KSKQ障害者救援本部通信, No.7(1995.5.23号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1995.7.26. - 12p

請求記号:震災-7-z27


被災地で共に生きることを決意した障害者にさらなるご支援を!

今もなお困難な被災地のくらし

 地震から早くも4ヵ月が経過しました。時の経過と共に人々の被災地に寄せる関心は薄れていくように感じられます。
 しかしながら被災地の復興はまだやっと緒についたばかりで、先日の大雨で倒壊したビルの映像は改めて私たちに現地の「被災」は今も進行中なのだと思い知らせました。
 「復興の槌音高く」とか「戻った笑顔」とかの安易な見出しのニュースも見受けられますが、一歩被災地に足を踏み入れると1階がつぶれ歩道側に傾いたビル、亀裂が走り所どころ盛り上がった道、転がり落ちたままの巨大な庭石などの非日常の光景が被災地では今もなお日常なのです。もともとある障害者の行動の困難が健常者の何倍にもなっているであろうことは想像に難くありません。アスベスト被害も心配です。
 鉄道はほぼ全線開通し(阪急は6月半ば予定)、幹線道路の通行状況も平常に戻りつつありますが、人間が息づく街はいまだ傷だらけです。

激減したボランティア〜深刻な介護者不足

 殊に地域で生きる障害者の生活は本当に厳しいものがあります。
 被災障害者たちは「もともとしんどかったんや。」「しんどいことに強い僕らが地域の人を励ましてあげなあかん。」「復旧やなくて復活や!」と意気軒高で逆にこちらが元気づけられます。とはいえ、障害者の「生きる場」「働く場」の再建・復活にはたくさんのお金と時間、そして人が必要です。一時は100人を越えたボランティアも、現在は5分の1に減りました。
 大阪の救援本部としては、関心が薄れがちな世間に向けて被災障害者の厳しい生活状況と「地域で共に生きる場づくり」の必要性を声を大にして訴えるとともに、必要とされる再建・復活資金を集め、しっかりと現地に届けたいと考えています。
 みなさんの変わらぬご支援を切にお願いします。

新たな局面〜介護支援態勢の確立が最重要課題に

 神戸では二葉公園のプレハブで避難生活をしていたSさんが5月6日に東灘区の自宅に帰り、Mさんは仮設住宅に入ることができました。Sさんの介護は被災地センターが支援していきます。公園を借りる期限も切れるのでプレハブを他所へ移さなくてはなりません。
 須佐野公園のプレハブでは現在もMさん親子とTさんが生活しています。Mさんは家が全壊して更地になった土地に6月中にプレハブを建てて住む予定です。
 一時は860件にも上った被災地センターの在宅訪問活動も緊急対応は一段落しましたが、生活介助、送迎介助などの長期にわたるニーズには継続して対応していく態勢をとっており、現在約30家庭を訪問しています。
 西宮対策本部では地震直後からJR西宮駅近くの総合福祉センターの教室に避難して救援活動を続けてきましたが、いつまでも居られないので門戸厄神の駐車場を借りてテントを張り、しばらくそこを拠点に活動を続けることになりました。しかしながら、入梅時期を控えて居住条件は厳しいものがあり、地震で家族の介護が受けられなくなった障害者のケア付き住宅兼事務所を確保すべく物件を探しています。(お心あたりのある方ご連絡ください。)
 みんな必死になって障害者が地域で生きて行くための方策を探っています。地域とつながっていきたいと避難所を廻り、ボランティアの多い時期は障害者や高齢者世帯の買い物や入浴介助、引っ越しなどもがんばって請け負ってきました。
 尼崎のみんなの労働文化センターでは、行政に先駆けて市内小規模作業所の被害聞き取り調査を行ってきました。更に仮設住宅への引っ越しの手伝いやフリーマーケットの開催などもしてきました。事業収入が大幅減になりましたが、これを機に地域のネットワークを強め、行政交渉もしっかりやっていきたいとのことです。「障害者が先頭に立って発言しなければ、行動しなければ」という思いで新たな展開を目指しています。

