KSKQ障害者救援本部通信, No.8(1995.6.15号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1995.8.16. - 8p

請求記号:震災-7-z27


ともに生きる街づくりに参加を!

 地震から4ヵ月あまりが過ぎたころ、私たちの目に衝撃的な映像が飛び込んで来ました。サハリンを大地震が襲ったという報道です。神戸の被災地でも、「あの恐怖を思い出した」という不安な声が聞かれます。これからも大きな地震が起こることは十分に考えられます。研究者は日本の断層が活動期に入ったことを報告しています。
 だからこそ、一刻も早く、障害を持った人々があたりまえに地域でくらせるような地盤を築かなければなりません。単なる復旧ではなくて、どんなことがあってもつぶれない、『みんなでともに生きる場』をつくってゆきたいのです。
 そのために、障害者の自立生活センターのような拠点を各地域に設け、生活介助やガイドヘルプなどの支援活動を拡大してゆきます。被災した作業所やグループホームの再建・復活とともに、まだまだ人もお金もたくさん必要です。
 被災地センターの長期滞在ボランティアは現在15名、西宮対策本部ではわずか3名です。
 週に1度でもいいから定期的に来れる地域のボランティアが切実に必要とされています。
 読者のみなさん、どうかご参加ください。そして周囲の友人・知人に呼びかけてください。

[写真あり 省略]

ともに生きる、
  すべてのひとの
    希望をたがやすために


救援本部会計報告 メッセージをご紹介します

 いきさつは新聞にも紹介されましたが、プレハブ「はとの家」がようやく移転しました。2年間の生活に耐えるプレハブにするには、基礎工事や水まわり、内装などを含めて、予想以上の費用が要りそうです。
 6月に入って、兵庫で新設する公営住宅の統一デザインを、高齢になっても不便が少ないものにするとの発表がありました。障壁のないデザインで堅牢な家が、安い家賃で必要なだけ供給され、建物や交通機関・道路など誰もが安全に使えるようになっていたなら、震災の被害とその後は、かなり違っていたでしょう。障害者がずっと以前から主張し、いま再建にあたって実現を強く求めているのは、そういうまちづくりです。

 

神戸 被災地障害者センター
元気・自由な心でぼちぼちと......被災地から全国へ

 被災地障害者センターが発足して既に4カ月が経過。被災地神戸は未だ、焼け野原にぽつんと一軒建つ黒焦げのビル、大きな水溜まりが目立つ道路、ガレージがつぶれ身動きがとれなくなっている車、ただじっとだまって、周囲の慌ただしい動きを見続けてる。そんな中ぼちぼちプレハブが商店に変わり、街に活気が戻ってきた。この地で生きている人はこの風景にもう慣れてしまったのか、あたりまえの生活を送っているように見えるときもある。しかし問題はこれから。仮設でおわるはずもない仮設住宅、仕事、区画整理されようとしている土地、崩壊してしまった地域は今からどうなる、とてもややこしくて消耗する。地震被害の大小や内容は被災者ひとりひとりで全然違う。ここでも社会的弱者はふるい落とされ、益々きつい状況に追いやられている。「震災前とちっとも変わらない、それどころか悪くなっている」という声もちらほら。権利は主張したものにしか与えられないのか、無条件に有するもので与えられるものではないはず。神戸をみると「こちらから出向かないともらえない権利」に不公平さを感じずにはいられない。
 被災地センターでは現在15人のボランティア(3月から比べると大違い、最大で80人近く泊まっていた時期もあったなあ)が残り、介助活動を中心に活動を展開。
 今は地震の影響もさることながら、これからもずっと続くであろう「生活」全般に対しての応援を続けている。活動しているボランティアの(少数だけど)大多数は県外から来ていて、いずれ自分の地域にへ帰っていかなければならない存在だ。だからこそ今地域を作る応援がボランティアの懸案になっている。しかし、そうはいっても簡単に地域ができるはずがなく、地域ボランティアの組織化(今は地震による期間限定つきのボランティアというよりも、障害者の自立生活支援という形を強調してボランティアを集めている。この活動は長くつづくから)に頭を悩まし喧々諤々の議論?を夜な夜な繰り返す。
 「元の生活に戻ってたまるか」「震災前だってしんどかったやんか」という思いが障害者一人一人の中にあるから、こんなにもボランティアが集まり長期にわたって活動するというこのチャンスをなんとかして「ほんまもんの地域」につなげていく波にしたい。そしてそれを全国に発信していきたい。
 今、応援(生活介助・ガイドヘルプなど)を必要としている人が20人くらい、毎日の活動が10件を越える状態、被災地障害者センターの活動を知って新しく相談してくる人もぼちぼちあって、繋がりが繋がりを作っている。それと同時に圧倒的な情報、応援者不足も思い知らされた。少しずつ地域ボランティアが定着しているところもあるけれどまだまだ点でしかない。点をどうやって線に結んでいくか、主体は障害者と神戸に住み続ける市民、そして泊まり込みの長期ボランティアと全国の支援者は謙虚に、そのつなぎ、後方支援を率先しよう。

