阪神・淡路大震災(記録写真) : 1995.1.17〜1996.7
於 西宮市〜淡路島
撮影:前田耕作
写真(カラー、一部モノクロ)89枚
- 倒壊した家の下じきになった人を近所の住民たちが運び出した。
- 高架橋が崩れ、落ちたトラックはぐちゃぐちゃになった。
- 崩れ落ちた高架橋
- 西宮市芦原町で
- ビール工場では積んでいたケースが崩れ、われたびんが散乱していた。
- 道路が崩れ、横転したトラック。
- コンビニエンスストアの前には長蛇の列が出来た。
- 地震当日のコンビニエンスストア店内。
- コンビニエンスストアには長蛇の人の列ができた。
- 崩れ落ちた阪神新在家付近の高架。手前はコンビニエンスストアに並ぶ人ら。
- 崩れた国道43号岩屋高架橋から落ちたトラック。
- 崩れた国道43号岩屋高架橋から落ちたトラック。積んでいたみかんが一面に散らばった。
- 元町商店街で店を営む人たちは、自分達の店舗から無事な商品をとり出した。(1995.1.18)
- 破れつした水道管から水をくむ人。生命線である水の不足は深刻だ。(1995.1.18)
- 倒れた電柱。(1995.1.18)
- 思い思いの容器を持ち寄り、道路上にあふれる水をくむ人ら。(1995.1.19)
- 道路で頭をあらう人。(1995.1.19)
- 公園に運び込まれた救援物資。(1995.1.19)
- 震災から2回目の朝。寒さのなか屋外で夜を明かした人も。(1995.1.19)
- 神戸市役所内に設けられた仮設電話で話をする人ら。(1995.1.19)
- 水道はいまだ復旧せず、川で洗濯をする人も。(1995.1.19)
- 地震で倒れ、となりのビルをつき破った建物。(1995.1.19)
- 通路におおいかぶさるように倒れた建物。(1995.1.19)
- 阪急西宮北口駅で行われた入構制限。(1995.1.20)
- 中央区役所前に集められた救援物資。ここから付近の避難所へ運ばれていく。(1995.1.21)
- 神戸地方裁判所(1995.1.23)
- 避難所となっている体育館で昼食をとる子供たち。(1995.1.24)
- ヘリコプターで輸送された救援物資。(1995.1.29)
- 地震で崩れ、波をかぶる神戸港の第一突堤。(1995.1.29)
- ボランティアによって被災者たちに毛布などが配られた。(1995.1)
- 代替バスの乗り場付近は、いつも利用客らであふれかえっていた。(1995.2.2)
- 長田区菅原商店街で。(1995.2.3)
- 商店街を訪れた人は、焼け跡の中から、赤さびたペンダントのようなものを1つ拾い上げた。(1995.2.3)
- 三宮センター街のアーケード取り壊し作業。(1995.2.3)
- がれきの中から拾ってきた赤さびた鉄板にチョークでメニューを書き込む店員(1995.2.13)
- 中央区加納町4丁目から(1)(1995.2.16)
- 中央区加納町4丁目から(2)(1995.2.16)
- 震災から1ヶ月。正午の合図とともに、校庭に集まっていた人らは、亡くなった方たちに黙とうを捧げた。(1995.2.17)
- 地震で落ちて割れたつり鐘。新しくとりかえるめどはまだ立っていない。(1995.2.18)
- 被害を受けた家の多くは、雨漏りを防ぐ一時的な対策として、屋根にブルーのシートをかけた。(1995.2.18)
- 歓楽街で有名な「東門街」。震災から1ヶ月以上たち入り口でのネオンは輝き出したが、店の営業は始まっておらず、人通りはとだえたままだ。(1995.2.25)
- 地震で折れた線路の高架橋脚。(1995.2.25)
- 三宮センター街のアーケードは取り除かれ、細長い空が顔をのぞかせた。(1995.3.1)
- 地震で壊れた国際会館。(1995.3.2)
- 生田神社の復旧作業(1995.3.15)
- 改修工事が進む生田神社。(1995.3.15)
- 一時的にゴミ収集場となっている中央区の小野浜公園では連日のようにゴミが運び込まれ、この日も深夜まで作業が行われていた。(1995.3.15)
- 解体される大丸神戸店。(1995.2.16)
- 神戸大学の体育館で避難生活を続ける人たち。(1995)
- 校舎を避難場所として提供するため、休校を知らせたはり紙。(1995)
