KSKQ障害者救援本部通信, No.15(1996.1.29号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1996.6.20. - 13p

請求記号:震災-7-z27


シンポジウム(1.13)障害者の暮らしの再生は見えてきたか?
メモリアル・イベント(1.16〜17)「いやしと点検」大いどう

震災から1年、思い新たに!

 13日のシンポジウムは、300人の会場は満杯状態で、司会の筒井純子さん、主催者を代表して松場作治さんの挨拶で始まりました。「このシンポジウムを通して、さらに全国への支援の輪を広げていただきたい。今一度、あの震災の時を呼び起こしつつ、問題点検と、今後の行動の糧に」と松場さんはシンポジウムの意味を提起しました。
 続いて、被災した障害当事者の方々からのお話しは、いずれも地震の体験の重さを痛感させられると同時に、今までの、そしてこれからの生活全般に渡る福祉施策や地域・街づくり、人と人とのかかわりなど、考えさせられるものでした。
「20年間の障害者運動の積み重ねが救援活動の原動力になった。」
「地震前からの課題がより深刻に…」
「情報を共有し市民ネットワークをより強めていこう!」

[写真あり 省略]
[写真あり 熱っぽく語る「草の根ろうあ者こんだん会」の徳さん 省略]
[写真あり 「障害当事者が発言していかないと進展はない」と力強く加藤さん 省略]
[写真あり 300人の会場が被災障害者の思いへの共感で満たされた 省略]

被災障害者の声

シンポジウム発言から

 兵庫県全体の復興については障害者だけの問題ではなくなってきたと思うんです。高齢者も多くなってきています。それぞれが自分のことだという形で、障害者だけが話し合うんじゃなくて、一緒になって、共になって話し合いをしていかなければいけないんじゃないかと思います。(加藤作子さん 脊髄損傷)

 避難所の中で精神的にしんどいんや、ということを打ち明けたら排除の対象にされてしまうということが当然ありました。なかなか楽になれる、落ち着ける場所がないという事でした。病者は避難所の中にいても、外から見てはわかりませんからしんどい時もなかなか休む事もできませんでした。それにいきなりの共同生活でも疲れましたし、いろいろしんどいことがあったわけですけれども、息抜きになったのはボランティアの方々との交流で、話を聞いてもらうというだけで非常に勇気づけられたというか心が癒された、そういった体験もありました。(高瀬建三 病者)

 ろうの場合は、聞こえる人ばっかりの中で「炊き出しがあるぞ」という連絡にしても何があるのかよくわからない。みんなは炊き出しでざーっと駆け足で行っているんだけれども何があるかわからない。なんで並んでいるんだろう、と。ろう者はそういう場合ものすごく遅れます。そういうことでくやしい思いをします。水を提供されるぞとみんなが走っていくわけですけれども、遅れたために自分の目の前で終わってしまったとか。・・やはり情報ということが私たちは洩れる。もっと情報保障ということを考えんなあかんと思います。(徳末治さん 聴覚障害)

 私たちのようなグループホームとか作業所で障害者とつきあっている人達が、あ、あそこに誰々さんがいるから助けに行こうという動きが唯一ほんの少しだけれども役割を果たしたんじゃないかなと思っています。これから安全な町を作るとか、いろいろハードの面で言われますけれども、私たちは普段からつき合える、困ったときにすぐ飛んでこれる人間関係をつくり出す。そんな作業所などの地域拠点のもつ有効性を認めてほしいと思います。 (えんぴつの家 松村敏明さん)

 昨年12月まで全壊、半壊、罹災した方々に対しては国保なり老人医療なり政管健保の一部負担金の免除がありました。しかしこの1月から免除も全部廃止されました。仮設に入っておられる方がすべてを無くして、今日明日の生活すら困る人達がほとんどの人が病院で治療を受けておられるこの人達にね、一部免除の保険料も負担せえというような在り方では弱者に向けたやさしい人づくりの国じゃない。つくづく私は感じております。(新明進さん 内部障害)

 引っ越ししてきた時、近くの派出所に、ここに全盲夫婦と小学生の子どもが住んでいるということをお願いしておいたのですが、声をかけてはくれませんでした。外に出てみて、道路はいつもと違っていて、たくさん人が出ていて大きな地震だということを改めて感じました。その日は余震もひどく片付けても落ちてくるばかりだったので、食べ物を捜して、あるものでしのぎました。家の中はガラスの破片などで安心して歩ける状態ではありませんでした。(車谷美枝子さん 視覚障害)


