KSKQ障害者救援本部通信, No.23(1996.9.30号)

兵庫県南部地震障害者救援本部

1996.10.4. - 11p

請求記号:震災-7-z27


発信・仮設住宅「大阪・ひょうご村」

〜帰りたい 帰れない〜

大阪府八尾市・志気仮設住宅

 兵庫県の仮設住宅は現在約4万戸あるが、他に大阪府下にも存在する。兵庫県で被災しながら、近くの仮設に入れなかったり、一時県外に避難していて申し込みが遅れたなどの事情でおよそ700世帯の人が八尾市、豊中市、泉南市、大阪市に建てられた仮設住宅で暮らしている。

孤立感にさいなまされる日々

 八尾市にある志気仮設住宅は大阪の6カ所の仮設住宅の中でも最も大きい。八尾市は大阪市の東隣、大阪市内から電車で30分という通勤圏にある。JR志気駅から10分ほど歩くと広い空き地に建てられた総戸数250戸の仮設住宅群が姿を現す。ここで160世帯の人々が生活する(西宮市民70世帯、神戸市民60世帯、芦屋市民30世帯)。その内一人暮らしの高齢者は20人で、自治会としても安否確認を重要課題としている。緊急ブザーの支給も3ヵ月前に市に申請したが、まだ届かないと自治会役員も待ちくたびれ顔だ。
 ここに住む人たちの最大の関心事はむろんいつ元の場所に帰れるかだ。復興住宅の第1次抽選ではまだ誰も「当選」の知らせを受け取っていない。あせりと不安にさいなまされる。被災地の仮設も同じだろうが、違うのはもと居た地域から遠く離れて「忘れられているのでは、置き去りにされているのでは?」「情報が入らない、差別されているのでは?」という、遠く被災地と離れている故の不安だ。

電動ベッドが「お帰り」と迎えてくれた気がした

 Aさん(女性66歳)は西宮市内の木造アパートの2階で被災。ずっと一人で暮らしてきた。建物は全壊認定。震災3日目に大阪のいとこ宅に避難。昨年夏にテレビで志気仮設の募集を知り10月に入居したが、今年の1月に脳血栓で倒れ4ヵ月入院した。後遺症で右足が不自由になった。5月に退院して仮設の我が家に帰ってみると既に電動ベッド、ポータブルトイレ、車いす、電磁調理器が置かれていて感激した。これは高齢者に市が無料で貸与する国の補助事業で保健婦さんが手配したものだ。退院に間に合うよう考えてもらったのかと思うと嬉しかった。退院後しばらくの間は、じゃり道が歩きづらく部屋にこもりがちだった。保健婦さんのすすめで地域のデイサービスセンターに週に1度通うようになり、気持ちも少し外に向いてきた。ほかにホームヘルパーの家事援助が週に2回、地域の民間病院在宅医療チームの訪問看護が週に1回、医師の訪問が月に1回。
 「福祉のお世話になってばかりでどうしてお返ししたらいいのか・・心苦しい」言われるので「市民が困ったとぎにいろんなサービスを提供するのが国や市の仕事。逆にお返ししてもらってると思えば…」と言うと、「そうやねえ、そういう風に考えたらいいのやねえ・・」と初めて笑みがこぼれた。もとの地域に一番近い公営住宅を申し込んだ。返事はまだない。

あまりの素早さにびっくり

 Iさんは神戸市灘区で被災。倒壊したJR六甲道駅の北側で被害の大きい地域だったが自宅は辛うじて残った。指定の大規模避難所は目と足の不自由な88歳の母親には無理だと思い、近所の人の誘いもあって近くの自治会館に避難した。
 自宅は修理して住むつもりだったが、土地の所有者が周辺の家を取り壊してマンションを建てることになり、昨年の8月に八尾の仮設に移りすむことになった。
 驚いたのは仮設に入居した次の日にボランティアからの連絡で保健婦さんが訪れ、Iさん親子の話を聞いて2日後には電動ベッドとポータブルトイレが運び込まれたことだ。打てば響く対応に心細かったIさんたちの心はどれほどなごんだことだろうか。現在は週に1度の入浴サービスと訪問看護を利用している。
 お二人のお話に出てくる「親切な保健婦さん」に話をうかがった。
 「私のしたことは特別のことでもないし、この市が特に進んでいるわけでもないのです。強いて挙げると地域の民間病院が在宅医療活動に熱心だということかな?どこでもできているのでは?」そうあってほしいが、必ずしもそうでないことがまだ多いように思える。