義援金配分第2次プラン〜共に生きる街づくりを目指して

 このように地域の障害者の生活再建計画はまだ序章の段階です。
 本部では今後拠点再建のための財政支援と専従派遣という形で、全国からお寄せいただいた義援金を用立てていきたいと考えています。
 具体的には、新しく作られる地域拠点(援助のないところ)に2,000万円(4カ所)、車輛や備品などの物的損害補填に800万円(12作業所)、障害者が地域で生きていくための態勢づくり(自立センター構想も含めて)をになう専従者の生活保障に2,000万円(17人、来年3月迄)の計4,800万円の支出を考えています(6月開催予定の救援本部総会で正式決定)。
 残金は限りなくゼロに近づきます。いよいよ第2次募金段階です。本当の再建・復活にはまだ遠い道のりです。なお一層のご支援をよろしくお願いします。


救援本部会計報告 いつもカンパをありがとうございます。

最近のメッセージからご紹介します

 5月3日、仙台市の台原森公園という所で、フリーマーケットがありました。私達も、「阪神大震災チャリティー・被災地の障害者のみなさんへ」という桃太郎旗を立て参加しました。このフリーマーケットでの売上金の全額です。小学校1年生のTちゃんも頑張ってくれました。どうかまだまだ色々な問題があるかと思いますが、頑張って下さい。(宮城県)
 私は自宅でケーキ教室を開いております。1月の地震のすごさにおどろかされ、又、皆様の御苦労をテレビ・新聞等で見聞きいたし、何かお役に立ちたいとケーキ教室の生徒達と相談いたしましたところ、私共の手作りケーキの収益をどこかへ寄付いたしたいと考えました。(中略)「手作りケーキ」のボランティアはこれからも続けていきたいと思っております。皆様、お元気でがんばって下さいませ。(東京都渋谷区)

 5月になって、被災地の住宅難等の事情から、プレハブの移転やリースの延長をすることになりました。移転するプレハブは、長期の生活に耐えるよう、内装や水まわりなど工事が必要です。そして、無認可作業所が物的損害について、社協を通じて助成(3/4)を受けたとき、残り1/4を補うこと、新しくつくる自立拠点で他から援助がないケースに対して、建設資金を出すことが決まりました。また、兵庫および大阪で常時活動する17人の、年間の人件費支出予定分をプールします。以上に残高を全て使うため、6月には上場企業2000社にメールを送るなど協力網の拡大に努めます。引き続きご支援をお願い致します。


4/13厚生省交渉の報告

当日は、予想に反して30名以上の参加者があり、狭い会議室はぎゅうぎゅう詰め状態であった。また、3時から始まった交渉は、予定時間の1時間を大幅に超え、2時間半に及び交渉を終えたときはすでに夕闇が迫っていた。厚生省側からはなんら前向きな回答はなく、参加者は憤っていた。

  1. 震災によって被害を被った障害者の活動拠点(小規模作業所、デイ・ケアセンター、自立生活センター等)の再建を法内施設と同様に国の責任において財政的に支援すること。
  2. 被災障害者への日常介助サービスはホームヘルパー派遣を中心とする行政の責任で保障すること。
  3. 現在おこなわれている被災障害者への支援活動を行政の責任において支援すること。
  4. 総理府に設けられた阪神・淡路大震災復興諮問委員会のメンバーに障害当事者代表を任命するよう、厚生省と総理府の間で調整すること。

1)活動拠点の整備について

 法内施設との格差について、議論が紛糾した。いわゆる無認可施設については、制度上国として支援できない、という回答を繰り返すばかりで、格差の解消について何ら前向きな回答はなかった。「法人になっていただければ」というまさに官僚的な冷たい返答が返るばかりで「法人になれといっても、多額の資金が必要で現実的には無理、その上で法人になったら援助するというのは国としては一切、援助しないということなのではないのか」「法人になれるような新たな立法措置は考えているのか」「被災した障害者になんと報告すればいいのか?」「地域福祉を活性化するのに国としては大きな法人がその中心を担うというふうに考えているということか?」との私たちのしつこく厳しい追求にもなんら回答はなく、新しい立法も考えてはおらず、制度の枠内での援助しかできないと繰り返すばかりであった。

