神戸大学附属図書館報 Vol.5 No.4(1996.1)

被災地での調査活動

室崎益輝

 地震の当日は国際会議の最中ということで身動きがとれず、テレビを前にして悶々とした時間を過ごすこととなった。テレビの映像を前にして、何もできない自分に腹立たしさを感じた次第である。そのうち、防災研究者としてどう責任をとるのかという思いが、脳裏を支配するようになった。その時、ふと関東大震災時の震災予防調査会の仕事が思いだされた。物理学者の寺田寅彦などが学生とともに火災の実態を調査し記録に残した歴史的作業のことである。そこで、被災の実態をあるがままに調査しよう、と思い立ったのである。被災地の研究者としてまた防災を専門とする研究者として、被災の事実を全国にまた後世に伝えることが、その責任の果たし方だと自らに言い聞かせたのである。

 翌日から、被災調査活動がはじまった。大学での学生の安否確認活動のかたわら、学生たちに調査協力を呼び掛けた。多くの学生が被災者であるにもかかわらず、積極的に調査活動に参加してくれることになった。全国からも数多くの学生が応援に駆けつけてくれた。火災原因調査には約150人、避難生活調査には約50人、建物被災調査には約1000人の学生たちが協力してくれることになった。被災調査もボランティア活動として予想以上に大きな広がりをもつこととなった。

 ところで関東大震災では、調査に参加した学生のなかから数多くの地震学者や防災学者が育っている。今回の被災調査に参加した学生たちの中からも、次代の防災を担う研究者が生まれることを期待したい。

 さて調査が進むにつれて、なんのための調査であり記録づくりであるか、ということが問われることとなった。当初から、自己満足のためでもなく手柄争いのためのものでもないことははっきりしており、調査結果をオープンにして全ての人々に活用してもらうことを念頭に置いていた。また次の災害に備えた防災対策や防災研究のためという位置づけもしていた。しかし、火災現場に行き避難所を訪れて調査を進めていると、今を苦しんでいる被災者の救済に役立たずして、なんの調査かという思いが強くなった。被災地の研究者であれば、なおさら今を重視しなければということである。調査結果をできるだけ早くまとめ社会にアッピールすること、また被災者に調査結果を返すことが求められるということである。それから、私たちの調査は被災者の目を強く意識することとなった。

 被災1年を迎えようとしている今、あらためて調査活動の真価が問われているといっても過言ではない。

(むろさき よしてる 工学部教授)

写真:『1995.1.17 −阪神大震災− for Windows』より