生涯学習と図書館

                    鏑木 誠

 私が指導教官をしている博士課程院生に出澤茂さんと言う方がいます。出澤さんは北海道大学で金属鉱床地質学を修めた後、大阪府立天王寺高校、灘高校などで高校教師をしている間に図書館研究に携わり大阪府高等学校図書館研究会役員などをして、停年後、大阪工業大学で経営工学を修めた後、本学自然科学研究科に入学しました。指導教官の私よりも年長で67才になりますが、知識欲旺盛で非常に意欲的に研究に取り組んでいます。その彼の研究テーマは、「公共図書館の活動指標の導出とモデル化」で、高校教師時代に携わった図書館研究と関連の深いものです。ここにその研究成果の一部(「主成分分析による市営公共図書館事業事業指標の導出」神戸大学大学院自然科学研究科紀要19−B:1−19、2001)を紹介するとともに、生涯学習における大学の役割について考えてみたいと思います。
 情報や知識が人間社会にとって重要であることは言うまでもありません。情報や知識は色々な形で伝達されますが、信頼性の高いのはやはり資料の形によって伝達されたものです。この資料を、時空を超えて社会のすみずみまで行きわたらせる機関のひとつが「図書館」です。これを身体にたとえれば、図書館は血液を身体のすみずみまで行きわたらせる「心臓」の働きの一翼を担っているといえます。
 日本では現在、「生涯学習体系への移行を主軸とする教育体系の総合的再編成」が進行しつつあります。1986年の臨時教育審議会の【教育改革に関する第2次答申】「これからの学習は、……学校教育においては自己教育力の育成を図り、その基盤の上に各人の自発的意思に基づき、必要に応じて、自己に適した手段・方法をみづからの責任において自由に選択し、生涯を通じて行われるべきものである。」を受けて、1988年、文部省(当時)は、生涯学習局を設置し、文部省の筆頭局としました。また、1990年、「生涯学習の振興のための施策の推進体制の整備に関する法律(略称:生涯学習の振興法)」が制定・施行されました。「生涯学習体系」に直接に係わる図書館が「公共図書館」で、その現状を活動指標・効率などにより分析し将来に向けての新たな提案をすることは重要な研究と言えます。
 出澤さんの研究は、「地方公共団体の公共図書館事業」を対象とし、主成分分析・因子分析・重回帰分析などの統計手法を適用して、次の事項を行ったものです。
 ○公共図書館事業活動の指標を導出する。
 ○導出した指標を集約し、事業活動の特性を的確かつ簡潔に表現する少数の指標を導出する。
 ○指標間の関連を明らかにする。
 ○いくつかの市(事業体)について, 公共図書館事業の活動内容の充実と経費の効率化を図る評価を行う。
 標本は、「1998年4月1日時点における 人口70,000人以上の市(東京都特別区も含む)の公共図書館事業」で、「図書館法 第2条に規定する図書館」を『公共図書館:Public Library』としています。
 得られた結果を要約すると、以下のようになります。
 ○公共図書館に関する統計データからみると、阪急、名鉄、西武などの私鉄沿線は、1つの安定な文化圏(機能地域)を形成している。
 ○導出した指標は、「量的充実」および「質的充実」を表す成分に集約できる。
 ○ポートフォリオ概念を使って貸出効率をみると適正規模が存在する。

 結果の詳細は論文を見ていただくとして、この研究を進めて行く間、私も図書館に関する知識など多くのことを学ぶとともに色々のことを考えさせられました。その中から2つを取り上げてみます。

 この研究テーマの中の公共図書館を大学に置き換えたらどんな結果になるだろうか? 効率と評価については、「内部評価」、「外部評価」、「トップ30大学計画(遠山プラン)」等々、既に動きが始まっており、本学の各学部・大学院も評価を上げるため、生き残りを賭けた創意工夫をこらしている最中で、図書館を含め大学も種々の評価の波に曝される時代になりつつあります。

 専門性の強い大学が生涯学習に役割を果たせるのだろうか?
 これに関しては、私は非常に肯定的な立場です。その理由の第1は、私が修士課程を担当している総合人間科学研究科は社会人入学も非常に多く、「自分探しタイプ」、「教養学習タイプ」、「資格取得タイプ」、「研究者タイプ」等々、様々なタイプの院生が入学しており、既に生涯学習的側面を発揮しているからです。第2は、言うまでもなく、ここに紹介した出澤さんのことがあるからです。専門性を生かしつつ生涯教育に役割をはたすことが可能な例になっていると考えます。

 これからの大学が生き残るには「基礎研究重視型」、「応用研究重視型」等々、様々な道があるかと思いますが、その中に専門性を生かした生涯教育を指向する「生涯教育重視型」も選択肢の1つになるのではないかと考えています。
                    (かぶらぎ まこと  副館長・国際教養系担当)