2)救援活動の援助について

 「民間団体にたよっているという認識はないのか?」との追求には「国にできなかったことをやっていただいた」という認識は示したものの、救援活動について国として援助するつもりはないのかとの質問には「さまざまな分野でボランティアが活躍しているわけで福祉に関してのみ出せない。これは政府全体の問題」との回答にとどまり、救援活動に関しての費用については今ここで返事できる立場にはない、とのこと。

3)ホームヘルパー派遣などの日常介助サービスについて

 介助サービスなどに関しては「ニーズを調査中」との回答であった。「調査をしたというが、紙一枚配っただけではないか!」(福永さん)、「数字的にあがっていないということは、未だ見通しがないということか」、「ホームヘルパーの増員を考えているのか?」との追求に対しては、神戸市でホームヘルパー500人、ガイドヘルパー100人の増員を考えているという回答はあったが、それを現地のニーズに合わせて細かく対応していこうという前向きな姿勢よりも、情報の把握さえ現地まかせの消極的な姿勢が目立った。ホームヘルパーは避難所に派遣できるのか?という問いにはできると回答していた。仮設住宅への派遣については報告が出ていない、との回答。いずれにせよ現地の状況を積極的に把握し、見通しをたてて国としてできることはすべてやろう、などという気持ちはほとんど感じられないものであった。
 また、精神障害者の状況については、被災後約1000人が近隣の病院に入院した。そのうち600人は現在までに退院している。病床の使用率が100%を越えているのではないかと、追求されるのを恐れて?か病床の使用率は99%です、などと(誇らしげに?!)言うので、「それでいいと思っているのか?地域に帰るという方針をもっているのか」と質問すると、あわてて「もちろんそうです、そうです」と答えていた。「では、地域に帰るための支援体制を何か考えているのか」と問いつめたところ、なんら回答はなく、ここでも官僚のいいかげんな姿勢が顕になるだけで、明るいニュースがぜんぜんという状況であった。

4)総理府の復興諮問員会に当事者の参加を

という要求にも、予想どうり「管轄ではない」とのつれない回答。「基本法などでも直接に当事者の意見を聞く場を設けるように求めているがそのような考えはないのか?」との追求に「なんらかの形で皆さんの意見が伝わるような場は設けられるであろう」とは回答した。が、要求している当事者の委員会への参加については、積極的な回答はなかった。
 全体としては、復興支援に関して厚生省側の姿勢は本当に消極的・官僚的という印象につきるものだった。疲労感が残る交渉であった.ニーズ、状況把握などもほとんどリアリティがなく、今後の復興に関してもほとんど見通しもない、という感想を持たざるを得ない状態ではあった。これからの課題として、こちら側としても厚生省側に迫るには、より具体的に対案を提示したりするような形をとっていく必要があると痛感した交渉だった。

(阪神大震災被災障害者支援実行委員会通信より抜粋)


カンパ・ボトルを置いてください!

被災した障害者の方たちに話を聞くと、震災の恐怖や不当に受けた屈辱感は想像を絶するものがあります。よく生きていてくれたと肩に触れたくなります。.....元気になってほしい。大丈夫!と笑顔でこたえたい。
 そこで、『カンパ・ボトルさくせん』を企画しました。2リットル入りくらいのペットボトルを手に入れて、お願い文を貼り付けて、コンビニやスーパー、書店その他、ひとの集まりそうなところに置いていただこうというわけです。飲み屋さんなどは是非ひとつ置いていただきたいものです。行きつけのお店に頼んでみてください。
 救援本部では、ペットボトルに貼ってもらうラベルを作りました。連絡をもらえればお送りしますので、たくさん使ってくださいね。“問い合わせ”の欄には各置き場への依頼人の連絡場所を記入し、依頼人になってくれる方には救援本部にどこへ置いたかを教えてもらいます。
 ひとりひとりが生活する地域でできる被災地への応援のひとつです。どうかご協力ください。