「地域福祉は権利」と考えたい

 まだまだ不充分とは言え地域福祉にかかわる制度やサービスが自治体にはある。それを当事者のニーズに応じて組み合わせ、円滑に回るように調整する人が保健婦さんだったり、ケースワーカーだったり、福祉公社のディレクターだったり、ボランティアコーディネーターだったり、いろいろだ。どうもカタカナ言葉ばかり並ぶのがつらいところだが、在宅サービスの核になる人の取り組みの姿勢やこだわりによって、ニーズのとらえ方と対応が異なるのは「地域福祉は当然の権利」としてとらえられていないからではないだろうか。

「仮設住宅で3度目の冬は越せない」

 「応急仮設住宅」は本来、長期の入居は想定されていないから究極の安普請だ。薄っぺらい壁は外気をそのまま伝える。昨日も被災地障害者センター西宮に、仮設に住む障害者から「復興住宅の抽選にはずれた。仮設でもう冬は越せない。」とSOSがあった。
 今、民間の賃貸物件はだぶついていると言う。公営住宅が間に合わないなら、行政が民間住宅を借り上げて、復興住宅として、住宅ニーズの高い入居者から一日も早く移り住んでもらうことはできないのだろうか。
 仮設住宅の孤独死は100人を越えた。衰弱死、病死も増える傾向にあるという。国、県、市は高齢者、障害者に劣悪な環境のまま、3度目の冬を越せと言うのだろうか。
 仮設の環境を少しでも暮らしやすくしようと必死の努力をしているのは入居者自身であり隣人であり、ボランティアだ。花を植えお茶の会を開き、安否確認に心を砕く。「市井の人」の「人間らしさ」に勇気がわいてくる。これからも「被災地」にこだわって広く支援を呼びかけよう。被災地に対しても「いつまでも忘れない」と言い続けていきたい。 (報告/橘高)

[写真あり 省略]


被災地障害者センターの近況

 今も30人の障害者の定期介護、訪問を中心に被災障害者高齢者の生活相談やボランティアのコーディネート、作業所やグループホームの応援にスタッフ一同追われる日々。
 被災地と非被災地との温度差を強烈に感じながらもめげないで、どうしたら被災地発・障害者発の普遍的な発信ができるか、とことん当事者や現場にこだわりながら「アクトローカリー、シンクグローバリー」又は「明るく楽しく行動派宣言!」をモットーに動いています。
 全国のみなさんが本当に熱烈に応援してくださったことでこれまで活動が続けてこれた。
 来年はどうするか?。ここで出会った障害者一人一人の人として生きる権利にこだわって、地域にこだわって、活動を続けていきたい。
 さてどうするか?スタッフもボランティアも未来を見据えて真剣に議論しています。
活動費を捻出しようと「ガッツやグッズ」かついで東へ西へ。いよいよ政策研究集会と知的障害者全国交流会も目の前に迫ってきた。被災地の思いがいっぱい伝わる集会にしたい。

被災地障害者センターニュースより抜粋

 
被災地障害者センター活動DATA室
(1996年7月1日〜31日までの記録)
■介助活動…100件(406時間)
■相談、訪問活動…24件
■地域拠点支援…25件(運転・バザー手伝い・日常活動支援)
■伝える活動…12回(案内・シンポジウム参加等)
■会議参加…13回
■通信発行…2回(ボランティア通信200部、会報2000部)
 