地震から1年 いやしと点検 大いどう

[写真あり 省略]
[新聞記事あり 毎日新聞1月17日付 省略]

道いっぱいに広がって 久々のフランスデモ(1.16)

大阪を始め全国から100人以上が駆けつけた。

デモでは百を超えるノボリや旗がたなびき、変革の予感を感じさせた。全部をお見せできないのが残念だ。

(編集部)

須佐野公園でのいやしの夕べではのべ500人が参加して2年目への思いを語り合った。
5:46ろうそくを灯して全員で黙祷した。

[写真あり 省略]

わたしにとっての「いやしと点検」

いやしと点検の感想

野橋 順子

 私は最初いやしと点検をやるという事についてピンときていなかった。それは自分の中で「地震が起こって1年、みんなでイベントをやろう」という事について、その意味がわからなかったからである。自分が本当にそのイベントをやりたいのか。それをやって何になるのかという事を。
 障害者は何をやるのにも健常者と比べペースが遅いと思う。今回のイベントも、賢い障害者(一部分の)や健常者ペースでばたばたと準備がすすめられたと思う。私自身障害者で、実際にばたばた決まっていくペースについて行くのに一生懸命で、あまり楽しいという感じではなかった。私は私なりにいやしと点検にそうまでして…という考えもあった。でも参加しようと思っている理由も考えてみた。
 “いやしと点検についてなぜやるのか”
 私達障害者は、一年前の大地震で本当につらい目にあいました。例えば障害者用トイレがなくて困ったり、代替バス等も車椅子障害者は利用できるものでなかったり、介護者がないので仮設風呂にも行けませんでした。
 介護の面は特に深刻な問題でした。私の場合も家族の手だけでささえられている生活に限界を感じていました。私に対して「家でじっとしていなさい」と家族の疲労もピークに達していました。
 そんな状況を救ってくれたのは、全国から集まってくれたボランティアの方々と、私がこれまで作ってきたデイケアセンターをはじめとする地域での関係でした。地震でいろいろつらい事があったけれど、いろんな人達に支えられて地震を乗り越えることができました。
 そのおかげで私達はここにいるんだと改めて感じ、「ありがとう、これからもよろしく」の意味もこめていやしと点検のイベントをしました。
 1月16日(火)のいやしと点検のイベントは、思った以上にたくさんの障害者や健常者が集まった。それにより、たくさんの市民や行政やボランティアにアピールできたなと思う。
 基本的にはよかったと思う。でも神戸地区のとりくみでいえば、たくさんの企画をした。でもその企画が決まったのは、本当にギリギリの日程だった。少しの時間で成功させようと思えば、どうしても動きが健常者ペースになってしまう事が多かった。(中略)
 あらゆる人が参加でき一緒に考えることができ楽しめる企画を作っていけたらいいと思っています。それには時間が必要だということを忘れないでください。
 いやしと点検に関連して私が思った事です。

癒しの夕べ

おおさか行動する障害者応援センター 中村芳穂

 あの大震災から一年を迎えようとする1月16日の夕べ。寒風のなか、大勢の人懐かしい顔がここ神戸、須佐野公園に集まった。
 そびえるような中央の巨大なテントが舞台となり、さまざまな人たちが歌をうたい、個性的な行いやそれぞれの想いで癒していた。古来から、仲間の悔やみの際には祭りを行なう。劇団態変のパフォーマンスは、まるで太古の踊りをつかさどるシャーマンのようにも見まがえた。
 その熱気の中に顔見知りの人たちも。1年前にピア大阪に避難していたSさん。彼女はこの2月から大阪で一人暮らしを始めるという。運命とは時に暖かくこの震災を良い?チャンスとしたのかもしれない。そしてOさん。ピア大阪では毎晩のように紙パックの酒をあおり続けた。同窓会で「わしは、さびしい。みんなこっちに来い」と叫んでいたことが思い出される。今も酒を飲みながら、周りの人に「おまえも飲め!」としきりにせがんでいる。やはり現実は厳しく、訪れる人も少ないという。そのむこうには、お風呂パフォーマンスをやったというYさん。TV出演で自分の窮状を訴える姿がダブってくる。その姿は観たものの涙(人にとっては笑い)を誘っていた。Mさん、Tさん親子、Gさんの顔が見えないのは少し寂しい。
 焚き火やストーブの周りに小さな輪ができ、それぞれの想いや、夢、悩み、今の状況を語り、「負けてたまるか」という気持ちと「負けてもいいかな…」という気持ちが揺れ動いているような、そんな一夜であった。
 これからの長期戦にむけて充電ができたような気がした一年目のその朝、ろうそくに灯をともし、しばしの黙祷を捧げ、新たに戦いにむかって動き始めたのであった。

