KSKQ障害者救援本部通信, No.10(1995.8.17号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1995.11.26. - 8p

請求記号:震災-7-z27


当たり前に街にでたいんや 全ての駅にエレベーターを!

神戸市須磨区 小林清和(えんぴつの家所属)

 ぼくは、車イスを利用している障害者です。
 毎日、妙法寺から三宮の作業所まで、神戸市営地下鉄で通っています。
 ところが!地震のため三宮のエレベーターが全部つぶれてしまい、仕方なくエスカレーターや階段で昇り降りをしていたところ、5月にエスカレーターから、6月には階段から落ちてしまい、ぼくの体はボロボロです。
 地震から6ヵ月経った今も、行政は全然エレベーターをつける気はなく、復興もかけ声だけだと思いまず。市営地下鉄の駅だけでも、新長田駅・板宿駅・三宮駅の3つの駅で改札から地上に通じるエレベーターがありません。JRや他の私鉄の多くの駅でも同様です。
 皆さんが何げなく利用している駅でもハンディを持っている者にとっては大変で、極端に言えば命がけで使っています。
 そこで、ぼくは、三宮をはじめ神戸・阪神間にある鉄道の駅にエレベーターを設置することを要望する運動をしたいと思います。そして、この運動に参加して一緒に声をあげる仲間をさがそうと思っています。
 是非、皆さんのご理解とご協力をお願いします。
1995年7月14日

[写真あり 省略]

 8月1日に、前ページの訴えを呼びかけている、小林清和さんが、地下鉄三宮駅長と1回目の話し合いを行なった。「今はエレベーターが使えません」のはり紙一枚だけ、車イス利用者のことがすっぽりと忘れ去られている。「とにかくエレベーターを設置してくれ、設置するまではせめて障害者が利用していることを考えてスムーズに移動できるような方法をとってほしい」と要望したが返事ははっきりしない。縦割の行政にありがちな「上の人が…」という対応しかみられない駅長の姿勢に小林さんは「三宮駅長レベルでできることを考えて」と訴える。車イスで地下鉄を利用している人がいるのは事実、そこに視点を置いてほしい。小林さん自身もこの行動をきっかけにして様々なつながりを結んでいきたいと考えている。 ≪被災地障害者センターニュース・第52信より≫

全国障害者解放運動連絡会議20周年記念大会に参加して

 7月29〜30日大阪ピロティーホール・アピオ大阪で全障連20周年記念大会が行なわれ、全国から延べ千数百名の参加がありました。
 去年までは一参加者であった私は今回、障害者救援本部の関わりもあって、スタッフとして参加させていただきました。
 担当は、エレベーターの無いJR『森の宮』駅での、車いすの人たちの階段の上り下りのサポートでした。まぁとにかく、あんなにしんどかったのは何年ぶりだったろうかと思うほどしんどい担当でありました。
 駅にエレベーターが無いということは、サポートする人たちにとっては「2日間死にそうだった」ですむのですが、車いすの人たちにすれば、本当に「命がけの2日間」だったのです。
 今回は運良く事故は起こらなかったのでずが、あの汗まみれの手がすべり、ガタガタになった足を踏み外し、階段の下へまっさかさまということになれば、命に関わる大ケガは避けられなかったでしょう。
 JRが、というのではなく、交通機関そのものが障害者の人権をまったく無視しているとしか言いようがありません。
 会場のピロティーホールやアピオ大阪については一定程度、障害者が利用できるような設備がありました。しかし、そこに行くための交通機関がこのような状態では、まさに絵に描いた餅を食べろと言うのと同じことなのです。
 今回の大地震で崩壊し、建てなおしたJR三宮駅にエレベーターが設置されなかったと聞いています。
 JRを始めとする交通機関に関わるみなさん。答えて下さい。
 なぜエレベーターを設置しないのですか。
 なぜ障害者の人権を無視するのですか。

