神戸大学附属図書館報 Vol.10 No.3(2000.10)

IT革命ブーム寸評

福 田  亘

 最近、IT (情報技術) 革命やIT社会といった言葉が、それを見たり聞いたりしない日がないくらい、氾濫しているといったら言い過ぎであろうか。因みに、新語辞典とも言うべき『現代用語の基礎知識』(2000年版)の用語索引を繰ってみても未だ採用されていないところからも、これは最近になって顕著に見られるようになった現象で、日本のマスコミ特有の付和雷同性がそれに拍車をかけているとみた方がよさそうである。そして、IT革命という用語が我が国で最近になって何故好んで使われるようになったかについては、アメリカ経済の空前の好景気がIT革命に支えられているとの認識から、アメリカ経済にあやかりたいという願望、つまりIT革命こそ打ち続く長期不況から脱出する切り札となりうるという期待と恐らく無関係ではないであろう。
 しかし、IT革命やIT社会という用語で指摘されていることの多くは決して最近になって突如として現われ、注目されるようになった事柄ではないし、情報化社会到来の予測については未来学者のアルビン・トフラーがベストセラーとなった著書『第三の波』(1980年)の中で、また同じくジョン・ネイスビッツも『メガトレンド』(1982年)において、夙に指摘していたことでもある。もう一昔近く前のことになるわけだが、エレクトロニック住宅、プロシューマー(生産=消費者)の出現といった当時としては大胆な予測を新鮮な驚きとともに読んだことを懐かしく思い出す。
 用語をめぐる詮索はさておき、産業革命にも匹敵すると言われるIT革命が現在進行中であることを裏付ける材料を見つけることには事欠かないが、経済全体としての効果については不確定要素も大きく、断定的評価を下すにはなお慎重でなければならないように思われる。とはいえ、IT革命は情報通信に関わる技術革新を中核とする革命であるだけに、我々の日常生活に対する直接の影響度ということで言えば、むしろ大きいと言ってよいのかもしれない。
 携帯電話の普及によって、とりわけ若者の生活・行動パターンが大きく変わりつつあることは日々実感しているところで、図書館について言えば、これまで紙を媒体とする活字文化の知識集積庫としての役割を果たしてきたけれども、デジタル情報の普及・一般化に伴って電子図書館システムの導入が不可避の課題となっていることは周知の事実であろう。本学の附属図書館においても、本館報で度々紹介されているように、電子図書館システムが平成11年2月より稼働を始め、その整備拡充が図られているが、その現状や今後の計画について詳しくは附属図書館のホームページに掲載されているので、未だの方は参照していただければ幸いである。
 ところで、このような電子図書館化の進展に伴って、図書館の機能も従来の知識貯蔵庫としての、どちらかと言えば受信者的役割に加えて、独自資料のデジタル化による公開やネットワークでつながっている膨大な情報の体系的収集・整理といった発信者としての役割をも担うことが求められようし、現にそうなりつつある。また、デジタル・デバイドの問題、つまり情報を利活用できる人とそうでない人(前者を情報リッチマン、後者を情報プアマンと呼ぶ新語もあるらしい)との格差問題に関して、沖縄サミットで採択されたIT憲章は図書館など公共施設におけるインターネット接続環境の整備を提言したが、そのような「情報格差の縮小」の場としての機能も重要となるかもしれない。
 それにしても、情報のデジタル化によってインターネットを通じ膨大な情報がごく短時間に、しかも低コストで世界中を駆け巡る時代となったが、これを利便性の面から見れば、偉大な進歩であることは間違いない。しかし、技術はもともと「両刃の剣」的要素をもつものであり、ITがバラ色の民主主義社会実現の触媒となることもあれば、はたまた管理社会・差別社会の強化に奉仕する悪魔の手になることもありうることである。前者の楽観的シナリオはよく取り上げられているので、ここでは紙幅の関係もあり、後者の悲観的シナリオの可能性にのみ若干言及するとすれば、最大の問題はプライバシーの侵害問題であろう。
 ロンドンのニューハム自治区では住民の92%が賛成して、顔まで識別可能な有線テレビカメラを用いて、市街中心地区の監視を行っていると言われる(LSE Magazine,Summer 2000)。しかし、これはジョージ・オーウェルがその小説『1984年』で描いた「テレスクリーン」の世界を想起させずにはいない。もっとも、設置者が独裁者か多数派市民かの違いはあるものの、民主主義、あるいはその名の下で独裁政治が出現した例は歴史上決して珍しくはない。また、よく知られていることだが、アイスランド政府は私企業のデコード・ゲノミックス社に国民全員の遺伝子解読情報を売り渡したと言われる。しかも主要な情報がインターネットで公開されることから、プライバシーの侵害に対する激しい非難が巻き起こっているものの、それを防ぐ対策の方は後手に回っているようである。科学研究の進展の名のもとに、この傾向が続けば、人権擁護との間で激しい摩擦を引き起こすに相違ない。  悲観的シナリオの可能性は他にも考えられるが、このような議論はあるいはIT革命の影の側面を強調しすぎていると言われるかもしれない。しかし、IT革命が革命と呼ぶに値するものであるならば、光の部分だけでなく、影の部分も十分に考慮に入れておく必要があろう。「革命には犠牲が付きものである」とは歴史の真理であることを忘れないためにも。

(ふくだ わたる 副館長 人文・社会科学系担当)