紙面の都合で全文掲載できませんでした。野橋さん、中村さん、ごめんなさい。


発信・仮設住宅

一日も早く人間らしく暮らせる住まいを

 秋田美恵子さん、43歳、1種1級脳性マヒ者で24時間介護が必要。13年前から障害者解放運動に入る。自立生活10年。阪神障害者解放センター所属。
 地震で西宮の自宅(2階建文化の1階)が全壊、介護者と共に2時間閉じ込められたが近所の人に助け出される。荷物は取り出せなかった。尼崎市の実家に一時避難。5月から西宮市内の一般仮設住宅に入居。「仮設生活」9ヵ月の間に、構造的な暮らしにくさに加え、役所の対応に消耗、ストレスで肺に穴があき、胃から血を流し、緊急入院は3回を数える。
 3月始めに8年間暮らした家がとり壊された時は本当に辛かった。「使いやすいように少しずつ改造して愛着があった。近所の人も親切やったし、あそこは離れたくなかった。」

[写真あり 省略]

 1月23日、底冷えのする日、阪急西宮北口駅から自転車で北へ走る。線路わき、土台が崩れたままの家の跡に真新しい花が手向けられている。そこだけ彩色された白黒写真のようだ。
 しばらく線路沿いに進むと後藤さん(通信13号で紹介)の地域型仮設がある。あたりは更地が目立つ。西宮でも被害のすさまじかった所だ。東へ折れてしばらくすると児童公園に建てられた荒木町仮設住宅(36戸)の灰色のシルエットが見えてくる。1号棟の端が秋田さんの住まいだ。木製のスロープがつけられた入り口から入ってすぐの6畳間で話を伺う。
 秋田さんは12月15日、西宮市長にあて、障壁が多く断熱性の低い仮設住宅は障害者が暮らせるものではないとして、公的住宅の即時入居と民間住宅借り上げを求めて要望書を提出した。1月18日に住宅課が出した回答は、公営住宅については空き室がない、民間住宅については「探しているから待ってほしい」だった。待てないから要望しているのに、だ。
 今夏以降、復興住宅が次々と建設されるがバリアフリーの車いす対応型は戸数が少ない。必要としている障害者・高齢者市民のニード調査と戸数確保を秋田さんたちは要求しているが対応は鈍い。何よりこの冬を仮設住宅では越せない人たちの住まいをどうするかが急務だ。荒木仮設でも既に急死者、自殺者を出している。
 「寒いよ、ほんまに。」電気カーペットや電気毛布を一晩中つけていても寒い。露天でふとんかをぶって寝ている感じだという。部屋にストーブ(エアコンは効かない上に電気代がかさむので、ファンヒーターを使用)はついているが、壁際は冷気の帯。ふすまを開けて台所側の4畳半に入るとそこは冷蔵庫状態。
 「まだこれでも、天井と床のすき間を解放センターの人が新聞紙とビニールシートで覆ってくれたからましなんよ。」そういうことができない所はもっと寒いだろうと秋田さんは心配している。
 風呂は狭すぎてずっと入っていない。
 「近所の人との人間関係はすごくいい。みんな親切だしよく声をかけてくれる。役所へ話しにいく時もおばあさんたちから『しっかり言うてきてな』って励まされる。」

 秋田さんは、このまま待っていてもらちがあかないと、自分で民間賃貸住宅を探しているが全く物件がない。たまにあっても障害者だとわかると断ってくるという。
 「もっと寒くなる2月がこわい。」とつぶやく。「役所の人、もっと市民の身になって考えんとあかんわ。せないかんことせんで、していらんことばっかりしてくれる。」
 地震の後、障害福祉課からは結局一度も安否確認の連絡はなかった。市民の被害や生活実態の正確な把握なしに立てられた復興計画とは一体何なのか。昨年夏に早々と出された県、市の復興計画も福祉プランも果たしてどれだけ震災の教訓を生かしたものなのだろうか。(取材/橘高)