[写真あり 被災障害者の地域生活の復活の場『ハの家』を中心に活動するボランティアたち(神戸)省略]

 問題は山積みされている。ほとんど使えない仮設住宅に今から2年以上もどうやって住み続けていくのか、慢性的な介助者不足をどう解消するのか、この後、街は障害者市民も生活できるスペースになり得るのか、そして全てを含む地域は・・・・・・。
 悲惨な情景が広がり、障害者抜きで進められる見せかけだけの「復興」という文字、地震を過去の事のように思わせてしまうマスコミ情報、腹が立ち弱気になりそうなことばかりに写るけれども、元気・自由な心でぼちぼちと、神戸を、被災した街を創造していけるパワーがここに存在する。「それが『障害者による復活救援活動』じゃないかな」と筑豊の片田舎からでてきたボクは地域へ帰る日を夢見ながら、日日蓄積されていくパワーをおすそわけしてもらっているのであります。
 今後もそれぞれ違ったいろんな形でのご支援をよろしくお願いします。それから被災地に駆けつけた数多くのボランティア(被災地障害者センターで約650人)の皆さんが地域で自分の繋がりを広げてくださればこれほどワクワクすることはありません。被災地から全国へ、パワーも人も情報も、これからずーっと発信していこう。
被災地障害者センター(神戸)専従スタッフ 福原しろう


西宮 阪神障害者解放センター
5・28門戸厄神テント村[らくだはらくか?]オープン記念イベント

 1月17日の地震以来、避難所の西宮総合教育センターを拠点に活動を続けていた阪神障害者解放センターのメンバーとボランティアは、4月から退去を命じられていましたが、門戸厄神の駐車場を借りて、海外の支援者の力も借り、地域で復活・再生するための拠点となるテント村をオープンしました。カナダからもらったティピテント(昔観た映画の、アメリカ先住民の人々が暮らしていた、ステキな風のテントです。)3基を中心にモンゴルのまあるいシックなテント・それから大きなアルジェリアテント・それに小さなプレハブが2部屋。ガスも水道も無く、水ももらい水だし、トイレも仮設でとっても不便ですが、それでも大きめのティピテントの中は、電話・FAX・コンピュータと拠点機能を果たすためになかなかステキな事務所になっています。
 オープン記念イベントとして、横田弘氏(神奈川・青い芝の会)と金満里さん(劇団『態変』主宰)の講演がありました。テーマは「自立」。今でこそノーマライゼーション、障害者や老人や外国人や病人、いろんな人がいるのが当たり前の社会だという考え方が広く社会に受け入れられてきましたが、障害者が人として自立し地域社会で生きるという歴史はまだ浅く、ほんの20年あまりのことです。そんな障害者の自立の歴史を開拓し、歩み続けてこられたお二人が、自分たちの自立生活に至る経過、結婚・子育て・地域・生きざまを、その時々の社会状況と障害者自身の意識に触れながら、現在を語ってくださいました。

[写真あり 省略]