 私たちといっしょにサポートして下さった、駅員のみなさん本当にありがとうございました。これをきっかけに、内部からエレベーターの設置を叫んで下さることを心から願っております。

ちなみに電動車イスの重量は1台200kgもあります、それプラス利用者の体重。普通6人で持ち上げますが、ひとり40kg以上を支えるわけです。ご想像ください。
箕面市「障害者の生活と労働」推進協議会
武藤 芳和
 

取材ノートから

 自立障害者の三宅さんは灘区の自宅(二階建アパート一階)で被災し、一瞬にして崩れ落ちたがれきに埋もれながらも奇跡的に救出されました。五戸のうち二人の方が犠牲になりました。
 近所の人に助け出された三宅さんは近くの病院に運ばれました。そこでなんと、4日間も放置されていたのです。一滴の水も与えられずに。
 非常事態で混乱していたという事実を考慮しても「4日間放置」というのは人命軽視としか思えないことです。死につながる仕打ちです。
 四日目にして婦長に「発見」された三宅さんは、病室に入り二日間治療を受けました。しかし、その後なんと本人の承諾も得ないまま、大阪府下の療護施設に送られたのです。そこで二カ月間生活した後、仲間の手助けで神戸に帰ってくることができました。
 自分の意志を問われることなく、身体を他者によって移動させられた屈辱と恐怖は忘れられないと、Mさんは絞り出すように語っていました。
 震災の混乱の中で、このような本人の承諾なしの「強制入所」「強制入院」の事例は他にも多数あったと思われます。このような人権侵害は許されるものではありません。追跡調査の必要があります。
 行政当局は、今回の震災で入所施設の法定定員を超過して被災障害者が入所できるように特別の措置を厚生省に求め認められたことを、何か障害者にとって良いことをしたように考えているようです。このとんでもない思い違いをただしていかなければなりません。
 人権は恩恵ではなく権利なのだから、いかなる時にも保障されるべきものです。阪神・淡路大震災において、障害者・高齢者の人権がどのように守られたのか、あるいは守られなかったか、という問題意識で今後も取材していきたいと考えています。(救援本部C)

[写真あり 全壊した自宅を見つめる三宅さん。まだあの時のままだ。(7月撮影) 省略]


被災地NOW

被災地障害者センター『障害者による復活・救援活動<兵庫県南部地震情報>』より

■『復興計画に対する要望書』明石市に提出
 7月24日、「障害者問題を考える兵庫県連絡会議」が窓口になって、総勢12名が明石市に『要望書』を提出、趣旨説明と被災体験に基づいた補足意見を述べた。
 明石市側は広報公聴課が窓口となり、障害福祉課、教育委員会学校教育課が出席。出された意見は、
 ◎明石市内の入所施設で地震が起きたときに職員が2人しかおらず不安であった
 ◎福祉センターが活用されなかった
 ◎地域拠点の増設が求められる
などがあった。市の方からは、明石市でも福祉関係職員による安否確認ができなかったのだが、「人数が少なく、物資に人手を取られて」と深刻さが感じられず、参加者から不信の声が上がる始末だった。
 被災地では、要望書提出という形でだが、初めての行政との話し合いが実現した。今後も神戸市・兵庫県をはじめ、多くの自治体との交渉を実現していこうとしている。

■ピータンハウスは
 えっちゃん率いるピータンハウスはゆっくり動き続けています。開店間際に地震で全壊してしまったピータンハウス(ピータンというのは彼女が飼っていた鳥の名前です)を復活させようと、えっちゃんは面倒な手続きに頭を悩ませたり、市役所に交渉に行ったり、仲間の家をまわったりと本当に忙しい毎日です。
 7月30日にはピータンハウスに関わるえっちゃんの仲間とボランティアたちが神戸市北区にあるフルーツフラワーパークに集まりました。暑い暑いお陽さまの下、バーベキュー大会を開催したところ「暑さ倍増!」でみんな汗だらだらでしたが、なんとか楽しい時間を過ごせました。  数人の地域ボランティアの方とピータンハウスとのつながりもつくれました。これからもいろんな機会をつくって、多くの人とつながっていけたらいいなと思いまず。