【お詫びと訂正】
「発信・仮設住宅」のところで、左段最下行から右一行目にかけて、以下の文章が抜け落ちていました。追加訂正し、お詫び申し上げます。
「るものではないとして、公的住宅の即時入居と民間住宅借り上げを求めて要望書を提出した。1月」

[*テキストは訂正済の形にしてあります。]


わたしにもできる被災障害者の応援

お店紹介 PART4

今回は みんなの労働文化センター 第2作業所スペース逢い舎

 代表の鈴木さんによると、建物に被害はなったものの商品が散乱。センター全体では5人の障害者メンバーが仮設住宅へ入居。地震1ヵ月後には市内作業所の被災状況調査をはじめ、その後仮設への引っ越し、作業所の片付け、仕事の回復、行政への話合い仕事などなどと超過激な1年だったそうです。
 地域であたりまえに生きることを選んで12年。地域の人たちが「行政からよりも被災情報が得られる」と、ここに尋ねにきたこともあったそうです。

[写真あり 作業所の前で、代表の鈴木勉さん「福祉関係の相談にものってます。気軽に寄ってみてください」 省略]

みんなの労働文化センター
  4ヶ所まとめてご紹介します

自然食品(調味料を中心に)も販売!
粉せっけんなど小売商品のご注文は
第2作業所スペース逢い舎

 尼崎市小中島1丁目17−14,102号
 TEL/FAX06−491−4219
 営業時間AM10:30〜PM6:00

パック回収や印刷のご注文は
作業場 雑居工房
 尼崎市小中島1丁目10−8地先
 TEL.06−497−3010
 FAX.06−497−2105
 営業時間A10:00〜P17:00

かわいい手作りの贈り物は
ハンドクラフトポレポレ

 西武百貨店つかしん店6F
 営業時間AM10:00〜PM7:00
 定休日火曜日

ポレポレ及び本部会計へのご連絡は
ポレポレハウス
 尼崎市小中島3丁目1−19
 TEL/FAX06−498−8670

介護者募集中

仮設住宅入居中の男性障害者の介護をさがしています。
●お問合せ 逢い舎・鈴木勉さんまで


えんぴつの家まつり
いつもありがとう
これからもよろしくね会

えんびつの家も設立から11年、多くの方々に支えられ、途中で折れることなく今日まで来ることができました。
日ごろの皆さんのご支援、ご協力に感謝の意を込めて、えんぴつの家の全てのメンバーでの手作りの楽しいお祭りを開催しようと思います。
みなさんのご来場をえんぴつの家のメンバー全員で心よりお待ちしております。

開催日程
1996年3月3日(日)/午前11時より午後4時まで
※開場は午前10時30分です。

会  場
神戸市立東部在宅障害者福祉センター
神戸市灘区岩屋北町6丁目1−4
TEL 078−882−5675
※駐車場がありませんので、車でのご来場はご遠慮ください。

[地図あり 省略]

ステージプログラム
[第1部/午前]「えんぴつの家の昨日・今日・明日」
  →えんぴつの家の11年の歩み、現状、将来の事を様々な角度から報告します。
[第2部/午後]「パフォーマンスタイム」
  →何でもあり。飛び入り一発芸も大歓迎です!

フロアープログラム
えんぴつの家本部、各事業所それから応援の生きる場作集所が色んなお店を出します。

お知らせ
当日会場に昼食用のお弁当を販売いたします。どうぞご利用ください。

おわび
当初、2/11に兵庫県教育会館で開催するというふうにお知らせしておりましたが、会場の障害者用トイレが地震の影響で故障し使用できないとわかりましたので、急きょ日程と会場を変更させていただきました。ご迷惑をおかけしたみなさまには心からお詫び申し上げます。

主催/社会福祉法人えんぴつの家
えんぴつの家パン工場/六甲デイケアセンター/グループホームたろう/えんぴつの家デイケアセンター/ライフデイケアセンタ一
神戸市中央区南本町通5−2−21
TEL/FAX:078−252−0109


救援本部会計報告 あの日から一年・・・


よせられた数々の思い…本当にありがとう。支援活動はこれからも続きます。
どうぞよろしくお願いいたします!

