KSKQ障害者救援本部通信, No.6(1995.[5]号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1995.6.7. - 8p

請求記号:震災-7-z27


救援本部から  障害者33団体に支援金配分

 大地震から3ヶ月が経過し、震災地での様々な取り組みや遅れていたガスの復旧作業などもほぼ完了する中で、とりあえず当面の生活については問題点が少なくなってきていますが、障害者の移動の問題や日常的な介護問題などは、ボランティアの数がめっきり減るなかでは深刻なものとなっています。
 大阪の障害者救援本部としては、これまでの緊急支援とともに、今後も被災地の障害者団体が中心となり、震災地の復興を支えていくため、遅ればせながらみなさんからいただいた支援金配分を4月9日に西宮で行いました。
 今回の支援金配分は、大阪の救援本部に寄せられた支援金の他、東京の障害者団体らで作る被災障害者支援実行委員会に寄せられた支援金についても大阪で1本化をし、効率よく被災地障害者の支援を行っていこうとするもので、取り合えず見舞金として,1団体30万円として配分を行ったものです。

支援総額5000万円を発表

 当日は、雨の降る中を西宮学文公民館に32団体が集まってくださり、それぞれの現状報告と今後の見通しなどを聞かせていただいたうえで、見舞金をお渡ししましたが、大阪からは代表の楠、東京からは三沢さんが同席をし、「これまでの緊急的な被災地支援で800万円、今回の見舞金予定額1200万円のほか、今後、継続的な被災地支援として1000万円、障害者作業所、自立拠点などの復興については近いうちに2000万円を配分する予定」であること、「東京からも障害者の生活支援を支えていくため、長期的に人を派遣していく準備がある」ことなどの報告とともに、今後の被災地支援についての協力体制の確認が行われました。(見舞金は預け分を含め、この日33団体に手渡し、欠席団体については後日訪問のうえ手渡し予定)
 また「被災地障害者復興計画委員会」の準備を進めている牧ロー二さんからは、被災地支援のための10億円基金創り構想が発表され、被災地、大阪、東京の3者とともに新たな枠組みとしての協力体制も話されました。
 当日参加していたピータンハウスの方は、「10年間の活動の成果としての念願のお店作りが、もうあと1歩のところで震災にあい実現できなくなった。全壊の準備途中だったお店を見て、しばらくは茫然としていたが、多くの仲間の存在を知ってもう一度やり直そうと考えた」と話すなど、夢の膨らむ話しもたくさん聞けました。

大阪の避難者地元へ

 一方大阪で避難所となっていた早川福祉会館は、4月10日をもってすべての障害者家族らが、地元へ戻っていくこととなり、取り合えずその役割を無事終えることができました。自宅が全壊した家族については、被災地障害者支援センターがプレハブを立て、介護面での支援も引き続き行っていますが、今後は行政が準備する障害者・高齢者向け仮設住宅への入居が待たれているという状態です。
 またすでに仮設住宅に入居している障害者は、風呂・トイレなどが狭すぎて車イスでは使えないということを訴えており、こういった場合の行政対応をせまることも今後必要になっています。
 障害者救援本部としては、今後被災にあった各作業所などを訪問し、必要としているところへ速やかに支援金配分をしていく具体案を検討すると共に、今後どのような部分への支援を高めていくかを5月中に決定していきたいと思っています。
 被災地の障害者団体の活動は、4月になっておおむね従来の活動を取戻しつつはありますが、精神医療人権センターのように、建物が全壊した後未だ、今後の活動事務所が作れていないところもあれば、取り敢えずお店を開いたが、買ってくれる人がいない、ふだんの活動ができないなために引っ越しボランティアをやっているところなど様々です。
 今年度前半については、行政補助金が出る月なので運営経費の心配をしなければいけないところは少ないのですが、通常の活動ができないうえ、地震にかかわって個々の障害者メンバーの生活支援などの業務が増えていくために、年度後半の運営経費について不足する事態が予想され、行政から震災にかかわる補助金増額があるかないかが、今後の運営面でのかぎとなりそうです。
 また4月に入り、ボランティアの数はめっきり減り、恒常的な生活介護のスタッフが不足しています。長期的、あるいは定期的にかかわれるボランティアを募集していますので、どうぞよろしくお願いします。