■“なぜ立ち上がれぬ震災被災者”(朝日新聞・論壇)
 8月2日の記事を読み愕然となる。情報が皆無。「たくさんの義援金をもらっているのだろう」と大多数の人が思っているらしいのだが現実は、全壊世帯24万、半壊17万だけ、一部損壊に至っては0なのだ。
 あまりの情報不足から「被災地はもう過去のことだ」と思う人がいるらしいが、実はまだ何も解決していない。忘れてしまえば楽になるし、「ブーム」で騒げば直接は自分に降り掛かる事はない。しかしそうでは終わらない、そうされてはかなわなし、現実をしっかりと見据えるためにも実際に被災地に来てほしい。しかし、ただ来るだけでは何も見えて来ないはず、謙虚に地道に置き去りにされてしまっている人の話をじっくりと聞いてほしい。
 底辺から状況を見つめ、各地で思いを共有できる関係を難しく時間がかかりそうだけれども徐々につくっていこう。

■「はとの家」オープン
 8月6日、新「はとの家」おひろめ会がありました。「はとの家」は長田区の二葉公園内にあったのですが、被災したMさん姉弟がかって我が家があった土地を提供してくれて、移転することになったのです。おひろめ会には、近所の方、建設を請け負ってくれた業者のみなさん、M姉弟とその友人、被災地障害者センター関係者、ボランティアなど30人が集まりました。まだ電気が通ってなくうだるような暑さの中、新しい木の匂い漂う1Fで開催しました。
 本当に大工さんはじめみなさん忙しい中わたしたちのわがままを聞いて頂きました。「これがプレハブか」というくらいきれいな、本格的な内装です。風呂もあります。車イスでも利用できるトイレも仮設ではありません。みなさんも是非おいでください。これからここが地域の拠点になっていくと思うとワクワクします。
 2FをM姉弟、1Fをピータンハウス準備会、兼ボランティア宿舎として利用することを近所の人に理解して頂こうと開いた会、「来てくださった人に伝わったかな」と少し心配しつつも、無事に会を終えることができました。
 この会には関わりを続けてきた様々な人が「おひろめ会をしますから…」という一言で協力して頂きました。この「はとの家」を中心にいろんな人が関わり、支えてくれていることが再確認できた会でした。
 当日来てくださった方、会を開くにあたり協力して頂いた方、一人一人の名前をあげられないのが残念ですが再確認できた会でした。
 「ありがとうございました。そしてこれからもご支援よろしくお願いします。」

■被災地障害者センターのボランティア同窓会
 なつかしい顔が集いました。8月15日16日の2日間、「同窓会」と銘打って、被災地障害者センターでボランティアをしていた面々が神戸に集まりました。
 JR三宮駅に集合したのですが、あまりのなつかしさに駅のど真ん中であることも忘れてみんなおおはしゃぎしていました。2月3月のあの騒然とした神戸の街で寝食をともにし、みんな初めての体験で試行錯誤をしながら活動した日々が走馬灯のように蘇って来ました。久々に会ったにもかかわらず、つい昨日まで一緒にいたかのように、みんな自然な雰囲気でした。
 震災から7ヵ月以前とは随分変わってしまった街を見ながら、それぞれに感じるものがあったようです。情報がなくなった今だからこそ、地域に帰った後、伝えていってほしいものがあります。この草の根のネットワークを大切にしていきたいものです。
 次回の同窓会は9月1・2日(土・日)申し込みしていない人はお早めに!
 電話 被災地障害者センター(藤原)まで