 地震で仲間を一人失い、拠点となる作業所を失い、仲間の家もいくつか壊れ、介護する家族が亡くなったり負傷して家に居られなくなった在宅障害者を支援し、介護人派遣センターの設立など方針は出しつつも疲労し、個々の障害者仲間の心も、地域の人々との心もうまくつながらない悩みとあせりの中から何とか前進しようという思いが、今日の横田氏、金さんの話なのかな…なんてことを、5月の空の下、西宮の福永氏と横田氏、金さんの後ろ、2つのテントの間に張られた美しい虹色の布(4月のイベントで野染めをした時染めた布)を渡る風を感じながら、考えていた私でありました。したたかに、しなやかに、この人達は歩み続けていくんだろう。地震の前もそうだったし、これからだって、そうなんだろうな…と。

[写真あり 金さん 省略]

 それにしても、コンクリートの駐車場。上下水道もガスもきていないこのテント村で、これから梅雨と夏の暑さを越すのは並大抵ではないでしょう。なるべく早くマンションでも見つかるといいのですが。
 今度の地震で自宅で家族介護が受けられなくなったGさんの生活介護も大きな課題です。日曜日と平日の夜、大阪・兵庫近辺にお住まいで、介護に入れる女性の方がおられましたら、ご連絡ください。
<SETSUKO>


尼崎 引っ越しボランティア

 「僕ら障害者は何かにつけて保護されることに甘んじて来てた。でも、今誰かの手伝いをする側に回っておばあちゃんとかにありがとう、て言われると、なんか変な感じや。」
 この間、引っ越しボランティアに障害者の作業所として参加してきました。私たちの目標は『最後までやりきる』でした。はたして役に立ったのかそれとも足を引っ張ったのか。とにかく最後までたどり着きました。まるで「引っ越しボランティアは障害者が支えるぞ」とでもいうような力の入りよう。実績はともかく思い入れば十二分でした。兵庫県南部地震障害者救援本部には「障害者がボランティア活動をしているから」と応援を要請、たくさん来ていただいて感謝しています。私たちの仲間も4名仮設にいます。私たちは、一番しんどい人たちと一緒に復活したいと思っています。
みんなの労働文化センター
<尼崎被災市民ネットワーク『がんばろな!』より抜粋させていただきました>

救援本部からお願い!!


阪神・淡路大震災『復興計画』に関する要望書 PART2

「復興計画」への要望

5月29日に障害者問題を考える兵庫県連絡会と被災地障害者センターが兵庫県に提出した要望書からの抜粋です。前回の<問題点>に引き続き、掲載します。読み込んでください。

(1)住宅整備に関して
  1. 仮設住宅、地域型仮設住宅の改善と健康・福祉サービスの拡充
  2. 公共住宅(公営住宅・公団住宅などの公共的住宅をさします)について
  3. 優良借上住宅制度を積極的に活用し、公共住宅と同様の展開を行なう
  4. 持ち家改造助成について、災害対策を含む助成の拡大
  5. 賃貸住宅の新設、改修の際に、障害者・高齢者が入居できるように家主に指導し助成を拡大する
(2)医療・保健・福祉サービスについて
  1. 現行のセンター方式では、災害時に必要な医療・保健・福祉サービスの提供ができなかったため、抜本的な見直しが必要.その際には、小学校単位のサービス提供システムの実施と共に、緊急時のより細かい人的派遣方法の具体化が求められる
  2. 施設・病院収容主義の撤回とともに、現在の施設・病院収容優先の方針を変更して、地域・在宅福祉施策を確立すること
  3. 地域・在宅福祉サービスについて、サービス内容を公示して「待つ」のではなく避難所や仮設住宅・在宅に「出向き」、ニーズを聞き取り必要な生活支援のためにサービスをコーディネイトし提供する積極的方策を講じること
  4. 転居や交通事情により、施設への自力通所国難な利用者に対する緊急の方策を講じること
  5. 地域福祉サービスを抜本的に見直し、安心して住めるコミュニティーを作ること
  6. 生活保護支給、生活保護法による介護手当などの諸手当に支給について、自立支援の立場で弾力的運用を行うこと
  7. 地域・在宅での自立生活を支援するため、現行制度でカバーできない生活介助・ガイドヘルプ・相談活動について、一定期間の特別措置を講じ対応すること。そのつに全身性介護人派遣事業の緊急運用を実施すること
(3)公共交通機関・公共建築物のアクセスおよび生活保障について
  1. 災害対策も組み入れた「まちづくり条例」の見直しもしくに策定
  2. 避難所、既存の建築物も含み、障害者の生活を保障する構造の義務化
  3. 「復興」作業の中で、障害者のアクセスおよび生活環境に対する配慮
  4. 段差解消の対策で、一般の通路(出入り口)と異なるコースを作った場合に、災害時の避難、また通常でも移動が困難になるため、一般通路(出入り口)と同じコースとすること
  5. 「まちづくり条例」およびこれと同様の条例・規則等の見直し・策定段階で障害者(団体)の参画を保証すること
(4)労働の問題について
  1. 多くの障害者の職場が失われ解雇も受けている。また学校卒業後の就労の場がない事態に対し、特別措置による職場開拓、職域開発を行なうこと
  2. 自営業者で復業の見通しが立たない例が多く、方策を講じること
  3. 職業安定所などでの相談業務を充実させること
  4. 小規模作業所・グループホーム・デイセンターなどの地域拠点活動の役割を評価し、その就労支援活動を積極的に援助すること
(5)保育・教育について