早川レポート  「序章」の終わりにあたって…

西尾 元秀

 4月11日午後6時。すべての被災者が兵庫に戻った後の早川福祉会館の大掃除が終わった。テーブルを撤去してガランとした1階のホールを見ながら、これまでの約3か月を思い出していた。これでとりあえず終わった。しかし、終わった後のすがすがしさはなくむしろ重苦しさがあったのは、雨模様の天気のせいばかりではなかった。

 神戸のプレハブにもどったAさん。4月から被災地のボランティアも少なくなり、現地のボランティアを集めながらの生活が続いている。もともと自立生活をしていた強者のAさんにとっては、ちょっとやそっとのことではまいりはしないだろう。が、まだ隣の小学校の体育館で避難生活を強いられている人から、持って行き場のない怒りを「なんでおまえらはプレハブに住めるんだ」という形でぶつけられたりするという。大変だ。
 「おかやん」と呼ばれていたBさん。地震で身内の方が腰を痛めたこともあり、家族と一緒に住むことができなくなった。今はセンターの一階に住んでいる。介護者のこと、これから住む家のことと大きな課題をこれから少しずつ解決しようとしているところ。
 早川での避難生活をいちばん“楽しんで”いた、「カラオケ部長」のCさん。通っていた作業所は全壊、住んでいたところも全壊。生活づくりはこれから組み立て直し。
 戻る先が2転3転したDさんは、結局自宅に戻り、今まで通い慣れたセンターへ通っている。センターにかかわる人たちの介護者を集めるという目標はあるけれども、なかなか思うように進まない現状に少し焦りぎみ?
 地震をきっかけに「自立」構想を打ち出したEさん。今は自宅に戻り介護付けをしながら、自立に備えるということ…。
 音楽好き、ギター好きのFさんは、自宅に戻った。家の回りの道はがたがたで電動では大変。「(がたがたの道では)バッテリーを使うから、この前家に戻る途中に、バッテリーが切れて動かなくなった」
 避難所で誕生日を迎え、「お姫様」を演じたGさん。自宅にもどって以前の生活を取り戻しつつある。
 そして、早川に最後まで残ったHさんとIさん。Hさんは結局家の大工工事は帰るまでにできなかったけれども、とりあえず自宅に戻る。Iさんは自宅が全壊。ブレハブでの生活になじめているのだろうか…。

 「これからが大変だ」ということは、よく言われる。早川に避難した人々の現状を私の知っている範囲で少し書いてみたが、一人ひとりが抱えている課題はそれぞれ重い。
 早川では多くのボランティアにかかわってもらうことによって、きしみながらもなんとか乗り越えた。が、「とりあえず終わった」のは、結局これから新たに作り出していく地域での生活とは直接はつながりのない「序章」に過ぎない。
 大阪での避難生活に最後までかかわった者として、伝えなければならないことは、「年度が代わり、人々の意識も地震から離れつつある今、これからが本当のスタートです。これからこそがいろんな援助やサポートが必要なんです」ということだと思う。意識の上ではみなさん分かっていることだと思うが、この拙文が少しでもその具体的なイメージとなることを願ってやまない。