訃報  浜根 賀津子さん ご逝去

 なんでこんなに悲しいことが続くのだ!
 障害児の親として、兵庫県の就学運動のリーダーだった彼女。
親たちの頼りだったお母ちゃん。
 地震でも最先頭で救援活動を続けた。サニーサイド作業所を立ち上げたばかりだ。
 なんでやねん。
 27日の夜、大阪日赤病院に運ばれた時は、すでに手遅れだったという。
 いまは、ご冥福を祈るのみだが、なされた仕事の大きさを思う時、
残された私たちの悲しみは、ただただ大きい。
                           被災地障害者センター・大賀重太郎

 尼崎障害者運動の要として、常に精力的に活動してこられた浜根賀津子さんが7月27日急逝されました。地域で共に学ぶ運動の先駆けとして地元尼崎で粘り強く活動を積み重ねてこられました。
 震災後も安否確認、炊き出し、避難所確保と本当に忙しく力を尽くされていました。
 震災で大きな被害を被った阪神地域の障害者拠点の再生・復活になくてはならない方でした。その余りにも早すぎる死には言葉もありません。
 心から浜根賀津子さんのご逝去を悼み、ご冥福をお祈り申し上げます。

[写真あり 省略]


被災者の方々に一日もはやく心の復興を!

被災地救援チャリティコンサート

日時 9月16日(土)
昼の部 開場 PM12:30 開演 PM1:00
夜の部 開場 PM4:30  開演 PM5:00
会場 鳴尾文化センター(西宮市古川町)
支援金会費 1名 2000円 協力してください
出演者 岬竜二、竜鉄也、ほか、地元出身歌手多数
歌と舞のパッケージです
 売上金の一部は被災地障害者センターに寄付されます
問い合わせ 内部障害者の福祉を守る会連合会
電話 0798−48−1592
連合会会長の新明(しんみょう)さんは被災障害者のためにエネルギッシュに活動なさっている方です。
お誘い合わせの上、コンサートにおでかけください。
チケットは救援本部でも扱っています

 

全国ろうあ者の団結で震災なんかぶっとばせ!

第8回全国聴覚障害者交流会 神戸交流会

日時 9月23日(土) 13:30〜24日(日) 16:00
会場 ひょうご共済会館(神戸市中央区)
参加費 1500円 宿泊費 4500円(食事代・酒代は別)
被災地の方は無料です
各団体の活動紹介パネルコーナー、福祉機器展、法律相談、分科会
連絡先 草の根ろうあ者こんだん会事務局まで
TEL 06−969−2580 FAX 06−969−2544

 

9月5日(火)のシンポジウム

「災害と福祉のまちづくり」

のご案内を[付録]として入れてあります。
市民が自分たちの“まち”の主体となるために!
あなたの“まち”も動きはじめていますよ!!
ぜひご参加ください。

いろいろ

関東煮(かんとうだき)
以前被災障害者センターでボランティア活動をした関東の人達が集まり「センターの後方支援をしよう」と6月17日に『関東煮』を結成。主に情報の発信、グッズの販売、企画などを展開する。
連絡先/〒195 東京都町田市山崎町1483−8−1−202
TEL兼FAX0427−93−9440 午腸(ごちょう)まで

Tシャツ販売にご協力を
「がんばる心はつぶれへん!!ガッツやKOBE」とプリントされた元気の出るTシャツ、トレーナー、ウインドブレーカー、バンダナの販売をあなたの支援活動にご利用ください。5000円以上の注文から送料が無料になりました。
問い合わせは被災地障害者センター(稲本)まで

送ってください
*お米券(前回呼びかけたところたくさんの方からお米を送っていただきました。引き続きご支援お願いします。お米券を被災地障害者センターに送っていただければ助かります。)
*冷蔵庫など電気機器(被災地障害者センターの稲本さんか井奥さんに連絡を取ってからにしてください。
*おとな用パンツ式紙おむつ(救援本部までご連絡を!)

