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神戸大学附属図書館報

漢籍あれこれ

森 紀子     

 専門が中国史学ということで、私が日頃手にする書籍の多くは漢籍、中国書である。
 ちなみに、最近の中国書の出版ラッシュにはすさまじいものがある。ヨーロッパに匹敵する空間スケールをもつ中国大陸の各主要都市で、それぞれに書籍が発行されていることを思えば、その量と種類が圧倒的であることに何の不思議もないが、私の学生時代は、また対照的に中国書の入手がひどく困難だったのである。日中間に国交がなかったということもさることながら、中国本土が文化大革命の真ただ中にあったことによる。中国書専門店の書架はみるみる品薄となり、やがてはあの赤いビニールクロスの毛主席語録(当時の価格120円)ばかりが目に付くという事態になった。京都丸太町の専門店に行っても、店先に店員はおらず、奥の部屋で侃々諤々と文革談義にふけっているという政治の時代であった。中国史専攻の学生達も結構面白がって、“人民,只有人民,才是創造世界歴史的動力(人民、ただ人民だけが世界の歴史を創造する動力である)”等々、勇ましい語録のことばで中国語の勉強をしたりしていた。こんなわけで二次文献は大いに不足を来したというものの、当時の中国の歴史研究は日本の学界と方法論を大きく異にしていたから、さほど痛痒を感ずることもなく、ひたすら一次文献の漢籍をあさる日々であった。

 関西において漢籍の所蔵が豊富なのは、京都大学人文科学研究所(漢字情報研究センター)であろう。前身である東方文化研究所以来の所蔵に加え、明人の文集や地方志など、本来所蔵していなかったものも、東京の内閣文庫をはじめとする複数の図書館のものを影印本として揃えているので、一カ所で閲覧できる分、東京よりも便利だといわれている。閲覧時間が短いのとコピー代が高価であること、閉架式なので漢籍目録やカードを調べて閲覧請求するという窮屈さはあるが(これは東洋文庫、内閣文庫等全国の図書館に共通)、とにかくそこにしかないということで、卒論、修論の執筆時には日参して、随分お世話になったものである。
 神戸大学の図書館には経済関係の文献資料など、他大学にない貴重なコレクションも豊富にあるが、漢籍の類はあまり充実しているとはいえない。中国史を専攻する学生には、やはり豊富な漢籍の蒐集状態を目にしてほしいと思い、2、3年に一度は東洋史専修の学生・院生を連れて京都まで見学に行くことにしている。前もって申し込んでおけば普段は中に入れない書庫を見学させてもらえるし、永楽大典の抄本や重文級の貴重書、牙帖等の歴史文書も披露してもらえる。今年は6月10日に14人の学生が参加して見学会を行った。
 最近は電子ジャーナルも普及しつつあり、ネットで中国の“超星”システムと結べば、かなりの出版物をパソコン画面で目にすることも可能である。また、原本では句点もなく、ひたすら漢字が詰まっている漢籍も、横書き、簡体字の標点本が陸続と出版され、随分読みやすくなっている。でも、たまには美しい版刷りの、あるいは上等な紙に見事な肉筆の楷書が納まり、糸で引いた罫線の下方にわずかながら朱墨の滴りが見て取れるというような書籍を手にするのも眼福といえよう。
 さて、漢籍には四部分類という独特な分類法がある。経(儒教の経典関係)史(歴史関係)子(諸子百家等)集(個人の文集等)という4つの区分は、さながら伝統中国の知の大系とでもいうべきものであり、筆頭におかれた経には、正統規範としてのゆるぎない位置づけがなされている。この四部分類がゆらいだのは清末である。欧米からの科学の輸入は四部に納められない新しい知の領域を現出させた。また、文化大革命の儒教批判も経部に対して再考を促した。1975年、私が初めて訪問した上海図書館での座談会の席上、儒教経典に代えてマルクス・レーニンの著作を経として図書分類をやり直さなければいけないと、館長が問題提起したのがまことに印象的であった。政治が図書分類にまで影響するという、我が国ではいささか理解しにくい現象であった。
(もり のりこ 副館長)


京都大学 人文科学研究所 漢字情報研究センター