神戸大学附属図書館報 Vol.11 No.1(2001.4)

                    個性ある図書館

                                                       寮 隆吉

はじめに:
 現在はchallengingな時代なのか混迷の時代なのか意見の分かれるところであろう。ただ図書館も
この時代の流れとは無縁ではない。実際新しい時代によく機能するために昨年の暮れに「神戸大学
附属図書館将来構想」がまとめられた。そこで今回は図書館に何を期待するかを書いてみたい。

本と私:
 本との出会いは奥手の上に貧弱なのでここに書きとめる気にもならない。しかし今の私の書棚に
は多くの全集、おおよそ買い揃えた順であげてみると、トインビー、ヒルティー、フランクル、テ
ィリッヒ、内村鑑三、朝永振一郎、フロイド、ボンヘファー、カルヴァン、森有正、バニヤン、関
根正雄、西谷啓治、キルケゴール、西田幾多郎、矢内原忠雄、シモーヌ・ヴェーユ、アウグウチヌス、
そしてパスカルのもの等が並んでいる。そして全集ではないが大江健三郎の諸作品と「自己・あいだ・
時間」「直接性の病理」を始めとした木村敏の全作品とダンテの「神曲」が、書棚が私のものである
ことを証している。訪れる友人達は大学に勤めると暇だねと皮肉を言うので、何時の間にやら人並
以上の読書家になったのであろう。本を読み漁ってきたのは道楽が嵩じたという生半可な理由では
なく、仕事を進めるうちに突き付けられた課題の解決に迫られて飢えた狼が獲物を求めるように、
勘を働かせながらあの本この本と渉猟してきたことを示す。成る程と思った個所を抜書きし、本の
あちらこちらが私の血となり肉となった。ただ本に親しんだからと言って思慮深い豊かな人生を歩
んでいるかと言うと、見えないがこの世をこの世たらしめている知恵に思いをはせるようにはなっ
たが、相変わらずいい加減で勝手気侭に生きているので、本には人を導くご利益はなさそうである。
しかし図書館に所蔵されている本がいつも私を励ましてきた。

図書館に望むこと:
 
一体お前の専門領域はと問われそうである。30年以上の carrierを持った血液学者で、今でも
本人は一線で活躍している積もりでいる。研究室の若者とダンテを語ることはないが、実験を始め
るに当たって2,3個のkey wordsを与えSS Searchで最新の文献を検索することを最初の課題とする。
自分達のideaの殆どは世界中の誰かが考えていること、そして自分の実験が最前線のどのあたりに
位置しているかを知り、それから勘を働かせて面白そうな文献を精読して、新しい知見を得るため
の実験系を練り上げる、才能の乏しい私どもの研究 styleである。独創的な成果に親しむためには
hotな論文が必要である。最新のjournalがすべて電子化されて、瞬時に研究室でdown loadできる
日が来ることを期待している。どれほど無駄な時間が省けるであろうか。よい scannerの開発など
専門家達が知恵を絞れば今すぐにでも実現しそうな気がするがどうであろう。もう一つ時代を超え
て価値ある本が神戸大学の図書館に溢れることを夢見ている。そして私どもの大学にはこのような
知の巨人あるいは知の求道者がいることを示すことができればどれほど誇らしいことであろう。私
どもの領域はダーウインの「種の起源」を読まなくても、仕事の遂行に何ら支障はない。しかしダン
テを読まないで文学を語ることはできないし、ソシュールの「一般言語学講義」が理解できなくて現
代哲学・思想は論じられない。これらの本は必ずしも多くの人を説得できないが、これらがなくし
て新しい時代は切り開かれなかった。Majorityには歓迎されないが時代を超えて輝きつづける本を
少しくらいの独断と偏見を恐れずに購入する時が来ているのではないだろうか、大変なことだろう
けれど。神戸大学の広範な学問分野の中にはそのような目利きがひっそりと知的活動に勤しんでいる。
彼らが大胆に図書選定に発言するのを期待したい。すべての人類が共有する普遍的なものを探求し
ないでさほど個性的でもない日本人の異質さだけを取り上げて喝采を浴びている言論人や、あれに
もこれにも森田療法に準じた処方箋をきっているだけなのに、日本人の師匠のように振舞うユング
派文化人をもて囃す今の日本の状況を見ていると、日本人は知的な面では急速に衰弱している気が
してならない。危ない時代がもう直ぐそこに来ている。こう言う時こそ、蛮勇を奮って個性ある図
書館を作る必要があるであろう。

                  (りょう りゅうきち 図書館運営委員:医学部教授)


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