阪神・淡路大震災『復興計画』に関する要望書

「被災地問題を考える兵庫県連絡会議」と「被災地障害者センター」が、兵庫県に提出する予定の要望書から抜粋しました。

(略)

 さて、私たちは1月17日におきたあの阪神淡路大震災からの経験によって、障害者は緊急時の行政対応、地域社会での生活、「復興」段階での環境等において、まさしく放置され、生存権すらが奪われていることを身をもって知ることになりました。
 また「復興」計画の論議の中でも、当事者(団体)の参加が保障されておらず、生活不安が強まっています。これは、計画策定段階での住民参加が保証されていないことで、障害者等に対する「ねたみ」「排除の意識」を基とする差別意識が強まっていることにもつながります。
 大都市での大災害という経験から、私たちは、ハード面における「復興」のみを急ぐのではなく、人間が生き生きと共に生活できる新しい都市作りに向けた計画を策定していただきたいと思います。また、「復興」作業については、一人一人の生活を大切にした進行と内容を大切にしていただきたいと強く願います。

(略)

地震によって明らかになった問題点

(1)脱出・救出/安否確認/行方捜査に関して

  1. 電気が切れてエレベーターが動かないなどで脱出できなかったケースがある
  2. 介助がないため、また補装具・日常生活用具等の破損により、自宅等から避難所に移動ができなかったケースがある
  3. 道路事情、あるいは避難所案内の不備(特に知的・視覚障害者)で移動ができなかったケースがある
  4. ケースワーカーが物資搬入に追われ、救出、安否確認、行方捜査、緊急時の生活確保(医療・保健・福祉サービスの提供を含む)などに動けなかったのは、災害時における行政システムの根本的な問題である。育成団体・ボランティア等に安否確認、行方捜査の業務を代行させたことは責任逃れであり、プライバシー侵害になる
  5. ホームヘルパーが動けなかったのは、センター方式や職員採用などの問題点を浮き彫りにした。また施設職員が通所者の生活確保、通所のための手立てを十分取れていないことも指摘される
  6. 小規模作業所・グループホーム・デイセンターなどの地域拠点が救出、安否確認、行方捜査、緊急時の生活確保に果した役割はほんとうに大きかったと思うが、行政からの何の援助も支援も得ることができなかった。また、こうした地域拠点がボランティアを組織、コーディネイトした救援活動についても同様だが、こうした活動を災害対策の中でどう位置付け、評価しているのか
  7. 障害者が脱出するために、また関係者が救出・救援活動をするにあたって的確な情報が提供されなかった

(2)避難所の問題に関して

  1. 段差、トイレなどの構造は、避難所に障害者が避難することを想定していないと思われる
  2. 医療、心の相談、生活介助、ガイドヘルプ、食事など生活支援についても、避難所に障害者が避難することを想定していないと思われる
  3. 福祉センターなどを避難所としてすぐには開放しなかった、もしくは有効利用しなかった
  4. 集団生活になじめない障害者に対する対応がまったくなかった
  5. 緊急時に、障害者が主体的に生活を確保する、あるいはホームヘルパーの対応により共同生活ができる(グループホーム型)小規模避難所が必要である
  6. 聴覚障害者のためのFAXが送信のみであったり、知的障害者や視覚障害者のための配慮がなく、情報提供と相談活動が不十分であったために、生活不安を強めた
  7. 避難所でのコミュニティーに配慮した相談や、障害者も共に生きるコーディネイトがなかったために、避難所から出ていかざるをえなかったケースがある
  8. ボランティアに対するコーディネイト能力がなかった
  9. 炊き出し、医療・生活支援等で、「呼び掛けて待つ」スタイルが多く、一人一人のニーズにあわせて直接提供する姿勢が少なかったために、もっとも必要とした障害者等に行き渡らなかった
  10. 特に入浴についてはほとんどボランティア任せになり、4月以降は配慮すらされなかった