 年末年始はほんとうに多数の方からカンパをお送り頂き有り難うございました。振込用紙から一人一人の息遣いか伝わってくる気がします。いつもワープロで丹念に印字してこられる方。高齢の方が書かれた文字。小・中学生からのメッセージ。流暢な万年筆の筆跡。代筆…。通信宛名住所のミスや、「自分の名前を通信に(寄金者として)掲載しないで」等、苦情もいただきました。日にち順にご紹介します。いつも、誌面の都合で掲載しきれないことが残念です。
 現在、カンパを下さる個人や団体は、通信読者(4100人)とほぼ重なります。読者の輪も、もっと広げたいと思います。お心あたりの送り先を、障害者救援本部までご紹介ください。

12月18日【大阪府】 「障害をもつ若者の集い」で、私たちS小3年1組は模擬店を出しました。そこでもうけたお金を有意義に使おうと学級会で話し合い、震災にあわれた障害者の方に寄付することになりました。少しですがお役にたてば幸いです。
12月20日【干葉県】 ボーナス入りましたので、何かの足しにでもして下さるとうれしいです。
12月22日【静岡県】 知り合いの方たちがバザーの売上げを寄付したいとのことでお送りします。
12月22日【愛媛県】 文化祭で古本バザーをした売上金です。ご活用下さい。M中学校生徒会

96.1.25現在カンパ総件数3916件 カンパ人数2854人
★支出について

救援金…義援金11グループに計714万円・避難生活経費・拠点運営費等
お見舞金…42団体分、1260万円
人件費…介助派遣・情報発信・物販・企画etc再生めざして常時17名が有償で活動中。(兵庫14名・大阪3名)
救援物資…プレハブ3件設置と移転内装設備費・車3台・バイク5台・印刷機・ワープロなど
電話料…被災地に携帯電話5台と毎月の通話料金など
★収入について
 街頭カンパは救援本部主催以外の街頭カンパも含まれています。雑収入は立替金返金などです。通信購読カンパ(年間千円)は個人・団体・企業のどれかに含めています。多数お申込みありがとうございます。

12月22日【福島県】 娘が3月に数日間ボランティアをさせていただきました。かえってその時ばかりのボランティアに心苦しくなります。通信を読んで、ともに生きる姿勢に自身の生き方か問われていると、元気づけられています。(母)
12月22日【山梨県】 わずかな金額で恐縮ですが、M小学校全職員の気持ちです。
12月25日【埼玉県】 通信を読んで神戸の皆さんがたくましく生き抜いていこうとされる姿を知り、自分が励まされます。
12目25日【奈良県】 私も体が弱くて無理が出来ませんので、わずかで申しわけありませんがバザー用品送らせていただきます。
12月25日【大阪府】 今日外は雪が積もって、ホワイトクリスマス。少しの暖をとる役に立てば、うれしいです。来年はよいことがありますように
12月25日【滋賀県】 教会青年会で「クリスマスキャンドルサービス」を開催した会費から一部救援金としてお送りさせて頂きます。主の豊かな祝福をお祈り致します。
12月26日【大阪府】 私達の兄は実家の下じきになって亡くなりました。西宮です。でも兄の家族は元気で家も再建できました。申しわけない気持ちです。
12月26日【富山県】 実情は、もうこのようなミニコミでしか詳しく知ることが出来なくなりました。開発優先の今までの神戸市の姿勢がそのまま引き継がれているようで心配です。
12月26日【長野県】 今冬の寒さは格別です。頸損1級の体にこたえます。災害地の方々は大変でしょう。僅かしか送れませんが、できるだけ協力したいと思います。
12月27日【大阪府】 若い人たちが立ち上がってくれたことは、日本もまんざらではなかったんだなと思い直しています。長続きしてくれることを希って。
12月29日【長野県】 少額ですが定期的に送れたらと思っています。忘れないために。
12月29日【滋賀県】 前号で後藤さんの記事読みました。去年2月に会ったきりでどうされているかと思っていました。自立生活大変だと思いますが、がんばって下さい。
1月4日【大阪府】 1・17からもうすぐ1年、少しでも心あったかなお正月を、とカンパします。カンパよびかけ位しか協力できずごめんなさい
1月4日【兵庫県】 時がたつにつれてかえって状況は悪化しているのではないでしょうか。
1月4日【大阪府】 あせらず息長く活動して下さい。障害者の住みやすい街づくりをしっかり考えたいですね。
1月4日【広島県】 明日へのビジョンをもった地道な歩み、応援しています。
1月5日【大阪府】 年金生活者ですが貧者の一灯です。
1月5日【群馬県】 お年玉の一部です。使ってください。
1月6日【富山県】 いつまでもおうえんしています。
1月9日【東京都】 障害者の方たちの住みよい町は、障害のない人たちにとっても心地よい町です。大きくめざしてがんばって下さい。
1月10日【新潟県】 こちら老人のことでお力になれず申し訳ありませんが、どうぞお体大切になさって下さい。皆様が少しでもよくなりますように祈っています。
1月11日【東京都】 まだまだ大変なことと思います。少ないのですが、被災肝炎患者を含む被災障害者のためにお役立てください。
1月12日【長野県】 民間の障害者作業所です。会員や関係者からの支援金を送ります。
1月16日【大阪府】 大変の一言ではとても言えない長く厳しく、でももう1年と思える1.17です。お互いに何とか元気をやりましょう。高石ともやさんの歌の様に。
1月16日【東京都】 謹賀新年。震災復興が、21世紀の日本の都市行政の手本になると思っていたのですが…。民主主義の貧困に、絶望せずにがんばりたいと思います。
1月17日【京都府】 1年です。通信が送られてくるたびに、これからだということを実感します。
1月17日【大阪府】 当作業所は、名古屋のH作業所のアクセサリーを売っていますが、そこが閉鎖し、「預けていた製品は、震災救援に使って下さい」と言って下さいました。売上を救援カンパとして送ります。
1月17日【兵庫県】 1年たちましたね。TVや新聞の報道を目にするたび、目頭が熱くなります。カンパだけの支援、申し訳なく思っています
1月18日【大阪府】 力也も作業所に行っています。皆さんも頑張って下さい。(代筆)