後藤さん、あれから1年がたったね…

 救援本部通信13号(1995年11月発行)でご紹介した、西宮市の後藤千代子さん(脳性マヒ1級)が、市内の地域型仮設住宅に入居してこの9月で一年になる。
 仮設での生活は、介護にあたっていた高齢の母親が震災の影響で死亡、姉も大けがを負うという事態の中で、52年間の在宅生活の後の決断だった。
 現在後藤さんが住んでいるのは、阪急線西宮北口駅から徒歩10分のところにある地域型仮設住宅。総数20世帯のうち、肢体障害者は後藤さんひとり、他に知的障害の人がひとり、あとは高齢者が暮らしている。ここは、援助員とよばれる相談員夫婦も入居していて、入居者の相談や日常の問題に対応している。
 入居以来一年、後藤さんの現在の生活はどうなのだろう。
 24時間(日中は作業所に通っている)介護体制は、この一年間変わらない。介護者がなかなかみつからないのは今でも同様で、現在37名の介護者で後藤さんの生活を支えている。月一回は介護者との交流会をもち、いろいろなことを話し合う。長い在宅生活の後の仮設での生活、お金の使い方、介護者との関係づくり、健康管理など後藤さんが自分の生活をつくりあげていくうえで向き会う問題はいくつもある。
[写真あり 後藤さんの住んでいる仮設の玄関。スロープになっているが自転車置場を兼ねているので外出のつど、自転車を動かしまたもどさなればならない 省略]

●一人ででかける楽しみ●

 後藤さんの最近の楽しみは電動車イスで一人で出かけることだ。仮設の玄関の道はでこぼこがひどい。おまけにすぐ踏み切りがあり(後藤さんは踏み切りの真ん中で車イスから落ちたことがある。ひとりでは起き上がれないため、通りがかりの人が必死に起こしてくれたそうだ)、駅までの道は狭く車の往来もかなりある。あわや!という場面もしばしば。道に迷って、町中で偶然出会った仲間が家まで送ってくれたり、居場所を知人が電話で知らせてくれたり… だが、リスクを負いながらもこの外出を周囲は応援している。
 後藤さんと街を歩いていると、かならず一度は誰かに声をかけられる。一人で出かけて道で迷っても連絡が入る。そのたびに後藤さんがこの街でつくってきた人間関係を、あらためて実感させられる。

[写真あり トイレと洗面台 省略]

●とにかく狭いんだな!これが●

 後藤さんの部屋は、いわゆる地域型仮設では一般的な障害者用の部屋だ。6畳一間に洗面台、トイレ、押入れがついている。浴室は共同使用。しかし実際にはトイレも洗面台も車イスで使用できるようにはなっていない(写真)。浴室も狭く浴槽が高いため、後藤さんはトイレも浴室も入居以来一度も使っていない。入浴は福祉センターに出かけるか、行けるときは銭湯にも行っている。
 入り口も狭く、ドアは引き戸なのだがようやく車イスが通れる幅のため、電動車イスしか操作できない後藤さんには、そのつど介護者に車イスを押してもらわねばならない。ベッドと簡単な食器戸棚などを置くと部屋はもういっぱい。使われないトイレは車椅子の置き場所となっている。
 この仮設には台所と食堂を兼ねたコミュニティルームがあり、月1回のカラオケ大会や誕生会に使われている。食事はここで作るようになっているため、必然的に皆が顔を会わせることも多くなり、介護者もふくめ他の入居者と声をかけあう関係ができている。
 入居以来一年、「私はここが好き」と後藤さんは言う。狭いとはいえ今この部屋には後藤さんと周囲の人たちの人間関係がうかがわれる暖かい雰囲気がただよう。
 仮設も地域によって差がある。ここは比較的ましなほうかもしない。が、車イス対応といわれる仮設ですらこの状況である。一般住宅のみならず、こうした緊急対応型住宅や避難所指定の建築物にも、障害者が使いやすい基準がぜひとも望まれるところである。ハビタット(国連人間住居会議)の被災地報告にもあったが、住居は生活のもっとも基本の場である。トイレも使えないような部屋を作るなんてことは、もうやめてほしいとつくづく思うのである。 (福田)

[西宮北口仮設の見取図あり 省略]

求む!!後藤さんの介護ボランティア

毎月末は介護者捜しの電話かけに追われている後藤さんとコーディネーターの人たち。もっと安定した介護体制にしていかな、しんどいなあ…
【お問合わせ】 0798−35−8091第2キントーン作業所
(淡路さん、広田さん、藤原さんまで)

