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神戸大学附属図書館報

ドイツ大学図書館のフェルンライエのこと

山本道雄     

 私の専門はカント哲学を中心にした18世紀ドイツの啓蒙思想研究である。したがって当時の一次文献が手許になければ研究はにっちもさっちも行かない。最近は相互貸借の制度のおかげで(掛員の方に調べて頂いたところこの制度はすでに昭和59年頃からあったとのこと)、国内の図書館で間に合わせることができるようになりつつある。しかしこの制度が充実する以前は、稀少な一次文献はもちろん、それ以外の古い文献ももっぱらドイツの大学図書館を頼りにするほかなかった。そのさい先方の大学図書館の対応はとつ国の研究者を感激させるに十分なものがあった。ドイツ以外の図書館事情についてはよく通じていないが、同僚から仕入れた情報から推しても、この国の大学図書館のサーヴィスぶりは群を抜いていたように思う。
 先方の大学図書館に手紙で問い合わせると、その応対には三つのパターンがあった。その大学図書館に希望の書籍が所蔵されている場合は、当方の希望に応じ、複写あるいはマイクロフィッシュで、送ってくれるというケース。大学によって異なるが、その期間は早いときでほぼ1ヶ月、遅くとも2ヶ月でものが届いた。次にその大学にない場合は、然るべき他の大学を探しだしてくれたうえで、そこに連絡するようにとの返事が戻ってくるケース。最後に、先方の判断で他の大学図書館に連絡し、その大学から当方に連絡が入ることもある。論文の複写のようにかさばらない文献の場合、送料を含めて一切無料ということもあった。昨年だったか、ある書籍の複写をブレーメン大学に依頼したところ、その現物をフェルンライエ(遠隔地貸出制度)で送ってくれ、しかも相当の頁数の書籍だったのだが、費用は一切無料。遠隔地には日本は入っていないはずであるが、いまもってよく事情が呑み込めないままでいる。
 このようなやりとりのなかで、ときに小さなヒットを放つこともある。ある18世紀の思想家のラテン語論文を訳そうとして、その当時のドイツ語訳を探していたときの話である。稀覯本であり、噂ではその方面を専門とするドイツの研究者も手にしていないとのことだった。もちろん復刻版もない。駄目でもともとの気持ちで、いつものようにゲッテインゲン大学図書館から探りを入れた。予想通り当大学には所蔵せず、他大学にも心当たりなしとの返事。次に他の二、三の大学を適当に選んで問い合わせたところ、同じような返事。このようなやりとりを1年近く繰り返し、あきらめかけていた矢先に、突然、思いもかけずボッフム大学から、当館にありとの返事が舞い込んだ。ボッフム大学はドイツでは新しい大学であり、この図書館が古い文献を所蔵しているはずはないと、はじめから問い合わせていなかった。本人以外には実に他愛もない話であるが、当時の私にはまさにビンゴー!の心境であった。ともあれこれでようやく本邦初訳のそれなりの仕事をすることができた。
 いまひとつは当時の東ドイツの図書館の絡む一件である。探していたのは一八世紀前半の書籍であるが、それが世界でただ一冊、当時の東ドイツのイエーナ大学(フリードリヒ・シラー大学)に所蔵されていることだけある筋から調べだしていた。ともかくやってみようと連絡を取ったところ、案の定なしのつぶて。一年以上たって忘れかけた頃、いささか疲れ気味の封筒とともにはるはるばるイエーナから返事が届き、然々の金額を払い込めとの連絡。それからまた半年以上待たされたであろうか。ようやく件の書籍のマイクロフィッシュが届いた。いま現物は人文系図書館に納められているはずだ。
 昔話で終わるのも心苦しいので、最近の事情を少しご紹介しておきたい。といってもかつて私が留学(一九九二〜九三年)していたトリア大学図書館のことであるが。トリアはドイツ南西部にあるドイツ最古の小都市であり(K.マルクスの故郷)、大学の規模としてはドイツでは中規模あるいはそれよりやや小さな規模の大学である。他大学の事情は知らないが、当時そこではヘルンライエの費用が教官・学生一律1マルクだった(あるいは2マルク。当時の為替相場で1マルクはほぼ80円。郵送料別)。先日、最近の事情を友人に問い合わせたところ、現在では一律1ないしは2ユーロとのことだった。ちなみにいまでは書籍の貸出・返却はすべて、「学生証兼図書カード(兼銀行のカード)」で管理されている。開館時間は、平日は午前8時〜午後9時、土曜日は午前8時〜午後5時、日曜日は午前11時〜午後2時まで。余談ながら私が留学していた頃、閉館時間ぎりぎりまで粘って研究しているのは、いつも髪の毛の黒い学生ばかりということで有名だったが、しかし彼らはみな韓国からの留学生だった。そもそも日本からの留学生はきわめて少数だった。現在では留学生もさらに増え、そのかなりの部分を中国からの学生が占めているとのこと。留学生の増加は、トリア市の財政事情から学生の落とすお金が欲しいというのがその理由らしい。
 ところでわが国における相互貸借制度であるが、最近の充実ぶりには目を見張るものがある。とくに NACSIS でオンライン検索ができるようになってから(これも調べて頂いたところ平成4年からということ)、研究環境は飛躍的に向上した。以前であれば、図書館に希望の書籍がない場合は、多くはそこで研究は行き詰まりになったものだ。いまはそういうことはまずない。古い稀少な一次文献はともかく、二次文献であれば、たいていのものを国内の大学図書館から手に入れることができる。有り難いことである。
(やまもと みちお 副館長・人文科学系担当)