- JR六甲道駅の災害状況を説明するJR職員ら。(1995.4.17)
- 解体作業のため、防護壁でおおわれた国際会館。(1995.4.18)
- 一見、倒壊して廃屋に見える建物だったが、そこには真新しい洗濯物が干されていた。(1995.4.21)
- 神戸高速鉄道の三宮ー間の復旧作業。となりはJR線。(1995.4.30)
- 神戸で恒例の5月まつりも今年は縮小された形で行われた。南京町の広場でくり広げられたステージには大勢の見物客がつめかけた。(1995.5.20)
- 地震以後、井戸の水がかれてしまった。地元の人は田畑に水を引くのに苦労すると困った様子だ。(1995.5.27)
- 更地となった広い土地の真ん中に、白い洗濯物が風に揺れていた。(1995.6.1)
- 神戸港に停泊していた帆船日本丸が電飾された。波止場はいまだ完全復旧されていない。(1995.6.9)
- 更地となった土地に誰かが苗を植えていた。初夏の強い陽射しが照りつける中、力強い息吹を感じた。(1995.6.21)
- 新駅舎へ移行のため仮駅舎は取り壊しへ。(1995.6.21)
- 阪神西灘駅新駅舎へ。(1995.6.21)
- 三宮センター街で行われたファッションショー。(1995.7.20)
- 岩屋交差点(1995.9.26)
- サンセット通りの壊れたアーケード。(1995.9.30)
- 復旧工事中の岩屋高架橋(長さ530m)橋脚。(1)(1995.10.8)
- 復旧工事中の岩屋高架橋(長さ530m)橋脚。(2)(1995.10.8)
- メリケンパークに設置されていた「タイムカプセル」。(1995.10.22)
- 被災者たちのテントが多く見られる公園では、紐につるされた大根があった。(1995.11.29)
- 近所の住人が集まり餅つき大会が行われ、ぜんざいや雑煮がふるまわれた。(1995.12.10)
- 震災の年が明けた平成8年の正月。更地を囲うフェンスにしめ縄が飾られていた。(1996.1.1)
- 震災からちょうど1年。仮設住宅が建てられた岩屋公園では、住民たちが集まり黙とうをした。(1996.1.17)
- 浅野ゆうこさんは、震災で亡くなった方たちに追悼の気持ちを込め、献花をした。(1996.1.17)
- 生田神社震災復興節分祭で行われた「豆まき神事」。ゲストで訪れた歌手のシンディ・ローパーさんも豆まきを楽しんだ。(1996.2.3)
- 震災後2年ぶりに行われた春節祭に多くの観客が集まった。(1996.2.23)
- 震災後2年ぶりに行われた春節祭。(1996.2.23)
- アーケードの工事が進む繊維商店街。(1996.2.27)
- 被災者を励ますためにアートパフォーマンスをする中島由夫さん。(1996.3.16)
- 元町商店街入り口付近にあるタムシバの木は、大きな花をたくさんつけた。道の向こうは大丸神戸店。(1996.3.21)
- 生田神社の拝殿が完工した。輝かんばかりの銅製の屋根が印象的だ。(1996.4.1)
- 復旧工事が進むハーバーランド。(1996.4.4)
- 震災後改築されたそごう神戸店のオープンに大勢の人が列を作った。(1996.4.28)
- 震災を乗り越えて結婚するカップルが、応募の中から3組選ばれ、大勢の人たちが見守る中で結婚式を挙げた。(1996.4.28)
- 異人館風見鶏の館の前で「花嫁姿コンテスト」の授賞式が行われた。桂由美さんから賞を手渡される受賞者。(1996.4.29)
- 異人館風見鶏の館の前で「花嫁姿コンテスト」の授賞式が行われた。梅宮アンナさんから賞を手渡される受賞者。(1996.4.29)
- 梅雨の季節。震災の爪痕が残る中、歩道の脇にはアジサイが大輪の花を咲かせた。(1996.6.10)
- 復旧工事が進む大丸神戸店。(1996.6.21)
- 新築工事が終わったビアホール「ニューミュンヘン」。(1996.7.18)
- 神戸まつりでは本場ブラジルのサンバチームが踊りを披露した。(1)(1996.7.20)
- 神戸まつりでは本場ブラジルのサンバチームが踊りを披露した。(2)(1996.7.20)
c1995- 前田耕作(写真、キャプション); c2000 神戸大学附属図書館(WWW版)
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