(3)地域生活の問題に関して

  1. 厚生省「在宅被災障害者への対応」(2/20)が具体化しなかったのはどうしてか
  2. 施設入所、病院入院のみの対応に終始し、地域・在宅福祉の対応が取れなかったことは、行政施策の後退であり、地域福祉の原点が問われている。また施設・病院に入りたくなかった者にとっては、強制入所・入院となり人権問題である
  3. 3月初めまで街の中に障害者の姿が見られなかったことをどう考えるか
  4. 地域医療・地域福祉のシステムがなかった、もしくは機能しなかったし、これまでの医療、福祉制度では生活が維持できない状況が明らかになった
  5. 特に精神医療、内部障害・難病・てんかん症対象の医療はまったく不備だった
  6. ケースワーカー、ホームヘルパー、ガイトヘルパーによる情報提供、相談、救援活動、サービス提供がなかったし、いまだ元にも復旧していない
  7. 小規模作業所・グループホーム・デイセンターなどの地域拠点が、これまでの日常生活の確保に大きな役割を果しているが、その活動に対する援助や支援がまったくない

(4)仮設住宅の問題に関して

  1. 建てられている「仮設住宅」は障害者・高齢者の住居を前提にしているとは考えられない
  2. 障害者基本法の目的にそって、精神障害者も優先入居の対象にすること
  3. どこまで改善できるのか、改善にどのくらいの期間が必要なのか明らかにすること
  4. 全世帯へのエアコン設置など、当事者の要望を聞き生活環境を整備すること
  5. 住宅、用地周辺が車イスで移動できない
  6. 買い物、医療・保険・福祉サービスなどを含む公共機関の利用など、障害者・高齢者の日常生活の確保のために特段の配慮が必要である
  7. 人間関係、近隣や地域の関係(コミュニティー)のコーディネイトが必要で、そのためにも情報提供、相談活動が必要である
  8. 高齢者・障害者用地域型仮設住宅(グループホームタイプ)についても、構造の改善生活介助のためのホームヘルパー派遣、人間関係、地域との関係など、同様の問題が指摘される
  9. 自主的な地域活動、または地域で作られてきたコミュニティーを重視し、共同生活のできる仮設住宅が必要である

(5)交通機関、まちの構造に関して

  1. 公共交通機関のすべてがアクセスできるようにしないと、障害者は移動権が奪われていることが明らかになった
  2. 代替バスは、車イス障害者にとっては利用できない
  3. 公共的建物もすべてがアクセスできるようにしないと、障害者の生活権が奪われことが明らかになった
  4. 三宮・元町周辺で端的に表われているように、「復興作業」に障害者の移動や生活に配慮がなされていない
  5. 道路の整備、公園の整備について、これまでの私たちの要望が実現していれば、これほどの被害にはなっていない。その意味でも「まちづくり」はすべての市民にとって生活権を確保する位置付けを必要としている
  6. 自動車の通行制限に際に、自動車利用の障害者に対する配慮が求められる

(6)日常生活、地域拠点活動への長期的支援に関して

 被災を契機に、小規模作業所・グループホーム・デイセンターなどの地域拠点、また被災地障害者センターが継続して生活介助やガイドヘルプ、相談活動を行っている。
 例えば… 転居や交通事情の変化で通所施設に自力で通えない障害者のガイドヘルプ
親が被災にあって自力で学童保育に通えない障害者のガイドヘルプ
施設にショートステイで入所しているが自宅の再建のために業者と契約を結ぶために外出する際の介助
家族が被災にあって生活介助ができなくなっている障害者の介助
 こうした事例は、現行制度だけでは対応できず、一定期間の特別措置による生活支援施策が求められるとともに、本来行政が対応すべきサービスを代行している地域拠点の活動を積種的に支援すべきと考える
 また、非日常的な環境の中で、心の支え合いと自立に向けた相互扶助を行なっている地域拠点、また自主的な交流の場(精神障害者の自主的な相談の場を含む)を支えるために長期的な援助を行なう特別措置を講じるべきと考える
 さらに、地域拠点がコーディネイトを行なっているボランティア活動についても同様に支援施策を講じるべきと考える