 特に避難所になっている(いた)保育所・幼稚団・学校での、「共に学び・育つ」取り組みの後退がないようにすると共に、避難所、仮設住宅、地域におけるコミュニティーの重要性を再認識され、積極的に「共に学び・育つ」取り組みを強化すること。

(6)情報提供、相談について

 障害者は通常でも行政情報に接し、利用することが困難であった。災害時、そして生活環境が異なる状況で、またこれまで生活支援を行なっていた周辺の方々とも離れてしまった場合もあり、みずから情報を求め、利用するために活動することは非常に困難になっている。しかもマスコミは「オウム問題」で埋め尽くされているためにますます情報入手に苦労している。
 行政情報が公示されていても、その制度をどう利用し、どう生活を作っているかを組み立てることは、この非常時ではほんとうに難しく、結果として制度を利用できない、利用しようとしない雰囲気すら作られている。
 したがって、ケースに応じたサービス利用の案内、点字版の作成、テレビに手話・テロップをつける、知的障害者にわかりやすい情報提供、きめ細かな相談が必要である。
 その基本は、住民の生活保障の立場から、避難所、仮設住宅、地域におけるコミュニティー作りを視点とし、一人一人の生活実態を把握して必要な援助と相談を行なうこと。

(7)「障害者福祉新長期計画」の策定、見直しについて

 「障害者福祉新長期計画」の策定、見直しの際に、障害者(団体)の権利としての参画を保証するとともに、その中に、上記の問題の指摘と要望について具体的に反映すること

(8)その他

 政府に、防災対策の見直し、また「復興」計画で求められる施策について必要な特別措置を講じるように要望すること

以上



みんなでともに生きるまちをつくろう!!

街頭カンパ報告 ありがとうございました!!

 6月4日の京橋駅前。今回は被災地の写真パネルを並べて派手(?)にやりました。(11:00〜18:00 参加団体/マッサクグル〜プ、ポッポ、応援センター、東部障害者労働センター、バオバブ、よ〜い・ドン、枚方障害者労働センター、えーぜっと、自治労、日本自立生活センター・京都、救援本部...延べ人数/35人おつかれさまです!)結果は以下の通り。やはり関心が薄れている、ということでしょうか。エネルギーを持て余している方、ぜひ応援に来てくださいね。
 次回6月25日は天王寺です。地下鉄御堂筋線・天王寺駅の西口前(11:00〜18:00)
 前号の通信の報告で2月分が欠けていましたので、加えて総額をお知らせします。

2月5日 なんば ¥1,174,992−
3月5日 なんば ¥622,349−
12日 天王寺 ¥743,630−
19日 なんば ¥491,149−
26日 天王寺 ¥625,647−
4月16日 天王寺 ¥485,605−
5月14日 京 橋 ¥288,330−
6月4日 京 橋 ¥230,176−
 
募金総額 ¥4,661,878−

 被災地のパネルを貸し出します。各地域での街頭カンパなどの活動にご利用ください。よろしくお願いします。

[写真あり 省略]  


(c) 1995兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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