをまわるのはどうなんでしょうか。

(座長)
 どなたに答えていただきましょう。馬場先生いかがでしょうかね。

(馬場先生)
 保護した動物、引き取り手の無いワンちゃんたちを老人ホームに連れてという、それ非常に良いことだと思います。それで今現在獣医さんたちを中心に、全国各地に老人ホームを慰問したり、動物を貸してその飼い主とおじいちゃんおばあちゃんと一緒に過ごすというそういうボランティアがあるんですけれど、そういう会がいっぱいできております。
 そういうことですから、神戸の中でも獣医さんだとか動物を好きな方の協会があります。そういう人たちと一緒になって、今は後片付けやらがたくさんあって、大変な時期だから、落ち着いてから、まだもらい手のつかないワンちゃんをみんな連れて、飼い主さんが集まってそれをやるのは常に良いことだと思います。ひょっとしたら神戸でも綱木さんがおっしゃるようなことが実現することがあるかも知れません。期待しておいて下さい。

(座長)
 よろしいですか。まだまだ御質問あるかと思いますが、一応ここで質問は終了させて頂きまして、後3部でも討論の場がございますので是非いろんな御提案等頂きたいと思います。終わります前にこの救護活動に、私も参加した一人といたしまして、自分で感じたことも入れながら、この第2部をまとめさせて頂きたいと思います。
 先ず初めに今回のような大災害は、記憶に新しいところでも普賢岳の火山爆発、あるいは奥尻島の地震等においても多くの動物が被災したわけでございますが、今回ほど動物の救護が話題になったこともなかったし、これほど大規模な救護活動が展開されたことはございませんでした。それが故に、全てが初めてのことばかりで当初のスタート時点ではいろいろと戸惑うこともあり、失敗や模索を繰り返しながらも多くの国民の皆様から寄せられた、被災動物を何とか助けて欲しいという期待と願いが非常に強いものがございました。
 その現れが、全国から私達の動物救援本部に寄せられました2億2千万円にのぼる義援金であり、また関係者団体、企業の強力な御支援、そして忘れてはならないのが、「動物を助けなければ」と一途な気持ちで北は北海道、南は九州から駆け付けて頂いた、延べ数にして実に1万7千名にのぼるボランティアの皆さんの献身的な努力と支えがあってこそ今日に至っているということでございます。
 一面、私達もこれらの活動を通して実に多くのことを学びました。なかでもこの被災動物の救護はただ単に動物の命を救うだけではなく、実は多くの市民を救う活動につながっているのだという事実に気付かされたことです。先程の安達先生あるいは安藤先生のお話もありましたとおり、家族を失い、家を失い生きる希望さえ失った方、あるいは震災により心に大きな傷を負った人々が、動物がいたから生きられた方、動物を生かすために生きる力を得た方、また不安定な毎日を送っている多くの人々が、動物と一緒に生活することにより、何とか心の安定を保とうとしたようで、神戸動物救護センターで保護収容し里親に出した動物の実に69%が被災地である神戸市を始め兵庫県下へもらわれていった事実とともに、地震前まではそれほどかわいがっていなかった犬や猫を急にかわいがりだしたり、新たに動物を飼育しだした人が増えた結果が安藤先生がおっしゃいました動物病院を訪ねる人と動物が増加したということであり、このようなことは神戸でも同じ傾向にございます。
 また、淡路で狂犬病予防接種数の増加、また神戸においてもこれほどの被災を受けていながら9月末現在で先程安達先生がおっしゃいましたように93.7%の接種を行っております。ということは、大震災の中動物は大事な家族の一員として、人と共に逃げ惑い、避難し、生きていたということです。コンパニオンアニマル、伴侶動物という言葉が盛んに使われる中で、確実に日本における動物の地位の向上が確認できたと同時に、先程もお話ししましたように、人間がこの度の地震により心に大きな傷を負い、不安定な生活を送っている中で目に見えない精神的な痛手を無意識のうちに動物をかわいがることにより癒そうとする行動、あるいは無心な動物に愛情を注ぐことにより知らず知らずのうちに心の安定を保とうと人間が動物に助けを求めていった姿が浮き彫りになってきたのではないかと思われます。
 この地球上には実に多くの動物が生存している中で、馬場先生のお話しにもありましたとおり、人類が発生させる地球的公害問題等により野生鳥獣を始め種の断絶の危機にさらされている生物がたくさんあります。何とかこうした生物と人間が共に生きられる均整の取れた地球にするために、あらゆる機会をとらえて真剣に考えていかなければならないかと思います。
 この度の大震災により多くの人々が動物により助けられたことを強く心にとどめ、今後はさらに水準の高い動物福祉について我々は一層の努力をしていかなければならないと考えます。
 以上です。それではこれで第2部を終了させて頂きます。どうも有り難うございました。


(c) 1996兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録編集委員会 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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