[写真あり 通っている作業所の再建支援ビラを配る後藤さん。電動車イスを手に入れて一年。後藤さんの行動範囲は徐々に広がっている 省略]


初心にかえって

野崎泰伸(被災地障害者センターアルバイト)

 先日、「アジア・太平洋障害者交流イベント」でお招きしたインド、インドネシア、そしてドイツの当事者が神戸を訪れられた。私も昼からご一緒させていただいたのだが、その時に感じたことを簡単にまとめて記してみたい。
 私は神戸の東灘区に住んでいる障害当事者だ。地震での住居の被害は幸いにも少なかったのだが、部屋の中は、本棚の本が崩れ落ち、食器棚が倒れ、硝子の破片があちこちに散乱し、足の踏み場もなかった。実家が尼崎にあり、そちらは全壊。家族に負傷者はなかったが、ごく当たり前の家庭に失ったものはあまりにも大きすぎる。実家の問題は私の問題でもあり、また一人ひとりの市民の意識の問題でもある。

 インドの方と相席して移動することになった。「私は個人的に(日本)政府に手紙を書きたい」。そう言われたとき、何のことだろうと思った。「義援金を集めて、どうして(被災者)個人に配分する金額が少ないのか」。そこまで聞いて、やっと問題が私にも分かった。つまり日本での「個人保障」の問題の意識の低さだ。確かに、義援金の趣旨からして、集まった金額を被災者に直接配分すれば良いのだ。その金額はいくら人数が多いとはいえ、10万や20万ではないはずだ。誰も「神戸空港」を作るために資金援助しているのではない。
 また、そういったことを思っている被災者も少ないのではないかと思う。家庭によって被害の状況も違う。精神的ダメージを癒せない人もいる。しかし、「どうせ言っても変わらないから」という気持ちになってしまっては、それこそ「権力」の思うツボ。「私」の中から意識を変えることが必要なのだ、そう思った。そして、被災地という特別な地域で、個人の意識変革をした人は、いると思う。しかし、被災者同志の連帯ができているかと言われれば、「ノー」と答えざるを得ない。

 NPO法案が国会で通らなかった。日本人にはまだまだ「市民」組織の概念は浸透していない。しかし私はまた欧米社会のやり方が日本の風土に最適なものであるとも思っていない。日本的な非政府・非営利市民団体とはどういったものなのか、私には分からない。だが、欧米流のスタイルを研究することは、有益なことに違いない。
 「権利」とは、万国共通の普遍的な概念である。しかし、人々の「権利意識」はどうだろう。私たち日本人は、「学校教育」や「普通の社会」によって、権利意識をうまく吸い取られてきたのではないだろうか。そういう視点を私は忘れかけていたが、外国の人や通訳者と話すことで、忘れてはいけないことだ、と感じた。
 最後に、私の好きな歌のある部分を引用して、終りにしたい。
 「世界をもっとより良くしたいのなら、自分を見つめ、自分を変革せよ」


救援本部会計報告

第3次支援金(総額1200万円)配布が完了しました。兵庫県下4カ所で作業所再建に役立てていただきます。更に第4次支援を被災地障害者センターを構成する障害者団体・拠点を対象に行う予定です。申請用紙には「窮状」があふれています。

★支出について
救援金…95年度は義援金13グループ計824万のほか、震災直後の避難生活経費・各地域での拠点建設運営への支援金。96年度は、4団体に第三次支援金として1280万円を配布している。
救援物資…プレハブ3件建設とリース料金・移転内装設備費・車3台・バイク5台・印刷機・ワープロなど。
お見舞金…42団体分、1260万円
人件費…95年度中は、介助派遣・情報発信・物販・企画etc再生めざして常時17名が有償で活動く兵庫14名・大阪3名)。96年度は本部としての人件費支出は大阪3名分(1名は兵庫と兼務)。兵庫ではカンパなどを財源として11名。(神戸7名・西宮4名)
電話料…95年度中は、被災地に携帯電話5台と毎月の通話料金など。96年6月以降は本部事務所の電話代・FAX通信ネット経費
★収入について  街頭カンパは救援本部主催以外の街頭カンパも含みます。通信購読カンパ(千円)は個人・団体・企業のどれかに算入、用途は救援金カンパと同じです。現在324名の方からいただいています。


