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神戸大学附属図書館報

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口頭伝承、書記伝承とメディア

寺内 直子     

 図書館の役割とは、いうまでもなく「知」を保存し未来に伝えていくことである。長い間、図書館は、文字で書き記された書物という形態で「知」が蓄積され、伝達される場であった。しかし、20世紀のさまざまな電子メディアの登場とともに、「知」を蓄え、伝える形態は劇的に多様化した。それとともに図書館に求められる機能も少しずつ変化しているように思われる。
 私は、日本の伝統音楽の一つである雅楽を研究している。音は、いうまでもなく、鳴り響いた次の瞬間に消え去る。音楽芸術は、演奏する者とそれを聴くものが同じ場に居合わせて初めて成立する口頭伝承の芸術である。しかし、本来口頭で伝えられる音楽を、時間と空間を越えて伝達するために、世界のさまざまな地域でさまざまなシステムの楽譜が考案された。楽譜とは、音楽を視覚的に書記化し、物体として残すための記号システムである。日本でも古くから楽譜が撰述されてきた。たとえば、雅楽では、すでに奈良時代から楽譜の編纂が行われ、楽器や声楽の楽譜が、それぞれを専門とする貴族の家に保存されてきた。それらの文書はその家にとって先祖伝来の「知」の集積であり、しばしばその家の存在理由としてさえ機能した。現在、これらの古楽譜は奈良時代や平安時代など、過去の雅楽の姿を甦らせようとする復元的研究に欠かせない貴重な資料となっている。しかし、どんなに細かく書き記すことができる楽譜も、音楽のすべてを表すことはできない。楽譜は音楽そのものではないのである。
 ところが、19世紀末に生まれた録音・録画技術は、音楽の伝達に革命をもたらした。音楽は時間と空間を越えて再生可能になり、音楽の保存と再生は、かならずしも書記化という過程を経なくてもよくなった。シリンダー、円盤レコード、テープ、CDと保存の形態が変化し、音質もモノラルからステレオ、アナログからデジタルへと、電子技術の進化は目覚ましい。現在の私たちをとりまく音楽状況は、聴きたい音楽を、聴きたい時に、聴きたい場所で聴く、という個人の欲望を満たして限りなく細分化されている。
 さて、現在私たちが通常楽しんでいるCD、DVD等の視聴覚ソフトは、多くはここ数年あるいは遡っても10〜20年の間に作られた作品である。その意味で、私たちは視聴覚メディアをおもに同時代の文化の享受に利用している。しかし、ここ数年、メディア業界では、視聴覚資料の歴史的史料としての認識と活用が進んでいるように思われる。たとえば、私の関係する分野では、20世紀初頭の日本音楽の録音がCDとして復刻発売された。また、テレビ局では過去数十年の映像資料にもとづいて歴史を振り返る番組をさかんに制作している。NHKがその膨大な記録を保存・活用するためのアーカイヴスを開設したことは記憶に新しい。今後、研究・教育のために、図書館の視聴覚資料の収集が重要性を増していくことは言うまでもないが、それと同時に館内での視聴のためのブースの整備なども一層望まれる。コンピュータ・ネットワークも含め、多様なメディアに対する、柔軟で迅速な対応が、今、図書館に求められている。
(てらうち なおこ 図書館運営委員:国際文化学部)