神戸大学附属図書館報 Vol.10 No.2(2000.7)

医学部図書館の役割

市 橋 正 光

 秋田市立中央図書館は赤や紫など色鮮やかなつつじが咲き乱れる千秋公園の入り口近くに静かにゆったり構えた建物であった。
 私がどこから図書館に入ろうかと迷っていると、道路をはさんで高等学校がある関係からか高校生の姿があちこちに見られ、そのうちの数人が足速にガラスのドアーから入っていった。その雰囲気にさそわれるように私も自動ドアの前に立った。ひんやりとした静かな空気に触れながらはじめての図書館の中を少しづつ奥に入っていった。どんな情報が収集されていて、どのような年代の市民に利用されているのかを知ろうと思い、まずは受付で忙しそうに書籍の整理をしていた女性に声をかけて館内案内のパンフレットをもらった。最近では”図書館”の名がなくなり”情報センター”と改名されたところもあると聞く。このような時勢に対応して、この図書館内にもメタリックな感じのするコンピューターがあちこちに置かれ、利用者が自由に検索できる館内情報から市民のためのサービスとして気象情報案内用のインターネットまで多様な情報サービスで溢れていた。気象庁の情報に直接アクセスも可能であった。書架と天井の間にはゆとりがあり、また、横空間もゆったりとしており、静かに読書にふけっている市民があちこちの机の前に腰掛けていた(写真)。また2階では学生が数十人も集まっていたが一人一人が静かに受験のため勉強に集中している様子だった。久しく市立図書館など入館したことがなかったものだから全てが新鮮であった。神戸大学附属病院に近い大倉山にも神戸市立図書館があるが、この秋田市立図書館と同程度のspaceと蔵書を持ち、市民に幅広い情報源としての図書館の役割を果たしているのだろうかと心配になってきた。なぜなら私は40年以上前に日参していたころの大倉山の図書館のイメージしか持ち合わせていないからである。きっと現在の大倉山図書館は全ての面で近代化され変貌しているはずである。
 さて、私が何故、秋田市立中央図書館を訪問する気になったかを少し説明するが、理由は単純である。私が今年4月より神戸大学附属図書館医学部分館長の任に就くことになったからである。分館長は代々基礎系から出てていたが今回は臨床系から選ばれたと思われる。恐らく従来とは少し違った視点から今後の図書館の在り方や蔵書の選定などを考えて欲しいとの意向であろうと受け止め、分館長をお引き受けした。