「復興計画」への要望の項目は次号に掲載します


現地報告

被災地障害者センターの通信から抜粋させていただきました。

最近の活動状況の報告

 街の風景は、ガレキ撤去が進んで、路地のあちこちに空虚な跡地が浮かぶ。ビルの骨組みがむき出しに崩壊されていく。
 その中で、仮設住宅に当たった人、当たらなかった人の暮らしにトゲが出てきた。避難所は縮小され生活環境は悪化している。「復興」の現実は、力の強いものが、他人を踏みつけても立ち上がろうとする。力の弱いものは「自立」の条件、環境、心を失う。確実に差別が拡大されへ差別意識が強まる。
 この街の風景を、人の心の風景を、私たちは活動にのめり込むのではなく、しっかり見つめ、草の根ボランティア活動のあり方を確認しながら進めていこうと思う。

長期戦に備えた活動の場、スタッフの確保

 継続している生活介助・ガイドヘルプは、まだ対象が20人だ。施設への通所介助を3か月以上、いまだ私たちが続けなければならないのはなぜか?法人施設はなぜ職員を表に出さないのか?「事故があった場合の責任が取れない。自力通所が基本」というのは、単なる責任逃れではないのか?地震直後に救援活動ができなかった姿勢と全く同じだ。行政に何の手立てもないのはどうしたことか?
 作業所への通所にはガイドヘルプ制度が適用されないために、私たちの活動が必要とされている。介助保障制度がないために、泊まり込み介助が継続される。行政の地域生活保障がないためのしわ寄せがここに集約されている。
 同時に、新しい地域拠点、生活拠点が求められている。小規模作業所、グループホーム、デイケアセンターがどうしても必要だ。これらも制度、予算がカベを作っているが、とやかく言っている状況ではない。(略)
 長期活動スタッフが必要になっている。必要なメンバーを専従にして長期方針を持った活動を責任を持って展開したい。

新たにボランティア、物、お金が必要だ

 自立生活支援、地域活動のために、一番大切なのが地域ボランティア・スタッフ。アピールを続けながら、定期的な会議とレクを企画市ながら・粘り強く取り組んでいく。
 専従者の確保には生活保障が基本だから、生活費を作らなければならない。
驚いたことに、プレハブを移転し、生活できる内装・整備(トイレ・水回り・エアコンなど)をしたら500万円以上いるという。それを3つ作らなければならない。
 どれもこれも、みなさんの理解と支援・応援を期待するしかない。これからもほんまに助けてほしい。
この戦は長期戦だ!
引き続き、長期ボランティア募集!
活動支援のカンパを!
Tシャツ・グッズの販売協力を!

「障害者による復活・救援活動に参加して」

  (立川・自立生活センター/Yさん)

....(略)....被災地障害者センターに来ているボランティアには、障害者とは会ったこともない人が多く、最初は戸惑ってしまうようだが、そこは、熱意と実直さでカバーしている。疑問や問題が持ち上がった時に、話し合いながら、解決しようと努力している姿は頼もしくみえる。
 障害者の生活を作っていくのは障害者自身であることを踏まえて、ボランティアの人たちは、日々、状況が変わる中で、今この時、そして、これから何をする事が必要か、常に現地の障害者自身の気持ちを聞き、それを大切に考えていってほしい。
 避難生活を送っていたり、避難先から帰って来た障害者に会った。当事者の、本当の気持ちを聞くことができるのは、ピアな関係にある人達なのではないかと感じているが、私自身、どうしたらそのニードに答えて行けるか、日々、勉強していこうと考えている。


