Kobe University Library Bulletin. Vol. 12 no. 1

図 書 館 の 思 い 出
--ばりばり利用とぶらぶら利用--

高 橋 讓 嗣

 私が今まで利用した図書館のうちのいくつかについて,思い出話を書かせていただきます。いずれも大学の図書館です。ひとつは自分の研究のためにばりばりと利用し、他は自分の専門分野とは関係のない書物を中心にのんびりぶらぶらと利用しました。思い出すままにとりとめのないことを羅列するだけなので、知的内容の乏しいものになると思いますが、あしからずご了承ください。
 私は学部・修士・博士と一貫して数学を専攻しました。このうち博士の学位はアメリカ合衆国の某大手州立大学で取得しました。1970年代の後半から1980年代の初めにかけてのことでした。私が今までもっとも徹底して利用した図書館は、なんといってもこの大学の数学図書館でしょう。
 数学図書館は、数学科の入っている5階建の建物の3〜4階のかなり広いスペースを占めていました。有能と誉れの高い常勤の職員1人とパートタイムの職員数人によって運営されていました。3階部分の半分は明るくて快適な閲覧エリアになっており、3階の残りと4階部分には数学の雑誌及び単行本が整然と置かれていました。蔵書は非常に充実しており、雑誌であれ単行本であれ数学の研究に必要なものはたいがいそろっていました。
 PhDへの予備試験に通った時点で図書館への鍵を借りることができました。さらに、ティーチング・アシスタントとして数学科に雇用されていたため建物内にオフィスを提供され、建物への鍵も貸与されました。おかげで、昼夜を問わず、また休日であっても、図書館及びオフィスを自由に利用することができました。実際、人気のない静かな真夜中から明け方にかけて図書館にとじこもり、Mathematical Reviewsで文献の情報を収集したことも何度かありました。
 ひとつ残念だったのは、図書館に設置されていたコピー機の質が悪かったことです。当時すでに今の機械と比べても遜色のないコピー機が十分普及していたにもかかわらず、どういうわけか図書館には一世代前のものとおぼしきモデルしか置かれていませんでした。そのため論文のコピーを取るにあたっては、同じ建物の1階にある数学科の事務室のコピー機を使わせてもらったり、学外のセルフサービスのコピー屋さんを利用したりしました。
 コピー機に不満があったにせよ、好きなときに出入りできる研究室を持ち、そこから階段をとんとんとおりるだけで図書館に保管されている膨大な資源を自由に利用できるという恵まれた環境を手にしたのはこのときが生まれて初めてであり、いたく感激しました。
 PhDを無事取得した後、発展途上国の2つの大学に数学の教員として勤務する機会を得ました。両校とも学生数2000〜5000人の比較的こじんまりとした大学でした。したがって図書館の規模も大きくはありませんでした。私の専門分野の図書・雑誌は少なく、研究のために図書館を利用することはほとんどありませんでした。むしろ仕事の合間に立ち寄り、館内をぶらぶらして新聞・雑誌に目を通したり、数学とは関係のない本を気の向くままに借り出したりするという利用法が中心でした。
 2校の図書館のうち一方には、英文で書かれた日本に関する本がけっこうあり、何冊か目を通してみました。これらの中で、阪神地域に住んでいるという設定の蒔岡家の人々にまつわる出来事を詳細に描いた“The Makioka Sisters”(谷崎潤一郎の「細雪」のEdward Seidenstickerによる英訳)及び文化人類学者の著者が神戸の5つの高等学校で行ったフィールドワークに基づいて書かれた“Japan's High Schools”(Thomas P. Rohlen著)を今でも覚えています。私自身の生まれ育った神戸に深く関係しているためでしょう。はるか遠く離れた地にいただけに、自分の地元について新しいことを知るきっかけになったこの2冊が強く印象に残りました。
 きままなぶらぶら利用も図書館の有意義な利用法でしょう。おかげで少しは数学以外のことに関心を持つのも悪くはないということをあらためて認識しました。
(たかはし じょうじ  図書館運営委員:発達科学部教授)