これからもご支援よろしく!
被災者にはスズメの涙の見舞金。行政に集まっている義援金は半分が使われぬままだ。家を建てる人に補助金として出るらしいが、そうなると全く義援金をもらえない被災者がゴマンといるのにどういうつもりなんだ!・・・・まだまだお金は必要です。応援してください。


残暑お見舞い申し上げます

 朝夕に、思いもかけぬ秋の気配に出会って、不思議な快さを感じるときがあります。もっとも、35℃を越えるまひるになると、そんなものは陽に焼かれて蒸発してしまうのですが。
 いかがお過ごしでしょうか。

 わたしは今、縁あって、大阪でくらしています。ご存じのように1月に阪神一帯を大地震が襲いました。テレビに映される惨状を“対岸の火事”として眺めている自分にふと気がついて、とにかく現地へ行ってみようとしたところへ知人が紹介してくれたのが「障害者救援本部」だったのです。ここで4月から9月まで専従として務めることになりました。
 地震から半年以上がすぎました。世間の目はより刺激的な話題へと走るようで、大惨事の爪痕が残る被災地の窮状などは、スキャンダラスな出来事にほとんど埋もれてしまっているかのようです。アスベストの舞い散る街には『復興』の掛け声だけが虚ろに響き、むせかえるほどの暑さの中で今も、多くの人々がやり場のない思いをぎゅっと押さえつけて1日1日を送っているのだけれど。
 「障害者救援本部」では、地域で自立生活をつくろうとしている障害者を支援しています。彼らの活動を見ていると、ほんとうの自立ということを突き付けられるような気がします。障害を持ったひとたちにとって、まわりのひとと支え支えられて生きることはごくあたりまえのことです。障害を補うための助けは、水や空気のように生きるために必要なものだからです。それは、ちっともマイナスなことなんかじゃありません。多くのひととつながっているからとてもパワフルだし、たくさんの元気をもらいます。障害者の自立運動にながく関わっているひとから言われました。健常者と言われるひとたちは経済的に独立はできるが、それは自立ではなくて孤立の場合がある、と。確かに、もし今わたしが地元にいて地震が起こったとしたら、駆けつけてくれるひとがいるだろうか、と考えてみると不安を感じずにはいられません。
 お役所がどのような「災害に強い都市」をつくろうとしても、ひとびとがよそよそしくてしょぼくれていたのでは、どんなことがあっても何度でも立ち上がるような街はできません。ひとりひとりが自立して、生き生きとつながっていける関係を広げてゆくことが、何よりも大切なことなのです。
 ちょっと口先だけの大義名分ぽくなってきました。“対岸の火事”として片付けてしまいがちな出来事が周囲に山ほどあります。それらをいかに自分の問題として引き付けて向かい合っていくかということが大事なことで、そのためには地道な努力。これが何よりも苦手なわたしですが。
 被災地の障害者の仲間が、地域での自立生活を復活し、前以上に生き生きと、みんなでともに生きる街をつくるのに、もうしばらく、わたしができることをしてゆきたいと思っています。ここでは、被災地の現状と障害者たちの奮闘のようすを全国に発信する仕事に携わっています。
 みんながそれぞれの地域で、汗をかきかき前を向いて歩いてゆくんですよね。
 こちらにいるのも、あと2ヵ月ほどになりました。近くに来たときはきっと声をかけてくださいね。あなたの元気を送っておくれ!

全国の友人たちへ
あんち・ワープロだったのに画面をにらんで格闘しているKより
大阪はめちゃ、どえらい暑さやでぇ!


救援本部会計報告 ハート、届いてますよ。夏バテなんか吹き飛ばそう!!