被災者による復活・救援活動《各地の動き》

被災地障害者センターの通信より抜粋させていただきました

神戸市
六甲デイケアセンター
  3月27日から毎週5日オープン。メンバーの地域生活づくりに忙しい。
えんぴつの家パン工場
  パンの販売網が切れ、一時期は1/4にまで生産が落ちたが、最近は少し取り戻したとのこと。そのためコーヒー豆の販売、パンの品目の開発などを検討している。4/8〜9には、ピープルファーストの本を作る会に6人が参加、東京にでかけたが帰りは知的障害者それぞれが自分で自主的に一人で帰ったというので、職員は驚き喜んでいるという話題もある。
えんぴつの家デイケアセンター会
  バス交通がかなり動いてきたので、通所介助のニーズも少なくなり、ほぼ通常の活動を行っている。パン工場のメンバーと共に今後の活動についての話し合いを行なっている。
自立生活センター・Beすけっと所
  障害者会員の地域生活づくりがすすんできたので活動が再開されてきた。ただ、これまでの介助会員、障害者会員の介護に入っていた介助者の復帰が困難で、センター派遣の介助に頼るものもいる。JILから派遣されている東京の自立生活センターのメンバー応援も得て、生活づくり、新しい、メンバーとの交流も始まった。4月17日に地震以降初めての運営会議、総会と、イベントの開催をめざしている。
シティライト
  活動のための自動車も救援本部(大阪)・支援実行委員会(東京)の支援でめどが立ち、ほぼ通常の活動ができている。しかし自然食品のお店のおきゃくがいなくなった、作業の注文が少ないなど、財政的に非常に苦しいとのことまた、ポートアイランドから作業所へ通い、西宮西高校(定時制)に通学するK君のガイドヘルプのボランティア探しが大きな懸案になっている.
西宮市
阪神障害者解放センター・キントーン・兵庫青い芝の会
  キントーンは全壊。西宮市や企業財団の援助で土地・建物の仮設入居はできるが、自然食品の店を再開することは難しいとのこと。阪神障害者解放センターは一部破損で、内部の修理を行なっている。兵庫青い芝の会で大阪の早川記念会館に避難していたOさん・Gさんは、Aさんの家に帰り、地域生活の回復を目指している。
 西宮救援本部は、教育センターの避難所から、もんど厄神にテントを張って作る作業所への移転を計画し、作業を開始している。集まったボランティアも活動に組み入れられて、既に中・長期的な展望で活動を行っているようだ。
メインストリーム協会
  事務所が全壊で、西宮市や企業財団の援助で土地・建物の仮設入居はできるが4月末にならないと使えないとのことで、それまでの事業事務所をどうするかに苦労しているとのこと。障害者甲子園の開催を既に発表している。4/20までの連絡先は 電話FAX0798−70−5814
内部障害者の福祉を守る会
  会員訪問を続け、仮設住宅や医療相談を展開している。生活確保と、相談活動を中心にした地道な取り組みがまだ続くとのことだ。
すばる舎
  炊き出しを続けるとともに、障害者・高齢者の生活介助・入浴・給食などのサービスを提供している。ボランティアは減ってきているものの、力強い救援活動を続けているとのこと。
新生会
  3月末〜4月初めは毎年日常業務がてんてこ舞とのことで、今年も忙しいようだ。避難されていた方もおおたかは移転され、共作連関係との連絡、阪神障害者解放センターへの支えなどの活動に移っている。
青葉園
  総合福祉センター内にあるので、避難されている方がまだ多いとのことだ。仮設の作業所の場所提供にも協力しており、お世話になっている。
尼崎市
みんなの労働文化センター
  作業所の一部破損、事務機器・作業機器の修理等にかなりのお金をかけざるをえなかった。事業はオープンしたが、元の作業や仕事に戻すまではまだまだ時間がかかるとのこと。炊き出し活動は一段落し、方針を検討している。
市肢体障害者協会
  (1)仮設住宅の内部設備の改善を市に要望しているが県費に頼って工事が遅いために、自前でやってしまおうと考えている。また仲間作りのために集会所のようなスペースを要求しているが、これも県の方針待ちとなっている。(2)避難所で障害者は少なくなっているが生活が厳しくなっており、地区抵当者がフォローしている。(3)市に要望書を提出するほか・ガイトヘルパー・ホームヘルパーの派遣を要求している。
兵庫・草の根ろうあ者こんだん会
  「最低2年の長期戦を決意!」と、情報提供と生活相談をセットにした活動を構想。手話通訳者の常駐、ろうあ者生活相談メンバーの確保が課題としている。
おたすけ作業所(準備会)
  復活・救援活動から生れた作業所作り。炊き出し活動をひと段落させ、4月からのオープンをめざして準備中。
人工呼吸器を付けた子の在宅を支える会
  あゆみちゃんは、この間隣の学校に通学、4月からプレハブ校舎で学び育つことになった。学校での介助の問題は教育委員会との間で休戦宣言をしたとのこと。
その他の動き
  園田学園との間で高校進学問題での話し合いが暗礁に乗り上げているようだ。尼崎のほうで申し入れ書を作成する動きになっており、話し合いが積極的に進められるように障問連としても支援したい。

いろいろ

5月の街頭カンパは14日です。
ナンバ高島屋前 11:00〜18:00

段々参加人数が減ってさみしいので多勢来て欲しい!!
特に午後。よろしく!そこのあなた!!!

