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神戸大学附属図書館報


知    袋

岡 部 孝 好

 胃袋のすぐ隣に「知袋」があるということには、医者でも気づいていないひとが多い。食べものは咽喉を下って胃袋に落ちるが、知識もまた咽喉を通って、知袋に流れ込む。胃袋で揉まれた食べものは、消化され、吸収されて、エネルギーになるが、知袋で揉まれた知識もまた消化され、吸収されて、血となり肉になる。消化が終わると、食べものカスは有形物として排泄されるのに、知識のカスは無臭のガスとなり、音もなく、大気のなかに放出されるから、この知袋の働きは見落とされやすい。
 ひとの活力のみなもとは食べもので、腹が減っては戦ができない。ひとの知性のみなもとは知識だから、知袋がカラでは活力が湧かない。だから、知袋がカラになると、知袋が叫び声をあげ、知識の渇望がおきる。知識に対する激しい欲求に突き上げられ、探究心が旺盛になる。家の本棚を掻き回させたり、図書館へ足を運ばせたりするのは、カラになったこの知袋のなせるわざで、カラの胃袋が冷蔵庫を掻き回させたり、ピザ店への電話を急がせたりするのと同じことである。
 腹が減っているときは、何を食べてもおいしいし、食べたあとには至福のひとときがある。知識を十分にいただいたときも同じで、知袋が「満腹」すると、知的充足による満足感に支配される。知識に対する渇望はどこかに消え失せ、探究心は鈍る。まぶたが下がって、とろりとした幸せな眠気に襲われるから、本とか図書館など、どうでもよい存在となる。しかし、摂取した知識がこなされて、消化されてしまうと、またもや知袋がカラになって、新しい探究心が湧いてくる。健康な知袋は消化が速く、すぐに知識欲が戻る。
  胃袋が萎縮しているひとは、いつも満腹感があって、食欲がない。食べたいという欲求がないと、食べても、食べものは咽喉を通らないし、無理に食べると、吐いたり、下痢をしたりする。知袋が萎縮しているひとも同じで、知識を見ただけでムカついて、知識を受け付けない。無理に知識を呑みこむと、吐き出したり、消化不良を起こしたりする。わるくすると熱をだしたり、目が充血したり、発疹したりする。
 胃袋が病的に拡張して、過食症ぎみのひとも多い。四六時中、食べものをガツガツと漁っていて、口に入るものなら何でも胃袋に押し込む。いつも欠乏感にさいなまれていて、大食しているのに、充足を知らない。知袋も病的に拡張すると、みさかいなく知識を貪ぼりたくなって、いじきたない本の虫になる。知識に対する渇望は強烈だが、かわいそうなことに、知袋拡張症のひとには満足感がない。だから、年中、図書館に入り浸ったり、家が傾くほど本を買い込み、本と本の隙間で寝起きをしたりする。
 過食症ぎみのひとの食欲を抑え込むのは、おそらくは大変な仕事である。しかし、もっとむつかしいのは、食欲のないひとに、食べてもらうことである。知袋が萎縮しているひととか、前の知識が未消化のまま知袋に残っているひとには、知識欲がない。米粒みたいに縮んだ知袋には、知識のカケラも入らないし、未消化の硬いものが知袋を占めていては、新しい知識が入る隙間がない。知識をたくさん摂らないことには、バイタリティは生まれないのに、その知識欲がない。知識欲のないひとに本や図書館を勧めるのは、食べたくないひとに、もっと食えよ、これがうまいぞというのと同じだから、効果があるはずがない。しかし、知袋を拡げる薬も、知袋の消化を助ける薬もまだ見つかっていないとすれば、大学の教師としては、無意味なことであっても、本を読め、図書館に行けと、学生たちにけしかけるほかはない。
(おかべ たかよし 副館長:人文・社会科学系担当)