 「神戸市などはお金持ちだから、被災者に雲仙や奥尻以上の補償金を出している」と思っている人が多いらしい…という話が伝わっできました。日本有数の大都市ではありますが、義援金を原資とし、一般に、亡くなられた場合30万円、家が全壊と「認定」された人に24万円の涙金しか出されていません。各自治体は、避難所の閉鎖、食糧配給の停止と、被災者に「わたしたちは棄民」といわしめる仕打ちを次々と繰り出しているのが現実です。
 8月17日現在、カンパをして下さった人の総数2550人、件数にして2985件になりました。最近はボーナスカンパありがとうございます。高齢の方やご自身大変な状況の方からも途切れず送金があり、精一杯活用させていただいています。本部では、少しでも多くの人に実情を伝えようと、各種の催しでリーフレットや通信を配り、各種の助成金や基金の申請をしてきました。大阪周辺ですが、直接企業に伺う計画もあります。もし「ウチの職場に話しに来たら」などのお誘いがあれば出来る限りゆかせて頂きます。メッセージからご紹介します。

*人件費は、再生と支援のため常時有償で活動している人の、年度内の人件費です。9月末まで17名、10月以降10名分を、見込み計上しています。
 10月以降人手がいらなくなるのではなく、被災地は「人手は今も極端に不足、もっともっと必要」な状態ですが、遠く及びません。必要に応える資力がほしいです。

以上95.8.17現在


THE・街頭カンパ いつも ご支援 ほんとうにありがとう

大阪編

7月23日(11:00〜18:00 梅田・ナビオ阪急前)
●参加者……… 枚方・障害者労働センター、南部障害者解放センター、東淀川しよう会、マッサク、高槻自立フォーラム、全障連本部、松原バオバブの家、応援センター、ポッポ、京都JCIL、東部障害者労働センター、Tハウス、旭区しよう会・手の花の家、ZEROの家、豊能障害者労働センター、自治労→延べ56人
●募集総額…… ¥131,109−

8月6日(11:00〜18:00 京橋・JR京阪電車連絡通路)
●参加者……… 枚方・障害者労働センター、『拓人』の住人、全障連、マッサク、ポッポ、東部障害者労働センター→延べ14人
●募集総額…… ¥271,517−

8月17日現在 募金累計額 ¥5,519,559−
参加者のみなさん、おつかれさまでした

次回は9月3日(日)11:00〜17:00 なんば高島屋前です。

暑い。とにかく暑かった。だから日中、地上の交差点を行き来する人は少なく、「この下の地下街には何万人もの人がショッピングや飲み食いをしているんやろうな。一人10円ずつでもカンパしてもらったら、10万円なんてすぐ集まるやろうな…なんて思いながら、そして、7/2のように雨に遭って途中で中止するよりは、灼熱の太陽に照らされる方がまだ“まし”だ、と自らを励ましながら貫徹しました。夕方になり、太陽が阪急百貨店の陰に隠れると人通りも多くなってきした。ですから多分、日中11時〜4時の5時間かけて集まった金額は夕方4時〜6時のほんの2時間で集まった金額と同じくらいだつたと思います。今後は、酒飲みに行き交う人たちが気前よく財布を開けられ、しかも、カンパをお願いする私たちも暑くない、夜間に募金するのも悪くないなァ、と思いました。でも、テントやブルーシートの仮住まいで生活しておられる被災地の人々のことを慮ると、「暑い」なんて言ってられませんね。次回以降の参加もよろしくお願いします。
≪枚方・障害者労働センター 東牧 浩美≫


まだまだ、ボランティア募集しています。特に地元の方。
 遠方の方は2週間以上で、自立生活を復活させようと汗だくになっている障害者たちを支援しに被災地に来てください。 暑いとぼやきたくなったら、連絡を!
★被災地障害者センター(神戸)   TEL 078−531−9511 FAX 078−579−0213
★阪神障害者開放センター(西宮)  どちらもTEL/FAX 0798−53−9449 0798−53−9426
★みんなの労働文化センター(尼崎) TEL 06−497−3010 FAX 06−497−2105


(c) 1995兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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