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 就任後、はや2ケ月近くが経つ。分館長になってからもわが医学部図書館を1度、しかも数分間訪れただけであり、館内の構図、広さ、蔵書や読書用デスクの配置、新しい情報のための、あるいはインターネットのためのスペースなど詳しいイメージを想い浮かべることができないのである。多忙な日々の仕事に追われて図書館を自ら利用することもできず、また図書館でじっくり考えるゆとりもないまま今に至っている。ところが4月就任後間もなく、5月18日、19日の両日、秋田市で第71回日本医学図書館協会総会が開かれることが、すでに決定していることを知らされた。参加申し込みの締切は済んでいたが、全国の医学部図書館長は2〜4年でほとんどが交代することがわかっているため、4月に入ってからの新館長の参加も受け付けてくれるとのことだったので、分館長のつとめと考え参加を申し込んだ。
 大会初日の5月18日は今回はじめて企画されたという館長、司書会議が午前午後と一日の日程で開かれ、それぞれ「21世紀における医学図書館のビジョンと戦略」、「外国雑誌価格高騰への対策」のタイトルでパネリストの発表の後、参加者を交えて活発な討論がなされた。おかげで新参の私も医学図書館の置かれた現在の立場や問題点をじっくりと時間をかけて聞くことができた。一日の会議の終りに私が得た結論は日本の医学図書館は例外なくいくつかの問題を抱え、その解決法を見い出そうと積極的に取り組んでいると云うよりも、あれこれとつまづいているとの表現がぴったりのように思われた。会議で討論された最大の問題点は毎年増えつづける情報量とジャーナル数、その購入に必要な経費であった。次に書架のスペースである。さらに、これらの問題点を一挙に解決できそうな電子ジャーナル購入の将来的展望であろうと思われた。確かにこれらはいずれも重要な問題点ではあるが医学図書館が置かれている立場、つまり何を期待されているかによって問題点は大きく異なってくると考えられる。
 医科大学や医学部の役割は教育、研究と診療である。最新の基礎研究や臨床研究の情報をいち早く収集し、研究に有用な情報を積極的に提供することが研究者を多数抱える大学図書館には望まれている。そのためには毎年10%の率で高騰するジャーナル代金の確保が最大の目標となってきている。しかし予算には限度があり研究者のニーズを全て満たすことは不可能となっている。現状では、どのジャーナルを切り捨てるかが図書館の運営上最大の問題点となっている。その対策として電子ジャーナルへの切り替えが提案されているようだ。どの図書館運営委員会も多くのエネルギーを研究者のためのジャーナルの選別に費やしていると思われる。しかし図書館の主要な役割である学生教育のためにどれ程の努力がなされているのだろうか?
 神戸大学医学部では平成12年度から4年次学生を対象としてチュートリアル教育が開始された。学生たちは小・中・高校、それに大学入学後の3年間にわたり従来の知識伝授型教育を受けている。多くを未消化のまま試験のバリヤーをいかに越えるかだけのテクニックを身につけた大半の学生にとっては、problem based learning(PBL)、つまり問題解決型学習は与えられる知識が極端に少ないことに対して不安を抱くであろう。しかし、自ら学ぶことにより、従来経験したことのない新鮮な発見も体験できるに違いない。単なる知識伝授方式の講義は以前に比べ1/3に激減する。この教育のねらいは知識を教官から学生に一方的に与えることの弊害を一掃することであり、学生に自ら学習方法を修得させる点にある。学生は与えられた課題の問題点を熟考し、解決するために自ら情報を得る努力が必要となる。この点を考えると特に医学部図書館の役割が従来に増して大きくなることは明らかである。私は偶然、チュートリアルの実施に向けて医学部教育委員として準備にかかわってきていたが、この4月より分館長の任に着くこととなり、はじめてわが図書館が学生、特にチュートリアルの対象となる4年次学生を充分に支援できているか否か気になりはじめた。  図書館の事務にたずさわる方々に学生の図書館利用状況についてたずねてみたが私が満足できる答えは得られなかった。
 医学部共同研究館の古い建物の二階を改造・改装して作られた一画にある各チュートリアルルーム(13部屋)には最低限必要な参考図書がそなえられている。それらの各一部は必ず図書館にも置かれているとの説明を受けたが、これは学生への館内サービスのためらしいことも知った。
 チュートリアルの特色の1つはグループ学習である。仲間と問題点を討論し、自己の考えを主張すると同時に他人の考えを聞き、問題の解決に向かって前進させねばならない。限られたチュートリアルルームや準備室の教科書や参考書では対処できないことが次々とでてくるに違いない。これらの教材や資料から最新の情報を得ることはできない。学生が自学することの楽しさを知れば益々新しい情報や最近のreview articlesに興味をもってくるに違いない。またチュートリアルルームは狭いため、あまり多くの書籍を置けない事情もある。今こそ医学部図書館が機能を発揮し、学生を支援する環境を作り出す絶好の機会である。少なくとも支援の基盤は教師の意識改革から始まる。図書館の内外で情報の提供も含め学生が自学自習できるよう御協力いただきたい。つまり大学といえども研究だけに片寄った情熱では失格であり、3本柱の1つである教育に、また臨床系では診療に熱意をもって取り組んでもらわなければならない。当然のことながら今後の大学人としての評価項目に、学生や卒後教育にかかわってきた実績がこれまで以上に加えられる必要がある。
 支援のその2は図書館職員の方々の学生への従来にましてのサービス精神にある。図書館としては研究者のニーズに対応するのは勿論であるが、学生のニーズを各学年毎に詳細に分析し、対応していく体制の確立が必要である。分館長としてこの点について職員の方々に今まで以上に御協力をいただこうと思っている。第3の支援は物質的側面である。新しい医学・生物学情報が加速度的に提供される現代にあって、その影響は学生教育にも及んでいる。学生にとって理解しやすい画像化された教科書やレビュー資料は新しい事項の理解には格段の効果を期待できる。さらに教材だけでなく図書館の空間が学生の自学意欲を揚める場とならねばならない。また2年次以降は楠地区で学習する医学部学生にとって人間性豊かな医師となるよう少しでも支援できる蔵書を多くそなえ読書できる環境空間を提供することは大きな意義があると信じている。
 私の分館長としての役目は2年程の短いものであるが、研究者のニーズに対応するだけでなく、診療局で医師、看護婦、その他の医療関係者の情報支援に加え、学生諸君の自学自習に少しでも役立つ図書館を目指し、また学習意欲溢れる学生諸君で熱気に満ちた図書館となるよう努力したいと考えている。

(いちはし まさみつ 医学部分館長)