THE・街頭カンパ

大阪編

毎月行なってきた街頭カンパも2年目を迎えます。
時が経つからこそ続けたい支援カンパ。
私たちはこれからも街頭に立ちます!

1月14日(天王寺)の報告
参加者/枚方障害者労働センター、ポッポ、マッサクぐる〜ぷ、ライフネット、大阪府教職員組合(本部・枚方・守口・大東・門真・四条畷)、東部障害者労働センター・きじむなあ、被災地障害者センター、えーぜっと作業所、おおさか行動する障害者応援センター、共同連本部、西宮キントーン、救援本部事務局→延べ62人
今回は大阪府教職員組合の方々の支援をはじめ、イベントをひかえた被災地からも多くの方の参加がありました。 多謝!
◆募金総額・・・・・・・
◆募金累計額・・・・
¥437,672
¥6,124,976
☆さすがにこの1周年の時期です。千円札が目立ちました。予想以上のご好意がよせられました。ありがとうございます。(カンパ担当 東牧)
今後の日程
2月4日(日)天王寺
地下鉄天王寺駅駅長室前 11:00〜18:00
3月3日(日)天王寺
2月4日と同じ


事務所の窓から no.5  その瞬間をあなたと

 シンポジウムが終わった。本当にたくさんの方が来て下さった。「震災で障害者にどんな困難が襲い、どう乗り越えてきたのか、今はどうなのか、知りたい」というみなさんの迫力を感じた。被災された方々の発言もたいへん胸を打つものだった。
 私は会場の片隅に座って、シンポジウムが発言者とスタッフの手によってシュクシュクと進められていくのを眺めけっこう感動していた。障害者運動ネットワークの確かな力が目の前で立ち動いているようだった。そこから殆ど落ちこぼれていた私ですがその場に居合わせることができて幸せでした。
 地震が起きてすぐに起動した被災地を始め、全国の被災障害者支援ネットワークの働きは歴史に残る営みだと思う。歴史的、世界的大災害の現場で何が起きたか、人々がどう命をつないできたのか、それらの情報を今を生きる者だけでなく次代とも共有するために記録はしっかり残そうと思う。
 地震から1年を機にマスコミの震災報道の量はまた少なくなった。被災者の困窮は計り知れないのに国会では論議もされない。
 私たち草の根市民運動団体、NGOが力をつけて政府組織に提言し、もう、一定の権限を得ていく時にきていると思う。
 今回の支援活動では若い人たちの活躍が目を見張った。西宮や神戸の若い障害者も力をつけてきている。行政やJRとの交渉の場で発言も鋭く力強い。1.16〜17イベントに参加して、次への確かな予感を感じた。予感が実感に変わるのもそう遠くはない。その場に出会う瞬間をあなたと分かち合いたい。それまでどうかお付き合い下さい。


編集後記


(c) 1996兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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