THE・街頭カンパ

救援本部主催

9月1日(日)天王寺
◆参加者 のべ54人
◇募金額   ¥301,746
◆募金累計¥8,235,977

盲ろう友の会のメンバーが参加、指文字で話しながら大きな声で支援の呼びかけをしてくれました。予想に反してたくさんの参加があり、なんだか急にみんなやる気まんまん。毎回欠かさず個人でフルタイム参加のAさんや職場で正職員化を闘っているNさんなど個人の参加もありました。人数が多ければ集まる金額も多くなります。来月もよろしくお願いします。(共同連・柿久保)


もよおしのご案内

10月3日(木) 浜根かずこさん損害賠償請求裁判 午後4時10分〜大阪地裁1009号法廷
10月4日(金) 被災地障害者センター企画運営会議 18:30〜はとの家(JR新長田駅北へすぐ)
10月6日(日) 救援本部街頭カンパ 前半午前11時〜後半2時半 地下鉄天王寺駅長室前
10月16日(水) 救援本部総務打ち合せ 午前10時半〜
10月20日(日)〜27日(日)11月18日(日)〜23日(土)まるごとアジアフェスティバル長田区民ギャラリ一
10月30日(水) 救援本部拡大事務局会議 午後3時〜 芦原橋総合福祉センター
11月2日(土) 被災地障害者センター全体会 午後6時半〜 兵庫県教育会館(JR元町北へ)
11月27日(水) 救援本部総会 午後2時〜大阪府総合福祉センター(JR環状線芦原橋すぐ)
11月30日(土)〜12月1日(日)障害者政策研究集会&知的障害者全国交流会イン神戸
☆来月の通信にプログラムを同封します。早く内容を知りたい方はご連絡ください。

お知らせ

被災障害者の声をもとにした本が完成!『福祉のまちづくりデザイン』〜阪神大震災からの検証〜田中直人(神戸芸術工科大学教授)著/協力:被災地障害者センター・障害者救援本部/これまでのまちづくりの問題点をさぐり、これからの福祉のまちデザインを提示/2472円学芸出版社/事務所においてあります。

同居人をさがしています
尼崎に住む頚椎損傷の女性が同居してくださる介助者(女性2名)をさがしています。介助は夜間のみ、当番の日に午後7時頃までに帰り、必要に応じて簡単な介助(パソコンの用意や就寝準備、検温、薬やお茶を飲ませるなど)をしてもらいます。部屋代や権利金は不要。マンションはJR尼崎駅より17分、阪神杭瀬駅より12分のところ。連絡先→支援する会・井殿さんまで(池田市住吉1−10−2電話0727−61−4277

海外のお客様、被災地を訪問。個人補償がないことに一様に驚いていた。写真は被災地障害センター

[写真あり 省略]


読者の皆様へアンケートのお願い

 今回障害者救援本部では、全国の読者のみなさんに、防災に関する簡単なアンケートをお願いすることにしました。
 自分の問題として考えたい被災時のこと。書ける範囲で結構です。皆さんの回答をお待ちしています。どうか、ご協力をお願いいたします!
 (結果は次号の通信でお知らせしたいと思います)

◆回答用紙は・・・

  1. 切り取り線に従って回答用紙を切り取ってください。はがきの大きさになります。
  2. 50円切手を貼って、投函してください。(なお、大変勝手なお願いですが切手代は自己負担でお願いいたします)

質問項目

  1. 災害にあったときの避難所をごぞんじですか?
  2. あなたの避難所に指定されているところは、障害をもった人にも使いやすいですか?(スロープ、障害者用トイレの有無など)
  3. 地域の防災計画の見直しは進んでいますか?
  4. あなたの街の防災計画策定に障害・高齢当事者が参加していますか?
  5. 災害にあったとき、安否確認をしてもらえる(しあえる)人がいますか?
  6. その人とはどれぐらい離れていますか。

[回答用紙あり 省略]

[ちらしあり つばさグループ10周年記念イベント 省略]


(c) 1996兵庫県南部地震障害者救援本部 (デジタル化:神戸大学附属図書館)
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