ゆめ・風・10億円基金  6月発足

 『被災障害者に長期支援を〜10億円の基金運動』という記事が、5月10日の朝日新聞に掲載されました。この基金は、阪神大震災の被災地の障害者を末長く支援しようと、大阪や被災地の障害者ら有志でつくる〈民間障害者市民復興計画委員会〉が構想したものです。「大震災でも、時とともに世間の関心は薄らいでいく。そんな時の支援活動こそが大切。」と、事務局長の牧ローニさんは言っています。「10億円あれば、利息は年1000万円。困っている障害者に即効性のある支援ができる。夢みたいな計画だが、走っているうちに現実味を帯びてきた。」中学生からお年寄りまで幅広く参加してほしいとの思いから、一人あたり1万円を10年かけて送金してもらうことにしたとのことです。
 趣旨に賛同する呼びかけ人には、放送タレントの永六輔さんや脚本家の山田太一さん、ジャーナリストの黒田清さんら150余人が名を連ねています。

 6月22日には、大阪で旗揚げコンサートが開かれます。詳しくは別紙(付録)をご覧ください。下記の文章はコンサートの中で基金のアピールとして読み上げられます。

小さな、だけど確かな力をいっぱい集めてお金つくるから
使うて!
人から人へと熱い想いを広げて、どしどしお金集めるから
どんどん使うてええんよ。
二十年もかけて建てた作業所が
あっという間に、つぶれてしもたんやろ。
やっと自立できた家、のうなってしもうたんやろ。
遠慮せんと使うてええんよ。

人間は自然の偉大さには、とてもやないけど適いっこあらへん。
こんなときこそ人の助け借りよ、人間なんやから。
遠慮はいらへんと思うよ。
その分、早よ、もと通りに立て直して
地域のいろんな人たちと、人間の素いうんかな
人と人とがつながれる、そんなオアシスを早よ取り戻そ!
そのためやったら、みんなちょっとぐらいガンバレる。
被災地のガンバッテる仲間みてたら、励まされてしもた。

10年間で10億円、なんとしても集めよや!
ひとりが10年間に1万円、そんな人が10万人集まったら10億円や。
小さな力が集まったら、なんとかなる!
(以下 略)

送金方法は、郵便振替で下記まで。
00980−7−40043 ゆめ風基金

 障害者救援本部では、被災障害者が地域でのくらしを復活させるための土台をつくり、もっと長期にわたって支援運動を広げる ゆめ・風・10億円基金 へと受け渡してゆきたいと考えています。
 これからも、末長く、被災地へとあたたかいまなざしを注いでください。


元気の出るイベント

だいじょうぶ!
永六輔さんひとり応援団
だれもが笑顔でくらせるステキな街ものがたり

収益の内、50万円を被災障害者の復興支援金とします。

1995年7月2日[金]
P.M.4:30会場 5:00開演
グリーンホール(箕面市民会館)大ホール
●手話通訳あり
●前席自由席(当日4時より入場整理券を発行します)
●前売おとな2000円 小・中学生1000円
 当日おとな2500円 小・中学生1200円
●チケットの申し込みは・・・・・
やさしい街はワクワクする街
豊能障害者労働センター

〒562 大阪府箕面市坊島1−7−17
TEL 0727−24−0324

ぼくたちの「上を向いて歩こう」

あの冬の朝、一月一七日の朝から、止まってしまった時とはげしく刻みはじめた時。ふたつの時の間でちぎれてしまった心の振り子。街の夜はこんなに暗く、星の輝きすら心を冷たくする。そんな寒い夜を何度もくぐりぬけて……。
 一月一七日の大地震は、被災地の障害者に格別の困難を突きつけました。地震直後から復興にむけての道のりでおこるすべてのことは、実は地震がなくても起こっているすべての問題であることを、わたしたちだけでなく全国の障害者の仲間が感じていました。
 日常のゆっくりとした時間の流れをかいくぐり、かろうじて切り開いてきた障害者の生活の拠点、働く場に、ひとりふたりとやって来る障害者。それぞれの心の荷物をおろし、それぞれの未来をともにつくりだす多くの友情と多く時間を積み上げて、やっと自立生活をつづける。それも綱渡りの毎日でした。
 この地震が私たちの上に直接襲っていたら、何人の障害者がこの街に残れるのだろう。そう思うと、いてもたってもいられませんでした。被災地から全国へ、「ともに生きる街」がひろがっていくことを願って、わたしたちは被災地の障害者とつながり、全国の障害者とつながりながら救援活動に参加してきました
 「だいじょうぶ」、永六輔さんはそんなわたしたちをささえようと、出演料なしの完全ボランティアで箕面に来てくださることになったのでした。

