神戸大学附属図書館報 Vol.6 No.3(1996.10)

真夏の夜の夢:私の「中央図書館」見学記

佐々木 弘


 神戸大学の附属図書館の新館構想問題が公式の委員会により数年前から議論され始め、早急に結論を見るべく努力しているところである。その委員会とは別個に、大学の構成員の一人として、個人的に「夢」を語ることも許されてよいだろう。

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 10年後あるいは20年後(生きていればの話だが)、久しぶりに神戸大学の六甲台キャンパスを訪れる。緑濃いキャンパスの美しさは相変らずだが、六甲台のグラウンドの端に新しい建物がみえる。近づくと、「総合学術文化情報館」であることがわかる。かつて、全学で一本の中央図書館を建てるか、それとも、二つにした方がよいのかをめぐって議論があったことを想い出す。しかし、その当時すでに立派な自然科学系の図書館が本部南にあったから、それとは別に「総合学術文化情報館」を六甲台近くに建てることが選ばれたのだろう。中央図書館を無理に一本化してつくるよりも、この方が教官や学生の使い勝手もよいし、万一地震などの危機に際しても、二つに分散した構造になっていた方がよいのだろうと自ら納得して館内に入ってみる。
 新館は主に学習図書館として機能している様子で、学生によく使用される図書資料が広いスペースに開架式に並んでいて、窓際はすべて学習用デスクが整然とこしらえてある。各階のフロアーの中央には、事務官やアルバイト学生らしい掛員が明るく学生の相談に応じたり、事務の仕事をしている。そこは低い円型のカウンターで囲まれていて、まるで、病院のナース・ステーションのようだ。
 ところで、書庫はどこにあるのかと不思議に思って尋ねると、鉄製の扉を開けて、「ここが入口です」と教えてくれる。掛の人の話によれば、書庫はすべて六甲台のグラウンドの下(地下)につくられており、かつての六甲台の附属図書館の書庫とも地下でつながり、連絡しているという。「なるほど」。グラウンドの地下を活用して書庫をつくる発想は、ずいぶん思い切ったものだが、建築技術や空調の発達がそれを可能にしたのであろう。これが可能になったことで、ずいぶんキャンパスがもつスペース上の制約が克服されたようだ。ここに旧教養部の図書のほとんどや六甲台地区の旧図書館の古い蔵書の一部が移され、保管されているという。六甲台地区の旧図書館の方は、今では、研究図書館となり、かつての事務棟は、教官の研究室や大学院生の研究室として活用されている。この図書館も、ずいぶんインテリジェント化され、職員も少なく、図書館利用に不便をかけない程度の職員しかみえず、あとはみな新館に移ったようだ。人が減った分、電算化され、情報化されているわけだ。よくみると、新館でもそうだったが、この六甲台地区の旧館でも、老若男女の市民が相当数、学生と交じって机に向っている。今では、大学の図書館は、原則として土日もなく、朝から夜遅くまで開館されており、しかも、社会に向って広く開放されている。そのうえ、夜中でも早朝でも、教官はカードキーをもっていて、別の入口から自由に入館ができるようになっているという。
 電算機のキーをたたいて、試みに、自分の書いた本のいくつかを検索してみたが、市民の中には、カード・ボックスの方で検索をしている人も多く見受けられる。やはり、図書の検索も電算機によるものと旧来の図書カードによるものと、このようにダブルになっていることは、万一の事故のときでも安心だし、好みもあるから、利用者にとって便利にちがいない。また、市民の中には、近時新設されたという「アジア・ビジネス文庫」で、アジア諸国の企業情報や会計諸表を調べているビジネスマンらしい人も多い。
 「文庫」といえば、私達の在職中に経験した、忘れられない「阪神・淡路大震災」を記念して震災後、直ちに設けられた「震災文庫」も、今では新館の方に移されて、こちらの方も、内外の研究者や市民により、ずいぶん活用されているとのことだ。

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 さて、夢は夢として、最近の委員会においてもこの新館構想問題が検討され、広く学内に問うこととなった。協力方よろしくお願いし、早急に新しい図書館を建てたいものである。

  (ささき ひろし 副館長 人文・社会科学系図書館担当)