4月22日西宮で「野染め」があります。
問い合わせは下記の「対策本部」まで
13:00〜 門戸厄神駐車場テントのところで
 ほかイベントも企画(未定)
◎野染めとは、染料を使用して野外で染める色鮮やかな
染め物のこと。

3年間ぐらい、土地を無料で提供していただける方を求めます。<神戸>
下記の被災地障害者センターまで


ボランティア募集します

被災地障害者センター(神戸市)
  TEL 078−531−9538(ボランティア担当)
  FAX 078−579−0213

   障害者といっしょに 地域生活をつくる まちをつくる あなたも主人公になってください。
●被災した障害者の地域生活の復活を目的として、ボランティアでチームを組んで、生活介助・ガイドヘルプなどの活動をします。
最低1ヶ月以上できる長期の方、通いで週2〜3日(宿泊可)できる方、男性(男性障害者の介助)、地元の方を求めます。
西宮対策本部〈阪神障害者解放センター〉(西宮市)
  TEL 0798−63−2589(ボランティア担当)
  FAX 0798−63−2083

   ボランティアかごっそり減りました。テント村への引っ越し準備中です。たくさんの人手が必要です。
●風で壊されたの門戸厄神のテントを再建して、バザーで資金を集め、デイケアや介護の拠点になるべく活動しています。
●1日2日でも長期でも引き受けます。宿泊場所あり。
 

カンパはこうして使われています。

 支出については、福祉会館での避難生活経費などまだ確認できていない部分をのぞいて、約2250万円となっています。4月に入って、お見舞い金1200万円(40団体分)ほか、プレハブ内装設備費などを新たに支出しました。また、遠方からかけつけてボランティアで働いてこられた方も大幅に入れかわり、兵庫(神戸、西宮)と大阪では今後半年、1年契約で常時活動する人の人件費を出し始めました。プレハブの未払い工事費や毎月の必要経費をあわせて、今年12月末までに5000万円以上支出する見込みです。
 救援金カンパは5960万円になりました。個人で、団体で、学校や職場で声をかけていただいて、街頭に立って、コンサートやイベント、バザーで、集められたお金です。おかげで、当面の再生・支援活動を支えることができます。
 しかし、被災した障害者、関係者の兵庫での生活はまだ始まったばかりです。大阪に避難していた人も生活しているプレハブ住宅は、当面2ヶ月のリースで、個人の生活の場は早くアパートなどに移していこうとしています。鉄道やガスは一応復旧したとはいえ、震災前からの人のつながりも大きく変り、道路は波打ち敷石がはがれたまま、解体工事の粉塵ただよう街で、新しく生活と活動を築いていきます。被災地域での人とお金が本当に要るのはこれからです。さらに注目と支援を広げていこうではありませんか。


Thank You!! でもまだ,これからです。
阪神大震災被災障害者救援にカンパご協力ください

★障害者救援本部では......

 地域の中で自立したくらしをつくってゆくことを目指している被災障害者(団体)への支援を、広く呼びかけています。特に、
 (1)障害者の自立運動拠点の再生のための支援金
 (2)拠点再生のために不足している事務機器などの物品提供
 (3)被災地各拠点で支援活動ができる長期ボランティア
この3点にについて、みなさんのご協力をお願いします。

★この通信は・・・・・・

 義援金や救援物資を送ってくださった方々、現地や各地の避難所でボランティアとして働いてくださった方々、また様々な形で支援の申し出をしてくださった方々にお送りしています。こちらの不手際のために、今まで連絡の届いていない方や重複して届いている方がいらっしゃるかも知れません。現在、名簿を整理しているところです。どうかご容赦ください。
 救援本部では、できるだけ多くの方々に現地の情報をお伝えするとともに、この通信が、これを手にされたみなさんひとりひとりの支援活動のヒントになるようにと願ってやみません。

★救援本部の住所・電話番号が変わりました

 今まで居候していた全障連の事務所を出て、本部が独立しました。現在、2名が常駐として詰めています。義援金送付先は変わりません。今後ともよろしくお願いします。 


(c) 1995兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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