 永六輔さんはあまりにも有名な方でどんな紹介も無意味だと思うのですが、ほとんどが旅ぐらしをされていて、今ベストセラーになっている「大往生」を読んでも、巷の言葉、庶民の語りにかくれている真実を私たちに伝えてくれます。
 作詞家としても、ヒット曲をつぎつぎと産み出した永さんですが、被災地で流れていたという「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」など、あらためて聴くとどの歌にも書き言葉、「教えられた言葉」ではない、心のひだからこぼれ落ちる言葉をいとおしくすくい上げるような、せつなさと希望に満ちあふれています。
 ライフライン・電気・水道・ガス・福祉!
 私たちが感じるすべてのことは、机の上からではなく、今を生きる地面からわきたつものであると思う時、そういえば長い間、ほんとうに空を見上げたことが、空に抱かれたことが少なかったことに気づきました。
 七月二日、永六輔さんがどんな話をしてくださるのか、とても楽しみです。
 みなさん、ぜひぜひご来場ください。


THE・街頭カンパ

 5月14日、京橋で街頭カンパに参加しました。当日はあいにくの雨天。JR・京阪連絡通路は終日たくさんの人でにぎわっていました。改札口をぬけて一斉に出て来る人達に、呼びかけるのもビラを渡すのもなかなか大変です。片手に傘を持っていたりすると受け取ってもらいにくいということもあるようです。こちらが気がつかないほど何げなくカンパバケツにお金を入れて行ってくれる人、一度通り過ぎてから引き返して来て入れてくれる人、ポケットの小銭をありったけ入れてくれる人、親を引き留めてお金を持って来てくれる子供達、金持ちだからいいのと言って1万円渡してくれた女性、がんばってくださいと声をかけてくれる人もいるし、いろんな人がいる。それぞれに事情があるのでしょうが、カンパをしてくれる、そのことでとても気持ちが暖かくなります。感謝、感謝。初めての街頭カンパ体験でした。ビラをいかに受け取ってもらおうかと工夫してみたり、多くの人が関心を向けてくれるように声をかけるには、と考えながら叫んでみたり、案外7時間という時間は早く過ぎていったのでした。思いきり声を出して呼びかけるのって、快感ですよ。今度はあなたも参加してみてください。(K)

★街頭カンパ報告

3月5日 なんば ¥622,349−
12日 天王寺 ¥743,630−
19日 なんば ¥491,149−
26日 天王寺 ¥625,647−
4月16日 天王寺 ¥485,605−
5月14日 京橋 ¥288,330−
 
募金総額 ¥3,256,710−

★次回のお知らせ

 日時 6月4日(日)11:00〜18:00
 場所 前回と同じく京橋(JR・京阪連絡通路)
◎次々回は6月25日(日)です。会場は未定。お問い合わせください。

★5月14日

 活動時間 11:00〜18:00
 延べ参加人数・・・ 41人
 参加グループ・・・ 応援センター、ともだちの家、エーゼット、どかどか、つばさグループ、ゼロの家、枚方労働センター、しよう会、マッサク、ポッポ、救援本部。
 どうもおつかれさまでした

★おわび

本部通信No.6で5月14日の街頭カンパの会場を誤ってお知らせしてしまいました。なんばまで行ってくださった方、本当に申し訳ありません。どうかご容赦の上、またおでかけくださいますようお願いします。 


(c) 1995兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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